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第三章
04
しおりを挟む俺が全てに諦め、花戸を受け入れる――いくら演技だとしてもそれは俺にとって苦痛でしかない。
けれど、これもやつの懐に潜り込むためだ。その腹に刃物を突き付けるタイミングを見つけるためには必要なのだ。
そして実際、現に最初の頃に比べて拘束されることは少なくなった。
少なくとも花戸が一緒にいるときは手足の拘束を外されるようになる。
けれど、これも後もう少しの辛抱だ。
今すぐにでもこの男を殴り殺してやりたいという気持ちを押し殺し、俺は花戸に従順なポーズを取り続ける。
「間人君の髪、大分伸びてきたね」
それはある日の食後のことだった。
伸びてきた指に前髪を触れられた瞬間、神経に痺れるような感覚が走った。髪を掻き上げられ明るくなった視界の向こう、微笑む花戸と目が合って、咄嗟にその手を振り払いそうになるのを堪える。
「……別に、」
「俺が髪を切ってあげようか」
その言葉に、ハサミを手にした花戸を想像しては緊張した。「このままでいい」と答えるが、花戸はそれを無視して「そうしよう」と俺の後頭部を撫で、立ち上がる。
花戸に監禁されたお陰で髪が伸びていたのも事実だ。伸びた前髪は邪魔ではあったが、花戸の顔を直接見ずに済んでいたのに。
以前から特に髪型に拘りがあったわけではない。邪魔でなければ、校則に引っかからなければいいと思ってた。
花戸がどんな風に切るつもりなのかわからなかったが、あの男の手によって自分が作り変えられてる感覚はただ重く俺の心を蝕んでいく。
そんな俺の気など知ったこっちゃないとでも言うかのように、花戸は上機嫌に鼻歌を歌いながらやってきた。
そのまま俺は花戸に風呂場まで連れて行かれることになる。
「不安そうだね」
「……」
「大丈夫だよ、免許はないけど結構自信はあるんだ」
「……そう、ですか」
「美容師がいい、とは言わないんだ」
鏡の前に、背後に立った花戸と目が合う。その口元には笑みが浮かんでいるものの、その目は感情もなくただじっとこちらを覗き込んでくる。
「言ったら、許してくれるんですか」
「いや? 俺が切るよ。だって、他のやつに間人君に触れさせたくないし」
手垢がついちゃうからね、と笑いながら普段は見かけない形のハサミを手にする花戸。
この男がそう答えるのは分かっていた。だから言わなかったのだ。
俺は何も答えず、目を瞑る。自分が花戸の手によって変えられる様を見たくなかった。髪に優しく触れる花戸の指、そしてハサミの刃先が擦れる音が耳元で響く。
とても長い時間のように感じた。俺たちの間に会話はなかった。時折花戸の鼻歌が聞こえてくるくらいだ。
どれほどの時間が経っただろうか。適当に短くしてさっさと終わらせてほしかったのに、そんな俺の意思に反して花戸の手はどこまでも丁寧だった。
気付けばうつらうつらとしていた。「終わったよ」と肩にかかった髪を払われ、ハッとした俺はそのまま目を開く。そして息を飲んだ。
「……っ、……」
鏡の中、写り込んでいたのは兄――ではない。正確には、“中学生の頃兄と同じ髪型がいいと駄々を捏ねていた俺”だった。
「やっぱり君にはこれが似合ってるよ、間人君」
そう落ちてくる声に、汗が吹き出る。俺は鏡を見詰めたまま、暫く呼吸することはできなくなった。
この男が俺に兄を重ねているのかと思ったが、今までの言動からしてそれはおかしい。そしてその言葉からして、この男は俺がこの髪型だった時期を知ってるということか。
嫌な想像が駆け巡り、指先が冷たくなっていく。
落ちた髪を払いのけられてる間も、それを花戸が片付けてる間も、俺はただ考えていた。薄れかかっていた中学時代の記憶を。
周りからも家族からも似合わないと不評だったし、俺自身、やっぱり兄に近付こうと思うこと自体間違っていたと思った。
けど、ただ一人。兄だけは『よく似合ってるよ。お揃いだ』と笑って俺の頭を撫でてくれた。その一言で満足した俺は、その翌日に髪を短く切った。だから、この長さの髪にしてた期間は短い。
その時期に、こいつは俺と会っていた?
俺の好物のことを知っていたし、こんなことをするやつだ。興信所や探偵を使って身辺調査でもしてても不思議ではない。
だとしても、よりによって兄との唯一の思い出までも踏みにじるような真似をしてきた花戸にただ震えが止まらなかった。
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