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クソザコお荷物くん

02※

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 体は嘘みたいに軽くなったが、それも一時的なものだ。魔道士にあんな恥態を晒し、挙げ句に助けてもらうなんて思い出しただけで耐えられない。
 先程の行為を思い出してはまた体が熱くなる。宿屋へと戻る足取りも次第に重くなっていくのだ。
 俯きながら歩いていたとき。
 ふいに名前を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げればそこには、近くの店の前にいた勇者がこちらに向かって軽く手を振ってくる。

「こんなところにいたのか」
「……勇者」

 このタイミングであいつと遭遇するなんて。
 そういえば、俺を探していたと魔道士が言っていた。まさか、またいつものように触れられるのではないだろうか。そう、身構えるが勇者の反応は俺が想像していたものと違った。

「武器運んでくれてありがとな。一人で大変じゃなかったか?」
「別にこれくらいなんてこともない。修行だと思えば……」

 つい、いつもと変わらない勇者の態度に答えたあと、後悔した。そうだ、今は俺が無理して体を鍛える必要もないのだ。

「……俺、宿に戻る」
「あ、おい待てよ!」

 咄嗟に掴まれた手首に体が反応する。なんだよ、と振り返れば、勇者は慌てて俺から手を離すのだ。そして。

「……たまには、外で食事しないか。二人で」
「別に、宿でも料理は食えるだろ」
「けど、シーフとは飲みに行ったんだろ? ……二人きりで」
「……っ!」

 どういう風の吹き回しかと思いきや、……そういうことか。シーフとの仲を勘繰られてるわけではないだろうが、その言葉にあらゆる意味が含まれていることには変わりない。
 ――そして、俺に拒否権がないこともだ。

「……わかったよ。行けばいいんだろ」

 以前の俺なら、わざわざこんな誘い受けずとも毎日二人で飯を食いに行っていた。けれど、こいつとの関係が変わってからというものの顔を合わせづらくて、わざと食事する時間や場所をずらしていた。だからだろう、こんな風にわざわざ遠回しな方法で誘ってきたのは。
 ……性行為だけでいいのに。
 飽きるほど顔を突き合わせてもうんざりすることもなかったこいつとの食事がこれほど憂鬱になるなんて。今日は何をされるのか、それを考えるだけでも体は落ち着かなかった。

 勇者が俺を連れてきたのは、海沿いの小さな定食屋だ。庶民向けなのだろう、あまり綺麗な店ではないが、街の人間で賑わうその定食屋に足を踏み入れた瞬間、食欲を唆る匂いに堪らず腹が鳴る。それに気付いたのか、「好きなもの食べていいからな」と勇者は笑った。俺は何も答えられなかった。
 そんな中、店主らしき恰幅のいい女店員は勇者の顔を見るなり「おお、あんたかい」と破顔した。

「やあよく来たね、あんたにはたくさんサービスしてやる。好きなだけ食べていっていいんだよ」
「いや、お金はちゃんと払いますので」
「そんなこといって、こうしてうちの店が続けられてるのはアンタたちが盗賊を捕まえてくれたお陰なんだから! ほら、隣のあんたもいっぱい食べな!」

 随分気前のいい女店主だ。
 盗賊の件は俺は知らないが、勇者はよく街の人間の頼み事を聞いては人助けのようなこともしている。
 ――正直、嬉しかった。
 俺でも変な話だと思うが、ずっと人が変わったと思っていた勇者が新しく訪れたこの街でも変わらずに人を助けてるという事実にだ。そして同時に、薄暗い気持ちになるのだ。変わったのは俺と勇者の関係だけだ、と。

「ありがとな、おばちゃん」
「……お前な」
「せっかくの好意だろ?受け取らない方が罰当たりだ」

 俺の言葉に、勇者は仕方ないなとでもいうかのように笑うのだ。

「まあ、お前がそう言うなら……今回だけご厚意に甘えさせてもらうか」

 その横顔が昔と変わらないことに余計胸の奥がちくりと傷んだのを俺は無視して席へと移動する。

 大衆酒場やこういった食堂が活気ある街はいい街だと昔勇者が言っていたのを思い出した。話を聞く限り、それも勇者のお陰なのだろう。
 様々な層の客で賑わう店内は居心地がいい。
 俺と勇者は店内の片隅のテーブルで次々と運ばれてくる料理を食べていく。
 勇者の顔を見ながら飯なんて食えるのかと疑問だったが、美味しそうな料理を前にしてみればそんな疑問も吹き飛び、俺は飯に食らいついていた。

「お前は本当によく食べるな」
「美味いしな。……お前の方こそ、もう少しちゃんと食えよな。よくそんなんで体が保つな」
「お前の食いっぷりを見てたらこっちまでお腹がいっぱいになるんだよ」
「……相変わらず訳分かんねえやつ」

 昔からだ。最初、シーフや魔道士がパーティーに加わる前。俺と勇者の二人旅だった頃。大きな獲物を仕留める度に俺たちは二人でその街の飯屋に行って細やかながらも祝杯を上げていた。稼ぎなんてろくにない、宿代と武器防具代でカツカツながらも鍛え、クエストをこなしてはそれにあった報酬を貰う。自分たちが成長すればするほど更に上位のクエストを受注することができるようになり、武器や装備品もちゃんとしたものを身に着けられるようになっていく。
 俺はそれが嬉しかった。けれど勇者はそれ以上にたくさんの人たちに感謝されることを喜んだのだ。俺は、そんな勇者のことをすごいやつだと思っていた。……まるで遠い昔のことのように思える。
 新しく運ばれてきた皿を手前に引いた俺は、そこに昔よく勇者が好んでいたものを見つける。

「ほら、これお前好きだろ」

 つい、昔の感覚でフォークで刺したその魚を差し出したとき、勇者が動きを止めた。
 その顔に、俺ははっとする。行儀云々以前の問題だ。恥ずかしくなって、咄嗟にフォークを引っ込めようとしたときだった。勇者に手を掴まれ、腕ごと引かれる。そして、人目も気にせず勇者はフォークの先端に刺さった魚身に齧り付いた。

「……本当だ、美味しい」
「……本当に食うやつがいるかよ」
「お前が食べさせようとしてきたんだろ」
「それは……確かに俺が悪いけど、人前だぞ、ここ。お前は人気者の勇者様なんだし、もう少し弁えろって」
「わかった。……以後気を付けるよ」

 本当に反省してるのか、俺にはわからないが心なしかその肩が落ちて見えた。
 いつもならしつこいくせに、人前だからか。やけに物分りがいい勇者に妙な罪悪感を覚えた。
 これ以上目の前で落ち込まれたら飯もまずくなる。俺は空いた更に残りの魚身を載せ、「ほら」と皿ごと勇者に差し出した。

「さっきの残ってるから、やる」
「……もう食べさせてくれないんだな」
「いらないんなら、いい。俺が食う」
「いらないとは言ってないだろ。……ありがとう、もらうよ」

 ふ、と嬉しそうに微笑む勇者の顔に、息を飲んだ。……もう、見れないかと思っていた。前と変わらない優しい笑顔。
 昔に戻ったみたいなんて思うだけ虚しくなるとわかってるのに、重ねてしまう。思い出し、浸ってしまう。我ながら愚かだと言う自覚はあった。
 そんな中だ。

「そういえば、シーフと最近仲いいみたいだな」

 思い出したように口を開く勇者に、俺は思わず食いかけの肉を落としそうになっていた。

「っ……別に、そんなことないだろ」
「そうか? あいつはお前の話ばっかりしてたぞ」

 あの野郎、余計なことするなって言ったのに。
 舌打ちしそうになり、我慢する。

「あいつが絡んでくるだけだ、俺は別に仲良くしてるつもりはない」

 勘付かれないように振る舞おうとすればするほど次第に語気が強くなってしまう。バレやしまいかと内心ヒヤヒヤする俺の気を知ってか知らずか、勇者は僅かに視線を外した。

「俺としては、お前がパーティーの皆と仲良くしてくれるのは嬉しいよ。けど、お酒は控えろよ。……お前、あまり強くないんだから」
「……そんなこと言いたくて、わざわざ食事に誘ったのか?」
「……そうだよ」

 なんだよそれ、ガキかよ。あまりにも悪びれない勇者の言葉に何も言い返せなくなる。
 俺はお前のものじゃない、俺だってやりたいことをする権利はあるはずだ。そう言ってやりたいが、やめた。そうだ、元々俺はこいつに飼われてる立場なのだ。権利など、ない。

「悪かったな。……気をつけたらいいんだろ」

 せっかくの飯の味もわからなかった。
 昔に戻れたみたい、なんて現実逃避も甚だしい。戻れるはずもないのに、余計虚しさだけがそこに残っていた。




 腹は満たされたがいつものような満足感はなかった。
 味に問題はない。寧ろ好みの家庭的な味付けだったはずなのに。
 ……原因はわかっていた。
 隣にいるこいつのせいだろう。食事を食べ終わり、「そろそろ行こうか」という勇者の一言に緊張する。ああ、と応えた声が震えてしまったが、勇者は何も言わなかった。

 食事を終えただけで満足するとは思わなかった。
 いつも飯を食ったあと俺を部屋へと呼び出しては何度も抱かれた。
 店の外は日が沈み始めていた。どうか、今日だけはこのまま終わってくれ。そう、念じていたとき。

「やあ勇者。こんなところにいたのか」

 聞こえてきたのは爽やかな声だった。聞き慣れた胡散臭い声に顔を上げれば、そこには先程別れたはずの魔道士が立っていた。
 どうやらいつものように魔道具屋巡りをしていたのだろう。
 俺と二人きりの態度からは考えられないほどのにこやかな笑顔、そして好青年面。
 ……勇者の前だから猫かぶってやがる。

「メイジ。買い物か?」
「ん、まあそんなとこ。ところで勇者サマは……なんだ、犬の散歩か?」

 勇者の後ろにいた俺を見て、魔道士は鼻で笑う。こいつ、と俺が反応するよりも先に「おい、メイジ」と勇者は魔道士を嗜める。
 そんな勇者を無視して魔道士は「丁度良かった」と勇者に絡むのだ。

「勇者、暇なら俺と遊びに行かないか?あんたが一緒だと都合いいし」
「お前な、そんな堂々と言われてついていくやつがいると思うのか」
「いや実はさ、面白いもの見つけちゃったんだよな。勇者が好きそうな店」

 この猫かぶり男が。勇者のことを利用することしか考えてないのだろう。露骨な態度も面白くないが、正直今だけはその誘いは有難かった。
 ちらりとこちらを見る勇者。

「……別に俺のことは気にしなくていいから。あまり店に迷惑掛けんなよ」
「あ、おい……」
「余計なお世話だ、お前こそ迷子になるなよ」
「メイジ、またお前は……」

 言い返してやりたい気持ちをぐっと堪え、俺は「じゃあな」と二人から逃げ出した。
 魔道士はああなるとしつこい性格だし、暫く勇者は買い物に付き合わされる羽目になるだろう。
 あのときの勇者と魔道士を思い出してはムカムカしてくる。
 一体誰にムカついてんだ魔道士を甘やかす勇者?俺にだけ冷たいメイジ?
 ……そんなこと考えている自分にか?
 もういいや、知るか。勝手にしたらいい。
 あいつらがいない間ゆっくり休める。そう思って小走りで戻ってきた宿屋前。
 扉を開けようとしたとき、目の前の扉が開いた。そして、いきなりぬっと現れた頭一個分大きな影に驚いた。そこに立っていたのは、見慣れない男だ。

「……あ」
「悪い、怪我はないか?」
「……お、う」

 声を聞いて、そいつが騎士だと分かった。
 普段厳しい鎧を身に着けている騎士ばかり見てるからだろう、私服姿の大柄な男が騎士だとすぐに結びつかなかった。
 騎士とはあまり話したことがない。出会いが出会いだ、この男もこの男で俺に対して変な負い目を感じてるらしくあまり声を掛けてこない。
 だから、今日もそれだけで別れるつもりだったのだが……。

「そう言えば、勇者殿を見ていないか。先程から探してるんだが姿が見当たらなくてな」

 話しかけられる。同じパーティーだから別に話しかけられることが悪いとは思わないが、俺はどう接していいのか分からず一瞬言葉に詰まった。

「……勇者なら魔道士と魔道具屋に行くって言ってたけど」
「……ああ、メイジ殿と一緒か」
「なにか急ぎか?」
「いや、大したことはない。引き留めて済まなかったな」
「ぁ、いや……」

 そう、俺の横を通り過ぎていく騎士を目で追う。俺もこれくらい強くて、頼り甲斐があるような男だったらこんなことになってなかったのだろう。
 そう、思いかけたときだった。息が苦しくなる。立ちくらみだ、と思ったときには遅かった。段差を踏み外しそうになったとき、振り返った騎士に抱き止められた。

「っ、わ……悪い……」
「……どうした? どこか具合が悪いのか?」
「……っ、違う、大丈夫だ……ただの、立ちくらみ……」

 だから、大丈夫だ。そう言いかけたときだった。伸びてきた手のひらに額を触れられる。大きな無骨な手のひらの感触に驚いて、全身がびくりと反応しそうになる。それよりも、その手の冷たさに余計。

「やはり熱があるようだな」
「これは、別にいつものことだ。気にすることでも……」

 確かにここ数日微熱の状態は続いていたが、最早日常茶飯事のようなものだと思っていた。低体温らしい騎士に比べると確かにそう思われるのだろうけれど、と心配させないようにそう声をかけたときだった。騎士は「失礼する」と屈んだ。
 失礼する?……何をだ?そう問いかけるよりも先に、いきなり体が地面から浮いた。
 いきなり騎士に抱き抱えられたのだ。

「え、ちょっ、お……おい……っ!」
「このまま部屋へと送り届けさせてもらう。少しの間辛抱してくれ」

 心配そうな顔でそんなことを言い出す騎士に、俺は呆気取られていた。まさか、こんなに安安と抱き抱えられると思わなかったというのもあるが、それよりと膝裏と背中に回されたがっしりと下腕の感触。
 ――よりによって、女子を抱くような抱き方で。
 通りすがりの子供たちが「わー、お姫様みたい!」「すごーい」と無邪気な目を向けてくるのが余計居た堪れなかった。
 今すぐ下ろしてくれ、という俺の声は騎士には届かなかった。結局、宿屋の自室のベッドまでそのまま抱き抱えられることになったのだが……正直下手な拷問よりも効果があるようだ。


 ――宿屋、自室。
 ベッドに寝かされた俺は本格的な熱に魘されることになった。
 絶対さっきこの男の奇行に耐えられず暴れたせいもあるだろう。声がガラガラになってる俺に騎士も騎士で悪いことをしたと思ってるようだ、わざわざ解熱剤を用意してくれたようだ。

「本当はメイジ殿に診てもらった方がいいと思うのだが、その……見当たらなかった。その場しのぎではあるがこれで暫く辛抱してくれ」
「あいつなら暫く帰ってこないだろうし、俺はこれで十分だよ。助かった」
「その……無礼な真似をした。つい、癖で」
「……癖?」
「近所の子供を運ぶときはあれが一番楽だったし、喜んでいたから……」
「俺が、子供っぽいと?」
「そ、そういう意味では……」

 すまなかった、と気の毒なほど項垂れる騎士に俺は思わず笑ってしまった。
 元貴族のお付きの騎士様というからどんな高慢な男だと思えば蓋を開けばどうだ。あまりにも真面目で、優しい男で安心した。
 騎士は少しだけ意外そうな顔をしてこちらを見るのだ。

「ん? ……どうした?」
「いや、その、貴殿が笑うのを初めて見た……と思っただけだ。気に障ったなら済まない」
「……俺だって人間だ、笑うくらいはするぞ」

 自分で言って酷く空々しい気持ちになる。
 確かに騎士の指摘通りだ。ここ最近ずっと顔面の筋肉が凍りついたように動かなかった。けれど、今は。
 すまない、と本当に申し訳なさそうにする騎士。俺よりも強そうなのに、こんな俺相手にペコペコするのが気になった。けど、嫌いではない。勇者が連れてきた中で一番まともだ。

「病人に無理をさせるのも悪い。俺の部屋は隣にある。なにかあれば構わず呼んでくれ」
「あ、ああ……悪い。ありがとな」

 騎士はそれだけを言えば部屋を後にした。
 一人になった俺は、騎士が用意してくれた白湯に口を付ける。
 ……昼間、魔道士にしっかり毒抜きはされたはずだ。治癒ではどうにでもできないほどの精神疲労が積もり積もっていたというのか。
 少しだけ寝るか、と目を瞑る。
 俺の代わりに入ってきたのがあの男でよかった。そんなことを思いながら。




 薬飲んで、暫く横になってるつもりがそのまま眠りこけていたようだ。部屋の外から聞こえてくる話し声に目を覚ました。
 窓の外は既に暗い。今何時ぐらいだろうか。まだ朝日は登りそうにないが。
 ……もう少し寝ようか、そう思いながら寝返りを打とうとしたときだった。部屋の扉が静かに開くのを感じた。
 こんな夜更けに部屋に入ってくるやつなんて、限られている。けれど、いつもならノックするのに。思いながら、起きようとしたときだった。ぎし、と大きくベッドが軋んだ。
 そしてそこには。

「……お前」
「………………」

 勇者がそこにいた。
 俺の上、押し倒すような形で乗り上がってくるやつに息を飲んだ。そして、この距離でもわかるほどの酒気に堪らず咽る。

「お前、酔ってんのか?」
「……お前が、先に帰るから」
「あれは、魔道士のやつが……っん……」
「……っ、お前、俺のこと避けてるだろ」

 最悪だ。こんなときに限って最悪の酔い方をしている勇者に頭が痛くなってくる。
 昼間と言い、性処理目的以外でもやたら俺に構うからなんだと思ったらそんなことを気にしていたのか。

「……飲み過ぎだ。さっさと自分の部屋に戻れ。そんなんじゃ、明日に響くぞ」

 酔っ払い相手に何を言ったところで寝耳に水だ。とにかく、部屋に連れ戻そうとするが押し倒してくる勇者の体はびくともしない。それどころか、黙れ、と言うかのように唇を塞がれ、堪らず噎せそうになる。

「っ、ん、ぅ……っ、ふ……」
「っ、お前は、俺のだよな。……だから、ここにいるんだろ? なのに、なんだよ……それ」
「っ、おい……酔い過ぎだ、馬鹿……っ」
「抵抗するなよ」

 囁きかけられるその声に、ごくりと固唾を飲む。
 窓から射し込む月明かりに照らされたその目は据わっていた。

「舌を出せ」
「……っ」

 なんで、こんなこと。
 熱で頭がぼんやりする。酒の匂いが気持ち悪くて、それでもその言葉に逆らうことはできなかった。

「っ、は、ん……ぅ……っ」

 犬みたいに突き出した舌を絡め取られ、そのまま口を開いた勇者に甘く噛まれたと思いきや先っぽを吸われ、そのまま唾液を塗り込むように舌の根からねっとりと絡め取られた。
 頭の奥がズキズキと痛む。さっさと終われ、そう思うことしかできない。
 体に伸びてきた勇者の手が服の下を這い摺る。咄嗟に、俺はその手を握り締め、止めた。
 勇者の目がこちらを向いた。

「ぉ、俺が……するから……お前はじっとしてろ」

 下手に触られたくなかった。それなら、口や手で処理して勇者を満足させた方がまだいい。そう思って申し出れば、勇者は「わかった」と応えた。
 よかった。これで拒否されたらどうしようかと思った。鉛のように重い上半身を起こし、俺の上で膝立ちになる勇者の股ぐらに顔を近付ける。そのままベルトを緩めようとして、勇者に前髪を掻き上げられる。

「口でしてくれ」
「……わかったよ」

 情緒などない。命じることをこなすだけだ。
 早く終わらせよう、そう下着の中から萎えきった勇者のものを取り出す。そもそもここまで飲んでいて勃つのかすら謎だが、勇者が満足すればそれでいい。思いながら、鼻呼吸へと切り替えた俺は目の前の垂れた亀頭をそっと持ち上げ、その先端にそっと唇を押し当てた。

「……っ、ん……ぅ……」

 こうしてみるとまだマシだ。……余計生々しさが増すが。根本まで咥えたら吐きそうだ。今日は舌だけで射精させることができれば。
 思いながら、先っぽだけ口で咥えてそのまま濡らすように亀頭を舐めた。一応は感じるらしい。勇者が小さく息を漏らすのを確認し、俺はそのままゆっくりとカリの溝をぐるりと舐め回し、口輪でやんわり締め付けながらも唾液を絡めていく。
 終われ、終われ、さっさとイケ。思いながら、勇者の腰を手を回す。やばい、気分が悪い。

「……熱いな、お前の口。溶けそうだ」
「……っ、ふ、ぅ……っ」

 熱があると言えば、こいつはやめてくれるのだろうか。一瞬迷って、やめた。心配させたくなかったし、されたくなかった。多分これは俺の悪い癖だろう。体調崩してるところなんて見せたくなかった。だから、誤魔化すように俺は更に執拗に舌を絡めるのだ。
 間もなくして先っぽから滲む独特の味の汁が滲み、手にしていたそこは芯を持ち始める。
 さっさと終わらせよう、そう思いながら一旦唇を離し、でろでろに濡れたその肉色のそれを裏筋からしゃぶろうとした。
 そのときだった。
 扉がノックされたのだ。コンコン、と控えめなノック音に、俺も、勇者も動きを止める。血の気が引いた。誰が、こんな時間に。

『済まない、夜分遅くに。……苦しそうな声が聞こえたから、気になった。……あれから風邪の具合はどうだ?』

 ――騎士だ。
 扉を見ていた勇者の目がゆっくりと俺を見下ろす。風邪だと?聞いていない。そう、言いたげな目だ。
 応えようとして、後頭部を掴まれ、やつの腰に顔を押し付けられた。そして、そのまま唇に亀頭を押し付けられ、再び咥えさせられる。嘘だろ、と抵抗することもできなかった。

「っ、む、ぅ……っ」
「こいつの具合なら問題ない。……今はもう元気そうだ」

 そう、普段と変わらない調子で答える勇者にぎょっとする。言いながらも、俺の口の中、頬の裏側に亀頭を押し付けるように舐めさせてくる勇者に血の気が引いた。

『勇者殿?……そうか、貴殿が一緒なら心配なさそうだな。……失礼した、また手助けが必要なら呼んでくれ』
「ああ、ありがとう。……それじゃあ、おやすみ」

 ごぷ、と胃液が溢れそうになるのを必死に堪え、喉に押し込む。苦しい。隣の部屋の扉が閉まる音が遠く聞こえた。騎士が部屋に戻ったのだ。勇者はそれを確認して、俺の口から性器を引き抜いたのだ。

「っ、ゲホッ! ……ぅ゛、えッ……」 
「……なんで言わなかった?」
「っ、な、にが……」
「風邪のことだ。……通りで、体温が高いと思ったら……っ」
「…………」

 怒ってる。勇者が。俺に。
 口から溢れる唾液を拭う。……口を今すぐ洗って、清潔な水を飲みたい気分だった。

「……言ったら辞めたのか?」
「…………っ、お前」
「酔い、覚めたみたいだな」

 そう口にすれば、勇者の顔が険しくなる。
 ……見たことない顔だ。不快感、いや違う、これは……。
 …………どちらにせよ些細な問題だ。酔いが抜けた方がまだいい。そう、再び勇者のものに手を伸ばそうとしたとき、勇者に止められた。
 驚いて顔を上げれば、勇者は「もういい」と吐き捨てるのだ。

「……帰る」
「帰るって、そのままか?」
「…………」

 ベッドから降り、服を着直す勇者の背中に思わず声を掛けるがやつは何も言わない。そのまま部屋を出ていく勇者に、俺は結局止めなかった。
 再開したところであの空気では耐えられなかっただろう、お互い。……それにしても、勇者が怒る意味がわからなかった。今まで、これよりも酷いことをしてきたくせに、今更体調不良時に口淫を気にするやつか?
 もう、知るか。寝れるならラッキーだ。そう思うしかない。
 結局その夜は口を念入りに濯いでまた寝ようとする。不完全燃焼。体の中に燻ったままの熱は収まることはなかったが、流石にこのまま自慰に耽るほどの気力も体力もなかった。
 それにしても、この部屋の壁、思ったよりも薄いようだな。
 ……次は騎士に聞かれないように気を付けなければ。思いながら俺は目を閉じた。

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