恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

目鼻先の荊


 どれほどシャワーを浴びても、体に纏わりつく犬馬先輩の感触を剥ぎ取ることはできない。
 全部忘れて眠ろうとしても、鮮明に思い出しては寝付くことなどできなかった。

 慈門君に知られたらと思うと、余計。
 浮気ではないと分かっていても慈門君に知られたくはなかった。できることなら全部忘れたい。何もなかったかのように過ごしたい。
 けれど、常に纏わりつく罪悪感に押し潰されそうになる。

「……」

 いっそのこと、全て慈門君と話すことが出来たらよかったのだろう。
 けれど、犬馬先輩の言葉が引っかかった。
 慈門君が浮気――あんな人の言うことを間に受ける方が痛い目を見ると分かっていても、それを確かめるほどの気力もない。
 分かっている。ただ相手が違っただけだと思えばいいと。初めてではないし、殴られるような真似をされたわけではない。
 分かっていても何度思い出す度に胸を掻きむしりたくなる。
 滲む涙を拭うように枕に顔を埋める。

「……」

 酷く疲れた。今は何も考えたくない。
 慈門君のことも、純白君のことも、なにも。

 真っ暗な部屋の中、何度も寝返りを打ったがとうとう明け方まで眠りにつくことはできなかった。
 ようやく眠気がきたと思えばアラームは鳴り、僕はそれを止めるだけ止めて母親に体調が悪いから学校を休むと伝えた。
 その後再びベッドに潜る。それから眠りというよりも最早気絶に近い形で睡眠を摂ることに成功した。


 ◆ ◆ ◆


 一日、二日と日数は経過する。
 そして四日目。腹痛と誤魔化すのも限界がきた。
 病院に連れていかれそうになり、わざわざ説明するのも面倒だったので僕は登校することにした。
 いつも通り制服に身を包んだはずなのに、何故だろうか。まるで自分が別人のように思えた。
 今まで自分がどのようにして親と相対し、友人たちに挨拶をしていたのかも覚えていない。

 休み中、心配した慈門君から何度か連絡はあった。
 けれど僕はそれに返事をする気力もなくて、それでも部屋に押しかけられたくなかったから「ただの風邪だよ。数日休めば大丈夫だと思う」という旨の返事だけを返して、その後は端末の電源毎落としていた。

 恐る恐る電源を確認すれば、あれから慈門君からはメッセージはなかった。
 ほっとする反面、犬馬先輩の言葉が過ぎる。
 慈門君の性格ならばしつこいくらい送ってきてたはずなのに。でも、僕の体調を気遣ってくれたのかもしれない。
 ――それとも、興味がなくなった?

 どうしてもマイナスな思考に偏る。
 このままでは僕の方がどうにかなりそうだ。人を疑うこと自体僕は得意ではないというのに。

 そう思った僕は、今度はこちらから慈門君にメッセージを送る。

『心配かけてごめん。今日から登校するよ。もう慈門君はもう登校した?』

 そう打ちかけて、消す。
 違う、まどろっこしいやり取りは僕たちには必要ない。

『会いたい』

 そう四文字。
 考えるよりも送信したあと、すぐに既読はついた。
 部屋の中、あ、と思った次の瞬間には慈門君から通話がかかってきた。

 少し躊躇った後、僕はその通話に出る。

「……もしもし?」
『声がさがさだな。寝起き?』
「慈門君」
『そうだよ、俺に決まってんだろ』

『ちゃんと名前確認せずに出たのかよ』と笑う慈門君の声を聞いた瞬間、なんだか無性に泣きたくなった。
 いつもと変わらず接してくれるその慈門君の優しさに安心する反面、自分だけが変わってしまった感覚。そのギャップの溝は埋まることはない。

『で、体調は大丈夫なのかよ』
「うん。……今日から学校行く」
『なんか声元気ねえのに?』
「お母さんが……うるさいから」
『本調子じゃないんなら休ませてもらえよ。俺が言おうか?』
「ううん、大丈夫。……それに、部屋に籠ってると気が滅入りそうだし……」

 僕はちゃんと慈門君と話せているだろうか。
 いつも通りを意識する度に乖離していくようで怖くて、つい声が小さくなる僕に慈門君は「そっか」と小さく呟いた。

『今家?』
「うん、部屋。今から学校行こうかと……」
『俺そっち行くわ。家の前で待ってて』
「え?」
『あ、おばさんがうるせーならいつものコンビニんところで待ってて』
「慈門君」
『なに?』

 今から会えるの?なんて、聞く方がおかしな気がして寸でのところで口を閉じた。
 それから「分かった、コンビニで待ってるね」と返した。
『おー』と慈門君は笑い、それから間も無くして通話は切れる。
 僕も早く家を出なくては。
 そう慌てて荷物をまとめ、僕は家を出た。
 ずっと頭の片隅ではもう一人の僕が叫んでいた。やめておけ、と。
 慈門君に知られたくないし悟られたくない。けれどそれ以上に、一人では耐え切れそうにない。
 ただ慈門君と会えばこの不快感も後ろめたさも上塗りすることができるのではないか。
 その思考自体が不純だと分かっていたが、僕はそれから目を逸らした。

 会いたくない。どんな顔をして会えばいいのか分からない。慈門君が浮気してるならこんなに早く僕の連絡に返してくれるわけがない。
 それもすぐに会いに来るなんてことも。
 ――ああ、もう。本当にこの脳味噌が嫌だ。

 付き纏ってくる何かから逃げるように慈門君の恋人という役割に縋り付いている自分に気づいたところで今更足を止めることなんてできなかった。
 ただ、慈門君に会いたい。会いたくない。会いたい。それから確かめたい――何を。
 自分にまだ価値があるのか。
 もし全てが裏目に出たらどうする?犬馬先輩の言う通りだったら?
 どうだっていい。あんな人の言うことは。

 踏みとどまるためのブレーキは壊れていた。
 今はただ思ったまま、心のままに足を進めることしかできなかった。
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