恣意的なぼくら。

田原摩耶

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3.???

02


「こんなもの建前だ。入院が必要な患者をそのまま帰すことは病院は許されない。一晩休んで、出血が落ち着いてその後体調に変化がないなら出るなり好きにしろ」
「……」
「けど、このまますぐ退院したところで正式な処分が下されるまでは暫く自宅待機だ」

 自宅、という単語に顔面の右半分が痙攣起こす。
 咄嗟に俯いたが、それが余計常楽の目についたらしい。

「家に帰りたくないのか?」

 どうなるか大体分かっている。分かってて、繰り返して、その度に家から遠ざかるように友人たちの家を渡り歩いてきた。
 顔を見たくない。声も聞きたくない。どうせいつもと同じだ。分かりきっていたから。
 そんなところにわざわざ顔を出しに行くこと自体馬鹿のやることだ。自分で自分の首を絞めて。

 答えたくない。そう口を紡ぐ俺を急かすわけでも脅すわけでもなく、あいつはただ窓の外に目を向ける。

「帰りたくないなら、ここに居ればいい」
「……入院日を稼いでどうすんだよ。金、うちの親は出さねえからな。絶対。俺に金落としたくねえからだ」
「金金ってな……あのな、ガキが人の金の心配してんじゃねえよ」
「どうせ全部返せっつーんだろ、俺に。そのためにわざわざ優しくして――」
「優しくしてねえよ。当然の対応だ。その手の業者に頼っても良かったが、そっちのが対応に日数がかかる。それよりも、すぐに連絡つけてお前の親とも連絡取れる俺が代理人になった方が早かった。学校の許可も得てる」
「……そんなことしてまで、学校の名誉守りたかったのかよ」

 男同士で三角関係の果ての警察沙汰なんてそりゃ恰好のネタだ。利千鹿はオモチャにさせておけばいいと言っていたが、今どこかで折のことを馬鹿にしてるやつがいるかもしれないと思えば脳がダメージを受けるようだった。
 折を守るためだと分かってても、それでも。
 ――まだ俺は迷っているのか?

「勘違いするなよ、天翔。――保護対象はお前だ」
「…………」
「その怪我、誰にやられた?」

 目の前がチカチカと明滅する。常楽の声がまるでここが指導室であるかのように錯覚させた。

『お前がやったんだろ、全部』

 聞こえてくる声に冷や汗が滲む。思わず体を起こし、常楽を見た。あいつの表情は変わらない。僅かに細められた目が俺を見ていた。

「――織和か?」
「っ、違う」

 咄嗟に大きな声が出た。思わず常楽の腕を掴めば、常楽はただじっとこちらを見ていた。

「違う。……あいつは」
「じゃあ、犬馬か?」
「…………俺が、勝手に自分でやったことだ。全部」

 余計なことを言うな、と利千鹿に言われていたことを思い出した。慌てて口を閉じるが、遅かった。
 常楽は何も言わずに俺をベッドに戻した。

「もう寝ろ。俺も帰る。……また明日、同じ時間帯にお前の様子を見にくる。それまでに体調が万全であれば退院もできるはずだ」
「……常楽」
「先生だって言ってんだろ」
「……金、いくらかかんの。入院費。……一晩」
「そんなもん考えんな。心配されなくても俺は稼いでる」

 きっとこの男はこのまま逃げ切るつもりなのだろう。
 落ち着かない。こんな状態で休めるわけないだろ、と思うのに常楽はそのまま立ち上がる。

「俺の連絡先だ。何かあれば連絡しろ」

 いらねえよ、と目の前で電話番号が書かれたメモを捨ててやろうと思ったが、できなかった。それよりも先に常楽は病室を出ていったからだ。
 言いたいことばかり言って、押し付けて帰っていった。

 脳味噌が茹るように熱い。一人になった病室の中、ようやく息ができるようだった。

 何が目的なんだ。なんで。折は。……俺は、間違えてしまったのか。
 ベッドに横になってても寝れるわけがなかった。何度も起き上がり、病室を出て行こうとしては通りかかった看護師に声をかけられ、渋々病室に戻った。

 誰もいない。一人でいると落ち着かない。
 いつもこういうときは折が居てくれたから。折が俺の話を聞いてくれた。あいつと話していると精神安定剤のように荒んだ心も穏やかになっていく。――けれど、今はその逆だ。
 折のことを考える度に怖くなる。
 どこで間違えたのだ。俺と折は上手くいっていたはずだった。

「……っ、……」

 折に会いたい。
 会って、また拒絶されたらどうするのか。
 俺が悪い。俺が悪かったから、謝る。許してもらえるまで謝れば、折だって。

『――死んでよ、慈門君』

 蘇る声に飛び起きる。ズキズキと痛む脳味噌。目の縁が赤く染まっていく。窓の外は静かだった。病室の前にいた警察たちも帰ったのだろうか。嫌に静かな病室内に自分の呼吸だけが響く。

「……」

 ――俺はなんで生きてるんだ。

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