恣意的なぼくら。

田原摩耶

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3.???

03【side:純白】

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『藤と天翔って似てんだよな。気づいてた?』
『俺はあんなゴリラじゃない』
『似ーてーる。だからお前らはきっと気ぃ合うって』
『本気で思ってるんだとしたら眼科に行け』
『本当に藤さー天翔のこと嫌いだよな』
『あいつだって俺このこと、嫌いだろ』

 睨み返せば利千鹿は『ま、嫌いも好きの内ってやつか』と笑った。本当に、腹立つやつ。

 あれから、天翔は顔を出してない。
 天翔に散々抱き潰された後、数日は生活に支障が出た。腰にまともに力が入らず、利千鹿に付き添ってもらう羽目になった。

 天翔のやつは最後まで俺の目を見なかった。
 散々人で射精しておいて、感謝の言葉も謝罪の言葉もない。
『お前はオリじゃない』とだけ吐き捨て、あいつは部屋を出ていった。その後頭部に花瓶でも投げつけてやりたかったが、縛られた腕ではできなかった。

 数日、利千鹿は家に誰もあげなかった。
 それは珍しいことだった。俺はこの部屋の鍵を持ってるから自由に出入りできるが、他の人間はそうではない。
 利千鹿は訪れた客人は皆を招き入れるが、それは家主がいるときだけだ。だから、俺は利千鹿の家族と看做してもらえたのだと密かに誇らしさもあった。
 利千鹿が何を考えてるのかなんてわからないが、どうやら多少俺に対して悪いことをしたと思ってる……というのか。
 真意は謎だが、お陰でゆっくりと休むことはできた。



『……ねえ、オリって誰』
『ん? 天翔の好きな子』
『男?』
『そ。俺も見たことねーけど、あいつはオリちゃんが大好きなんだってよ』
『……ふーん』

 なら、さっさと好きって言えば良いだろ。
 そもそもそんなに俺に似てるのかと思ったが、別れ際に言われた捨て台詞を思い出してまたムカついてきた。

『利千鹿、あいつ出禁にして』
『そんなこと言っちゃダメだろ、藤』
『俺、もう嫌だから。ああいうの』
『けどイキまくってたろ』
『利千鹿』
『……あいつもかわいそーになるくらい馬鹿なやつなんだよ、藤。……お前なら分かるだろ?』

 寝れる場所が欲しいんだよ、と利千鹿が口にする。
 言い聞かせるような言葉とともに頭を撫でられ、その手を振り払った。

『藤』
『……お人よし』
『なにそれ、褒めてんの?』
『罵倒してんの』
『難しい言葉覚えて偉いなー、藤は。よしよししてやろうか』
『……死ね』

 腹立つ。本当に。腹立つのに納得もできた。
 俺はこいつのこう言うところに何度も救われてきたから。だから、もう少しだけなら利千鹿の我儘に付き合ってやろうと思った。

 
 こんな家、新しい家が見つければさっさと出ていってやるつもりだった。
 居心地のよさに甘えていたのだ。分かっていた。こいつに縋りついたところで無意味だと。
 こいつは最後の扉を開けることは絶対にしないと。ましてや、俺を招き入れるつもりもないのだと。
 それでも時折それが無性に寂しくもあった。




 利千鹿がお友達に呼ばれて家を出た。
 玄関の鍵はかかったまま、部屋の中には俺一人だけだった。まだ立ち上がったりするのが億劫で、ベッドに転がったまま漫画を読んでいた時だ。
 不意に玄関の扉が開く音がした。

 利千鹿が帰ってきたのだろう。
 どうせあいつのことだから半日はどっかで遊んでいると思ったが、時計を確認すればまだ一時間も経ってない。
 不審に思ったとき、ふと廊下の方から聞こえてきた足音に全身が硬直する。
 確実に利千鹿ではない、それだけはすぐに理解した。
 ドスドスと大きな足音は明確に近づいてくるのが分かった。
 咄嗟に逃げようとしたが、間に合わなかった。
 蹴破る勢いで開いた扉。その向こうに立ってた人影を見て息を呑む。

 ――天翔慈門がそこにいた。

『どうやって……』
『利千鹿から鍵貰った』
『……っ、は』
『お前のこと、好きにしていいって』
『な』

 何を言ってるんだ、と言い終わるよりも先にベッドの上に乗り上がってきた天翔に押さえつけられる。やめろ、と本を投げつけたが、あいつはびくともしない。顎の骨が軋む。

 なんで、利千鹿。利千鹿。

『いってぇな……何すんだよ』
『見てわかんないの、嫌だっつってんの』
『……はあ?』
『いいから退け、重い……っ』
『いや、あのさあ……人の話聞いてた? つうかお前さ』

 お前みたいなのが人を選んでんじゃねえよ、と落ちてくる言葉に頭の奥が熱くなる。

 利千鹿、なんでこんなやつ。
 こんなやつに鍵を渡すの。利千鹿。

 逃げ回ったところでこの部屋の広さでは追いかけっこにもならない。あっという間に胸ぐらを掴まれる。

『暴れんなっつってんだろ!』

 頬を張られ、前髪を掴まれた。

 あの晩、膝を抱えて怯えていた天翔慈門の姿はそこにいない。
 その代わり、そこには人をゴミかなにかを見るような目で見下ろす男が一人いた。

『はっ、は……っ』

 散々飢えて飢えて死にかけていた犬に肉の味を覚え込ませたらどうなるか、そんなの誰だって想像つくだろ。馬鹿だって。
 なあ、利千鹿。お前は分かっててやったのか。
 
 これに味を覚えさせるために、俺を使ったのか。
 ……利千鹿。



 大きな声が苦手だった。
 男の怒鳴るような声は、特に。

 両親は毎晩のように喧嘩していた。ドスドスと響く足音や皿の割れる音が嫌いで、怖くて、押し入れの片隅でずっとタオルを被って耳を塞いでいた。少しでも音を耳に入れないようにと。
 両親が離婚したあと、母親と二人暮らしになってからはその音も止んだ。
 深夜に突然扉を開ける音で目を覚ますこともなければ、怒鳴られないように気を使わずにも済むようになる。その代わり、母親も次第に家に帰ってこなくなった。

 利千鹿の家に通うようになってからは、家の中が人の声でうるさくなるときはいつも利千鹿は俺を裏庭へと連れ出してくれた。
 それから声が静かになるまで、利千鹿は紛らわすようにたくさん話しかけてくれた。
 利千鹿が。……利千鹿。

『り、……っ、ちか……りち――……っ』
『うるせえな、萎えるから喋んなよ。……ああ、くそ、縛るのめんどくせえな……っ』

 カーペットの上に転がされ、そのまま掴んだ腕を床へと叩きつけられる。痛い。骨がヒビ入ったのではないのか。そう思うほどの痛みに全身は硬直し、それ以上抵抗する気にはなれなかった。
 大人しくなった俺に満足したように、あいつは行為を再開させる。頭にビニール袋を被せ、俺の顔を見ないようにしてそのまま犯し続けた。




 天翔がきてから生活が一変した。
 唯一ゆっくり眠れる場所だった家は、俺をただ虐める場所と変化した。
 利千鹿は相変わらずだった。変わったのは天翔慈門と、俺だ。
 利千鹿の事なかれ主義が今はただ憎くて仕方なかった。そして拾い癖も、何もかも。


 俺の中での利千鹿への認識を変えることとなった決定打。それは間違いなく利千鹿があの男に鍵を渡したことだろう。

 利千鹿を責めてもあいつは何故俺が怒るのかわからないという顔をしていた。

『だって、可哀想だろ』

 利千鹿はまともではない。分かっていた。だからこそ俺に手を差し伸ばし、一緒にいてくれたのだと。

 頃合いだったのだろう。月日を重ね、俺たちを取り巻く環境は変化した。
 あいつは変わらなくてもだ。その周りは変化し続ける。

 天翔慈門に追いやられるように、俺は“家”を離れることになった。
 そして、あの静かで冷たい実家へと帰ることにしたのだ。

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