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3.???
白と黒【side:純白】
しおりを挟む俺にとって、犬馬利千鹿は家だった。
雨宿りに丁度いい、家だ。
あいつは誰でも拒まない。どんなやつだって軽蔑することなく扱う。
それは裏を返せば誰も受け入れることはない。
広い部屋にたくさんの人を招き入れ、そしてその奥、鍵をかけた扉の奥には一切誰にも開けさせない。
そもそも、本人がその扉に気づいていない可能性もある。
それでも、俺にとっては丁度よかった。
たまたま同じ地域で住んでいた。
アパートの駐車場の前、毎日帰ってくるかも分からない親を空腹のままじっと待っていた俺を見つけた利千鹿が「何してんの?」と声をかけてきたのが出会いだった。
俺が腹減ってるのだと分かれば家に連れて行かれ、残っていた飯を食わされた。
利千鹿の家には毎日たくさんの人間が出入りする。だから、お前が増えたくらいで誰も気にしない。
『腹減ったらまたうち、遊びに来なよ。場所、覚えた?』
『……わかんない』
『じゃあ、迎えにいく。俺も暇だし』
初めて一人の人間として扱われたようで嬉しかった。
水道が止まって風呂に入れないときは代わりに自分ちに連れて行って暖かい風呂に入らせてくれたし、兄のように色んなことを教えてくれた。
フィクションの中でしか見たことなかった普通の家族――それが俺にとっては利千鹿だった。
あいつにはたくさんの家族がいた。姉、妹、母、身内の彼氏、男友達、旦那、浮気相手。
毎日色んな男が出入りしては俺たちについでと言わんばかりにお菓子を買い与えて、たまに機嫌がいいときはおもちゃも買ってくれた。
賑やかな家が、俺にとっては暖かな場所だった。
それが普通ではないと気づいたのはもっと物心がついたときだ。
おもちゃやお菓子を与えられるのは『それでどっか消えていろ』の合図。
それに逆らえば目の前で利千鹿の家族がいじめられる。
それを知っていて利千鹿は俺の手を取り、「行こ」と外へと出る。それから寒い空の下、利千鹿は俺を抱きしめて眠る。
今なら分かる。俺があいつを家だと思っていたように、あいつは俺のことを布団かなにかと思っていたのだろう。
だから、優しくした。あいつは、人肌に包まれていないとまともに眠ることすらできない。
歳が上がり、学年が上がるに連れて利千鹿の周りには俺以外の人間が増えていく。
俺の代わりの安眠のための布団候補たち、それを快く受けてくれるような連中が。
あいつには裏表がない。
いつも笑っていて、誰にでも古くからの友人のように接する。まともなやつらは大抵、利千鹿を警戒して遠ざかる。
そうしないやつは、大抵腹の中に抱えている。
俺と同じように雨宿り場所を探しているような連中――そんなやつらが利千鹿に惹かれる。
故意なのか、分からない。
それは利千鹿の悪癖のようなものだからだ。
利千鹿が求めるのは人の体温と楽しいこと、だけだ。それ以外に興味ない。
だから、あんなことをした。
中学に上がった頃。
利千鹿から間借りしてたその家へと帰ると、そこには利千鹿と見慣れない男子がいた。
制服からして隣町の中学だ。それでも、体格がいいその生徒はあまりにも酷い姿だった。
どっかで喧嘩でもしたのだろう。顔も制服もボロボロで、目も開けてられないほどのその男子生徒は気を失ってるらしい。
『おかえり、藤』
『なに……どっから拾ってきたわけ、これ』
『んー、その辺』
『その辺って』
『ボコボコにされてて可哀想だったから』
『……』
『だから、連れて帰ってきちゃった』
呆れて声も出なかった。
利千鹿は喧嘩はしない。人を殴ったところを見たところはない。遊びで脅かすことはしてもだ。
そんなことだろうと思ったが、利千鹿のことだ。連れてきただけでその後のことも何も考えてないのだろう。
『藤』
『やだ』
『傷薬、あと絆創膏とか。買ってきて』
『お前が拾ってきたんならお前が責任持てよ』
『藤』
名前を呼ばれ、機嫌を取るみたいに雑に頭を撫でられる。そのまま利千鹿の方を見上げさせられる。
中学のときもそうだったが、こいつは成長が早い。高校に入った途端、大人と変わらないほど大きくなったこいつを見上げるときは首が攣りそうになって嫌だった。
『……金、払えよ』
『はいはい、よろしく』
いいように利用されてると分かってて従うことはやめられなかった。
俺もこいつを利用しているから、お互い様だったのだ。だから何年もこいつと一緒にいれた。
多分、俺が他に雨宿り場所を見つけたところでこいつは特に変わることもない。俺も、変わらない。
それだけはなんとなく分かっていた。
小走りで近所のドラッグストアで外傷に使いそうなものを買い物してくる。
本当は残った金で無駄遣いしてやろうと思ったけど、そんな余裕もなかった。舌打ちをし、そのままの足で俺たちの部屋へと戻れば、利千鹿が拾ってきた男子生徒は目を覚ましていた。
『藤、遅いぞ~』
『急げとは言われてない。……ほら、手当はアンタがやれよ』
『だってよ、動けそ?』
『……アンタら、何……ここは……』
警戒心丸出しの男子生徒の名前は天翔慈門というらしい。
制服を着ていたのでもしかしたらと思ったが、たった一つ上の男だった。利千鹿と並べば同じくらいか、見るからに運動部の体つきを合わせれば余計利千鹿よりも大きく見えた。
怯えて、戸惑う天翔の緊張をほぐすように利千鹿は残ってた菓子を食わせた。飯も。それから緊張が解けたのを見て、手当を俺にさせる。
天翔は何度も変なものを見るような顔をして俺を見た。まあ、分かる。俺たちを知らない奴らは大体こんな顔をする。
だから、こいつも多分『あっち側』だ。
元々利千鹿の拾ってきた犬に興味なんてない。
そして案の定、利千鹿は暫く新しい犬を構い倒していた。その横で好きに過ごす。
この部屋の本棚にはいつの間にか見覚えのない漫画や本が積まれている。
たまに、ここで俺たちが暮らしてると知ると置き土産代わりにと利千鹿のお友達が漫画や雑誌を置いていく。
それを読むのが俺は好きだった。というか、それ以外の時間の潰し方がわからなかった。
新しい犬――天翔は定期的にこの家に顔を出した。というよりも、毎回利千鹿が連れて帰ってくるからだ。
あいつがこの部屋の一員のようになるのも時間の問題だった。
この部屋は俺と利千鹿だけの部屋ではない。
利千鹿の実家のように、雨宿りをしたい人間が集まっては利千鹿と過ごす。
老若男女問わない。俺もその一員だった。
人恋しい寂しがり屋の人間が集まればどうなる。毎晩のように目の前で繰り広げられる光景にも慣れていた。
目を動かせばその辺でセックスに惚けるやつらを見て、新入りの犬――天翔慈門は青ざめていた。
ほら、見ろ。と。
ドン引きしてくるようなやつを連れてくるなよ、面倒だから。
内心毒づきつつ、動画でも撮られてネットにばら撒かれても面倒臭かったから隣の俺の部屋に連れて行って落ち着くまで閉じ込めた。何度も扉が壊れそうなくらい殴られたが、なんとか耐えたらしい。
壁は薄い。何時間も喘ぎ声を聞かされれば多少慣れるだろう。
そう思ってると、扉の前、背後から抱き寄せられる手に「ああ」とだけ答えた。
嫌がらせ、のつもりはなかった。けど、どうせなら、とも思った。
わざと声を上げて、聞かせた。
利千鹿への八つ当たりはあっただろう。
お前が誰かにでも優しくするから。
見境がないから。
あの新入りにばかり贔屓するから。甘くするから。
俺にしたときみたいに。
だから。
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