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2.シャーデンフロイデ
一人よりも怖いもの
しおりを挟む間違っている。誤っている。
こんなこと、良くない。
頭で理解しながらもそれを掻き消すように慈門君との行為に耽る。
学校で、家で、近くの公園で。
慈門君に迫られたら断れなかった。断ることもしなかった。
慈門君は前みたいに乱暴なことはしない。ただ気持ちいいだけの行為は今の僕にとっては手っ取り早く現実を忘れさせてくれるのだ。
僕たちは恋人だから。
慈門君は変わったから。
だから、なんもおかしくはない。
そう誰に言い聞かせるわけでもなく慈門君と別れた後何かから責められるような視線を感じながらも頭の中に湧き上がる声をひたすら封殺する。
ただでさえ体力もあるわけではない。それでも、毎日のように旺盛な慈門君と一緒にいるとどうなるか。
日中、泥のような倦怠感に襲われる。夜遅くまで起きることが増えたせいで太陽の日すら瞼に刺さるように沁みる。
頭の中が慈門君との行為のことで塗り潰され、授業中も上の空でいることが多くなった。
暴力を振るわれていた時は神経が鋭敏になっていた。けれど、今はその逆だ。
感覚が鈍化したように周りが目に入らなくなる。慈門君だけが原因ではないのかもしれない。
けれど、人と話していても『この人は僕にとって何も成してくれないのだろう』と思うと無駄に気を使うことすらも馬鹿らしくなってきたのだ。
愛想笑いで流して、人を避けるように一人になる。
そして今も、教室から抜け出して一人で階段の踊り場までやってきた。
図書室にはもう顔を出していない。常楽先生を避けるようにホームルームが終わると教室を出て、先生の授業は体調が悪いとクラスメイトに言伝をしてサボった。
今日は慈門君は学校に来ていないから一人で時間を潰すしかない。一人でいる時間帯は今の僕にとっては自己嫌悪の時間でしかない。
まだ登校してきたばかりなのに精神は疲れ切っていた。
何をしているのだろうか、僕は。
分かっていても一度楽な道を見つけ出したらそこから抜け出すことはできなかった。
先生のことを考えたくもなくて、だからと言って一人ではこの孤独感を埋めることもできない。
それを埋めさせてくれていたのは慈門君だった。
だから、僕は。
「……」
メッセージアプリを開く。
慈門君は今朝から連絡はない。多分また寝てるのだろう。
通話かけようかな、と思いながら携帯端末を見つめていた時だった。遠くから足音が近づいてくる。
ここは普段人通りも少ないはずなのに。
常楽先生だったらどうしよう。ぎし、と軋む心臓を押さえつけたまま僕は息を殺す。
足音が遠ざかるのを待っていたが、その足音は確かにこちらへと使っていた。
逃げようか。それともどこかへ隠れようか。迷ったけど、『何故僕が隠れる必要があるのか』という疑問が過った。
僕は別に犯罪を犯したわけではない。それなのにこそこそして後ろめたくなるのはおかしいのではないか。
そう自分に叱咤し、なるべく動揺を悟られないように端末を握りしめていたとき。
曲がり角から人影が現れる。
そして、
「……小緑君?」
こちらを覗き込んだ小緑君はまさか僕がここにいるとは思わなかったらしい。
驚いたような顔をして「織和」と僕を呼ぶ。
「お前……何をしている? 授業中だぞ」
「それはそっくりそのまま返すよ、小緑君。なんで君がここに……」
「俺は……人探しだ。お前は?」
誰とは言わなかったが、恐らく純白君だろう。
気になったが、それよりもなんとなく咎めるような小緑君の視線が痛くてまともに顔を見ることはできなかった。
「……僕も、そんな感じだよ」
「嘘を吐くな。スマホを弄ってただろ。サボりか?」
「…………僕だってサボるくらいするよ」
よりによって小緑君にこんなところを見られるなんて。
それでも以前のような胸の痛みも緊張もない。それはこの倦怠感のせいか、ただ面倒臭くすら感じてしまう。
そんな僕に小緑君は目を見開いたまま、それから小さく息を吐いた。
「……そうだな」
そして、一言。
「変わったな」とか「お前らしくない」とか、そんなことを言って欲しかったわけではない。
それでも諦めたような、どうでも良いとでもいうようなその一言が心臓の裏側を擽る。
制服の上から胸を押さえる。そうでもしなければ誤魔化すことができなかったから。
「そういう小緑君は? ……純白君を探してるの?」
「ああ。けど、ここにはいなさそうだな」
「純白君がどうしたの?」
「色々あってな」
「……僕には言いづらい?」
なんとなく自嘲的なニュアンスが混ざってしまうが、それを取り繕う気力すらなかった。小緑君はこちらを一瞥し、それから僕の隣――その段差に腰をかけた。
「……あまり人に話すようなことではないと思っている。特に、こういったプライベートな部分は」
「僕と慈門君のことも聞いたのに」
「それは……」
お前たちだから、と小緑君は言いかけた後諦めたように目を伏せた。
「……ここ数日、あいつに避けられていてな」
「避けられる? 小緑君が?」
「ああ。そもそも学校にまともに顔出していないようだが、連絡もない」
流石にそれは心配になるだろう。
「家は?」と尋ねれば、小緑君は無言で視線を外した。石膏の壁を見つめたまま小緑君は「俺はあいつの家を知らない」と呟いた。
「……一緒に帰ってなかった?」
「途中までだ。けど、家まで案内されたことはない」
「……」
「不自然だと思うか? 付き合っているのに」
「……思わないよ。別に、そういう人もいるだろうしね」
昔からお互いの家を第二第三の我が家にしていた僕たちならまだしも、高校に上がった今はそれが当たり前ではないと分かっていた。
「何かあった時は泊まりに来いとうちの場所は教えていた」
「……そっか」
それならば大丈夫なのではないか、と言いかけて、やめた。僕は純白君のことを何も知らない。この二人が二人きりの時どのように過ごしているのかも。
それでも、純白君のことを心配している小緑君の横顔を見ていると胸の奥がざわついてくる。
『羨ましい』なんて醜い感情が腹の底から込み上げてくる。こんなに小緑君に想われているなんて。
これはきっとよくない感情だ。咄嗟に僕は蓋をする。
「……」
「織和?」
「心配だね。僕も純白君に会ったら教えるよ」
「……ああ、助かる。それと伝えておいてくれ、『せめて既読はつけろ』って」
「うん、分かったよ」
それだけを言い、立ち上がる小緑君。
きっとまた次の場所へと純白君を探しにいくのだろう。
僕は咄嗟にそんな彼の手を掴んだ。
「……織和?」
あ、と思った。
何をしているんだと。僕は。
当たり前のように握り返されることのない手にハッとし、僕は手を離す。それから、誤魔化すように笑みを浮かべた。なるべく自然に、警戒心を与えないように。
「……僕も付き合うよ、純白君探し」
「しかし、」
「やることもなくて退屈してたんだ。……それに、僕も純白君のこと、心配だから」
嘘ではないはずなのに、何故こうも自分の言葉が薄っぺらく聞こえてしまうのか。
一人にならないためだけの口実。僕は、小緑君まで利用するつもりなのか。違う。小緑君は僕の友達だ。親友で、大切な――。
「……ありがとう、織和」
そう小緑君の顔が安堵で綻ぶ。
その瞬間、足元に絡みついてくるなにかに罪悪感という名の底なし沼へと引き摺り込まれるような錯覚を覚えた。
違う。僕は、利用していない。
「気にしないで、困った時はお互い様でしょ?」
全部自分のためだろ、という声が脳に響く。それを必死に聞こえないフリをしながら僕は小緑君について行った。
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