天国か地獄

田原摩耶

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√β:ep. 2『変動と変革』

04

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「よっしゃー出来たー!」
「ふぅ……なんとかなったわね」
「俺、正直もうお腹いっぱいなんすけど……」
「あら、ナオ君奇遇ね。アタシもよ……」

 言いながら、鍋を抱えた十勝がやってくる。
 その後から具が盛られた大皿を運ぶ灘と、連理。

「佑樹、佑樹、いい匂いだろ?」
「うん……すごい、美味しそうだね」
「美味しそうじゃなくて旨いんだよ、俺と連理さんの合作だぜ」
「おい、この人参切ったのお前だろ連理」
「あらっ、よく分かったわね。流石武蔵ちゃん!」
「誰でも見りゃ分かるだろこの無駄な星形……」
「なによ、またそんなことばかり言って!星、可愛いじゃない!」

 仲がいいのか悪いのか、恐らく前者だろうがぷりぷりしてる連理に五味は「分かった、俺が悪かった」と渋々謝っていた。
 そんな二人を他所に、テキパキと鍋を設置する十勝。
 気持ち、先ほどまでの変な空気はなくなったが……やっぱり、気になるなという方が難しい。

 準備が終わり、全員が席につく。
 向かい側に十勝、五味、連理。
 そしてこちらのソファーに芳川会長、俺、灘、栫井。
 五人は座れるソファーなのですし詰めになることはなかったが、それでもやはり窮屈だと感じるのは間違いなく両隣からの圧だろう。

「齋藤君、箸持ってるか」
「あ、はい……」
「ああ、皿が回ってないみたいだな。ほら」
「ありがとうございます」

 なんだかんだ、やはり会長は周りを見ている。
 全員に皿が回るように気を遣ってくれるようだ。

「鍋の方もバッチリですよ。それじゃ、そろそろイキますか」
「あら、ナオ君。だめよ~まだ乾杯してないじゃないの」
「あっ、そっすね!じゃあ、俺が乾杯の音頭を……」

 ごほん、と態とらしく咳払いをした十勝はそのままソファーから立ち上がり、「えー」っと周りを見渡した。

「それじゃあ、会長と五味さんの仲直りを記念して……かんぱーい!」

 その一言がまた若干の波を立てるんじゃないかと思ったが、二人は然程気にしてないようだ。目配せをし、十勝に見せつけるようにグラスをぶつけた会長と五味に、十勝は笑う。それに釣られて笑顔になってしまう。

 それからは灘と、十勝と連理、五味、最後に会長と乾杯をした。慣れない動作にどれくらい力を加えればいいのかドキドキしたが、それ以上に、こうした輪の中に自分がいることが信じられなくて……嬉しかった。
 栫井とは乾杯できなかったが、栫井は灘と十勝に無理矢理乾杯させられた後に連理に絡まれていたのを見て、なんとなくほっとする。
 除け者にされるということはないのだろうが、それでも栫井の方を見ようともしない会長のことを考えると、なんとも言えない。

 鍋が始まり、どんどん肉を放り込んでいく五味とその上にどんどん野菜を持っていく灘のお陰であっという間に鍋は埋もれてしまう。

「ちょっ、二人共入れすぎっすよ」
「いーだろ、肉はすぐ出来るんだから」
「野菜は自分がもらうんでご心配なく」
「そういうこと言ってんじゃなくて……もー!こういうのは順序が大切なんだって!」

 相変わらず十勝はてんやわんやしているが、それでもいつもの五味に安心しているのだろう。騒ぎながらも、楽しそうなのがよく分かった。

 時間が経たないうちに、五味の言った通り鍋は出来上がる。それを各々好き勝手取っていって、あっという間に鍋は空になる。そして主に五味と灘がどんどん鍋に具を突っ込んでいき、その繰り返しだ。
 そして皆が皆中々食欲旺盛で、つい俺は出遅れてしまう。

 箸を手にするものの、瞬く間に空になった鍋を前に右往左往していると……。

「どうした、食べ損ねたのか?」
「あ、いえ……その、出遅れてしまって……」
「まあ、皆腹が減ってるみたいだからな。……どれ、俺のでよければやろうか。一応取ったが、まだ口をつけていない」
「えっ?いや、そんな、悪いです……会長が食べてください」
「遠慮するな。君だって腹が減ってるのだろう」

 そんなことないです、大丈夫です、と断ろうとしたのに腹の音が響き、会長は笑う。

「遠慮するな。……なんなら、食べさせてやるが」
「いっ、いえ、そんな……会長にそんな真似を……」
「冗談だ。俺ならまだそれほど空腹ではない。気にせず食べてくれ」

 そう言って、俺の返答を聞くよりも先に会長は取皿を俺に寄せた。
 断っても自分も食べないつもりなのだろう。強引だが、会長の好意は嬉しかった。

「ありがとうございます。……それじゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「ああ、好きなだけ食べろ」

 会長に見守られるまま、一口食べる。
 やり取りしてる間に少し冷えてしまっていたが、それでも、美味しい。

「佑樹っ、こっちにも出来立ての肉があるから食べろよー!ほら!」
「えっ?いいの、こんなに……」
「佑ちゃんは育ち盛りの男の子なんだもの。もっと食べないと!……むしろ、武蔵ちゃんとトモ君はそれ以上大きくなってもどうしようもないものねぇ」
「こうなってしまった分食わねーと保たないんだよ、つかお前もだろ!」
「栫井君、全然箸が進んでませんよ。この白菜あげます」
「いらねえし、俺しんなりしてる葉っぱ系無理だから」
「カーッ!お前はお嬢様かよ!ほら、肉食えよ肉!余ったらどうすんだよ、まだまだあんだからな!」

 栫井の意志を無視して取皿にこんもり乗せていく十勝と灘。
 栫井も相変わらずのようだ。
 俺のときのようにあからさまな態度は取っていないものの、それでもやっぱり、乗り気のようには見えない。



 どれくらい時間が経ったのだろうか。
 灘が何度目かの鍋の具追加したときだ、芳川会長は突然席を立つ。

 どうしたのだろうか、と目で追えば、会長は「少し出てくる」とだけ口にした。
 一瞬、五味と連理の目付きが変わったような気がしたが、それもつかの間、二人は「おう」「わかったわ」とだけ答え、また先ほど通りに鍋に気を戻した。

 どうかしたのだろうか。
 気になって部屋から出ていく会長を視線で追えば、丁度パンツのポケットに手を伸ばしているのが見えた。
 ……電話、だろうか。直接取り出したのは見えなかったが、なんとなく、そんな気がした。
 気になったが、扉の向こうに消えた会長の気配を追うことは難しい。諦め、取皿にこんもりと盛られた肉の山を一枚一枚崩していると、会長が立ったあとの席に誰かが勢い良く座った。軋むスプリング。
 驚いて顔を上げれば、そこにはニッコリ笑った十勝がいた。

「と、十勝君……?」
「佑樹、お前本当に会長のこと好きなんだな!さっきからずっと会長ばっかじゃん、ずりーよ、俺とも話そうぜ」

 言いながら、ジュースが入ったグラス片手に絡んでくる十勝。
 言われてから、そこまで会長のこと気にしてたのだろうかとなる反面、それが十勝にまでバレるとは相当いうことになるわけだ。恥ずかしくなって、まともに顔が上げられなかった。

「ははっ!佑樹まじで分かりやすいのなー!……ほら、餅巾着やるよ。数量限定だぞ!」
「あ、ありがとう……」

 それにしても、テンション高いな。
 まさか酒を呑んでるわけでもないし、場酔いというやつか?
 疑いつつ、差し出された餅巾着を取皿に貰う。

「おい十勝、栫井に相手されなくなったからって齋藤に絡むなよ」

 そんな俺達のやり取りをハラハラしながら見てたらしい。見兼ねた五味が声を掛けてくる。

「だってだって、栫井より佑樹のが優しいし?ほら、佑樹、このソーセージもうまいぞー!」
「あの、十勝君、俺はそんなに食べれないから……十勝君も食べなよ」
「えっ?いいの?やったー!じゃ俺もーらお!」

 最初から食べたかっただけなのじゃないかと思うが、嬉しそうに食べてる十勝を見てるとこっちもなんだかお腹いっぱいになる。
 楽しそうな十勝だが、なんだろうか、なんとなく、さっきよりも静かになったような気がした。
 その理由はすぐに分かった。会長がいなくなった後の部屋の中、灘の姿が無くなっていたのだ。

「あの、灘君は……?」

 気になって、十勝に恐る恐る声を掛ければ、先程まで灘が座っていた席に目を向けた十勝は「あれ?」と声を上げた。

「五味さん、また和真いなくなってる!」
「いつものことだろ。気がついてたらまた戻ってきてるだろうから気にすんな、齋藤」
「そ、そう……なんですか?」

 俺に対してだけああなのかと思ったが、灘の神出鬼没は生徒会でもよくあることのようだ。
 流石に、この広くはない室内で人が一人いなくなればすぐに気付けるだろうと思っていたが………まあ、ただでさえ口数も少ないのだから仕方ない……のか?
 それにしても、どこに行ったのだろうか。
 思いながら、取皿の餅巾着を食べていたときだった。

 ドンッ!と、何かが叩き付けられるような鈍い音が部屋の外から響いてくる。
 部屋全体を揺らすようなその音に、俺達は食べる手を、動きを止めた。

「……随分と乱暴なノックだなぁ。ドアぶっ壊れるぞ。お前またゴリラみたいな女こっぴどく振ったんじゃねーだろうな」
「まさか、五味さんじゃあるまいし」
「俺は遺恨を残すような振り方しねーよ!」
「あ、まじすか?告られるんスカ五味さんも」
「こ、こいつ……」

 そんな軽口叩きながらも、立ち上がろうとしていた栫井を制して五味は立ち上がる。
「ちょっと様子見てくる」と五味。
「武蔵ちゃんだけじゃ心許ないし、アタシも行くわよ」と釣られて立ち上がる連理。
 芳川会長のことが気になって、俺も、と立ち上がろうとしたが「お前らは待ってろ」と五味に釘を刺される。

 なんだか、嫌な予感がする。
 が、そんな俺とは対象的に「じゃ五味さんたちいねー間にどんどん肉追加しとこー」と上機嫌な十勝を見てるとなんだかそれが気のせいとすら感じるからすごい。

 二人がいなくなった部屋の中。
 とうとう部屋の中に残されたのは俺、十勝、栫井の三人だけになる。

「それにしても、栫井お前本当に食べないよなー。せっかくなんだから食えよ、ほら」
「いらねぇよ……つか、お前、こんな時によくそんな呑気に飯が食えるな」
「腹が減ったら戦はできねーって言うだろ?」

 そんなやり取りを聞きながら、俺は、部屋の外の様子を探ろうと試みる。……が、先程のような物音はもうしない。当たり前だ。元よりは防音が利いているわけだから音がしないのが正解なのだから。
 でも、だとしたらさっきの物音は相当だったんじゃないか……。
 そう考えたとき、五味と連理の帰りが遅いことに気付き、俺は、十勝に目配せをする。……が、十勝はこっちを見てなかった。点けっぱなしになったテレビを見て笑っている十勝に、「ねえ」と恐る恐る声を掛ける。

「あの……五味先輩たち、遅くない……?」
「何言ってんだよ佑樹、さっき出ていったばかりだろ。それに、外に暴れてるやつがいるってんならもう少し掛かると思うぞ。なっ、栫井!」
「知らねえよ」
「…………」

 そんなものなのだろうか。
 俺は、正直気が気ではなかった。
 それはきっと阿佐美と阿賀松のことがあるからだろう。もし外にいるのが暴れる生徒とかではなく、阿賀松だったら。そう思うと、こうして何も分からない状況がただ気持ち悪くて仕方なかった。

 会長も、出て来るって言ったきり戻ってこないし……灘に至ってはどこに行ってるのか分からない始末だ。

「あの、俺、ちょっと見てくる……」

 そう、いても立ってもいられず立ち上がったとき、十勝に腕を掴まれた。

「十勝君……」
「さっき五味さんに言われただろ。座ってろって。……そんなに気になんのか?」
「……」

 静かに尋ねられ、俺は、頷き返す。
 理由を話すわけにはいかないが、俺の表情から何か察したのだろう。俺をソファーへと座らせた十勝は、代わりに立ち上がる。

「なら、俺が代わりに様子見てくるよ。問題なさそうだったらすぐ戻ってくるし、それなら良いだろ?」
「え?で、でも……」
「明らかに面倒そうなところに佑樹を一人でノコノコ行かせてみろよ、会長にぶん殴られるっての。おい栫井、佑樹のことよろしくな」
「……」
「と、十勝君……ありがとう」
「別に俺は当たり前のことしてるだけだって。それじゃ、肉、見とけよ」

 そう笑って、十勝はパタパタと走って部屋から出ていった。
 そして、栫井と二人きりになった部屋の中。バラエティ番組の芸人の笑い声だけが響く。
 会話なんてあるわけもない。

「……」
「……………」

 気を紛らすために黙々と食べ進める俺と、テレビを眺めてたまに鍋を口にする栫井。
 そんなこんなしてる内にテレビの傍にあった時計の針はあっという間に十分を刻んだ。
 ……明らかに遅すぎる。
 十勝も、問題がなければすぐ戻ってくるって言っていたし……ということは、何か問題が起きたということだろうか。

 こういうとき、連絡を取ることができればいいが俺の携帯は会長が持っているままだし……。

「あの……っ、皆、遅いね……」
「自分で見てこいよ」
「っ、え?」
「気になるんなら、自分の目で見て来れば?……って言ってんだよ。俺は、あいつみたいにわざわざお前の言うこと聞くつもりないから」
「……」

 俺が言わんとすることに気付いたらしい。
 勝手にしろ、と言わんばかりに俺から目を反らした栫井は鍋の火を弱めた。
 ……そうだな、気になるんなら、自分の目で確かめればいい話だ。明らかに問題起きてる場所に自分から出向くのは自殺行為としか思えないが、扉から覗くぐらいなら、怒られないだろう。そう俺は、皆が出ていった扉へと歩み寄る。ひんやりとしたドアノブを捻り、扉を開いた。
 いきなり首を飛ばされることもあるかもしれない、そんな覚悟を決めて扉の向こうを覗いた俺は、目を疑った。

「……あれ……?」

 誰も、いない。それどころか、人の気配すらない。
 さっきのすごい音は間違いなくこの部屋の前の通路から聞こえてきたもののはずなのに、そこに争った形跡もないのだ。
 ……皆、どこに行ったのだろうか。
 扉を出て、閉める。その時、遠くから声が聞こえてくる。それは、怒声にも似たもので。
 この声は……連理だろうか。いつも甲高い声ばかり聞いていたので一瞬誰の声か分からなかったが、間違いない。
 あちらの方からか、通路の奥、ラウンジへと足を一歩進めたときだった。
 比較的、静かな空気が流れるそこに足音が、聞こえた。
 硬い靴底を叩くような硬質なその音に、一瞬にして、全身が、その場の空気が、凍り付く。

「そっちには、行かない方が良いぞ」

 そう、一言。
 地を這うような、低い声。背後から掛けられるその声に、冷水を浴びせられたように全身が凍り付く。

「面倒だからなぁ……それにユウキ君が行ったところでなんの役にも立たねえだろうし止めとけ」

 かつり、かつりと。
 近付いてくる足音に、心音が一層大きくなる。それは張り裂けそうになる程だった。
 逃げないと、と思うのに、絡みつくようなその声に、足元に絡み、掬われるようで。

「それよりも、お前はやらないといけないことがあるだろ」

 かつり、と。足音が止まる。
 今度聞こえてきたその声は、耳朶に吐息が掛かる程の至近距離からだった。凍り付く俺の肩に手を回したやつ――阿賀松伊織は、浮かべていた笑みを、表情を消した。

「詩織に手を出したやつは誰だ?」

 そう一言。その一言に詰められたそれは殺意という言葉で片付けられるような単純なものではなかった。
 嫌な感情を引っ括めてミキサーに掛けてペースト状にしたそれを穴という穴から食わされるような、そんな、息苦しさと恐怖感に俺は何も答えることが出来なかった。
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