親友がカルト因習村村長の息子だった話。

田原摩耶

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 それから何事もなかったように村で数日区長同様の業務に追われる。
 主に信者のメンケアなのだが、顔見知りが多いその場では他の幹部補佐に回して俺は村全体の監視に回ることにした。

 暴徒と化する信者や逃げ出そうとする信者の捕獲、怪しげな動きをする信者がいれば適宜報告する。
 手荒な真似をするのが得意と思われると思われているのはあまり気持ちよくないが、使えるものは使う。

 怪しまれないように仕事をするフリをしながら村全体を確認する。やはり、俺が住んでいる時よりも人が減っていた。
 少子化、で片付けられたらまだマシだろうが、その裏になにかがあるのか。




 夜になり、殆どの信者はそれぞれの自宅や或いは集会所へと戻っていく。
 娯楽も夜通し遊べるような場所もないこの村の人間は日が暮れる頃には誰一人街に出ない。
 ――村祭りの時以外は。

「この村に滞在中は特別にこの施設を利用していいことになってる。けど、君はあくまで僕の補佐官としてきた身で幹部ではない。その、意味わかるよね?」
「勝手に出歩くなってことっすよね」
「あ……ああ、そうだ。ありがとう。それが分かってたらいいんだ。今は上の人たち、少しピリついているからね……その、僕らもあまり刺激したくないんだ」

 うっす、と素直に頷き、俺は暗坂から鍵を受け取った。
 扉を開けばそこは激安ホテルよりも更に粗悪な部屋だった。ベッドとちゃぶ台しかない。それにベッドも腰が痛くなるタイプのベッドだし、なんかシーツは薄っぺらいし。

「儲かってるくせに客室ケチんなよ……」

 舌打ちしながら取り敢えず荷物を放り投げる。
 元より大人しく寝るつもりは毛頭なかった。

 幸い同室者はいない。隣には同じく幹部補佐の同行者がいるだろう。薄っぺらい壁から聞こえてくるイビキを確認し、俺は部屋を抜け出した。

 この宿舎は教団本部の敷地の片隅にあるボロ小屋だ。つまり、本部とは目と鼻の先だ。
 少し彷徨くくらいは許されるだろう。

 幹部様々はどうやら本部の方でもっと質のいい客間を用意されているようだ。
 見つかれば、「暗坂さんに会いたくなって」とでも言っておけばいいだろう。
 そんな軽い気持ちで裏口から抜け出す。

 瞬間、生ぬるい風が頬を撫でる。
 どこからともなく聞こえてくる虫の鳴き声。初夏特有のじんわりと湿気を孕んだ空気の中、俺は目の前の本部を見上げる。

 話が本当ならこの建物の上層階にあいつがいる。
 入り口までならまだしも、一定の階数以上は中でも限られた人間しか踏み入ることしかできない、と。

「……」

 震える手を握り締める。
 焦るな。と、繰り返す。

 とにかく本部の裏口や抜け道を確認し、車も確認する。来訪者は増えている。
 幹部クラスになると俺が敵に回せないようなお偉いさんも増えてくる。中には警察のお偉いさんも政治家もいる。
 そんなやつらがここへとやってくるよりも先に目的を果たさなければ更に動きづらくなるだろう。

 中には入れない分、外から警備員の交代時間や巡回ルートを確認する。
 最終手段として警備員になりすまして侵入すると言う手もある。けどこれはあくまで最終手段だ。
 一番はやはり、他の幹部たちに紛れることだ。
 暗坂がもう少し上手く立ち回ればいいものを、あの男はあまり俺を教祖に近づけたくないらしい。
 あの男らしいとも思うが。

 一先ず大体は把握できた。気付けば日の出の時間が近づいている。
 また明日も起きて幹部様々たちの世話をしなければならない。他の奴らが目を覚ます前に部屋に戻らなければ、と踵を返した時。

 教団本部の裏口の扉が開いた。
 まずい、と慌てて物陰に隠れようとした俺はそのまま凍りつく。
 夏場にも関わらずジャケットを羽織ったそいつはゆっくりと階段を降りる。月夜に照らされたその横顔は冷たく、見に纏う空気はあの時よりも遥かに研ぎ澄まされていた。

「……随分とデカい鼠が紛れ込んだようだね」

 静まり返った夜の空気に響くその声はあの時よりも低くなっていた。
 誰かに話しかけているのかと思ったが、そうではない。あいつの後ろに続いて現れた人影はなく、たった一人佇むあいつはそのまま段差に腰を下ろした。

 口を塞ぎ息を殺す。気づかれた、わけではないはずだ。独り言、だろう。そうだ。間違いない。

 そう早まる鼓動を落ち着かせようとするも束の間。
 電子タバコを取り出したそいつはそれを咥え、煙をゆっくりと吐き出した。
 そして、

「隠れても無駄だ。この村全体にカメラが仕掛けられているからね。君の動きは全てこちらに筒抜けだ」
「――」
「なあ、隣春」

 そう、ゆっくりとそいつは――永良はこちらへと視線を向けた。
 まだ隠れ続けば誤魔化せる。そう思ったが、名前まで呼ばれてしまえばお手上げだった。
 そうか、そうだよな。他の耄碌した連中ならともかく、お前はそうだよな。
 そう納得できる自分を自嘲する。
 両手を上げ、物陰から姿を表せば永良は笑った。
 あの時と変わらない人を馬鹿にしたような笑顔で。

「また俺に犯されにきたのか」
「……それが第一声か?」
「なんだ? 泣いて欲しかったか? お前にずっと会いたかったって。――馬鹿馬鹿しい」

 丸腰で部下もいない状態。数年前に監禁してヤリ捨てした相手が目の前にいるというのにあまりにも永良は変わらない。
 狼狽えるどころか待っていたかというかのような目で俺を見下ろす。

「何しに来た?」
「幹部様の手伝いと、次期教祖様を拝みにな」
「相変わらず冗談が下手だね」

 つまらなさそうに目を細め、永良は「来い」と扉を開いた。

「どういつもりだ?」
「どうせ不法侵入するつもりだったんだろ。俺に会うために」
「俺は今のお前には用はない」
「俺が実権を手に入れてないからか?」
「……」
「だからだよ。……隣春」

「この言葉の意味が分かるか?」この男はいつだって俺を試すような物言いをする。

「教祖になれば俺に会えないと?」
「隣春にしては上出来だね」
「……お前は、」
「いいから早くしろ。来るつもりがないならこのまま宿舎に戻れ」

 一発殴ってやらなければ気が済まなかった。
 なのに、実際永良を前にすればそんな気が起きなかった。あまりにもあいつが変わらないから。
 パーツはそのままに成長し、そう変わらなかった背丈も既に大きく抜いた永良。けれど、棘のある物言いも皮肉を孕んだ笑い方も変わらない。
 だから、俺はあの時と同じようにあいつの後に着いていってしまう。

 教団本部の裏口は殺風景だった。

「全部ハリボテだ。人目があるところだけ金をかけている」
「……」
「見栄っ張りだった。親父も、爺さんも。体裁ばかりを気にして必死だった。舐められないように、裏切られないように全員が敵のように見えていたんだろうね。……どんだけたくさんの信者がいたって満たされることはなかった」
「……ここにきてまで身内の陰口か?」
「俺の愚痴聞きはお前の役目だろ? 隣春」

 俺はそんな役目を請け負ったつもりはなかった。
 二人分の足音が響く中、通路の先にあるエレベーターに乗り込む。
 手にした鍵を基盤横の穴に差し込めば全ての回数のボタンは点灯する。その中、いくつかの数字を適当に入力すればエレベーターは降下し始めた。
 まさか地下もあるのか、と驚いた時。隣に並んでいた永良はくすくすと笑ったり

「さっきから本当に鼠みたいな反応をするじゃないか。隣春。……そんなに興味があるのか?」
「そりゃ、そうだろ……」
「なら教えてあげるよ。僕らの住居は本部の地下にある。それは表の、金かけた方のエレベーターでは辿り着くことはできないような作りになってるんだ」
「それ、言っていいのか?」
「三日三晩鞭打ちの刑だね」
「……っ」
「ああ、俺じゃなくてお前がね。隣春」
「な……」

 がこん、と小さく揺れ、エレベーターは止まる。
 どうやら目的の階層にたどり着いたようだ。永良は何も言わずにエレベーターを降りる。
 俺も何も言わずにそのあとを着いていった。

 再び長い廊下が続く。いくつかの扉が並ぶその奥、とある扉の前で永良は立ち止まった。

「ここが俺が与えられていた部屋だ。……入れよ」

 ここまで来て引き下がることも逃げることもできない。意を決し、永良に招かれるがままその部屋に足を踏み入れ――息を呑む。
 俺が連れられた宿舎の豚箱みたいな部屋に近い。それどころか窓がないからこそ余計無機質なその部屋を前に、俺は呆然と立ちすくむ。

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