花葬

田原摩耶

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第二章

01※飲尿

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 もしかしたらまだ夢の中で、俺はまだ悪い夢を見てるだけなのかもしれない――そう思えたらどれだけましだろうか。
 どれほど犯されていたのかもわからない。気付けば俺は気を失っていたらしい。起き上がろうとして全身の違和感に気付いた。
 目を開けば見知らぬ部屋の中にいた。その部屋に広がった煙草の甘い香りに嫌な記憶が蘇る。
 俺はベッドの上で寝かされていた。慌てて起き上がろうとするが手足が動かない。ベッドの上、体操座りになるように足首と手首を縛られているようだ。それから。

「……ッふ、ぅ……」

 ガムテープかなにかで口を塞がれてるのだろう、声を出そうとしても許されない。それから――体の違和感もあった。下腹部、まだ何かが入ってるような違和感に息が漏れる。四肢の拘束を解こうと身を捩らせれば、体の奥、埋め込まれた異物の凹凸が内壁を刺激してじっとりと全身に汗が滲んだ。
 夢、じゃない。そう嫌でも気付かされたとき。

「おはよう、間人君」
「……ッ!!」
「随分と眠ってたみたいだね。もう夕方だよ」

 そう花戸は薄く微笑み、俺の元へと歩いてくる。咄嗟にベッドの上から這いずってでも逃げようとするが、遅かった。体の上、掛けられていたシーツを剥ぎ取られる。そこで自分がなにも身に着けていないことに気付いた。
 剥き出しになった性器を晒され咄嗟に腰を引くように隠そうとすれば、花戸は躊躇なく俺の脚を掴み、そしてベッドへと乗り上げてきた。

「っ、ふ……ぅ……ッ!!」
「はは、嫌われちゃったかな」
「ふ、ぅ……ッ、ぅ゛……ッ!!」

 ベッドから蹴落としてやりたいのにままならない。それどころか抵抗すらも構わず花戸は俺の脚を開かせてくるのだ。

「約束したよね。君には気持ちよくなってもらいたいって。……だから、君が眠ってる間も俺の挿入しても痛くならないように慣らしてたんだけど……ああ。よかった、結構具合よくなってるね」

 この男が何を言ってるのかまるで理解できなかった。
 自分の体がどうなってるのか知りたくもなくて咄嗟に己の下半身から顔を逸したときだ。
 異物を咥えたそこを撫でられ、背筋がぶるりと震えた。それもつかの間、それを掴んだ花戸はそのままずるりと引きずり出すのだ。
 拍子に無機質な凹凸に内壁を擦られ腰が大きく震える。逃げる暇などなかった。ぐぽ、と大きな音を立て引き抜かれたそれを手にした花戸は微笑む。
 ――男性器を模したシリコン製の玩具だ。眼前にそれを突きつけられ、血の気が引いた。
 赤子の腕ぐらいはあるのではないかと思うほどの太さと長さのそれが自分の知らないところでずっと体内に収まっていた事実がただ恐ろしく、理解したくない。そう脳が思考を拒否する。

「……ッ、……まだ温かいね、間人君。ここもぷっくり腫れてる。俺のことを誘ってるみたいだ」
「っ、ふ、ぅ」

 可愛いね、なんてうっとりした顔をした目の前の男は腫れ、捲れ上がった肛門の縁を撫で、そして躊躇なく指を挿入してきた。ぐぷ、と中を指の腹で撫でるように執拗に刺激される。逃げようとするが花戸は寧ろ楽しげで、先程よりも激しくなる指の動きに次第に呼吸が浅くなる。

「っ、ふ、っ……ぅ……っ」
「腰、カクカクしてるよ。……またしたくなったんじゃない?」

 そんなわけあるはずない。そんなわけ。
 そう声を上げたかったが、この状況では声を発することすらできない。
 前立腺を揉まれ、二本目の指を追加されれば逃げることすらもできない。頭をベッドに擦り付け、必死に快感を逃そうと背筋をぴんと伸ばすが叶わなかった。執拗な責めに耐えきれず、ビクビクと内腿が痙攣し始める。無意識の内に芯を持ち始めていた性器が腰の揺れに合わせて腹に当たる。
 それも一瞬。

「ッ、ぅ゛う……ッ!!」

 がくん、と持ち上がった腰が揺れた。射精はない。それでもこの男にイカされたのだと頭、体で理解し――絶望する。花戸は指を引き抜き、びくびくと震える腿に唇を落とした。「いい子だね」とまるで恋人相手にするかのように、優しく、甘く囁きながら何度も唇を押し付ける。

「ずっと眠ってたんだ。君も喉も乾いただろ」

 そう、目の前に伸びてきた花戸の手が口を塞いでいたテープを剥がす。
 皮膚が引っ張られ、あまりの痛みに思わず顔を反らした。ヒリヒリと痛む口元。ようやく息苦しさから開放され、新鮮な空気を取り込もうと開いた口に指がねじ込まれる。
 そのまま顎を開かれたかと思えば、ばちんと勢いよく頬に何かがぶつかった。熱く、恐ろしいほど早く脈打つそれは重たく、そして俺の頬を汚す。目を動かすこともできなかった。
 赤く、充血した肉の塊が視界の片隅で動く。頬に擦り付けるように花戸はさらに手を添えた。

「だから、はい」
「……っ、ぇ」
「喉乾いたんだろ? 水分補給しないとね」

 頬に押し付けられるものが花戸の性器だと信じたくなかった。
 吐き気がした。何を考えてるのだ、この男は。
 既にはち切れんばかりに勃起した性器を躊躇なく咥えさせようとしてくる花戸から逃げようとするが、全て無駄に終わる。リップのように唇へと押し付けられる亀頭はそのままぐ、と俺の口の中へと頭を潜らせてきた。

「っ、んぶッ」
「っ……はあ、本当小さい口だね。喉の奥まで入れたら喉ごと潰してしまいそうで怖いな……」
「ん゛ぅ、ふ、ッぅ……ッ」

 必死に舌で押し出そうとするのに、それを無視して俺の後頭部を掴んだ花戸は頬の裏側の肉、上顎へと亀頭や性器全体を擦り付けるようゆるく腰を進めてくる。
 噛みちぎれるのなら歯を立てていたところだったのに、挿入されたときとはまた違う圧迫感と存在感のあまり顎を閉じることすらもできなかった。
 唾液が滲む咥内。やつの先走りと俺の唾液が混ざってぐちゃぐちゃと粘着質な音が口の中に響いた。それを楽しむように花戸は更に腰を動かす。

「ぉ゛ッ、ふ、ぅ゛……ッえ゛ッ、ぅ゛……」

 後頭部を優しく押さえ付けられ、そのまま花戸の下腹部へと抱き寄せられる。拍子に亀頭が喉仏を掠め、そのまま喉の奥、器官の方まで亀頭が入ってきた。その圧迫感に、たまらず胃液が込み上げてくる。が、性器で既にいっぱいいっぱいになっていた咥内。吐瀉物は行き場を無くし、僅かな隙間から胃液が溢れるのみで、逆流した一部の嘔吐物が鼻から噴き出す。

「ぉ゛ッ、ん、ぅ゛う゛ッ!」
「あ……吐いちゃった? 酷い顔だね、苦しい?」
「ふー……ッ、ぅ゛、ん゛、ぅ……ッぉ゛、ふ……ッ! ぅ、ぐ!」
「……でも、俺の噛まなかったのは偉いね。ご褒美にもっとここ、擦ってあげようね」

 激痛。顔面の筋肉が痛くなるほどの嫌悪と吐き気だが逃げることも許されない。
 少量ではあるものの、吐瀉物で汚れる口に嫌悪感を示すどころか花戸はさらに勃起した。興奮の色を滲ませ、性急に動き出す花戸に目の前が真っ暗になる。

「ん゛ぅ゛ーッ!! っ、ふ、ぅ゛ッ! う゛ぉ……っ!!」
「っ、いい声だね……待ってね、すぐにお腹いっぱいにしてあげるから……っ、ん……」

 嫌だ、やめろ。止まってくれ。
 顎が壊れる。喉を突き破って項から性器が突き破るのではないかという恐怖に体が竦む。
 花戸の吐息と粘り気のある水音が響く。酸味と悪臭の広がる口の中。吐くものもなくなり、それでも不快感と苦痛に堪えきれずに体が拒絶する。その刺激すらも花戸にとっては快感だった。

「……っ、間人君、ゲロまみれで可愛……っ、はー……っ、痛いよねえ、ごめんね、もう少しだから……っ」
「ぉ゛、ご、ぼぽ……ッ」
「あ~~……っ、イく、イキそう、出すよ、間人君……っ」

 もがく俺の頭と背中に腕を回し、抱き締めるように更に頭を押さえ付けられる。鼻先が陰毛に埋まり、逃げようとするが体はびくともしなかった。

「……っ、ちゃんと、一滴も零さず飲み干してね」

 頭上から落ちてくる声とともに咥内いっぱいに頬張らされたそれが大きく跳ねた。同時に、喉奥へと吐き出される精液。びゅく、びゅる、と汚い音を立てて勢いよく吐き出されるそれは粘つくように喉に絡む。

「ん゛、ぉ゛ぷ、ぐ」

 痛い。苦しい。なにこれ。臭い。なに、気持ち悪い。

 頭の奥がカッと熱くなる。
 逃げようと藻掻く俺の頭を押さえつけたまま、最後の一滴を絞り出した花戸はぶるりと腰を震わせ、恍惚の溜め息を吐く。ゲロと精子が口の中で混ざり最悪の状態のまま、いち早く吐き出したいのに花戸は俺の喉奥に居座ったまま出ていく気配はない。それどころか。
 ぐにゃりと歪む視界の中、俺と目があってあいつは笑った。
 再び精液でどろどろになった咥内、まだ芯を持っていたやつの先端部から熱が滲む。精液とは明らかに違う、水に近いそれは次第に勢いを増し、喉奥に向かって噴出するのだ。

「ぅ、ん゛ごぷ……ッ?!」

 それがなんのか考えたくもなかった。
 熱いそれを必死に吐き出そうとするが頭を動かすことすらできない。それどころか、あっという間に口の中いっぱいに満たしていくそれは俺の口元とやつの下腹部を濡らすのだ。味も、匂いも、五感で感じる暇もなかった。

「ぉ゛、ご、ぽ……ッ! げぷ、ぉ゛っ、おえ゛……っ! んぶ!」

 意思を無視して直接喉奥へと流される尿。まるで水のように喉を焼き、アンモニアの異臭であっという間に喉と腹の中を増していく。
 最悪、最悪、最悪。
 逃げることもできず、受け止めることもできない。ただ動けなくなる俺の喉の奥を小便器に見立て、花戸は最後の絞りカスまで出してからよあやく、花戸は俺から性器引き抜いた。ずるりと、鼻水と涎、精子とゲロと小便に塗れて放心した俺の顔を見て満足したような涼しい顔をして。
 俺は、動くことができなかった。吐き出したかったのに、花戸がそれを許さない。先程まで空だった腹部は一気に満たされ、ちゃぷちゃぷと音が聞こえるほどだ。微かに膨らんだ腹部を撫で、花戸は笑った。
「ああ、よかった。お腹いっぱいになったね」と。
 出来ることなら記憶を消したかった。
 けれど口の中に絡みつく強烈な違和感、焼けるような痛みと鼻孔を侵す異臭はいくら呼吸を止めようとしても粘膜にこびりつき、逃れることはできなかった。




「それにしても随分と汚してしまったね。すぐ風呂用意するから待ってて」

 言葉を発することも出来ない俺の頬を撫で、花戸はそのまま部屋を出ていく。
 出来ることなら今すぐ口の中に指を突っ込んで腹の中のものを吐き出したいのに、両腕の拘束がそれを阻害する。
 あの男はおかしい。何が目的なのかも分からない。けれど、自分と同じようなことを兄にもしたのだと思うと生きた心地がしなかった。
 自分も兄のように殺されるのか。恐怖と怒り、そして屈辱。あらゆる感情が綯い交ぜにになり、どうにかなりそうだった。

 花戸がいない間に手足の拘束が外れないか必死に藻掻く。
 関節が外れそうなほど暴れても手足が擦れ、痛みが増すばかりで拘束が緩む気配がない。

「っ、くそ……!」

 吐き捨て、口の中に溜まった唾液を吐き出した。呼吸をする度にあの男の味が広がり、具合が悪くなる。

 ……とにかく、冷静になろう。
 逆に考えるんだ、この状況はチャンスなのだと。

 あの男は自ら口にした、兄を殺したのは自分だと。
 最初は信じられなかった……けど、今となっては嫌でも理解できた。あの男の行動に躊躇はない。迷いもない。人に危害を加えることを、人の尊厳を踏みにじることに対して何も感じない男なのだ。

 乾いた眼球で部屋の中を見渡す。
 ここは花戸の部屋なのか、学生の一人暮らしにしてはあまりにも広い寝室、そして大きなベッド。
 あの男が本当に兄を殺したというのなら、やつの部屋のどこかにその手掛かりがあるはずだ。それを見つけて警察に届ければ花戸は逮捕される。
 それに、俺が帰らないと分かったら家族も学校も心配して俺のことを探してくれるはずだ。
 暗雲の中、僅かながらに希望が見えてきた。
 嘆いてる暇はない。とにかく、手掛かりを探さないと……。
 そう思うがやはり拘束が邪魔だった。ベッドの上、顎と上半身を使って汚れたシーツの上を芋虫のように這いずる。
 匂いが酷い。体の汚れも、最悪だ。不快感もあるが、今はそんなことを言ってる場合ではない。
 ベッドの縁まで移動したときだった。ずるりと体がベッドから落ちるのと、寝室の扉が開くのはほぼ同時だった。

「っ、う……ッ!」

 床の上。顎から落ちてしまい、ろくに着地も取れずに蹲る俺を見て花戸は目を丸くした。

「っ、間人君、大丈夫?!」

 そして顔を青くした花戸は慌てて俺の元へ駆け寄ってくる。
 自分だけ服を着替えてきたらしい、俺の体を抱き起こしたやつは俺の顎をそっと触れた。

「ああ……赤くなってるね。痛かっただろ? 何か冷やすものを持ってこよう」
「っ、……いらない」
「駄目だ。待ってて」

 言うや否や、再び俺をベッドの上へと抱き抱えて下ろした花戸はそのままぐに部屋を出ていった。
 痛みはあるが大したものではない、アザにもならない程度なのに。
 そしてすぐ、濡れたタオルを手にしてやつは戻ってきた。

「間人君、こっちを向いて」
「……」

 口を聞くのも嫌だった。顔を逸らそうとすれば、後頭部を掴まれて強引にでも花戸の方を向かされる。そして「少し冷たいよ」と、冷やされた濡れタオルをそっと患部に押し当ててきた。

「……っ、ぅ……」
「手足も赤くなってる。……もしかして、拘束外してほしいの?」

 図星だったが、素直に答えたくなかった。無言で視線を外せば、「まあそうだよね」と花戸は呟いた。

「……俺も、君にこんな真似はしたくないんだけど……間人君、君、こうしないと逃げるだろ?」
「……っ、当たり前だ、こんな……ッ!」

 まるで自分は悪くないとでも言うかのような物言いに頭がカッとなり、気付いたときには脊髄で反応していた。言ってからしまった、と思ったが、花戸は怒るわけでも気を悪くするわけでもなくただ悲しそうに微笑むのだ。

「だからだよ。……俺はなるべく君に手荒な真似はしたくないんだ」

 暗に逃げ出すのなら殺すとでも言われてるようで、釘を刺すような花戸の視線に言葉に詰まった。
 水代わりに小便を飲ますのは手荒な真似ではないのか。言い返したかったが、花戸の目を見ると何も言えなくなった。

「ああそうだ。そのままじゃ気持ち悪いだろ? 間人君、お風呂行こうか」

 そう笑う花戸に再び血の気が引いた。
 俺の返事を聞く前に花戸は俺の体に触れてくる。
 咄嗟に振払おうとするが、力が入らない。花戸はそれをなんともなしに受け流し、俺の拘束を外してくれるのだ。
 逃げようとする暇もなかった。そのまま呆気なく花戸に体を抱き抱えられる。

「っ、……離し……」
「こら、暴れたら危ないよ。しっかりと俺に掴まってて」

 じゃないと、落ちるよ。
 そう本気かどうかも分からないトーンで囁かれ、言葉を失った。

 これは所謂――お姫様抱っこだ。
 見た目以上に力が強いのだろう、決して軽くはないはずの俺の体をこうして眉一つ動かさずに抱き抱えるくらいなのだから。

 逃げようと何度も試みたが結局すべて失敗へと終わる。そして抵抗も虚しく脱衣室まで連れてこられた。
 そっと降ろされたと思えば、脱衣室の扉を背にしたまま花戸は服を脱ぎ出す。

「なんで、あんたも」
「俺も汚れたからね、色々。……それに、君のその体で一人で入浴は危ないよ。もし転んだりでもしたら」
「……っ」

 隠すものすらない体に舐めるような花戸の視線が絡み付く。それを隠そうとしてこないのが余計不愉快だった。
 咄嗟に花戸に背中を向けるが、絡みつく視線はずっと感じたままだった。背後では花戸が服を脱ぐ音が聞こえた。

 こんなこと、してる場合ではないのに。
 逃げたいのに、隙だってあるはずなのに。
 これまで兄に甘えてきたツケが回ってる気がしてならない。いざというとき、俺は何もできない。

 結局、花戸から逃げることもできず、脱衣した花戸に連れられ半ば強引に浴室へと押しやられた。

 湯気が立ち込めた浴室内には甘い匂いが充満していた。花戸の匂いだ。シャンプーなのか分からないが、改めてここが自分の家ではないと知らしめられてるようでただ具合が悪くなる。
 そんな俺の肩を抱いた花戸はそのまま「入って」と俺を進ませた。


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