恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

邪恋鈍麻

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 慈門君と別れないと。
 別れないといけないのに、連絡先を開こうとする指が震えては手にしていた端末をベッドへと置く。

「……」

 無理なら距離を置けばいい。
 そう先生は言ってくれた。
 慈門君の性格からして簡単に別れられるとは僕も思っていない。それなら、最初から僕の言葉も耳を傾けてくれるだろうから。

 慈門君のことばかり考えては気が滅入る。
 先生、今頃学校へ戻った頃だろうか。もし先生から慈門君に何か言っていたらどうしよう。
 考えないようにするため、僕は布団に潜り込む。

 それからどれほど時間が経過しただろうか。
 ベッドの中に潜り込んでいたスマホが点灯し、思わず体を起こした。
 画面には慈門君からのメッセージが表示されていた。

『具合悪いのか?』

 そう一言。もしかして今僕の早退を知ったのか。
 心臓が跳ねる。無視……しないといけないのに。
 返信しなかった時、慈門君が家に来るのではないかと思うと思わず端末に手を伸ばす。

 ……駄目だ。先生と約束したんだ。
 慈門君と距離を置くんだって。

 端末をそっと手に取り、今度は画面を伏せるようにしてベッド横のサイドボードに置く。
 寝ていたから気づかなかったと言うことにすればいいだろう。具合のことも嘘ではない。

「……」

 慈門君、心配してくれてるのか。
 なら、まだ先生からは何も言われてないのか。
 ほっとするが、それも時間の問題だ。

 無視、しないと。無視、無視して……慈門君、寂しがり屋なところあるからな。違う。駄目だ、これは慈門君のためでもあるんだ。
 なら、僕らだけで完結させるべきではなかったのか。

 息苦しくなり、シーツを被ったまま呼吸を整える。けれど篭った空気の中で得られる酸素はたかが知れている。
 シーツを押し除けて目を開ける。開いたままの日光が疎ましいほど眩しくて、痛い。だから僕はカーテンを閉め切った。遠くから聞こえてくる子供の声がやけに頭の奥に響いた。

「……水……」

 喉。飲み物、取りに行こう。
 親にも説明しないといけない。なんて言えばいいんだ、こんなこと。
 先生の手を煩わせたくなくて見栄を張ったが、正直何も言いたくなかった。
 憂鬱だ。何もかも道を誤っている気がしてならない。けれど、先生が味方でいてくれるだけで心強かった。その皺寄せが今きているのだろう。
 一人で何かをすることがこんなに億劫だと思ったこともなかった。


 だるい身体を動かし、リビングへと降りる。
 日中、母親は働きに出ているので家にいることは少ない。けれど、夕方頃には帰ってくるはずだ。
 先生からの連絡は受けているはずだから追及されるのは分かっている。
 虐められているのかと勘繰られるだろう。
 自分で言うのもなんだが、僕は今まで上手くやってきた……はずだ。周りと衝突を起こすことを避け、手のかからない子供としてやってきたのに。

「……」

 やっぱり、風邪と伝えておこう。いや、熱は駄目だ。体温計で悟られる。
 腹痛なら……怪しまれないか。
 また僕は逃げようとしている。けれど、親に無用の心配はかけたくない。
 いずれ先生から話がいくとしても、今は。

 ……どこで間違えたんだろうか。僕は。
 家に帰ってきても平静になることはない。時間が解決すると言うが、だとすれば今がどん底にいる状態だというのか。

 そんなネガティブな思考ばかりが脳を占めていき、喉を水で潤したところで一向に喉が渇いていく――そんな状態のまま再び逃げるように部屋へと戻る。

 結局帰ってきた母親には「お腹が痛くて」と誤魔化した。病院へ連れていかれそうになったのを「少し寝たら多分治るから」と誤魔化し、なんとか放っておかれることになった。
 胃に優しい晩御飯と腹痛用の市販の薬を用意してきた母親に罪悪感を覚えながら僕はそれを受け取り、飲まずに部屋へと籠る。
 部屋へと戻ればサイドボードに放置したままのスマホが震えていた。
 通知をオフにすべきだった、と後悔したところで遅い。いつまでも止まないそのバイブ音に体が硬直したが、時間的に先生からの連絡の可能性もあると言うことに気づいて慌てて端末を手にした。
 が、そしてすぐに後悔した。

「……っ」

 画面に表示される慈門君のアイコンと名前に僕はそれを机の上に戻した。結局それが途絶えるまでずっと生きた心地がしなかった。
 長い間震えていた端末がようやく途絶え、僕は恐る恐る端末を手に取る。

 慈門君からの着信とメッセージの件数が二桁を超えてて背筋が冷たくなっていく。
 流石に不審に思われるかもしれない。

 返信だけしておこうか。
 ……時間は置いたし、大丈夫だろう。

 じゃないと、本当に家に来るかもしれない。
 今、直接顔を見れる自信はない。
 震える指で慈門君のトーク画面を開く。
 慈門君からのメッセージはどれも僕を心配するものだった。それから一定間隔で僕に通話をかけてる。

『返事遅くなってごめんね。今起きた。お腹痛くなっただけだから心配しないで』とだけ送れば、すぐに既読がついた。
 それから通話がかかってきて、思わず端末を落としそうになった。
 今無視したら流石におかしいかな。でも、先生には止められた。けどあまり露骨に無視しすぎるのも駄目だって。距離を置くなら徐々にの方が自然じゃないか、なんて迷っている内に通話は切れる。


『なんで出ないの』

 そう短いメッセージが届いた。
 疑われてる、と思った矢先『話せないほど腹痛いのか?』と追い討ちでもう一通。

 あまりやり取りを続けたくなかったが、こうしてモタモタとトーク画面開いて既読つけてしまった時点で逃げ道はなかった。

『うん』とだけ送る。それから既読をつけてしまわないようにすぐにアプリごと落とし、今度は通知を切ってから机の上に置いた。

「……」

 間違ってない。嘘、ではないはずだ。……痛いのはお腹ではないが。
 今まで慈門君といると気楽だったのに、今はその逆だ。息苦しい。たかが文字を打つだけで大きく精神力を消耗してしまったみたいだ。
 一応、親には慈門君がきても帰してくれと伝えておこう。そうしないと本当に部屋まで上げるのが分かったから。
 慈門君相手にそんなことをしなければならないこの状況自体が僕には苦しいが、自分を守るためだ。

 一日目でこれなら、明日はどうなるのか。
 ずっとこんな気分を味わわなければならないのか。
 明日、明後日、一週間後。その先のことを考えるだけで気が遠くなりそうだったが、今は先生のことを信じることしかできない。

 僕は間違っていないはずだ。
 そう何度も揺らぎそうになる自分を鼓舞して現実から目を逸らすのが精一杯だった。


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