恣意的なぼくら。

田原摩耶

文字の大きさ
51 / 152
2.シャーデンフロイデ

02


 慈門君が僕の部屋へとやってきたのはあの日、学校を休んだ時以来だ。
 あの時は慈門君が強引に押しかけてきたが、今日は訳が違う。

 前回が前回なだけになんとなくお互いに気まずさがあって、慈門君を先に部屋にあげたあと僕はお茶を用意して部屋へと向かう。
 ローテーブルの前、慈門君は正座をしていた。

「足、崩してもいいのに」
「折……」
「はい、お茶」
「気使わなくていいって、俺水でもいいし」
「いいんだよ。僕も喉乾いていたから」
「……なら、いただきます」
「どうぞ」

 テーブルの上に置いたグラスに手を伸ばし、一気に飲み干す慈門君。僕はその斜向かいに腰を下ろす。

「……」
「……」
「……なんか、すげー緊張してるわ。今」
「見ててわかるよ。慈門君、さっきまであんなにリラックスしてたのに」
「は、はは……やべ、はっず。色々話したいことあったのにさ、なんも出てこねーわ」

 照れを誤魔化すように笑い、落ち着かなさそうに足を崩す慈門君は僕の部屋にあったクッションを手に取り、膝に乗せては捏ねる。
 なんだかその動作が動物染みていて、僕はそれを横目にグラスに入ったお茶で乾いた喉を湿らせた。

「……いいんじゃない? 別に」
「なにが」
「思い浮かばなかったら無理して話さなくてもいいよ」
「……でも、気まずくね?」
「そんなことないよ。……僕はこういうのも好きだよ」
「……折って、やっぱちょい変わってるよな」
「そんなことないと思うけどな」

 慈門君とは考え方が違うとは思うけど。
 以前のような過度な接触や甘ったるい空気の方が僕にとっては緊張したが、きっと慈門君は逆なのだろう。
 こねこねとクッションを潰していた慈門君だったが、ようやく諦めたように息を吐き、それから背後のベッドに凭れ掛かる。

「暇なら何かする? 慈門君の課題手伝おうか?」
「え、いらねえって。絶対やだ。そんなことのためにお前との時間使いたくねえよ」
「そんなことってことはないよ」
「……いいよ、このままで」

 明らかに渋々という様子ではあるが、勉強と天秤にかけた結果現状維持が勝ったらしい。
「そう」と僕は鞄から取り出そうとしていた参考書をそのまま引っ込める。

「なあ、折」
「ん?」
「……そっち行っていい?」

 どこのことを指してるのか一瞬分からなかったが、こちらを伺うようにじっと見つめてくる慈門君にすぐ言葉の意味を理解する。

 変なことはしないと言っていたが、それでも無意識の内に体に力が入ってしまう。
 それに気付いたのだろう。慈門君は「他なんもしないから」と慌てて付け足した。

「……いいよ、きても」

 どこにいても変わらないと思っていたが、慈門君にとって心の距離と体の距離は等しいのかもしれない。
 許可をするなり、慈門君はクッションを抱えたまま隣にまでずりずりと移動してきた。それから、体操座りをする。
 変なことをしないというポーズらしい。

「……ふ」
「何笑ってんだよ、折」
「笑ってないよ」
「今笑ったろ」
「君がそのクッション気に入ってるのがなんだか面白くて」
「……これは、なんか触り心地よかったから」

 そう、膝の上にクッションを乗せたまま抱き締める慈門君。小さい頃のことをなんとなく思い出した。慈門君がぬいぐるみを抱いて眠るようなイメージはなかったが、こうして見ると似合わなくもなさそうだ。
 というか、少し見てみたい気もする。

 なんて慈門君を観察していると、ふと腕から手首に掛けて赤い線が浮かんでいるのが目に入る。
 思わず慈門君の腕を掴めば、「え、なに、どした?」と慈門君は驚いたように僕を見る。

「これ……どうしたの?」
「ん? って、うわ、目立つなこれ」

 そう、腕を自分で確認した慈門君はそこで初めて気付いたらしい。「どっかで引っ掛けたんだろ」と笑っていたが、僕は一緒になって笑うことはできなかった。

 もしかして自分で傷つけたのではないか。
 そんな心配が過ったが、どうやら考えすぎだったらしい。
 そんな僕に目を向け、慈門君はばつが悪そうに目を細める。

「……大丈夫だよ。あれからああいうのはしてねえから」
「……」
「俺、折とまた一緒に居られるの幸せだからさ。……だから、その、……俺も頑張るから。お前に嫌われないように」
「……慈門君」

 傷を隠すように腕を引っ込め、その代わりに僕の肩に手を伸ばす慈門君。
 なんで僕が慈門君に気遣われ、慰められているのだろうか。なんだかあべこべだ。
 けど、慈門君の言葉にほっとする自分もいた。

「……怪我、手当しなくても大丈夫?」
「今の今まで気付かないレベルだって。擦り傷だし放っておいて大丈夫だよ」
「本当かな」
「まじで」

 そういえば休み時間の時はあの傷、僕も気付かなかったしな。
 ただ見落としただけかもしれないけど。
 なんとなく引っ掛かったが、これ以上は触れてほしくなさそうな慈門君を感じて僕は話題を変えることにした。

 今日の図書委員の仕事中あった些細な出来事。
 けれど、先生と会ったこと、純白君の怪我のことは慈門君には話さなかった。

 それから間も無くして陽も傾き始めた頃。
 母親が帰ってくると、慈門君は「じゃ、俺もそろそろ帰るわ」と立ち上がる。

「まだゆっくりしたらいいのに」
「いいよ。……それに、思ったより辛いわこれ」
「辛い?」
「……変なことをしないって約束しただろ?」

 自嘲気味に笑う慈門君に「あ」と息を呑む。
 そのまま何も言えなくなる僕に「そういう事」と慈門君は少しだけ寂しそうに眉尻を下げた。

「俺、帰るわ。……ゆっくり休めよ、折」

 そう立ち上がる慈門君。
 結局僕は彼を呼び止めることはなく、玄関まで見送りすることになる。

 本当はきっと慈門君は呼び止めて欲しかったのだろう。
「変なことしてもいいよ」と言ってもらいたかったのかもしれない。
 それでもその一歩を自ら踏み出すことはできなかった。
 見送り後、慈門君がいなくなってやけに広く感じる部屋の中。帰り際見せた慈門君の寂しそうな顔と背中がなんとなくずっと瞼裏にこびり付いていた。

「……」

 僕は酷いやつなのだろうか。
 でも、それでもいいと言ったのは慈門君だ。
 甘やかすのは僕にも慈門君のためにもならない。

 考えたところで無駄だと分かっていた。
 慈門君に揉みくちゃにされたクッションを膝に抱え、顔を埋める。
 ……今度の慈門君の誕生日プレゼントはクッションにしようかな。
 そんなことを考えながら、母親に晩飯に呼ばれるまで僕はベッドでぼんやりと天井を眺めていた。

感想 47

あなたにおすすめの小説

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....