職業村人、パーティーの性処理要員に降格。

田原摩耶

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瓦解氷消【勇者ルートif】

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「スレ……」

 その腕を掴む。幼い頃は痩せていたのに、今は違う。いつの間にかに体格も身長もなにもかも追い越されていた。その腕を引っ張り、その背中に腕を回した。
 瞬間、腕の中のイロアスの体が硬直する。怯えたように重なり合った上半身が震えるのだ。

「っ、スレイヴ……ッ?」

 幼い頃は特に何も感じなかった。寒いからと言う理由でくっつき合うこともあった。けれど、今の俺達にはその行為には別の意味合いが含まれるようになる。……だから、しなかった。触れ合うことも避け、逃げてきた。こいつ自身から目を逸してきた。

「俺は、お前のこと全然知らなかった。お前に嫌いなものがあるってのも……知らなかった、ずっと一緒にいたのにな」

 隠し事されるのが嫌だった、というのとは違う。俺は、イロアスのことを何でも打ち明けられる家族のような存在だと思っていた。……あの日でその関係は変わったけど、それでも、過ごしてきた時間は何も変わらない。
 けど、イロアスはそうではなかった。俺に対して、俺が嫌うのではないかと必死に隠して取り繕っていた――そう考えるとただ、悔しかった。何に対する悔しさなのかも分からない。

「……っ、俺だって、お前のことは大切だ」
「スレ……」
「っ、クソ、……俺は……お前を……」

 自分の気持ちを言葉にするのは苦手だった。グチャグチャ絡み合った心を一つ一つ紐解いていく。言葉を探す。最適解などない、だから自分の気持ちを言語化して紡しかなかった。
 イロアスの背中に回した腕に力を入れる。真正面、翳ったやつの顔を覗き込む。乱れた前髪の下、怯えた子供のように答えを待つその目がただ俺を捉えた。

「捨てれるわけないだろ」

 そもそもだ、俺もイロアスのことを理解できていなかった。――そしてイロアスも、俺のことを理解していない。
 考えなかったわけではない。けれど、俺がイロアスと一緒にいたのは魔王討伐するためだけじゃない。そうじゃないんだ。

「スレイヴ……」
「お前のこと、見損なったし理解できない。……お前の本心、何一つ分からなかったからだ」
「……っ、……」
「けど、俺がお前の立場だったら……――」

 俺はどうしてだろうか。イロアスが殺されると思えばただ背筋が冷たくなり、なにも考えられなくなるほど血が熱くなる。冷静でいられる自信はなかった。

「俺も、そうする」

 唯一の家族で相棒、ずっと一緒に育ってきた半身のような存在だ。
 イロアスが負けるなど思わない、けれど、もしの話だ。手加減などする余裕がないほど必死になるだろう、事故であろうが故意であろうが躊躇などないだろう。
 背中に回した腕に力が籠もる。ゆっくりと見開かれたイロアスの目。

「お前も、お前だ。俺のことを全然理解してない、なんで……そうやって全部一人で抱え込んで、俺に話してくれなかったんだ」
「……っ、それは、スレイヴが……」
「俺は……っ、お前に、信用されてないことの方がよっぽど悔しかった」

 思わず声が震えた。それでも、伝えなければならない。一緒にいればなんでも勝手に分かってくれると俺は勝手に信じ込んでいた、こいつと同じだ。だから、こいつは壁を作ったんだ。その結果がこれだ、俺達にはずっと当たり前だと思っていた肝心なものが抜けていたのだ。

「っ……大事に思ってるのはお前だけじゃないんだよ、イロアス」

 ひりつくように喉が熱くなり、目の奥にも熱が溜まっていくようだった。
 イロアスのしたことは許せない。けれど、だからと言って骨の髄まで憎むことなどできるわけがなかった。
 わざわざ口にせずとも伝わってると思っていた。それが、蓋を開ければこれだ。こいつはいつか俺に捨てられるとずっとビクビクしていたのだ。
 この関係に、こいつに甘えていたのは俺だ。だからこそ、ちゃんと伝えなければと思った。
 ほんの数秒、それでも長い時間のように思えた。

「……っ、……」

 イロアスは俺を見ていた。沈黙。何かを言おうとしては言葉が出てこず、唇をぱくぱくと動かす。そして、そのまま俺の体を押し返すのだ。
 逃げようとするやつを「イロアス」と捕まえる。手のひらの下、掴んだイロアスの腕がびくりと反応する。

「っ、イロアス、逃げるなよ……ッ」
「……っ、……スレイヴ……」

 そう向き直れば乱れた前髪の下、こちらを見据えるやつの瞳が揺れた。
 まるで子供の頃と変わっていない縋るような目。そこに反射して映る自分の顔を見て、ああ、と思った。
 ――俺も、何一つ変われていない。

「俺は……」

 なにをどうしたら正解だったのか、未だ分からない。それでも、もっと別の選択肢があったはずだ。

「俺は……っ」

 お前を。
 言い掛けて、伸びてきた手によって身体を引き剥がされる。突き放すように強い力だった。

「……っ、やめろ」

 イロアスの口から絞り出されたその言葉には、はっきりとした拒絶が現れていた。

「やめろ……っ、スレイヴ」

 ――何故、どうしてイロアスのやつがこんな顔をしているのかが俺には分からなかった。
 苦しそうに歪んだその表情は今にも泣きそうで、肩を掴むその手は微かに震えてる。

「イ、ロアス……?」
「違う……」
「っ、違うって、なにが……」
「……っ、……」

 俺は、お前のことを少しも理解できなかった。それでも、その本心を聞いて……改めようと思った。それなのに、何故こいつはこんな反応をするんだ。
 戸惑う内に、イロアスは俺を突き放して部屋から出ていこうとするのだ。「おい」と手を伸ばそうとするが、イロアスはまるで逃げるようにその手を振り払う。
 そして、今度は引き止める間もなく部屋を後にした。
 ただ一人部屋の中に残された俺はその背中を見送ることしかできなかった。

 あいつのことが分かった気になったと思えば、また分からなくなる。到底許せることではない、それでもあいつの立場になれば見えてくるものも変わってくるのだと思った。

「……なんなんだよ」

 俺はまだ、あいつのことが分からなかった。
 唇を拭い、扉を閉めた俺はそのまま寝台へと寝転んだ。
 もやもやとした気持ちを抱えたままそのまま目を瞑る。あんな風に気持ちを吐露されたあとだ、神経が昂ったまま寝れるはずがなく、ただ無意味に時間だけが過ぎていく。
 結局、寝付けたのは夜が深くなってからだった。

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