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2.シャーデンフロイデ
02
しおりを挟む慈門君が僕の部屋へとやってきたのはあの日、学校を休んだ時以来だ。
あの時は慈門君が強引に押しかけてきたが、今日は訳が違う。
前回が前回なだけになんとなくお互いに気まずさがあって、慈門君を先に部屋にあげたあと僕はお茶を用意して部屋へと向かう。
ローテーブルの前、慈門君は正座をしていた。
「足、崩してもいいのに」
「折……」
「はい、お茶」
「気使わなくていいって、俺水でもいいし」
「いいんだよ。僕も喉乾いていたから」
「……なら、いただきます」
「どうぞ」
テーブルの上に置いたグラスに手を伸ばし、一気に飲み干す慈門君。僕はその斜向かいに腰を下ろす。
「……」
「……」
「……なんか、すげー緊張してるわ。今」
「見ててわかるよ。慈門君、さっきまであんなにリラックスしてたのに」
「は、はは……やべ、はっず。色々話したいことあったのにさ、なんも出てこねーわ」
照れを誤魔化すように笑い、落ち着かなさそうに足を崩す慈門君は僕の部屋にあったクッションを手に取り、膝に乗せては捏ねる。
なんだかその動作が動物染みていて、僕はそれを横目にグラスに入ったお茶で乾いた喉を湿らせた。
「……いいんじゃない? 別に」
「なにが」
「思い浮かばなかったら無理して話さなくてもいいよ」
「……でも、気まずくね?」
「そんなことないよ。……僕はこういうのも好きだよ」
「……折って、やっぱちょい変わってるよな」
「そんなことないと思うけどな」
慈門君とは考え方が違うとは思うけど。
以前のような過度な接触や甘ったるい空気の方が僕にとっては緊張したが、きっと慈門君は逆なのだろう。
こねこねとクッションを潰していた慈門君だったが、ようやく諦めたように息を吐き、それから背後のベッドに凭れ掛かる。
「暇なら何かする? 慈門君の課題手伝おうか?」
「え、いらねえって。絶対やだ。そんなことのためにお前との時間使いたくねえよ」
「そんなことってことはないよ」
「……いいよ、このままで」
明らかに渋々という様子ではあるが、勉強と天秤にかけた結果現状維持が勝ったらしい。
「そう」と僕は鞄から取り出そうとしていた参考書をそのまま引っ込める。
「なあ、折」
「ん?」
「……そっち行っていい?」
どこのことを指してるのか一瞬分からなかったが、こちらを伺うようにじっと見つめてくる慈門君にすぐ言葉の意味を理解する。
変なことはしないと言っていたが、それでも無意識の内に体に力が入ってしまう。
それに気付いたのだろう。慈門君は「他なんもしないから」と慌てて付け足した。
「……いいよ、きても」
どこにいても変わらないと思っていたが、慈門君にとって心の距離と体の距離は等しいのかもしれない。
許可をするなり、慈門君はクッションを抱えたまま隣にまでずりずりと移動してきた。それから、体操座りをする。
変なことをしないというポーズらしい。
「……ふ」
「何笑ってんだよ、折」
「笑ってないよ」
「今笑ったろ」
「君がそのクッション気に入ってるのがなんだか面白くて」
「……これは、なんか触り心地よかったから」
そう、膝の上にクッションを乗せたまま抱き締める慈門君。小さい頃のことをなんとなく思い出した。慈門君がぬいぐるみを抱いて眠るようなイメージはなかったが、こうして見ると似合わなくもなさそうだ。
というか、少し見てみたい気もする。
なんて慈門君を観察していると、ふと腕から手首に掛けて赤い線が浮かんでいるのが目に入る。
思わず慈門君の腕を掴めば、「え、なに、どした?」と慈門君は驚いたように僕を見る。
「これ……どうしたの?」
「ん? って、うわ、目立つなこれ」
そう、腕を自分で確認した慈門君はそこで初めて気付いたらしい。「どっかで引っ掛けたんだろ」と笑っていたが、僕は一緒になって笑うことはできなかった。
もしかして自分で傷つけたのではないか。
そんな心配が過ったが、どうやら考えすぎだったらしい。
そんな僕に目を向け、慈門君はばつが悪そうに目を細める。
「……大丈夫だよ。あれからああいうのはしてねえから」
「……」
「俺、折とまた一緒に居られるの幸せだからさ。……だから、その、……俺も頑張るから。お前に嫌われないように」
「……慈門君」
傷を隠すように腕を引っ込め、その代わりに僕の肩に手を伸ばす慈門君。
なんで僕が慈門君に気遣われ、慰められているのだろうか。なんだかあべこべだ。
けど、慈門君の言葉にほっとする自分もいた。
「……怪我、手当しなくても大丈夫?」
「今の今まで気付かないレベルだって。擦り傷だし放っておいて大丈夫だよ」
「本当かな」
「まじで」
そういえば休み時間の時はあの傷、僕も気付かなかったしな。
ただ見落としただけかもしれないけど。
なんとなく引っ掛かったが、これ以上は触れてほしくなさそうな慈門君を感じて僕は話題を変えることにした。
今日の図書委員の仕事中あった些細な出来事。
けれど、先生と会ったこと、純白君の怪我のことは慈門君には話さなかった。
それから間も無くして陽も傾き始めた頃。
母親が帰ってくると、慈門君は「じゃ、俺もそろそろ帰るわ」と立ち上がる。
「まだゆっくりしたらいいのに」
「いいよ。……それに、思ったより辛いわこれ」
「辛い?」
「……変なことをしないって約束しただろ?」
自嘲気味に笑う慈門君に「あ」と息を呑む。
そのまま何も言えなくなる僕に「そういう事」と慈門君は少しだけ寂しそうに眉尻を下げた。
「俺、帰るわ。……ゆっくり休めよ、折」
そう立ち上がる慈門君。
結局僕は彼を呼び止めることはなく、玄関まで見送りすることになる。
本当はきっと慈門君は呼び止めて欲しかったのだろう。
「変なことしてもいいよ」と言ってもらいたかったのかもしれない。
それでもその一歩を自ら踏み出すことはできなかった。
見送り後、慈門君がいなくなってやけに広く感じる部屋の中。帰り際見せた慈門君の寂しそうな顔と背中がなんとなくずっと瞼裏にこびり付いていた。
「……」
僕は酷いやつなのだろうか。
でも、それでもいいと言ったのは慈門君だ。
甘やかすのは僕にも慈門君のためにもならない。
考えたところで無駄だと分かっていた。
慈門君に揉みくちゃにされたクッションを膝に抱え、顔を埋める。
……今度の慈門君の誕生日プレゼントはクッションにしようかな。
そんなことを考えながら、母親に晩飯に呼ばれるまで僕はベッドでぼんやりと天井を眺めていた。
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