恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

恋人の利用法

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 それから、結局慈門君に流されてしまう。
 母親が帰ってきたら終わるだろうと思ったが、その後もずるずると触れ合うような時間が続く。

 慈門君との行為中、何も考えなくて済む。
 その後の疲弊や倦怠感、後悔などを考える暇もなく貪られ、最中に僕は限界を迎えては泥のように眠りについた。

 それからどれほど経ったのだろう。
 母親に晩御飯の用意ができたと声をかけられ、目を覚ます。
 どうやら慈門君は先に帰ったらしい。『泊まっていかないのか』と聞かれて、少しだけ迷ったように『折を休ませたいんで』と言ってたようだ。
 スマホには慈門君からのメッセージがあった。
『ゆっくり休めよー』と一言。慈門君らしい。僕は先に眠ってしまったことに対する謝罪と見送りができなかったことについてを送り返した。



「……はあ」

 肉体は酷くだるい。つい先ほどお風呂上がりというのもあるのだろうが、それでもまだ火照りが取れない。
 慈門君が居なくなっただけでこんなに寂しくなるとは思わなかった。明確には、急に現実に向き合わされたような感覚に近いだろう。
 慈門君と過ごした時間は現実逃避でしかない。

「……」

 慈門君を利用してしまったことへの後悔もあった。
 でも慈門君も喜んでいたし、今回は喧嘩をせずに済んだ。……それは成長なのかもしれない。

 慈門君のことを考えている間は心細さも悲しさも薄れることができた。分かっている。これはその場しのぎのものだと。
 それでも良かった。藁にも縋りたいという気持ちを抑えることはできなかったから。

 先生に怒られるだろうか。嫌われて軽蔑されるかもしれない。
 けど、僕たちはちゃんと僕たちなりの方法で向き合えたのだ。……そのはずなんだ。
 だから、大丈夫だ。

 何を恐れて自分に言い聞かせているのか自分でも分からない。
 それでも足元に付き纏ってくる後ろめたさからは逃れることはできなかった。

 だから、僕は慈門君に通話をかけていた。
 自分から連絡することなんてそんなにないのに、柄にもなく。
 すぐに慈門君は通話に出る。外にいるのだろう、風の音と人の声が聞こえてくる。

『なに、もう寂しくなったのかよ』

 端末越しから聞こえてくる慈門君の声。その声音も僕からの連絡に驚いているように聞こえたのは気のせいではないはずだ。
「うん」と釣られて頷けば、慈門君が息を呑むのが聞こえた。

『……え? まじで言ってる?』
「へ……変な意味とかじゃないんだ。ないからね?」
『いや変な意味でも全然いいっすけど。……あー、はは。まじで連れて帰ればよかった』
「なにそれ」
『家に。……なんてな』

 慈門君の家。
 いつからか僕は慈門君の家の玄関を跨ぐことはなくなっていた。また行きたいな、と言うのも憚れるのはなんとなく慈門君が家に来てほしくなさそうな素振りをするからだ。
 慈門君の家族の話もいつの間にか避けるようになっていた。だから、こんな風な軽口でも言ってくれたことに少しだけ嬉しくもあり――それが冗談だと言い切られることに寂しさも覚える。

『また明日だな』

 僅かにマイクに近くなったその声、その距離に少しだけぎくりとした。
 その言葉には明確な他意が含まれているのを僕は知っている。
 また、今日みたいなことをするのだろうか。
 前までだったら嫌で仕方なかったのに、今は慈門君から誘ってくれることに安心している自分がいた。

「うん、……また明日」

 そう口にして、なんだか自分の声が他人の声のように聞こえた。仮にも付き合ってるのだからおかしくはないが、自分がこんな甘えたような声を出すことにぎょっとしたのだ。

 通話が切れ、僕は再び目を瞑った。
 慈門君と話せて良かった。
 慈門君にまで避けられ続けていたら、僕はきっと……。

 そんなことを思いながら、倦怠感の残った体をベッドに倒置する。睡魔はすぐにやってきて、僕を腹の奥まで一気に飲み込んだ。

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