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しおりを挟む海陽先輩に付き添われたまま入った保健室。
俺の顔を見るなり心配した養護教諭にクラスと名前を聞かれ、それからいくつか薬を貰った。
養護教諭に言われたことを要約すると、今の俺は大分疲労が溜まってる状態だと言う。それが原因で熱が出ていると。
暫く学校は休んで、二、三日安静にすること。
そう念押しされ、気圧されながら俺は保健室を後にした。そして、海陽先輩も一緒に。
「寮まで送る」
保健室を出た後、俺は素直に海陽先輩に甘えることにした。それを断る気力もなくなっていたのだ。すみません、とだけ頭を下げ、俺達はそのまま寮へと戻った。
「体調不良の件は教師には伝えておく。二、三日ゆっくりしろ」
「……分かりました」
不満がないわけではない。が、実際自分の身体のことは分かっていた。普段の自分とは違うということくらいは。
自室、寝室。
海陽先輩に引っ張られて、そのままベッドに寝かしつけられる。
「手伝いが不要なら気にせず言え」
「すみません、ご迷惑かけて」
「迷惑じゃない。人として当然のことだ」
「……」
それを迷いもなく言い切ることができる人なのだ、海陽先輩は。
ベッドに寝かしつけられたまま俺は「ありがとうございます」と頭を出す。そしてすぐに布団を頭まで被された。
「寝ていろ」
「は、はい。ですがその、あの……ちょっと息苦しいです」
「……そうか。お前は頭まで被らない派か」
もしかして海陽先輩なりの気遣いだったのか。真意は謎ではあるが。
菖蒲さんのことを面倒見がいいと言っていたが、この人も大分面倒見がいい人だ。
思いながらも、最初の頃に感じていた緊張も大分解れていた。……散々情けないところを見せてしまったから耐性がついてしまってるだけかもしれないが。
なんて思いながら、薬の副作用でうつらうつらしていたとき。海陽先輩と目があった。
「今回の件は桐蔭にも伝えておく。生徒会の活動も暫く気にしなくて良い」
そう言い、そのまま寝室から出ていこうとする海陽先輩に「あの」と俺は慌てて呼び止める。
「なんだ」
「……会長には言わないで下さい」
「理由は」
「……あの人に余計な心配を掛けたくないんです。休みは頂きます。なので、その……」
「心配を掛けたくないなら尚更伝えておいた方がいいんじゃないか」
不思議そうな顔をする海陽先輩に言葉に詰まる。その通りだと分かっている。けど。
口ごもる俺に、「まあいい」と海陽先輩は小さく顎を引く。
「けど、聞かれたら答えるぞ」
「分かりました。……それで問題ないです」
「……そうか」
「あ、あと……」
「なんだ」
「星名のこと、なんですけど……」
「あの転校生か」
「……俺が居ない間、他のやつに見ててもらいたいんです。あいつ……嫌がらせを受けてるみたいだったから」
あんな喧嘩別れをしてしまったが、本来の俺の役目はそこだったはずだ。海陽先輩に頭を下げ「俺がいない間」と慌てて付け足せば、海陽先輩は「善処する」と頷いた。
海陽先輩だって剣道部もある。忙しい人だと分かっていたが、嫌な顔一つせず引き受けてくれる海陽先輩にはただ頭が上がらなかった。
「俺はこのまま学校へ戻る。……愛佐、飯は食えよ」
それだけを言い残し、そのまま海陽先輩は寝室を後にした。
海陽先輩、ご飯が好きなのだろうか。体は資本だというしあながち間違いではないが、海陽先輩らしいというか。
最後は返事が間に合わなかったが、気付けばささくれ立っていた心が幾分穏やかになってることに気づく。目下の心配事がなくなったことが大きな理由だろう。
その代わりに体温が上昇していく予感を感じたが。……いや、悪寒か。
……休もう。今は。
俺はそのままうつ伏せに枕を抱き抱え、目を瞑った。
海陽先輩の言葉もあってか、その日はゆっくり休むことが出来た。
生徒会の仕事がないのは勿論――今まで一緒にいた星名がいなかったからだ。
大体飯の時間帯になると星名を迎えに行ったり、部屋まで遊びに来たり、あいつがいることで毎日が賑やかだった。
けど、その日部屋の扉が叩かれることはなかった。そして、次の日も。
毎朝迎えに来ていた星名はこなかったお陰で、結局俺は二日間部屋と食堂を行き来するだけと生活をした。
それ以外は眠って。
「……」
そして、学校を休んで三日目。
大分体の方はマシになっていた。熱もすっかり引いて、頭もさっぱりしてる。
けど、どうしても俺の頭の中にあったのは星名のことだった。
海陽先輩にはお願いしていたし、特に休んでる間海陽先輩から連絡もなかったから大丈夫――なのだろう。そう信じることにした。
念の為今日までは授業を休む予定だったが、流石に寝たきりの生活にも飽きてきた。
外の空気でも吸いに行くか。
窓を開き、日差しを受けながら俺は学生寮内をぶらぶらすることにする。
星名が転校してくる前までは基本単独で行動していた。
星名と知り合ってからは生活が一変した。そのお陰で、まるで一人でいることの方に違和感を覚えるなんて。
自分でも不思議な感覚だ。
皆と時間帯をずらして食堂で朝食を取る。その帰り、リラクゼーションルームに寄る。
既に一限目が始まってる時間帯だ。無論、使用者はいない。無人のそこでソファーに凭れ掛かりながら適当に借りてきた本を読んでいると、ふと廊下の方から声が聞こえてきた。
騒がしいような、賑やかな声。
――その声には、聞き覚えがある。
本を閉じ、本棚に戻した俺は通路へと繋がる窓に目を向ける。
「……っ!」
月夜野小晴――今顔も見たくなかったあの男がいた。
遠目にでも分かる派手な頭髪。そして、その隣にいるのは。
「……星名……?」
親しげに笑いながら小晴に付き纏っている星名を見た瞬間、ヂリ、と脳の奥に嫌な熱が広がった。
……もう、あいつには関わるなと言ったはずなのに。なんで一緒にいるんだ。
落ち着きかけていた心に怒り、失望が広がる。そのままリラクゼーションルームから飛び出して今すぐ二人を引き離したかったが、足が竦んで動けない。
待て冷静になるんだ。
もしかしたら海陽先輩に頼んだ星名の見張りがたまたま小晴になっただけなのかもしれない。そうだ、その可能性の方が高い。
けど、だとしても。
二人が何を話してるのか。もしかしてあの男、星名に余計なことを吹き込んでるのではないか。それから、俺のことを笑ってるのではないか。
被害妄想も甚だしいが、あの性根が腐った男のことだ。有り得るからこそ恐ろしかった。
それに。
「……」
ハッキリと会話は聞こえない。けれど、小晴に笑いかける星名の顔が俺といる時よりも楽しそうで、それを見て余計心が傾いていく。悪い方へ。
「……」
小晴はお前にコマンドを吹っかけたんだぞ。それから、俺とお前を玩具にした。
それなのに、なんでそんなやつに笑いかけてるんだ。あんなに俺は苦しくて、それでもお前が負担にならないようにと考えて耐えてお前を受け入れたのに。
「……っ、クソ……ッ」
やり場のない感情を吐き出す方法は知らない。
やっぱり、最初から先輩の言う通り大人しく寝ていたらよかった。けど、だとしても俺の知らないところであいつは小晴と仲良くしてるのだ。……じゃあ、俺はなんだ。俺はなんだったんだ?
……。
もう、何も考えたくない。あいつの顔も見たくない。
最悪の気分のまま、あいつらと顔を合わせないように裏口の扉から自室へと戻る。
星名が言うから耐えていたが、こうなったらもうそのまま小晴に面倒見させた方がいい。
……もう、星名と関わりたくない。
菖蒲さんに星名がSwitchでありDomに変化したと伝えれば、寧ろ率先して俺は星名から外されるだろう。それをしなかったのはあいつとの約束のためだったが、そもそもあいつはそこまで考えてなかったらしい。
「……先に裏切ったのはお前だ、星名」
俺には菖蒲さんがいてくれたらそれでいい。俺の言葉を理解してくれる菖蒲さんが。
……最初から高望みだったんだ。対等な関係など。友人など。性の絡んでない関係など。
沸々と込み上げてくる黒くどろりとしたものが底に溜まり、静かに、ゆっくりと凝固していく。
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