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第三章
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もう少し、あと少し。
悟られてはいけない。懐に潜り込んで完全に隙きを狙うしかない。
焦るな。早まるな。確実にその喉笛が無防備になったその瞬間まで気を弛めるな。
頭の中、ずっとそのことばかりを繰り返していた。
そしてただ虎視眈々と刃を研ぎ澄ましていく。確実にあの男の命を奪えるその瞬間を。
花戸の行動を監視する。一日のルーティーン、癖、手に入るものならなんでもよかった。けれど、なかなか花戸は俺に隙きを見せることはない。
毎回俺を恋人のように抱いたあとも、暫く俺の寝顔を見ていたと思えばそのまま部屋を出ていくのだ。
あの男が俺の隣で眠ることはなかった。
隣で寝てくれれば寝首を掻くことも容易いのに。それとなく誘ったこともあったが、あの男は添い寝こそはするものの自ら眠ることは決してなかった。
俺が寝たフリをしていると、ただそれをじっと見て、時折前髪を撫でつけ、キスされ、布団をかけ直されるくらいだ。そしてやはり自分は寝室を出ていく。
俺に殺されるかもしれないという危機感からかは不明だ。それでも、他にも無防備になる瞬間がないかと探した。
――あの男は俺といるとき、最近は特にリラックスしているようだった。
俺が警戒心を解いたと思ってるのだろう、擦り寄れば恋人のように体を抱き寄せ「どうしたの?」なんて甘く囁いてくる。吐き気がした。
この男は無防備で俺を受け入れる。だからこそ、逆に隙きという隙きが見つからなかった。
時計がない部屋ではあるが、たまに食事のときリビングに連れ出されたときに正しい時間を知ることができる。それを頼りに体内時計を調節し、花戸がやってくる時間などを割り出そうと試みた。
花戸が俺の部屋にやってくる時間は大体朝の八時から十時、この時間帯に朝ご飯を食べさせる。そして次の食事は夕方の十七時。たまに遅くなって二十時になることもしばしばあった。
そして花戸が夕方十七時に食事だけを食べさせにきた場合、次に俺に会いに来るのは大体二十三時前後だ。
二十時の場合は、そのままずっと俺と一緒にいることも多かった。
学校か、友達か、バイトか。外で何をしているかは不明だが、花戸が着ている衣類から毎回種類の違う香水の匂いがするときがある。
俺は香水に詳しいわけではないが、普段無味無臭の環境に置かれているお陰か、嗅覚だけは敏感になっているようだ。頭が痛くなるほど強い匂いがするときもあれば、甘ったるい匂いがするときもある。
それとは別に、花戸のあの花のような匂いも。
「……」
あの男が大学に行っていたとして、どんな風に周りと接しているのだろうか。そもそもまともな人付き合いなど出来るのか、あんな社会不適合者が。
そこまで考え、初対面時の花戸のことを思い出した。あのときの俺と同じように、周りのやつらも騙されているのかもしれない。
……本当に、ヘドが出る。
けれどここが本当に花戸の家だとしたら、あまりにも人の出入りがないのも気になった。それは花戸自身にも言えたことだ。
ここ最近はこまめに俺に会いに来ているが、それ以外は部屋の外で生活を営んでる気配がしないのだ。
俺の食事を用意するときくらいだろう、花戸の生活感といえば。
例えば俺を寝かしつけたあと、隣の部屋でテレビを見て笑ってるわけでもない。そもそも、あの男は自分の寝るための部屋を持ってるのかすらも疑わしい。
――つまり、ここは俺を監禁するためだけの部屋で、他に住処にしている場所があるのではないか。
そんな考えが頭に過ぎった。
そこでは普通に花戸の家族がいて、友人たちも出入りして、楽しそうに人としての生活を送っている花戸。そして、こっちの方が花戸にとっては仮の住処ではないか。
そう考えたら、ぞっとした。
それならば、やつの隙きを探ろうとしても見つからないわけだ。最初からここに隙きなど存在しないのだとしたら。
「…………確かめなきゃ」
誰もいない部屋の中、俺は体を起こした。
早朝五時、つい先程まで隣にいた花戸の熱が残ったベッドの上、乾いた眼球を動かす。
性器の入った感触が残った体を必死に動かし、俺は扉に耳を押し当てた。微かな震動くらいしか感じない。花戸の足音が遠くなり、そのまま聞こえなくなっていく。程なくして空気の籠もったような音に混じって、遠くで扉が開く音がした。――位置的に玄関だろうか。
ここにいるお陰か、嗅覚だけではなく聴覚も大分鍛えられてしまった。
――早朝五時、花戸は家を出た。
いつものパターンならば、三時間後には戻ってくるはずだろう。俺は扉に張り付いたまま、次に扉が開くのをただそこでじっと待っていた。床についた足の裏が冷たくなろうが、爪先からじわじわと這い上がってくる冷気に体が芯から冷えようともどうでもよかった。
一秒ずつ数えては、待つ。そして、七千二百二十五秒を数えたとき――二時間半後、花戸が戻ってきた。
買い出しも済ませてきたのだろう。鼻歌交じり、そのまま花戸の足はリビングの方へと向かったようだ。
一睡も出来ないまま朝を迎えた俺は、小さく鳴る腹を殴って抑えた。
花戸が来るのを待っていたりなどしていない。これは、毎回決まった時間に食事を与えられているせいだ。そう何度も繰り返しながら俺は腹部を押さえつけた。
痛みだけが俺を現実へと引き戻してくれる。
悟られてはいけない。懐に潜り込んで完全に隙きを狙うしかない。
焦るな。早まるな。確実にその喉笛が無防備になったその瞬間まで気を弛めるな。
頭の中、ずっとそのことばかりを繰り返していた。
そしてただ虎視眈々と刃を研ぎ澄ましていく。確実にあの男の命を奪えるその瞬間を。
花戸の行動を監視する。一日のルーティーン、癖、手に入るものならなんでもよかった。けれど、なかなか花戸は俺に隙きを見せることはない。
毎回俺を恋人のように抱いたあとも、暫く俺の寝顔を見ていたと思えばそのまま部屋を出ていくのだ。
あの男が俺の隣で眠ることはなかった。
隣で寝てくれれば寝首を掻くことも容易いのに。それとなく誘ったこともあったが、あの男は添い寝こそはするものの自ら眠ることは決してなかった。
俺が寝たフリをしていると、ただそれをじっと見て、時折前髪を撫でつけ、キスされ、布団をかけ直されるくらいだ。そしてやはり自分は寝室を出ていく。
俺に殺されるかもしれないという危機感からかは不明だ。それでも、他にも無防備になる瞬間がないかと探した。
――あの男は俺といるとき、最近は特にリラックスしているようだった。
俺が警戒心を解いたと思ってるのだろう、擦り寄れば恋人のように体を抱き寄せ「どうしたの?」なんて甘く囁いてくる。吐き気がした。
この男は無防備で俺を受け入れる。だからこそ、逆に隙きという隙きが見つからなかった。
時計がない部屋ではあるが、たまに食事のときリビングに連れ出されたときに正しい時間を知ることができる。それを頼りに体内時計を調節し、花戸がやってくる時間などを割り出そうと試みた。
花戸が俺の部屋にやってくる時間は大体朝の八時から十時、この時間帯に朝ご飯を食べさせる。そして次の食事は夕方の十七時。たまに遅くなって二十時になることもしばしばあった。
そして花戸が夕方十七時に食事だけを食べさせにきた場合、次に俺に会いに来るのは大体二十三時前後だ。
二十時の場合は、そのままずっと俺と一緒にいることも多かった。
学校か、友達か、バイトか。外で何をしているかは不明だが、花戸が着ている衣類から毎回種類の違う香水の匂いがするときがある。
俺は香水に詳しいわけではないが、普段無味無臭の環境に置かれているお陰か、嗅覚だけは敏感になっているようだ。頭が痛くなるほど強い匂いがするときもあれば、甘ったるい匂いがするときもある。
それとは別に、花戸のあの花のような匂いも。
「……」
あの男が大学に行っていたとして、どんな風に周りと接しているのだろうか。そもそもまともな人付き合いなど出来るのか、あんな社会不適合者が。
そこまで考え、初対面時の花戸のことを思い出した。あのときの俺と同じように、周りのやつらも騙されているのかもしれない。
……本当に、ヘドが出る。
けれどここが本当に花戸の家だとしたら、あまりにも人の出入りがないのも気になった。それは花戸自身にも言えたことだ。
ここ最近はこまめに俺に会いに来ているが、それ以外は部屋の外で生活を営んでる気配がしないのだ。
俺の食事を用意するときくらいだろう、花戸の生活感といえば。
例えば俺を寝かしつけたあと、隣の部屋でテレビを見て笑ってるわけでもない。そもそも、あの男は自分の寝るための部屋を持ってるのかすらも疑わしい。
――つまり、ここは俺を監禁するためだけの部屋で、他に住処にしている場所があるのではないか。
そんな考えが頭に過ぎった。
そこでは普通に花戸の家族がいて、友人たちも出入りして、楽しそうに人としての生活を送っている花戸。そして、こっちの方が花戸にとっては仮の住処ではないか。
そう考えたら、ぞっとした。
それならば、やつの隙きを探ろうとしても見つからないわけだ。最初からここに隙きなど存在しないのだとしたら。
「…………確かめなきゃ」
誰もいない部屋の中、俺は体を起こした。
早朝五時、つい先程まで隣にいた花戸の熱が残ったベッドの上、乾いた眼球を動かす。
性器の入った感触が残った体を必死に動かし、俺は扉に耳を押し当てた。微かな震動くらいしか感じない。花戸の足音が遠くなり、そのまま聞こえなくなっていく。程なくして空気の籠もったような音に混じって、遠くで扉が開く音がした。――位置的に玄関だろうか。
ここにいるお陰か、嗅覚だけではなく聴覚も大分鍛えられてしまった。
――早朝五時、花戸は家を出た。
いつものパターンならば、三時間後には戻ってくるはずだろう。俺は扉に張り付いたまま、次に扉が開くのをただそこでじっと待っていた。床についた足の裏が冷たくなろうが、爪先からじわじわと這い上がってくる冷気に体が芯から冷えようともどうでもよかった。
一秒ずつ数えては、待つ。そして、七千二百二十五秒を数えたとき――二時間半後、花戸が戻ってきた。
買い出しも済ませてきたのだろう。鼻歌交じり、そのまま花戸の足はリビングの方へと向かったようだ。
一睡も出来ないまま朝を迎えた俺は、小さく鳴る腹を殴って抑えた。
花戸が来るのを待っていたりなどしていない。これは、毎回決まった時間に食事を与えられているせいだ。そう何度も繰り返しながら俺は腹部を押さえつけた。
痛みだけが俺を現実へと引き戻してくれる。
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