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VSヤキモチ彼氏
05
しおりを挟む深夜。
ベッドの上で眠ったフリをしていると、不意に隣で眠っていた天満が起き上がる気配がした。
スプリングが小さく軋み、そしてふと手が伸びてきて俺にかかっていた布団を掛け直してくれる。
そろそろか。
そのまま部屋を出る天満の気配を追う。俺が起きていると思っていないのだろう。
リビングから扉に施錠される音が聞こえ、暫くすると玄関の扉が開く音がした。
行動開始、ってところだろう。パジャマのズボンのポケットの中、監視班専用携帯型通信機のブザーが小さく響く。
「……」
よし、行くか。
そう口の中で呟いた俺はムクリと起き上がり、ベランダへと続く窓の外に目を向ける。
そして、この街に潜むもう一体の分身に思念を飛ばした。
嬬恋冬樹として天満嵐と接触すると同時に俺はもう一人の人間として行動を起こしていた。
彌富比呂(やとみひろ)――嬬恋冬樹の友人であり今回の被害者に当たる人物だ。因みに天満嵐に殺されるのはこれで十一回目になる。
食事係員たちでなんとか庇ったりするものの、よっぽど天満は彌富を殺したくて堪らなかったようだ。何回も頭をひしゃげている。
なので今回、作戦が成功すれば天満嵐の最後の被害者になるであろう彌富比呂の代わりに俺は一日を過ごしていた。
「じゃ、お疲れ様でしたー」
言いながら、裏口から店を出る。
ショップ店員のバイトを終え、ひょこひょことした足取りで自宅へ向かって歩いた。
天満が彌富を執拗に狙うのには訳があった。
理由は単純明快――彌富が嬬恋冬樹のことを探しているからだ。
事実上、嬬恋冬樹は昨日付けで天満嵐に軟禁され姿を消した。
同じ職場且つ友人である彌富は暇さえあれば嬬恋の携帯電話に連絡をとっていた。
それは昨日から続いており、嬬恋冬樹から携帯電話を取り上げ所持していた天満は彌富からの受信件数になにかを感じたのだろう。
彌富が嬬恋が好きでもしかしたら邪魔されるかもしれないと心配した天満は帰宅途中の彌富を殺害。歩道橋の上から彌富を突き落とす。
因みに前回は裏道通っているところをバットでフルスイングだったようだ。殺害方法は日替わりらしい。
そして今回も犯罪欲求メーターがたまたま溜まっただけで、嬬恋を軟禁する前からちょくちょく彌富を殺していたようだ。
焼きもちもここまで来れば微笑ましいを通り越して物騒極まりない。
携帯電話を取り出し、嬬恋冬樹にメールを打ちながら殺害現場となる歩道橋がある通りまで歩いていく。
既に深夜を回った時刻。辺りに人はおらず、周りはしんと静まり返っていた。
数メートル後方。天満嵐の影を見つける。
やはり現れたな。足音を立てないようにしているようだが職業柄かそういうのに敏感になっているようだ。わりと役に立つ。
あくまで怪しまれないよう現場である歩道橋までやってくる。
耳にイヤホンを嵌め、音楽プレイヤーを弄りながら階段を昇れば、背後から天満の足音が僅かに伝わってきた。
よし、そろそろだな。しんと静まり返った空気が天満嵐の存在によって張り詰める。そして、歩道橋の中央まで通りかかったとき、天満嵐が動いた。
後頭部を掴まれ、そのまま手摺に体全体を押し付けられる。
「はっ?ちょ、えっ」
一応、驚いたような声を上げておく。背後を振り返ろうとしたとき、乱暴に力を加えられた体は手摺を掴むように曲がり、そしとそのままずるりと頭から落ちた。
まあ、粘るわけにもいかないから落ちてやったという方が適切なのだろうが。
車一つ通っていない道路の上。もちろん、必然的にコンクリートの上に落ちるわけで。ゴッと鈍い音がして、脊髄に激痛が走った。
いってえと叫びそうになるのを堪え、一旦全身を仮死状態にする。
仰向けになるように倒れた俺の視界には歩道橋の上の天満がこちらを見下ろしていて、目が合えば、天満嵐は口許に笑みを浮かべた。
どこからか、監視班専用携帯型通信機のアラーム音が聞こえてくる。
嬬恋冬樹の中に入っている俺が聞いているものがこちらに届いているようだ。
任務成功。後はお掃除係がこの体を処分してくれるのを待つだけだ。
そう思ったときだった。
「う、うわあっ!」
声だ。
どこか抜けたような男の声が聞こえて、何事かと目を向ければ歩道橋の端、そこにはくたびれたスーツを着たサラリーマンがいた。
――有り得ない。まさか、イレギュラーか。
本来ならばここは一時間誰も通らなかったはずだ。運命を変えたせいでそのデータすら変わってしまったというのか。
逃げ出すサラリーマン。天満嵐は、間髪いれずにサラリーマンを追い掛ける。
ああ、まずい。被害者が増える。
慌てて起き上がろうとするが、脊髄を強打したせいか四肢に力が入らない。
歩道橋の上、もちろんあんな短い距離で天満嵐がサラリーマンを逃がすわけもなく、捕まえたサラリーマンと揉み合いになっているのが見えた。
場所が場所だからか、よく見えない。出来るだけ任務以外の仕事をするつもりはなかったが、仕方ない。
そう諦め掛けたときだった。歩道橋の階段の上、サラリーマンを突き落とそうとしていた天満がサラリーマンに振り払われ、そのまま後方に傾く。
俺から見た後方。つまり階段だ。高さのある階段の上、天満嵐は段差を踏み損ねそのまま落ちる。
嘘だろ。天満嵐が死ぬだって?
そうぎょっとしたときだった。不意に、歩道から現れた人影が階段を駆け上がり、そしてそのまま転落する天満嵐の全身を抱き締める。
次の瞬間、天満嵐を庇った人影もろとも段差に打ち付けられ派手に転がった。
どしゃりと音がし、人影は後頭部から地面に落ちる。嫌な音がし、地面に赤黒い液体がじわりと滲んだ。
人影、もとい駆け付けたもう一体の俺、パジャマ姿の嬬恋冬樹は天満嵐を抱き締めたまま動かなくなり、天満嵐も気絶しているようだが死んではしないようだ。
……よくやった俺。
腰を抜かすサラリーマンの悲鳴を聞き流しつつ、俺はそう安堵した。
そして次の瞬間、近付いてくるエンジン音とぶちゅりとなにかが潰れたような音と共に視野が暗くなる。
10
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