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怖い。のに、迷ってる。まだ。だめ。菖蒲さんに知られたくない。けど、助けてほしい。菖蒲さんに言って。全部。
「っは、……ぁ、……へ、へや、扉、開いたら……っ、ま、真っ暗な廊下で、ぁ、あいつが……っ」
「……それで?」
「は……まっ、待ち伏せ……して……ぁ、あ……っ」
菖蒲さん、と声を吐き出して自分を黙らせる。
コマンド、使わないって菖蒲さん、言ってくれたのに。どうして。
戸惑い、安堵、困惑、恐怖、あらゆる感情がコマンドで掻き回され、世界が回っていく。違う、回ってるのは俺の目か?もう、分からない。
「愛佐、大丈夫だよ。大丈夫だから……僕を信じて。僕は君の《味方》だ。……君に危害は加えない。僕は、ただ知りたいだけなんだ」
「愛佐を守るために」と目の前の唇が動く。信じたい。信じたいのに、あいつらの声が頭に響くのだ。『大丈夫』と繰り返しながら何度も脳を締め付ける程のコマンドを痛みと苦痛と快感とともに直接刻まれた。その感覚が今、甦る。鮮明に。
苦しいのに、逆らえない。信じたいのに、怖い。それでも、菖蒲さんのことを信じたいのに。
ぐにゃりと世界が歪む。狭くなっていく視野。それから鼻の奥からたらりと溢れてくる熱。まずい、と鼻を抑えたが遅かった。恥ずかしいのに、見られたくないのに、どんどん喉の奥からも溢れてくる。顔を抑えた手のひらが赤く染まっていき、受け止めきれなかった鼻血が制服、テーブルへと零れ落ちた
「……っ、愛佐……」
「は、ご、ごめんなさ、ぁやめ、さん……っ、俺、……っ、あ、あいつが、怒ってて……っ! う、ぃ、言いたくない、あやめさんに、知られたくな……っ」
「――《もういい》」
そう菖蒲さんが口にした瞬間、苦痛から解放される。テーブルを乗り上げた菖蒲さんにそのまま体を抱きしめられ、限界まで締め付けられていた血管が弛緩していく。頭に昇っていた血がゆっくりと穏やかに流れ出していき、ようやく呼吸、鼓動が安定していくのが分かった。
「は、ぁ……っは、あ、やめさん……」
「……ごめん、愛佐」
「は、っ、……は……っ、ぁ、お、俺……っ、ご、ごめんなさい、逆らって……っ」
「違う、君は悪くない」
「おれ、菖蒲さんに逆らいたいわけじゃないんです。菖蒲さんのこと嫌でもなくて、ほ、本当に……でも、っ、い、言えません……俺……っく、苦し……こわ……」
菖蒲さんの顔をまともに見れなかった。
菖蒲さんのせいじゃない。悪いのは俺なんです。
そのたった一言を言えばいいのに、言葉がまとまらない。その代わりぼろぼろと溢れる涙と鼻血。恥ずかしい、こんな、しかも生徒会室まで汚して。
「……っ、ご、め……」
ごめんなさい。
そう喉から言葉を絞り出した時、視界が暗くなる。唇に触れるのは、菖蒲さんの熱。
キス、されている。
そう気付いた瞬間、血の気が引いた。今俺は鼻血で汚れてて、それでなくともみっともない顔をしていて――菖蒲さんが汚れてしまう。
そう、菖蒲さんを慌てて止めようとしたが、思いの外優しいキスに指先から力が抜けていく。
「っ、ふ……っ」
恥ずかしいのに、嫌なのに、それでも構わないというように見つめてくる菖蒲さんの目が優しくて、先ほどとは別の意味で苦しくなっていく。申し訳なさと、それ以上の幸福。快感とは似て非なる、変え難いほどの多幸感。
「ん、……っ、む……」
「……っ、は……っ、ふ、んん……っ、ぁ、やめさ……っ」
後ろ髪を撫で付けるように優しく後頭部を撫でられてる内に気付けば菖蒲さんの胸にしがみついてしまっていたらしい。はっとし、慌てて手を離そうとしたところで手首を取られる。顔を上げれば、見たことのない顔をした菖蒲さんがいた。
口元は笑ってる。けど、その目は――不安、だろうか。迷っている。遠慮するような、そんな不安定な感情に皮膚越しに伝わってくるのだ。
「あ、やめさん」
「……僕にこうされるのは嫌じゃない?」
「……っ、い、やじゃ、ないです」
「けど、苦しい?」
「……っ、ぁ……」
「幸せを感じることが苦しい?」
「――」
全部、菖蒲さんに気取られてるのだ。全て。俺が必死に取り繕うとしたものも。――当たり前だ。相手は菖蒲さんだ。
分かっていても、それでも菖蒲さんに指摘された瞬間力が抜けるようだった。
「……愛佐」
「…………お、れは……ぁ、菖蒲さんを、裏切りました」
「それは違うよ、愛佐」
「…………」
「それを言うのなら、君を騙してるのは僕だ」
「……、ぇ……?」
顔を上げれば、いつもの菖蒲さんがいた。俺の血で汚れた唇を拭い、菖蒲さんは微笑む。
「君は僕を神聖視してるようだけど、僕はそんなにご立派な人間じゃない。……だから、自責なんて真似しなくていい」
「ぁ、やめ、さん」
「僕は、どんな君でも見捨てない」
菖蒲さんは優しい。
きっと菖蒲さんは俺を慰めるためにそうして卑下するのだろう。それが分かったからこそ余計、菖蒲さんにそんなことをさせてしまった自分に腹立った。
けれど、やはり菖蒲さんはすごいと思う。その一言に救われている。胸の重み、痛みが嘘のように軽くなる。
菖蒲さんだったら本当にどんな俺でも受け入れてくれるかもしれない。――そんな風に安心させてくれるのだから。
「っは、……ぁ、……へ、へや、扉、開いたら……っ、ま、真っ暗な廊下で、ぁ、あいつが……っ」
「……それで?」
「は……まっ、待ち伏せ……して……ぁ、あ……っ」
菖蒲さん、と声を吐き出して自分を黙らせる。
コマンド、使わないって菖蒲さん、言ってくれたのに。どうして。
戸惑い、安堵、困惑、恐怖、あらゆる感情がコマンドで掻き回され、世界が回っていく。違う、回ってるのは俺の目か?もう、分からない。
「愛佐、大丈夫だよ。大丈夫だから……僕を信じて。僕は君の《味方》だ。……君に危害は加えない。僕は、ただ知りたいだけなんだ」
「愛佐を守るために」と目の前の唇が動く。信じたい。信じたいのに、あいつらの声が頭に響くのだ。『大丈夫』と繰り返しながら何度も脳を締め付ける程のコマンドを痛みと苦痛と快感とともに直接刻まれた。その感覚が今、甦る。鮮明に。
苦しいのに、逆らえない。信じたいのに、怖い。それでも、菖蒲さんのことを信じたいのに。
ぐにゃりと世界が歪む。狭くなっていく視野。それから鼻の奥からたらりと溢れてくる熱。まずい、と鼻を抑えたが遅かった。恥ずかしいのに、見られたくないのに、どんどん喉の奥からも溢れてくる。顔を抑えた手のひらが赤く染まっていき、受け止めきれなかった鼻血が制服、テーブルへと零れ落ちた
「……っ、愛佐……」
「は、ご、ごめんなさ、ぁやめ、さん……っ、俺、……っ、あ、あいつが、怒ってて……っ! う、ぃ、言いたくない、あやめさんに、知られたくな……っ」
「――《もういい》」
そう菖蒲さんが口にした瞬間、苦痛から解放される。テーブルを乗り上げた菖蒲さんにそのまま体を抱きしめられ、限界まで締め付けられていた血管が弛緩していく。頭に昇っていた血がゆっくりと穏やかに流れ出していき、ようやく呼吸、鼓動が安定していくのが分かった。
「は、ぁ……っは、あ、やめさん……」
「……ごめん、愛佐」
「は、っ、……は……っ、ぁ、お、俺……っ、ご、ごめんなさい、逆らって……っ」
「違う、君は悪くない」
「おれ、菖蒲さんに逆らいたいわけじゃないんです。菖蒲さんのこと嫌でもなくて、ほ、本当に……でも、っ、い、言えません……俺……っく、苦し……こわ……」
菖蒲さんの顔をまともに見れなかった。
菖蒲さんのせいじゃない。悪いのは俺なんです。
そのたった一言を言えばいいのに、言葉がまとまらない。その代わりぼろぼろと溢れる涙と鼻血。恥ずかしい、こんな、しかも生徒会室まで汚して。
「……っ、ご、め……」
ごめんなさい。
そう喉から言葉を絞り出した時、視界が暗くなる。唇に触れるのは、菖蒲さんの熱。
キス、されている。
そう気付いた瞬間、血の気が引いた。今俺は鼻血で汚れてて、それでなくともみっともない顔をしていて――菖蒲さんが汚れてしまう。
そう、菖蒲さんを慌てて止めようとしたが、思いの外優しいキスに指先から力が抜けていく。
「っ、ふ……っ」
恥ずかしいのに、嫌なのに、それでも構わないというように見つめてくる菖蒲さんの目が優しくて、先ほどとは別の意味で苦しくなっていく。申し訳なさと、それ以上の幸福。快感とは似て非なる、変え難いほどの多幸感。
「ん、……っ、む……」
「……っ、は……っ、ふ、んん……っ、ぁ、やめさ……っ」
後ろ髪を撫で付けるように優しく後頭部を撫でられてる内に気付けば菖蒲さんの胸にしがみついてしまっていたらしい。はっとし、慌てて手を離そうとしたところで手首を取られる。顔を上げれば、見たことのない顔をした菖蒲さんがいた。
口元は笑ってる。けど、その目は――不安、だろうか。迷っている。遠慮するような、そんな不安定な感情に皮膚越しに伝わってくるのだ。
「あ、やめさん」
「……僕にこうされるのは嫌じゃない?」
「……っ、い、やじゃ、ないです」
「けど、苦しい?」
「……っ、ぁ……」
「幸せを感じることが苦しい?」
「――」
全部、菖蒲さんに気取られてるのだ。全て。俺が必死に取り繕うとしたものも。――当たり前だ。相手は菖蒲さんだ。
分かっていても、それでも菖蒲さんに指摘された瞬間力が抜けるようだった。
「……愛佐」
「…………お、れは……ぁ、菖蒲さんを、裏切りました」
「それは違うよ、愛佐」
「…………」
「それを言うのなら、君を騙してるのは僕だ」
「……、ぇ……?」
顔を上げれば、いつもの菖蒲さんがいた。俺の血で汚れた唇を拭い、菖蒲さんは微笑む。
「君は僕を神聖視してるようだけど、僕はそんなにご立派な人間じゃない。……だから、自責なんて真似しなくていい」
「ぁ、やめ、さん」
「僕は、どんな君でも見捨てない」
菖蒲さんは優しい。
きっと菖蒲さんは俺を慰めるためにそうして卑下するのだろう。それが分かったからこそ余計、菖蒲さんにそんなことをさせてしまった自分に腹立った。
けれど、やはり菖蒲さんはすごいと思う。その一言に救われている。胸の重み、痛みが嘘のように軽くなる。
菖蒲さんだったら本当にどんな俺でも受け入れてくれるかもしれない。――そんな風に安心させてくれるのだから。
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