親友がカルト因習村村長の息子だった話。

田原摩耶

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 その時はやってきた。

 暗坂の部下が運転する車に乗せられ、幹部補佐の人間たちと一緒に入村する。何故お前がいるんだという目で見られたが無視。
 車は通行止めの立て札を無視し、見張りつきのゲートを潜りあの村へと進む。

 あの村は変わっていない。
 それどころか、俺が住んでいた時よりも人が少なったような気がする。

 静まり返った村の中を車は真っ直ぐ突き抜け、総本山であるあの不気味なビルの前までやってくる。

 そこには他にも数台の車が並んでいた。
 どれも一目で高級車ばかりだと分かる。おそらく他の幹部の連中だろう。

「ええと、僕は一先ず挨拶してくるよ。……橘君、君はこの人と一緒に集会所に顔を出して。詳しい指示はこの人が出してくれるから」
「分かりました」

 俺も中に行きたかったが、周りの人間が邪魔だった。せめて暗坂と二人きりなら押し切ることもできたが、一旦慌てる必要はない。
 今は大人しくしておくだけだ。




 昔に来た時よりも村は狭い箱庭のように見えた。
 家族のような連帯感は嘘ではないだろう。相変わらず年寄りが多い。中にはちらほらと子供の姿も見えた。
 ……あまり考えたくなかった。他にもあのあと、自ら入村志願した信者がいたのか。
 いや、いる。間違いなく。信者の連中曰くこの村で暮らすことはステータスであり、より教団へ貢献する機会が増えるというチャンスになる。
 聞きたくない話もいくつも聞いた。
 この村のシステムも。
 俺たちの通う学校にいた子供たちはいわゆるカルト二世と呼ばれる子供だ。
 俺の親も恐らく信者同士だったのだろうが、家にいるより外で友達と遊んだ方が好きだった。だから親の制止も無視していた。だから影響を受けることも親が信者だということも気づけなかった。
 けど、村の子供達は別だ。教団の教えが脳に刷り込まれている。

 村で子供を見かけるたびに言いようのない感覚を覚えた。この村から出れない限り、ここでずっと信者を増殖、育成するためだけに育てられるのだろう。
 そんな中、どこからともなくこちらへと駆け寄ってきた小さな影にぎょっとする。危うく転びかけるその小さな影を支え、「危ねえだろ」と止めた時。
 小脇の道から一人の小柄な影が飛び出してきた。

「すみません、ごめんなさい……っ!」

 そのまだ幼さの残った女は子供を抱きしめ、庇うように頭を下げる。俺の胸に見た役職持ち別のブローチを見たからか、こんな反応をする信者は少なくない。
 幹部でもないが区長レベルでも怯えるやつは怯える。そういう信者は大抵成績の低く存外な扱いを受けている人間か、自分の意思で入信していない人間で――。

「気にすんな。大丈夫だ」

 そう声をかけ、「ガキ、気をつけろよ」と惚けた顔をしたガキの頭を撫でた時。
 女は見上げる。青ざめた顔、伸びた前髪。その下から覗く目が大きく見開かれた。まるで幽霊でも見たかのように。

「お、にいちゃん?」

 微かに聞こえてきたその声に、全身から血の気が引いた。

 振り返る。その女の腕を掴む。記憶の中のあどけなさも笑顔も見る影もない。けれど、首筋の黒子も耳元の黒子も見覚えがあった。

「――、お前」

 生きていたのか、と喜ぶよりも先に子供の姿を見て血の気が引いた。
 お前の子供なのか、と聞くこともできなかった。親父とお袋は、と聞くことも。ただ口を閉じることもできなかった。

 女――妹は俺の手を振り払い、子供を抱き抱えてひったくるように逃げ出した。

「っ、ま、……待て……っ!!」

 全速力で追いかける。
 自分の立場もあった。今ここにいるのはあの時の俺ではない、このスウイ会の区長だ。
 分かっていても、今この瞬間を無くせば次はない――そう直感で思った。

 人気のない路地へと逃げていった妹を追いかける。
 そして袋小路まで追い詰め、そして、諦めたようにそこに佇む妹を見つける。

「生きて……いたのか」
「……」
「お兄ちゃんって言ったよな、今」
「ひ、と……ちがいです」
「親父とお袋は無事なのか?」
「どっか行って、もう……貴方なんて知りません……っ!」
「……っ、風夏ふうか

 数年ぶりにその名前を口にした瞬間、ぼろぼろと妹の目から涙が溢れる。「ママ、どしたの?」と心配そうに子供が妹の目から溢れる涙を拭おうとする。それを抱きしめたまま、妹は俯いた。

「なんで、帰ってきたの」
「――」
「なんで、そんなもの着けてるの」
「こ、れは」

 ジャケットの胸ポケットにつけた教団からもらったモチーフの花を模したブローチ。それをひったくるように俺の胸元を掴んだ妹だったが、そのまま力無くその腕は垂れる。

「お願いだから、帰って」
「風夏、俺は」
「お父さんたちのことは忘れて、二度と帰ってこないで。早く。あの人に見つかる前に――」
「あの人って……」

 誰のことを言ってるんだ、と尋ねるよりも先に近くの民家から人が出てくる。ぎょろりと目を見開いた老婆だ。はっとした妹は「うちの子が申し訳ございませんでした」とわざとらしく声をあげ、それから俺の側から逃げ出すように近くの民家に駆け込んだ。


 結局、それ以上動くことはできなかった。

 数年ぶりにあったあいつはやつれていた。とてもではないが幸せそうには見えなかった。
 考えたくはなかった。子供の大きさと姿を消した時期。

 ――あの人って、誰だ。
 ――忘れろって、なんだ。

 また迎えにくる、と言いたかったのに追いかけることはできない。
 あいつは敢えて俺を他人として扱った。
 それはあいつなりの気遣いだったのだろう。

「……っ、クソが……」

 やり場のない怒りを発露する手段がない。
 全て、全て終わらせる。そのためにきた。そうすればあいつを、家族を迎えに行こう。
 一先ずあいつが生きていたことを喜ぶことしか今の俺にはできなかった。

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