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第一話 ワンランク上のハロウィン仮装
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放課後、演劇部の部室には3人の女子生徒がいた。彼女たちは、白いペンキが塗られた木製テーブルを囲むようにして座り、今日も部活に関係のない話をしている。
「ねぇ、葵。ハロウィンの衣装って、もう決めた?」
茶髪ロングの遥が、はねた毛先を指に巻き付けながら訊く。彼女は目鼻立ちがハッキリしていて、見た目の印象から遊んでいると思われがちな少女だ。
「決めるも何も、仮装とかしないから」
栗色ボブカットの葵は、眠そうな目で本を読みながら答える。その佇まいは、こけしを彷彿とさせる。
「楓は?」
遥に楓と呼ばれた少女は首を横に振った。別に、仮装しなくても幽霊で通用しそうなのが楓だ。長い黒髪はボサボサで、不揃いな前髪で目が隠れている。肌の青白さは“具合が悪い”と言えば、仮病を疑われずに早退できるレベルだ。
「あたしだけかぁ~、仮装すんの」
「遥、仮装パーティーにでも出るの?」
葵が問う。楓は教科書に落書きをするのに夢中なのか、話に入ってくる気配が無い。
「パーティーってほどじゃないんだけどさ、バイト先の仲間で仮装してカラオケする予定。弟も同じバイトしてんだけど、問題はアイツの仮装なんだよねぇ~……」
「弟って、双子の?」
「そう」
「彼、何やるの?」
「コナン。あの行く先々で人が死ぬヤツ」
葵はパタンと本を閉じた。
「コナン? 高校生が小学生のコスプレするのはアレだけど、問題ってほどじゃ……」
「別にさ、普通にコナンの格好するだけなら、それはそれでいいんだけど……。アイツ、マジなんだよね」
「マジって?」
「なんかさぁ~、コナンが使ってる道具が本物なんだよね」
「は?」
葵は前に見たコナンの記憶を辿った。確か、声色を変える蝶ネクタイや、人を眠らせる時計が出てきたはず。あれの“本物”と言われると意味がわからない。
「本物って、どういうこと?」
「今さ、通販で売ってんだよね、蝶ネクタイ型変声機。名探偵ボイスチェンジャーとかいう名前で……。しかも、腕時計の形した麻酔銃っぽいのがセットになってんの。さすがに、麻酔針は撃てないけど、ライトが光るんだよ! それで2,199円!」
「はぁ……ライトね」
「他にもね、探偵団バッジとか、公式で出してる犯人追跡メガネ買ったりとかしてさ、ヤバくないアイツ? でさ、今はターボエンジン付きスケボーの代わりに、電動スケボー買うって言ってんの。最高時速30km出るスケボーなんだよ! 8万円近くするんだから!」
「自分の金で買うなら、問題ないと思うけど……」
そう葵が言うと、遥はテーブルに顔を突っ伏した。
「弟にさ、“俺の仮装は着れば終わりの仮装じゃない”ってドヤ顔されてムッときたから、つい“どっちのウケがいいか、勝負よ”って言っちゃって……」
「……なるほど。それで勝てそうにないから、問題だと」
遥は起き上がって葵の手を取った。
「そうなの、だから助けて。なんかこう、“着れば終わりじゃない”仮装っていうか、ワンランク上の仮装をして、姉の威厳を見せたいのよ」
「姉って言っても双子だし……。そもそも、どんなランク付けで、上を目指すのか疑問だし……。というか、上というより斜め下な気もするんだけど……」
あれこれ突っ込みたい気持ちはあるものの、葵は“着れば終わりじゃない”仮装を思案した。
「向こうはコナンで来るとして、遥は女子だから女の子向けアニメのキャラとか……。となると、変身ヒロイン系で、実際に変身できたら、向こうの本物寄りアイテムに対抗できるんだろうけど……」
「実際に変身すんの? あたし、できないよ。昔、練習したけど」
「変身できたら大変だって。やるとしても、せいぜい早着替えじゃない?」
「え~っ、なんか地味」
「地味、言われても……。必殺技でも放つ? シャボン玉を大量に出すくらいなら、できるんじゃない?」
「何それ? そんな殺傷能力の無い必殺技なんてヤダ」
「ヤダって……」
実際に殺傷能力があったら問題だろうに、というか某作品に対する冒涜ではないかと思う葵だった。
「なんかこう、女子力もアピールしたいよね」
「は?」
「だってさ、“この衣装、自分で縫いました~”とか言うと、“家庭的だね”なんて言われるかも知れないじゃん。まぁ、裁縫は苦手なんだけどさぁ」
ただでさえ、“着れば終わりじゃない”仮装を考えなくてはいけない上に、女子力もアピールしたいと言われ、そのハードルの高さに葵はついていけなくなった。
何の案も出ないまま、部内が静まり返る。
「アンパンマン」
それまで黙っていた楓が口を開く。
「あの顔が食べられるヤツ?」
遥に訊かれ、楓が頷く。
「それだ!」
葵が手を叩く。
「どうしたの? 葵」
「聴いて遥、実際に食べられるアンパンマンをやれば、コナンの本物寄りアイテムに対抗出来るし、パンを作ったことで女子力アピールもできるんじゃない?」
「あっ、そっか! 頭いい! これなら勝てる!」
「いやいや、問題は何をやるかだから。大きなアンパンを被っても、パンだからすぐに崩れちゃうでしょ? 針金で固定したら、食べる時に危ないし……。だから、他の炭水化物を選ばないと」
「天丼とか? それこそ無理でしょ、大きなドンブリないし……」
二人で“う~ん”と唸り声を上げる。考えたところで、葵は食パン、カレーパン、アンパン、天丼くらいしかキャラを知らないので、他の候補が出てこない。遥は顔を突っ込んでも平気そうな食材となると、パンしかないと思っていた。
「メロンパン」
また、楓がボソッと言う。
「そっかぁ~、メロンパンなら固焼きにすれば、割と持つんじゃない?」
遥が目を輝かせる。
「そうだね。ただ、固焼きっていうか、あの硬い部分はクッキー生地だから、それをどう作るか……って、そもそも遥ってパン焼いたことあるの?」
「ないよ。つーか、あたし、料理はダメだわ」
苦笑する遥を見て、葵の体から力が抜ける。楓は教科書の落書きに夢中だ。
部内は再び静まり返った。
「終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。
「ねぇ、葵。ハロウィンの衣装って、もう決めた?」
茶髪ロングの遥が、はねた毛先を指に巻き付けながら訊く。彼女は目鼻立ちがハッキリしていて、見た目の印象から遊んでいると思われがちな少女だ。
「決めるも何も、仮装とかしないから」
栗色ボブカットの葵は、眠そうな目で本を読みながら答える。その佇まいは、こけしを彷彿とさせる。
「楓は?」
遥に楓と呼ばれた少女は首を横に振った。別に、仮装しなくても幽霊で通用しそうなのが楓だ。長い黒髪はボサボサで、不揃いな前髪で目が隠れている。肌の青白さは“具合が悪い”と言えば、仮病を疑われずに早退できるレベルだ。
「あたしだけかぁ~、仮装すんの」
「遥、仮装パーティーにでも出るの?」
葵が問う。楓は教科書に落書きをするのに夢中なのか、話に入ってくる気配が無い。
「パーティーってほどじゃないんだけどさ、バイト先の仲間で仮装してカラオケする予定。弟も同じバイトしてんだけど、問題はアイツの仮装なんだよねぇ~……」
「弟って、双子の?」
「そう」
「彼、何やるの?」
「コナン。あの行く先々で人が死ぬヤツ」
葵はパタンと本を閉じた。
「コナン? 高校生が小学生のコスプレするのはアレだけど、問題ってほどじゃ……」
「別にさ、普通にコナンの格好するだけなら、それはそれでいいんだけど……。アイツ、マジなんだよね」
「マジって?」
「なんかさぁ~、コナンが使ってる道具が本物なんだよね」
「は?」
葵は前に見たコナンの記憶を辿った。確か、声色を変える蝶ネクタイや、人を眠らせる時計が出てきたはず。あれの“本物”と言われると意味がわからない。
「本物って、どういうこと?」
「今さ、通販で売ってんだよね、蝶ネクタイ型変声機。名探偵ボイスチェンジャーとかいう名前で……。しかも、腕時計の形した麻酔銃っぽいのがセットになってんの。さすがに、麻酔針は撃てないけど、ライトが光るんだよ! それで2,199円!」
「はぁ……ライトね」
「他にもね、探偵団バッジとか、公式で出してる犯人追跡メガネ買ったりとかしてさ、ヤバくないアイツ? でさ、今はターボエンジン付きスケボーの代わりに、電動スケボー買うって言ってんの。最高時速30km出るスケボーなんだよ! 8万円近くするんだから!」
「自分の金で買うなら、問題ないと思うけど……」
そう葵が言うと、遥はテーブルに顔を突っ伏した。
「弟にさ、“俺の仮装は着れば終わりの仮装じゃない”ってドヤ顔されてムッときたから、つい“どっちのウケがいいか、勝負よ”って言っちゃって……」
「……なるほど。それで勝てそうにないから、問題だと」
遥は起き上がって葵の手を取った。
「そうなの、だから助けて。なんかこう、“着れば終わりじゃない”仮装っていうか、ワンランク上の仮装をして、姉の威厳を見せたいのよ」
「姉って言っても双子だし……。そもそも、どんなランク付けで、上を目指すのか疑問だし……。というか、上というより斜め下な気もするんだけど……」
あれこれ突っ込みたい気持ちはあるものの、葵は“着れば終わりじゃない”仮装を思案した。
「向こうはコナンで来るとして、遥は女子だから女の子向けアニメのキャラとか……。となると、変身ヒロイン系で、実際に変身できたら、向こうの本物寄りアイテムに対抗できるんだろうけど……」
「実際に変身すんの? あたし、できないよ。昔、練習したけど」
「変身できたら大変だって。やるとしても、せいぜい早着替えじゃない?」
「え~っ、なんか地味」
「地味、言われても……。必殺技でも放つ? シャボン玉を大量に出すくらいなら、できるんじゃない?」
「何それ? そんな殺傷能力の無い必殺技なんてヤダ」
「ヤダって……」
実際に殺傷能力があったら問題だろうに、というか某作品に対する冒涜ではないかと思う葵だった。
「なんかこう、女子力もアピールしたいよね」
「は?」
「だってさ、“この衣装、自分で縫いました~”とか言うと、“家庭的だね”なんて言われるかも知れないじゃん。まぁ、裁縫は苦手なんだけどさぁ」
ただでさえ、“着れば終わりじゃない”仮装を考えなくてはいけない上に、女子力もアピールしたいと言われ、そのハードルの高さに葵はついていけなくなった。
何の案も出ないまま、部内が静まり返る。
「アンパンマン」
それまで黙っていた楓が口を開く。
「あの顔が食べられるヤツ?」
遥に訊かれ、楓が頷く。
「それだ!」
葵が手を叩く。
「どうしたの? 葵」
「聴いて遥、実際に食べられるアンパンマンをやれば、コナンの本物寄りアイテムに対抗出来るし、パンを作ったことで女子力アピールもできるんじゃない?」
「あっ、そっか! 頭いい! これなら勝てる!」
「いやいや、問題は何をやるかだから。大きなアンパンを被っても、パンだからすぐに崩れちゃうでしょ? 針金で固定したら、食べる時に危ないし……。だから、他の炭水化物を選ばないと」
「天丼とか? それこそ無理でしょ、大きなドンブリないし……」
二人で“う~ん”と唸り声を上げる。考えたところで、葵は食パン、カレーパン、アンパン、天丼くらいしかキャラを知らないので、他の候補が出てこない。遥は顔を突っ込んでも平気そうな食材となると、パンしかないと思っていた。
「メロンパン」
また、楓がボソッと言う。
「そっかぁ~、メロンパンなら固焼きにすれば、割と持つんじゃない?」
遥が目を輝かせる。
「そうだね。ただ、固焼きっていうか、あの硬い部分はクッキー生地だから、それをどう作るか……って、そもそも遥ってパン焼いたことあるの?」
「ないよ。つーか、あたし、料理はダメだわ」
苦笑する遥を見て、葵の体から力が抜ける。楓は教科書の落書きに夢中だ。
部内は再び静まり返った。
「終了~」
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