恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

お誘いのお誘い

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 地が固まってやってきた平穏な日々を過ごす。
 以前のように慈門君と過ごす穏やかな時間が僕は好きだった。
 手を挙げた後ろめたさからか、以前よりも慈門君は僕に気を使ってくれてるようだ。前みたいに露骨に落ち込むわけではなく、ある種本当の意味でようやく自分たちが本当の恋人になれたような気がして僕は嬉しかった。
 最初は流されるような形だとしても、一時期は前の関係に戻りたいと思った日もあったけど、ちゃんと慈門君のことを知っていく内に彼の側にいたいと思えるようにもなった。
 それは多分、小緑君と純白君も関わってるのかもしれない。
 あの二人がちゃんと付き合ってるのだと思ったら自分の中で何かが吹っ切れて、以前のような変な感覚はあったがそれよりも今なら二人の背中を押せるような、そんな清々しさが僕の中にはあった。

 ――先生とは、今までと何らかわらない。
 けと、僕の体の怪我が増えてないのを確認すると何も言わずに僕に後片付けを任せて離れていく、そんな関係だ。

 ――そう、怪我が増えていないのだ。
 慈門君と付き合って暫く風呂に入るのも億劫になる程の傷に苛まれていたのだが、ここ最近新しい傷はない。
 僕はあれから慈門君に抱かれていない。
 そりゃ、毎日体を触れたいという慈門君だ。何度も僕に近づいて来たが、また乱暴な慈門君が戻ってくるのではないかと思った僕はそれを「まだ本調子じゃないから」という理由で拒んだ。
 それに、性的な匂いのないこの穏やかな時間を壊したくない。だから何かと理由をつけては逃げて、慈門君は強く出れないこともあり「じゃあぎゅっとするだけでいいから」と渋々妥協する。

 分かっている。このまま逃げ回ったところで時間の問題だということも。
 けど彼に分かってほしかった。僕はこうして話して一緒に時間を過ごすだけでも十分だということを。
 背後から覆い被さってくる慈門君。腰へと回される慈門君の腕にそっと手を添え、その胸に擦り寄るように体を預けた。以前は触れられるだけでガチガチに緊張していた全身の筋肉も幾分か解れる。

 僕は、ちゃんと慈門君を好きになりたい。
 もちろん友としては勿論だけど、恋人として受け入れたいと思う。

 けど、そんな時間も長くは続かないと頭のどこかで理解していた。
 そもそも、僕と慈門君は違う。性的欲求が人ほどない僕に比べると健全男子である慈門君は一日一回でも足りないと日頃から隠そうともしない。
 僕や小緑君がそういう話題を嫌うと分かっててわざわざ言うことはないが、慈門君が他の友人たちと大声で下世話な話をしていたのを聞いてぎょっとしたこともあった。

 ……そろそろ僕も腹を括らないとな。

 恋人になるということはそういうことだ。
 ここ数週間は彼は僕に合わせてくれた。だから、たまには僕の方から歩み寄らなければならない。



 いつものように慈門君に送り届けてもらい、家に帰って来た僕は手を洗ってすぐに部屋へと飛び込んだ。それから制服を着替え、布団にもぐる。取り出したスマホで『男同士 性行為 正しい手順 痛くない』で検索して、「わ、わあ……」と思わず声を漏らした。
 有識者たちの叡智の結晶であるインターネットの海を徘徊し、重要そうな要点をタブレットに手書きでメモする。
 手短に入手できて準備に必要そうなもの、他諸々。
 薬局に行けば買えるのかな……とぼんやりと火照った頬を押さえながら、うず、と重たくなる下半身を起こす。
 よく考えてみれば慈門君、この過程全然無視してたなとちょっとむっとしたが、僕のような初心者と比べて慈門君はどこを省略すべきか分かっていたのかもしれない。

 ……ん?なんかおかしくないか、それ。
 慈門君は恋人はいなかったはずだし、小緑君と純白君とのことを教えてくれた時も『僕たちの中の三人で一番最初に恋人を作ったのは小緑君』ということを否定しなかった。

「……」

 慈門君は確かに、ムードメーカー的な明るさも持ち合わせている。気の短さがなければ話しやすくフレンドリーな男子生徒だ。

「…………」

 あんだけの性欲を今までどう処理していたのか。
 それに、そもそも僕に対する慈門君の触れ方はどう考えても……正直、僕よりも手慣れている気がしてならなかった。
 モヤモヤとした違和感はどんどん胸の裏側に広がっていく。
 脳裏にチラつくのは知らない女の子と慈門君が笑ってる映像だ。それを振り払うように僕は目の前のクッションを掴み、そのままベッドに叩きつけた。

「ちがう……ないない……慈門君に限って、そんなこと」

 そりゃ、背も高くて運動神経もいい慈門君だ。告白されることはあっただろうけど。
 よく考えれば僕の知ってる慈門君は幼い頃の慈門君か、僕に会いに来てくれる慈門か、たくさんの人に囲まれてる慈門君だ。
 ……多少経験があったって、当然だ。けど、何だろうか。慈門君のあの告白を思い出す。
 今までの慈門君のことも、全部。クラスが離れててもご飯を食べる時は毎回僕に会いに来てくれた。

 ……慈門君、いつから僕のこと好きだったんだろう。
 僕に会いに来て、僕のこと好いてくれてる間、別の人とも関係を持っていたりしたのだろうか。

「……そんなわけ、ないよね?」

 流石に飛躍している。被害妄想は僕の悪い癖だ。
 慈門君のことを知りたいのに、知りたくない自分もいる。矛盾してる。

「……」

 すっかり顔の熱も冷め、体を起こした僕は先ほどまでの慈門君への思いが別のものに形を変えていってるのに気付いた。
 ……本当に僕のこと好きなら、僕の言葉だって聞いてくれるよね。
 今までは性的興奮している慈門君に話をしたから通じなかったわけで、ちゃんと頭が冷めている今の慈門君ならば……僕の話を聞いてくれるかもしれない。

 試しているわけではない、と誰に言うわけでもなく口の中で呟く。
 性的欲求の大きさもライフスタイルも体力も大きく違う僕たちがこれから共に歩んでいくためには必要なことだ……とさっき見たサイトには書かれていた。

 投げ捨てていたスマホをそっと拾い上げ、慈門君とのトーク画面を開く。

『会いたい』は、あまりにも抽象的すぎる。
『大事な話があるんだ』は慈門君でなくともひやっとするだろう。
 ならば、もっとこう慈門君を刺激しないような、自然な誘い方は……。

『アイス食べたくない?』

「……」

 この前、彼には借りがあるし、それを返すという意味でも丁度いい……はずだ。
 どぎまぎしつつ、スマホを両手で握りしめたまま送ったメッセージの返事を待ってるとすぐに『食いたい』と返事がきた。それから『そっちに行っていい?』とも。
『外で待ってるね』と返事をし、僕は慌てて服を着替える。
 すでに外は日が傾きかけていた。少し肌寒くなるかもしれない、と念の為薄着を羽織って僕はスマホと財布だけポケットに突っ込んで部屋を出た。

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