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2.シャーデンフロイデ
02※
「鞄の中に、何か入ってるよ。好きにすればいい……カッターでもハサミでも、その手でも」
「……っ、お、り……」
「首……締めれば? いつもみたいに……殴るなり、好きにしなよ」
大事な部分が壊れたみたいに溢れ出した感情は止まらない。
疲れた。疲れて、どうでもいい。
それ以上に、目の前の男が憎かった。一度決壊した感情は堰き止めることはできなかった。
恐怖を感じる部分が機能していない。それよりもどす黒いものが膨れ上がる。冷たく、重たい感情が。
ずっと理性と情で覆い隠していた醜いそれが。
目を見開いたまま固まる慈門君はただ口を開き、呼吸をする。傷付いているのは明白だった。
僕が、傷つけた。
「……っ、……」
「できないの?」
「……」
「僕が止めてって言っても止めなかったくせに」
「……」
「純白君にしたみたいに僕にしろよ、僕に手を出せなかったから純白君を傷つけたんだよね? なら、今すぐ……ッ」
やれよ、と言う前に首を掴まれる。そのまま噛み付くように覆い被さってくる慈門君に唇を塞がれた。
今度は先程のような優しいものではない。黙らせるためだけの口付けに耐えきれず、僕はその頬を叩いた。
見開いたまま、慈門君の目は僕を見ていた。
「っ、ざけないで……っ!」
「や……やめてくれ、もう」
「最低だよ、君は……っ! 裏切ったのは君じゃないか!」
「だから裏切ってない! 俺は……俺が好きなのは……っ」
「違う」
雨の音が一瞬遠のいた。慈門君の呼吸が止まったのすらも分かるほど静まり返った小屋内に自分の声が響き渡る。
静かに、重たく。
「君のそれは好きじゃない。
……誰かで代わりをできる程度なんだよ」
口にして、ああそうかと思った。
僕が何よりショックだったのは。僕が憤りを感じたのはこのことだった。
僕が幸福を感じている間、その裏で純白君を、他の誰かを僕の代わりにしたこと。
それは僕たちが分かり合えないことの証明だった。
僕の幸福と彼の幸福が釣り合っていないのだから。
それならば、何もかもが茶番だ。
どんな言葉すらも無意味だった。侮辱だ。僕を裏切った。僕を傷つけて、他の人も踏み躙った。
そんな慈門君がただ許せなかった。傷ついた彼の顔を見ても収らない。
「……君は、君が欲しいのは……っ、僕じゃない。都合よく君の言うことを聞く人間なんだよ」
「……っ、ちが……」
「……違わないよ、慈門君」
「君は僕なんか好きじゃない」そう口にした瞬間、首に回された手に指が食い込む。締め上げられる器官。冷たくなっていた脳が、血管が締め付けられるのを感じた。全身の血が首から上に昇っていく。
「……っ、は、ぐ……っ」
「お前だけは……そんなことを言うな……」
「う゛……っ、は、……はは……ッ」
「……言わないでくれ」
笑いが漏れる。笑えば残り少ない酸素が減っていくと分かっていても、あまりにも慈門君が傷ついた顔をしていたから。
目を充血させて、子供みたいにぐしゃぐしゃにして……僕のことがまるで本気で好きだと言うかのように。
片方の手で濡れたシャツを開かれる。掴まれたベルト。そのまま下着ごと脱がされそうになる下半身に意識を向けることもできなかった。
どこを触られても感覚はない。それが救いだった。
このまま死んでもいい。何も感じない内に、何も考えられなくなってほしい。
けれど、それよりも。それ以上にもっと。
「……ほら、君は……っ、いつも、そうだ」
傷付け。傷付け。僕が地面の底に叩きつけられたように慈門君もその痛みを味わわせたい。
君のことを好きだった僕を殺したのは君だ。
「セックスばっか」
口にした瞬間、口を塞がれた。歯がぶつかろうが唇が破けて血の味が混ざろうが慈門君はお構いなしに僕の口をこじ開けてきた。太い舌先が口の中に入ってくるのを見計らって舌に思いっきり噛みつこうとしたが、顎の力が入らない。
「っ、ふ、ぅ゛……っ」
口の中に血の味が広がる。人肌の唾液が気持ち悪い。それを吐き出すこともできずに喘いでいるところをずらされた下着の奥を指でこじ開けられる。
犬馬先輩に犯されて間もないそこへと押し当てられる感触にまた、笑いが漏れる。
死ねと言われて、目の前の男は勃起してる。今までにないくらい大きくなったそれを押し当てられ、呆れを通り越して何も感じなかった。
ほら、君はおかしい。
普通は興奮なんてしないんだよ。好きな人に嫌われたなら。
閉じたそこを先走りを擦り付けるように中へと入ってくる。拒む力すらも僕にはない。
喘ぐほどの感度もない。ただ、結合部がやけに熱い。僅かに残った熱が下半身に集中しているみたいに、そこだけ生きているみたいだった。
それはきっと慈門君も同じだったのかもしれない。
「は……っ、ぅ゛……っ、く……っ」
首の手が緩む。代わりに顎を掴まれて深くキスをされ、無防備に上下するその首筋に手を伸ばした。
筋張り、濡れたそこに指を食い込ませる。力なんて入ってるのかもわからない。それでも、僕がその首の突起に指をかけた瞬間慈門君は反応した。
「……っ、……」
「根性なし」
「――」
「君がしないなら、僕がする」
殺す、とまで言った相手にアホみたいに無防備に晒したその首を締め上げる。
憎かった。ここまでいってもまだこの男は僕を裏切り者みたいな目で見る。
最奥まで腰を叩きつけられる度に指に力が入った。
「ぉ、り……ッ」
息苦しそうに慈門君が喘ぐのに呼応するように、体内を激しく出入りするそれが脈打つ。
心拍数も体温も上がっていく。頭に血が上り、凍りついた体を溶かされていくようだった。
すると、どうなるのか。
動物みたいな後尾の中、慈門君は僕の手を掴み、床へと叩きつける。瞬間手首に鋭い痛みが走る。折れたのか、それを確認する暇もなく出し入れするそれで結腸まで貫かれ、目を見開いた。
「ぁ、は、……っは……っ」
「……っ、なに、笑ってんだよ」
「君が……っ、は、……く……ッ!」
言いかけた言葉はすぐに荒っぽい抽送に殺される。
逃げようとしていた腰を掴まれ、そのまま貫かれるように更に奥まで差し込まれるそれにただ悲鳴が漏れた。その後、慈門君の手で頭を掴まれる。押さえつけるように頭を床に叩きつけられ、そのまま何度も執拗に奥を犯される。
脳に広がるのは快感物質だ。限界を迎えようとしていた肉体を守るための機能が働き始めたらしい。
痛みと眩暈、どこか天で地なのかもわからない。目の前には慈門君がいた。
霞む視界の中、子供みたいに顔を歪めて慈門君は泣いていた。
それがあまりにも滑稽で、愉快で、苦しくて、苛立って――笑いが止まらなかった。
「は……腹も、殴りなよ……っ、あの子にしたみたいに――」
できないの、と上目で見上げるよりも先に慈門君は焼けるように痛み始めていた手を握りしめる。指を絡め、床に縫い付けるように掴んだまま覆い被さってくる。
彼の体重をかけられただけで痛みは増す。おまけに、激しい振動つきで。
「は……っ、は、……っ、折……っ」
「ぉ゛ぐ……っ! は……ぁ……っぁは、……っ、ぐ、ぅ……ッ」
お望み通りに腹を殴られた時は流石に意識が飛びそうになった。
目が覚めるような痛みに脳を侵食していた靄が広がっていく。壊されていく。のめり込む。その度に中の慈門君を締め上げ、彼は射精した。
早く、殺して。死んで。めちゃくちゃにして。もう二度と立ち直れないくらいに。
ドクドクと脈打ち、焼けるように熱い精液の重さを感じながらもただ仰け反る。
どこかで雷が落ちたらしい。空を揺らがせるようなほどの雷鳴すらも関係なく僕らは抱き合って、首を絞め合って、殴って、噛みついて――最後に見たのは、慈門君の手のひらだった。頭を掴まれたのだ。
指の隙間、こちらを見下ろした慈門君の目だった。
諦めたような、失望した目。まるで、被害者みたいな顔で。
それを最後に、僕は自分の頭蓋に広がる衝撃とともに意識を手放した。
僕を壊したのは、君だよ。慈門君。
だから、僕も君を壊すだけだ。
君が僕を助けてくれたように。それを返すだけだ。
そうやって僕らはうまくやってこれたんだ。こんなに違う性格で、バラバラだった僕らは支え合ってきた。
そうだろう、慈門君。
第二章【シャーデンフロイデ】END
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