犯罪者予備軍共

田原摩耶

文字の大きさ
9 / 24
VS黒魔術崇拝者

06

しおりを挟む
 結果だけ言えば、やはり睡眠薬は効かなかった。込み上げてくるのは睡魔ではなく不快感。
 やはり、こちらの世界とあちらの世界では色々なものが変わってくるようだ。もう少しこちらの世界について勉強して分身を作らなければいけないな。なんて思いながら取り敢えず俺は眠ったフリをする。
 ぶっちゃけ眠いどころか気分が悪くてしゃーないが、死ぬというほどでもない。
 床の上に仰向けに倒れた俺は、目を閉じたまま寿の動きを探る。
 ゆっくりと足音が近付いてきた。言わずもがな寿だろう。床が軋み、目元に指先が触れる。そして、そのまま瞼を捲られた。
 今まで暗かった視界に照明の明かりが射し込む。寿の顔が映った。やはりその顔はどこか不安そうで、というかなんで瞼捲るんだ眩しいだろうが。仮死状態にするのは得意なのでなにをされても動じない自信はあったがちょっとビックリする。
 まさか入れたのは睡眠薬ではなく毒薬かなにかで、死んだかどうかを確認しているのかと思ったが、それはないだろう。
 記憶操作班曰く、操作したのは俺もとい松浦川弥生に対するデータのみで、死因や手段その他諸々は変更されないようになっている。
 ……よっぽどの異常事態が起きない限りは。

 ピクリとも反応しない俺にほっと安心したように溜め息をつく寿は俺の顔から手を離し、再び視野に暗闇が戻った。
 立ち上がる寿が俺から離れる。遠くからガチャガチャとなにかを探すような音が聞こえてきた。あながち拘束具か凶器、もしくは黒魔術の用意でもしているのだろう。数分くらい放置されて、再び寿の足音が近付いてきた。

 ああ、ドキドキする。
 眠ったフリをしてるから目を開けることができず、自分がこれからなにされるかわからないという不安感。公私混同など糞喰らえと思っていたが、やはり病み付きになる。
 まあ、あくまでもこれは被害者の変わり身になるという仕事でその殺害方法などは全て知り尽くしているのだけれど。やはり楽しめるところは楽しみたいというのが本音だ。

 不意に、服越しに胸元を撫でられる。心臓の位置を確認しているようだ。
 一応分身、弥生はこちらの世界の人間を模した構造をしているので中央左寄りにそれらしき臓器を作ってはいるが俺本体同様不死身の体なので心臓を刺されたところで痛くも痒くもない。

 くだものナイフ辺りだろうか。左胸に冷たく鋭い金属が侵入してくる。
 ちくりとした痛みは全身に広がり、その痛みの中心からはじわりと暖かいものが溢れ出した。

「……は……ッ」

 すぐ側で、寿の息遣いが聞こえる。
 先端部が三センチほど刺さったところでナイフの動きは止まり、その代わりに柄から微かな震えが伝わってきた。

 そう言えば、こいつは弟を殺したときもそうだった。
 弟を眠らせ意識がない内に、苦しまないように、そう息の根を止めようとしていたのだが、データにもあったようにこいつは極度の臆病者だ。
 そのときの映像を見たときもこうしてナイフを刺したまま怖じ気付いた寿は数十分ももたもたしていて、しまいにはなにを思ったのか黒魔術の材料を取った後、慌てて止血しようと救急箱を探している間に寿弟の姿がないことに気付いた寿母が家中を探し回り寿の部屋で寿弟を見付ける。
 因みにそのときにはもうとっくに寿弟は息を引き取っていた。

 なんというかおっちょこちょいにも程がある。
 しかし今回の生け贄は俺だ。必要ならば全身の血を抜いてもらう覚悟もある。
 寿の欲求を発散させるためなら、分身の一体や二体どうなっても構わない。

「うう……っ」

 苦しそうな呻き声と共に、ずぷりと刃が深く沈む。
 筋肉を切られ、胸の内を引っ張られる感触とともに言い表せないような痛みが走った。意識とは逆に四肢が痙攣する。

「……──ッ!」

 ビクリと跳ねる俺の胴体に、寿が息を飲むのが聞こえた。

 ぶっちゃけた話、痛くてしょうがない。確かに俺は不死身だが、死なないと言うだけで別に無痛ではない。つまり睡眠薬が効かず意識が確かに存在する今、俺はのろのろもたもたと心臓にナイフを打ち込まれ続けなければならなかった。

 躊躇っているのだろう。寿の震えが伝わり、ポタリと一滴のなにかが落ちてきた。
 緊張のせいで多汗になっているようだ。まどろっこしい痛みに、ハッキリとしたままの意識。全身に広がる体内から溢れ出すそれに衣服が濡れて肌に張り付き気持ち悪い。

 ……正直、俺は気が長い方だと自負していた。が、どうやらそうではないようだ。今日一日、寿千樹に付き合わされてから気付いた。
 深く刺さったと思えば躊躇いがちに抜かれ、その痛みに悶えていると再び刺し込まれる。
 新手の焦らしプレイかなにかなのだろうか。それとも今血を取っているのかもしれないと思ったがなんてことない。
 今はまだ始まったばかりで、息の根を止める最中だ。本来ならばこれでぐっさり逝ったところで手首切って血を容器に溜めるのだが、まだそこまでいっていない。
 ドクドクと熱を帯び始める傷口とは対照的に全身の体温が下がっていく。
 今まで、どちらかといえば性急でとにかく積極的に自らの欲求を発散してくるようなやつばかり相手していたからだろうか。長期戦に持ち込む寿とは相性が悪すぎる。
 なんで俺がそんな相性悪いやつの相手をしているかと言えばほとんどのやつが出張中だったからだ。
 残っているメンバーの中で一番俺が適任だと言われたが、無理だ。もう我慢できない。文句なら俺に任命した係長にでも言ってくれ。

 そう口の中で言い訳を並べ、俺は閉じていた目を開いた。
 パッと明るくなる視界に、馬乗りになって青い顔をしてこちらを見下ろしていた寿と目が合う。

「え……」

 ビックリした寿はそう一瞬だけ放心し、目を見開いた。
 そして、次の瞬間ナイフの柄を掴んでいた寿の手に力がこもる。
 濡れた音を立てながらズブズブと体の神経を一つ一つ千切るように胸の奥深くまで突き刺さるそれ。
 爪先から脳天にかけて串刺しになったような感触に、全身が痙攣を起こす。

「……あっ……な……ッ」

 刃の根本まで深く突き刺さるナイフに、益々顔を青くした寿は柄から手を離し、べったりと濡れた自分の手とぐったりを俺を見比べる。
 次の瞬間、絶句した寿は再びナイフの柄を掴もうと手を伸ばした。
 そして、今まで力が抜けていた腕を動かし乱暴にそれを振り払った俺は、自分の胸に突き刺さったナイフの柄を掴んだ。

「ッん、ぅ……あ゙あッ」

 口から漏れる声を押し殺し、顔をしかめた俺は根本までずっぷりと刺さるそれをゆっくりと引く。
 そして半分以上刃が出たのを確認し、一気に引き抜いた。
 全身が総毛立ち、目が覚めるような痛みとともに穴という穴から汗が吹き出る。
 悲痛な呻き声を漏らし、ゆっくりと起き上がる俺にまだなにが起こったのか理解していないらしい寿はただ目を丸くしたまま俺を見上げる。
 塞ぐものがなくなりドクドクと溢れていく血を無視して、慌てて俺を避けるように後退りをする寿から視線を外した俺は、側に置いてあったガラス製のボウルを手に取った。

「まつ……うら……かわ……?」

 恐る恐る、文字をなぞるように俺を呼ぶ寿は青い顔をしたままこちらを見詰めてくる。
 目があって、俺は小さく笑い返した。

「寿君さぁ、確か、黒魔術……したがってたよね……」

 喋る度に傷口が痛み、そこから血が溢れるのがわかった。
 ぞくぞくと声帯が震える。痙攣する手にぎゅっと力を込め、それを堪えながら制服の袖を捲った。
 手首を出した俺は、そのまま這いずるように膝をついたまま寿に寄る。
 寿は逃げなかった。もしかしたらショックで腰が抜けたのかもしれない。そうだとしても、関係ない。
 ただひたすら口をパクパクと開閉させながら俺を追うように目だけ動かす寿の前まで行き、面と面向かい合う。
 肩で息をする寿は、怯えたような目でこちらをただじっと見詰めてきた。
 殺したはずなのに。そう言いたいのだろう。

「ぼ、くが……教えてあげるよ。本物の、黒魔術のやり方」

 体が暑くて寒い。喋る度に傷が疼き、血が溢れる。
 言いながら、ナイフを持った手で寿の掌を握り締めた俺はその手の中に持っていたナイフを握らせた。
 乾き始めた血と血が触れ合い、ベタつく。それを無視して、ナイフを握らせた寿の掌の上から手を重ねた。寿の体温が心地良い。

「松浦川……?」

 言葉を理解しているのか否か、ただただ意味がわからないときょとんとした顔で見上げてくる寿に構わず俺は腹部にボウルを当て、その位置から下ろすように正座した膝の上に置く。そして、もう片方の手で制服の裾を持ち上げた俺は自分の薄い腹筋を撫でた。
 俺がなにをしようとしているのか気付いたようだ。触れ合う寿の手から震えが直接伝わってきて、それを宥めるように俺は「大丈夫だよ」と呟く。

「……欲しいんだよね、僕の血。必要なんだよね」

 絞り出すように声を出し、俺はぐいっと寿の腕を引っ張った。
 つられるようにして寿の体が密着する。息がかかるくらい顔が近付いて、至近距離で見詰めあった。

 寿は答えない。いや、答えられないのかもしれない。ゼエゼエと肩を上下させる寿は軽い呼吸困難に陥っているようだ。
 目を見張ったまま、ただじっとこちらを見詰め返してくる。
 元々、返事には期待していない。寿の手のナイフを動かし自分の腹部にその先端を当てた俺は深く腹に沈め、そのまま一の字を描くように刃を走らせた。

「っぐぅ゙……ッ」

 噴き出す汗に、遅れてやってくる痛み。堅く閉じた歯の隙間からは呻き声が漏れ、にゅぷりと音を立てナイフを引き抜いた俺はすかさずそれを鳩尾に当てた。

「お前は……なにをしてるんだ、松浦川……ッ」

 そして、ようやく思考を取り戻したらしい寿はそう俺を呼ぶ。
 今にも泣きそうな声だった。
 本当すぐ泣くな、こいつ。思いながら俺は手を振り払おうとする寿に構わず鳩尾に刃を突き立てた。
 突き抜けるような鋭い痛みに視界が涙で滲む。もしかしたらこいつの泣き虫が移ったのかもしれん。なんて下らないことを思いながら俺は腹に十の字を描くようにそのまま臍に向かって刃を下ろす。

「は、ああ゙ぁ……ッ」
「松浦川っ!」

 耳元で声を張り上げる寿を無視して俺はゆっくりと息を吐くように皮膚を裂いた。溢れる血液で手元が狂うが、なんとか歪な十文字を完成させることに成功する。
 それが終えたときには既に俺の辺りは赤く染まり、寿は目を真っ赤にして泣いていた。
 ナイフを引き抜いた俺は寿から手を離す。そのまま力無く垂れた寿の手からナイフが離れ、小さな音を立て床に落ちた。

「ッふ、ぁ……ちょ、ね、寿君、ちょっと手伝ってよ。……これ、出すの。なんか指が痺れちゃって、上手くできないんだ」

 息切れ切れになりながら、俺は十文字に裂けた傷口に指を入れる。
 ぱっくりと開いたそこに手を潜り込ませれば、ぬちゅりとなんだか生々しい音を立てながらドクドクと血が溢れた。
 そして、もう片方の手でボウルを自分の腹部に当てる。
 手で掻き出されるように溢れてくるそれをボウルに溜めるよう背筋を丸めた。
 ビチャビチャと音を立て落ちてくる赤い水はなかなか上手くボウルに入らず更に周りを真っ赤に汚すが、構わず俺は体内の血液を掻き出した。
 こうなったら、チューブかなにか用意していた方が良かったかもしれない。
 なんて思いながら襲い掛かってくる強烈な痛みに喘ぐ俺は段々面倒になってきて指に引っ掻けたなにかをそのまま外へ引っ張り出してしまう。

「はッ、あ……あ……っ」

 小刻みに震える寿。俺の手に絡み付いた赤く血濡れた大腸にこれでもかと目を見開いた寿は口許を手のひら押さえる。
 殺人犯のくせに、なかなか初々しい反応を見せてくれるじゃないか。
 なんて思いながら、大腸を振りほどいた俺は手で掬える程度は溜まった血液が入ったボウルを床の上に置いた。

「ことぶきく……これだけあったらさぁ、足りるよね。……まだいるかな」

 言いながら、人差し指をボウルに溜まった血の中に第一関節部まで浸した俺は片手で腹を押さえたまま綺麗な床の上へ這いずるように移動する。
 そして、床の上に血で濡れた指を這わせた俺はそのまま遠い日の記憶を呼び起こしながら魔方陣を描こうとしたとき、伸びてきた寿の手に腕を掴まれた。

「も……やめてくれ……ッ」

 じわりと目に涙を溜め、赤く目を腫らした寿はそう掠れた声で呟く。
 制服の中の監視班専用携帯型通信機から小さなアラーム音が聞こえてきた。
 寿には聞こえないくらいの小さなその機械音は、任務達成時にのみこうやって報せるために発せられる。
 しかし、目の前の寿は欲求を発散した人間がする目とはまったく別物のそれで、俺は混乱した。
 しゃくり上げる寿はボロボロと涙を溢し嗚咽混じりに呻く。

「俺が悪かったから……だからっ、そいつから離れてくれよ……ッ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

処理中です...