飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 起きながら夢を見ているような酩酊感は続いた。
 気が付けば俺は自室の扉の前に立っていた。背後には真夜。

「愛ちゃん」

 落ちてくる声。カードキーを手にしたまま動けないでいる俺の肩をそっと撫で、真夜は「《開けろ》」と耳元で囁きかけてくる。鼓膜から脳に直接浸透するコマンドから逃れることはできなかった。

 駄目、駄目なのに。こいつを頼ったら、俺は。…………なんで駄目なんだ?

 解錠された扉。ドアノブを掴み、そのままゆっくりと捻ろうとした瞬間、差し込まれた靴先に大きく扉を開かれた。

「ま、よる……っ!」

 勝手に入るな、と言いかける矢先、真夜に肩を抱かれたまま玄関へと押し込められた。薄暗い玄関の中、明かりを付けるよりも先に真夜は俺の唇を塞いだ。

「ん、む、うぅ……っ!」

 頭を撫でるようにがっちりと押さえつけられ、腔内の深いところまで入ってくる舌に驚いて全身が硬直した。執拗な舌先から逃げ遅れ、そのまま唇を貪られる。上顎から頬裏までたっぷり舐め回され、気付けば唾液を呑み込む事もできずに唇の端から垂れるそれを真夜は舌で舐め取った。

「……俺のこと、許してくれて嬉しいなぁ? 愛ちゃん」
「お、まえが、コマンド……使うから……」
「それでも拒むことはできた。……本気で嫌だったらね」
「……っ、……」
「嬉しいんだよ、俺は。……愛ちゃんが俺のこと、少しは気を許してくれたんだって思ってさ」

 ようやく唇を離したと思えば、真夜は後ろ手に施錠し、そのまま俺を抱き寄せる。

「っ、……ま、よる」
「何?」
「セーフワード……お前の……」

 言えよ、と睨みつければ、真夜は笑顔のまま動きを止める。じっとこちらを見下ろすその目に少しだけ緊張した。またあのときの冷たい目だ。

「セーフワードさ、いる?」
「は……?」
「大丈夫大丈夫、俺、愛ちゃんが本気で嫌がることはしないから」
「ふ、ざけんな……っ! それ、……ッ、ぅ……」

 人が言い掛けた矢先、胸を柔らかく揉まれて声が途切れる。シャツの上、ピンポイントで探り当てられる突起をそのまま指の腹で挟まれたまま刺激してくる真夜。逃げようとするが、「まあまあ」と宥めるように背後から伸し掛かってくる真夜に青褪めた。

「別に他のSubちゃんとも俺はセーフワード設けないようにしてんだよな。お前だからってわけじゃなくてさ」
「そ、……んっ、……そ、だとしても、俺は……嫌だ、そんなの……断る……っ!」
「それって、俺が愛ちゃんにやめてほしくなるような事するって思ってる?」
「当たり前だろ、こんな――」

 コマンドを使える上に全てを委ねるなんて、と背後の真夜を睨みつけようとしたとき、思いの外近くにあった真夜と視線がぶつかった。

「いらねえって、別に」
「は、……っ、ぉ、お前……」
「どうせすぐワケ分かんなくなるからさ」
「ま、て……真夜……ッ!」

「――《俺のこと、好きになれ》」

 その声に、眼差しに、ドクン、と心臓が大きく跳ね上がる。それからドクドクと壊れそうな程の大きな鼓動が全身へと流れ、汗が流れ落ちる。吸い込まれそうになる。触れられた箇所が溶けてしまいそうなほど熱く、甘く疼く。

 違う。これは。こんなやり方は。

「っ、ま、よる」
「……あれ? なーんだ、まだ耐えてんのか。……本当、頑張り屋さんだな。そんなこと、無駄に疲れるだけだってのに」
「や、めてくれ、こんなやり方は……お、俺は、お前が助けてくれるのは……ありがたく、思っていて……」

 あの時お前がいてくれたのは本当に助かった。悪印象しかなかったけど、ほんの少しだけどいいやつだとも思い直した。
 助けてもらったし、俺のことも考えてくれていたのだと……思いたい。思いたかったが、何かが決定的に噛み合っていない。
 それは星名と話していたときに感じていた違和感よりも大きく、根深い。やはり小晴の半身だと思った。
 この男は――。

「一応このコマンド、愛ちゃんのためだったんだけどな。甘々恋人プレイがご所望の愛ちゃんのための。……ま、いいや。さっきも言ったけど、俺は別にそういうのに拘らないからさ。愛ちゃんがそのつもりなら……」
「っ、ま、待て、真夜……っ」
「はは、俺に命令するんだ。違うだろ? 愛ちゃん。――《動くな》」

 ビクンと跳ね上がる全身。針金みたいに背筋を伸ばしたまま動けなくなる俺を抱き締めたまま、真夜は深く息を吐いた。

「……あんまこのコマンド使いたくなかったけど、愛ちゃんが無駄に嫌嫌するからさあ……大丈夫。ま、誰だって最初はそんなもんだし? その内抵抗感もなくなって慣れると思うから」
「っ、……、……っ」
「……ああ、そっか。舌も動かせないんだっけ、これ。じゃあ……《声、聞かせろ》」
「っ、は、……っ! ぁ、は、まよ、る……お前のやってることは、小晴と――」
「うんうん、たくさんキスしような。恋人みたいな深いやつ」

 言うなり、人の言葉を遮るように首の付け根を掴んだ真夜はそのまま俺を上向かせる。持ち上げられる顎下、そのまま軽く唇を押し付けられたと思いきや次第に深くなっていく口吻。
 乳首をカリカリと引っ掻かれながら舌の根を愛撫され、早速眼球の奥に熱が溜まっていく。逃げ出したいのに、真夜の力は存外強い。

「っ、ふー……っ、ぅ、ん、……ッ、う……」
「ほーら、気持ちいい気持ちいい。……余計なことはなんも考えなくていいからな?」
「ん……っ、ん、ぅ……ふ……ッ」

 離れたと思えばまたねっとりと絡みついてくる舌先に翻弄される。こいつの吐き出す言葉が一つ一つがコマンドのようだ。思考を掻き乱され、何が正しいのかわからなくなっていく。
 それでも、従えさせられれば真夜はそれに応えるように俺の体に触れるのだ。優しく、執拗に、逃げることもできず硬直した胸から肋まで撫でられ、乱されたシャツの裾の下から滑り込んでくる大きな指はそのまま俺の腹部を撫でる。硬い指先が臍を穿り、下半身がびくりと緊張した。

「っ、は、ぁ……っ、う……」
「可愛い臍。……はは、ビクビクしてる。緊張してる?」
「っ、……セーフワードを言え……っ、まよ……っん、ぅ……ッ!」

 そう声を上げれば、今度は逆の乳首をシャツの上から柔らかくつねられる。そのまま引き延ばすように柔らかく潰される乳首に堪らず「ひうっ」と声を漏らせば、真夜は笑っていた。あの優しい笑みを浮かべたまま。

「な、愛ちゃん。あんま萎えるようなこと言うなよ」
「っ、は、ぁ、や、やめ……っ、ぅ……」
「乱暴はしたくないんだって、俺。……分かるだろ?」
「ぁ、う」
「……けど、ああ、そっか。確か愛ちゃんは痛いのは好きなんだっけ?」
「……っ、ま、真夜……っ、待て……っ!」

 小晴に散々追い詰められたときのことを思い出し、血の気が引く。青褪め、声を上げれば真夜はにっこりと笑った。それからそのまま俺を抱き締めた。

「なーんて、嘘嘘。……びっくりした?」
「………………」
「あれ、震えてんじゃん。思い出しちゃった? ごめんごめん、怖がらせてさ」
「ッ、……お、まえ……」

 乳首から手を離したと思えば、今度は優しく撫でるように優しくくりくりと転がされる突起。「泣くなよ」と耳の裏、首筋、項へと唇を押し付けながら真夜は笑う。
 何が悪いかも分かっていない。冗談半分、息をするように簡単に人の首筋にナイフを押し当ててくる。そういうやつなのだ、こいつは。出なければ、本当に優しいと自称するならばそんな言葉は出てこない。

 後悔したところで何もかもが手遅れだった。
 伸びてきた手にネクタイを解かれる。ボタンを外していく真夜の指先が怖かった。気を許した次の瞬間首を締められるのではないか。この間みたいに叩かれるのではないか。
 震える体を抱きしめたまま、「大丈夫、大丈夫」と真夜は繰り返していく。

「《力抜け》、愛ちゃん」
「は……っ、ぁ……」
「そうそう。……《そのまま》。そーやって、ちゃんと良い子でいたら怖いことなんてなんもないんだからな」
「ぁ、う……く……っ」
「ほら、もう不安も心配もしなくていいんだ。お前はただ、《気持ちよくなれば良い》」

 奥歯がガチガチと震え出す。拒みたいのに、自我ごと波に呑まれていく。
 ちゅ、ちゅ、と項を小さく吸われながら乳首を捏ねられる。それだけで頭の中に桃色の霧が広がっていく。意識が、遠のいていく。

「ぁ、あ……っ、ま、よ……」
「かわいー乳首……っ、ん、この間よりちょっと腫れた?」
「ぅ、あ……ッ!」

 付け根から先っぽにかけて、その側面を指の先でかりかりと柔らかく擦られ、脳の奥がぞわぞわと震えていく。逃げたいのに、背中は鉄板入れられたみたいに仰け反ったまま、弓なりになった胸を撫でるようにして真夜は乳首を潰し、それから今度は穿り返す。

「ふー……っ、ぅ、ん、ぁ……っ」
「いいじゃねえの? もっと俺と一緒に育てような。どっからどう見ても開発されたって分かるようにしねえとな」
「は、ぁ……っ、う……っ」
「ほら、《乳首気持ちいい》なあ?」

 耳元で囁かれるコマンドとともにすりすりと両胸の乳首を引き伸ばすように柔らかく引っ張られる。神経の集まったそこをそのまま優しく、しっかりと扱かれるだけでびく、びく、と指の動きに合わせて胸が跳ねた。

「……っまよ、……ぉ゛……」
「《気持ち良い》よな、愛ちゃん」
「っ、ぅ、……んん……ぅ~~……っ!」
「ふ、……っ、くく、すげえ声。ほら、こういうときはなんて言うんだっけ?」

 乳首伝いに快感が広がり、重ね掛けになっていくみたいにそれは濃度を増していく。自意識ごと上塗りしていくみたいにどんどん鋭利になっていく刺激に無意識の内に下着の中はぬるりと汚れ、小刻みな痙攣が止まらない。壁にしがみつかなければ立っていることもできない俺を抱き竦め、「ほら、愛ちゃん」と真夜は甘く促してくる。

「き、……っ、……」
「ん~ん? なにぃ? 聞こえねえけど?」
「っ、ぅ……うく……」

 駄目だ。呑まれては駄目だ。
 そう思うのに抗えない。
 吹き掛かる吐息。早く堕ちろと促すように両胸を焦らすように今度は撫でられる。
 ――もっと、もっと、強くしてほしい。
 さっきまで引っ掻かれたり引っ張られたりしてジンジンと疼き、尖ったそこにもどかしい刺激が走る。こちょこちょと擽られるような刺激では足りない。もっと。

「愛ちゃ~~ん?」
「っ、き、もち、い……」

 震える唇から漏れる声。乳首を擽っていた真夜の指先が一瞬ぴたりと動きを止める。そして、背後の真夜は息を呑んだ。

「…………どこが?」

 ――だめだ、だめなのに。
 覗き込んでくる目に見つめられ「《教えろ》」と促されればなけなしの理性はどろりと形をなくす。

 あれ、なんでだめだっけ。

「き、もちぃ……っ、ちくび……引っ張られんの……」

 自分が何を口走っているのか分からない。ただ、背後で真夜が楽しそうに笑った。

「……っ、は、はは、……ふ……そっか。じゃ、たくさん引っ張って先っぽカリカリしてやるから」
「ぁ、ま、よる……っ、ぅ、んんぅ……っ!」
「《可愛い》よ、愛ちゃん」

 その言葉にじゅわぁっと脳の奥に広がるのは甘い快感だ。そのまま下半身まで駆け抜けていく快感に耐えきれず、ガクンと腰が抜け落ちる。
 それだけではない。既にカウパーでぐちゃぐちゃになっていた下着の中、体液を纏わりつかせていた性器がドクドクと脈打つ。きゅう、と締まる肛門は熱く疼き、そのまま立ち上がることができないまま俺は壁にしがみついた。

 越えないように耐えていた一線は、気付けばどこに引かれていたのかすらも分からなくなっていた。
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