恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

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 こんなに呆気なく日常が戻ってくるなんて思ってもいなかった。

 慈門君は常に僕に気を使うように距離を取ってくる。
 先生も何かと僕を気にしてくれて、慈門君の方にも目を向けてくれているらしい。

 変わったことはいくつかあった。
 他の先生たちも少し僕に優しくなったこと。それから、クラスメイトたちも。
 恐らく前者は常楽先生が絡んでいるのだろうけど、クラスメイトたちは純粋に体調を崩しがちな僕を心配してくれているらしい。

 それと、もう一つ。
 実しやかに囁かれているのが『僕と慈門君が喧嘩別れをした』という噂だった。
 元々一部で付き合い始めたんじゃないかと言われていたが、ここ数日で露骨に距離ができた僕たちにそんな噂が流れるなんて。
 皆よく人を見ているな、と感心する反面、もしクラスメイトたちが優しくなったことがそのことに対する気遣いなのだとすれば複雑でもある。

 けれど、実際僕らの関係は続いている。
 性行為を抜きにした健全で歪な関係性のまま。
 僕としてはそれは願ったり叶ったりで、慈門君に無理強いをしている自覚はあったが『なんでもする』と言い出したのは慈門君だ。
 別れたくない、と言ったのも。
 だから、制限をかけてまで僕らは名義上恋人という関係を続けていた。僕の中で燻っている慈門君への感情がなんなのか、自分でも咀嚼しきれていない。

 あと、変化といえば他にももう一つあった。

「先輩」

 授業が終わり、購買に向かおうかと教室を出た時。
 階段の踊り場で見知った影を見つける。
 少し丸まった薄い体。それから、さらりと落ちた長めの髪。

「純白君。……どうしたの?」
「自分は甘南先輩待ちです」
「ああ、小緑君か。……もう直ぐ来るんじゃないかな」
「先輩、売店ですか?」
「……うん、今朝ちょっと寝坊して弁当持ってくるの忘れちゃって」

 ここ最近あまり寝つきが良くなかった。
 積み重なった睡眠不足を取り戻そうとした結果、今朝熟睡してしまってはアラームに気付けなかった。親も親で僕が休むものだと思ってたらしく、その結果がこれだ。
 純白君は「先輩でも寝坊とかするんだ」と少しだけ目を丸くした。

「じゃあ、一緒にどうですか?」
「え? どうって?」
「俺も売店寄るんで。……それに、甘南先輩も先輩のこと気にしてたみたいなんで」
「……え」
「ほら、先輩ここ最近凹んでたから」

 後輩にまで心配かけていたなんて。
 そう思うと己が不甲斐なくなる。
 同時に小緑君たちが気にかけてくれていたという事実が嬉しくもあり、苦しくもある。

「僕は……大丈夫だよ。小緑君にもそう伝えて」
「折先輩」
「……それに、君たちの時間を邪魔をするわけにはいかないよ」

 それが本音だったのかもしれない。
 今、この状態で二人に挟まれてしまえばうっかり変なことを言ってしまわないか怖かった。
 小緑君が来る前にここを離れよう。そう強引に話を切り上げ、純白君に「じゃあまた委員会で」と別れを切り出そうとしたときだった。
 踵を返したその先、直ぐそばにあった人影に気付けずにそのまま衝突してしまう。
「ごめん」と慌てて頭を下げた時、

「織和」

 落ちてきたその聞き慣れた声に心の裏がざわついた。

「こ、小緑君……」
「お前も来い。飯に行くぞ」
「甘南先輩、遅くなったことへの謝罪が先じゃないです?」
「早く並ばないと人気どころは取られるぞ」
「あー、はいはい。そっすね。……んじゃ、折先輩。行きましょ」

 問答無用。自然な動作で僕の手を取った純白君は微笑みかけてくる。
「あ、あの」と狼狽える僕の背後、「ちゃんと歩け。転ぶぞ」と小緑君に背中を押えれる。
 強引すぎる。あまりにもマイペースな二人に挟まれながら僕は抗うことを諦めた。

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