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2.シャーデンフロイデ
せんぱい
しおりを挟む結局教室へと戻され、小緑君とは中途半端にさよならをすることになってしまう。
常楽先生の授業ではなかったことが不幸中の幸いだろう。口頭注意をされたあと、そのまま何事もなかったように授業は再開される。
恐らく常楽先生にも何かしらの報告はいくだろう。
気まずくなり、僕は「ごめん、体調不良で早退する」と近くの席にいたクラスメートに声をかけてそのまま教室を出た。
なるべく人目を避ける通路を通って昇降口へと向かおうとしたときだ。
使われていないはずの教室の奥から声が聞こえてきた。
少し高い男子生徒の声――この声には聞き覚えがあった。
思わず足を止め、扉へと近づく。聞こえてくる声はもう一つあった。声を顰めているのか内容までは聞こえなかったが、それでも少なからず楽しそうな雰囲気はない。
そういえば、前にもこんな風なことがあった気がする。なんて思った矢先だった。声が聞こえなくなる。
あれ、と思って更に扉に耳を寄せようとしたときだった。いきなり目の前のスライド扉が開いた。
「……っ!」
「………………」
「し、純白君……」
予想通り、そこには純白君がいた。
以前よりもガーゼに覆われた右目。もう片方のその左目は冷めた目で僕を見下ろしていた。
そして、
「誰だった?」
声はもう一つ聞こえてきた。
明るく甘ったるさすらある声。教室の奥、机を椅子代わりに座っている人物を見てあっと息を呑む。
ほんの一瞬だった。の締め切られた薄暗い教室内、カーテンの隙間から漏れる陽の光に照らされた派手な髪には見覚えがあった。
確か……犬馬先輩だ。
犬馬先輩も純白君も制服は乱れており、僕が来るまでここで何が行われていたのか――容易に想像することはできた。
いや、まさかそんなことはない。
そう思いたいのに、純白君は何も言わずに僕を見つめる。それから、僕を隠すように肩を押す。
「なんでもない」
そう奥の犬馬先輩に応えながら、純白君は「行って」と小さく唇を動かした。
どういう意味なのか。何故。色々聞きたいことはあったが、多分これは見てはいけないところだった。それだけは分かった。
小緑君に伝えないと。純白君には後でまた話聞いた方がいいかもしれない。
今ではない時に――そう咄嗟に教室から離れようとした時だった。
「あれ? なんだ、織和チャンだ」
純白君の背後からぬっと現れる犬馬先輩に目のやり場に迷う。純白君の両肩を掴むよう抱き締める犬馬先輩。遠くから見えなかったが、大きく開いたシャツの襟の下から覗く歯型やキスマークに目のやり場に困る。
色濃く残った情事の痕跡。それを隠そうともしない先輩に純白君は大きく溜息を吐いた。
だから言ったのに――そう言うかのように。
「……っ、ぁ……あの……なに、してるんですか」
「ん? 何が?」
「……何も。ただ話してただけ」
「そーそー、お話。織和チャンも混ざる?」
「利千鹿」
咎めるような純白君の声を無視して犬馬先輩はこちらをニコニコと笑いながら見つめてくる。
何を、見ているのだろうか。白昼夢ならまだそれでいい。
けど恐らくこの二人は。
「藤が言い出したんだろ。もうヤダって」
「この人は関係ない」
「代わりも見つけて来れないくせに?」
「……っ、……サイアク。サイテー。本当ゴミ」
純白君はこの間見た時よりも全身傷だらけだった。綺麗な顔もガーゼと絆創膏で見る影もない。それに、制服から除く部分も包帯や絆創膏で覆われている。
嫌な予感が過ぎる。もしかして純白君の怪我って。
「……っ、……」
咄嗟に純白君の腕を掴む。慌てて犬馬先輩から引き離せば、犬馬先輩は眠たそうな目を僅かに開いた。
「ねー、それ何してんの?」
「……っ、し、純白君の怪我……もしかして、先輩のせいですか?」
「声ぷるぷるじゃん、かわいーねえ」
「……折先輩」
「し、質問に答えてください……っ」
暴行。イジメ。いや、それらよりももっと悪質かもしれない。
震えを抑えるように指先を握りしめる。純白君を庇えば、犬馬先輩はおかしそうに笑った。
「なに、笑って……」
るんですか、と言いかけた矢先。いきなり顔の横の扉へと犬馬先輩の手が叩きつけられる。バン、と鼓膜ごと揺らすその音に驚いて全身が震え上がった。
「だったら何?」
「……っ、な、……」
何って、なんだ。僕はおかしなことを言ってるのか。
まるで僕の方がおかしなことを言ってるみたいに犬馬先輩が笑うから困惑する。大きな手のひらは扉から離れ、そして僕の頭へと伸ばされる。
掴まれる。そう咄嗟に身構えた時。
「……利千鹿、やめろ」
背後から聞こえてきた純白君の声に反応するように犬馬先輩はそのまま手を止める。それから、僕の髪を漉くようにそっと撫でた。
「あはっ、いやーごめんごめん。あまりにも織和チャンの反応が可愛いからさ」
「……っ、……」
「大きな音出しちゃってごめんね? 怖かった?」
こんなに震えちゃって、とあまりにも自然な動作で首筋から肩を撫でられ、距離を取る暇もなかった。
純白君は面倒臭そうに息を吐き、それから僕の影から出てくるのだ。
「先輩、もういいんで」
「い、いいって……君……」
「……何か言われてたんですよね? 今回のことは見なかったことでお願いします」
何を言ってるんだ。
そう、犬馬先輩の元へと戻ろうとする純白君。普段と代わりないあっけらかんとした態度だが、僕は知ってる。
純白君の犬馬先輩へと向ける視線は小緑君へ向けるそれとは違う。寧ろ、それは慈門君に対するそれと同じことに。
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