作り物は嫌ですか?

田原摩耶

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僕の心、君知らず。

02

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 要人と別れ、仕方なく一人で食堂へ向かうその途中。通路の向かい側から見慣れた生徒がやってくる。
 最近仲良くなった渋谷慶太だ。その隣には見慣れない生徒もいた。黒髪の、慶太とはまた違った雰囲気のやつだ。
 どうやら二人も食堂へ向かう途中だったようだ。俺に気付いた慶太はぱっと笑顔を受け、こちらへと近付いてきた。

「あれ榛葉、お前一人か? 珍しいな」
「……慶太」
「御厨は一緒じゃねえの?」
「なんか、後輩と一緒に食うって」

 後輩という単語に心当たりがあったのだろう。
 眉をぴくりと動かした慶太は僅かに笑みを引きつらせ、「へえ」とばつが悪そうに目を逸らした。
 要人に付きまとっている蕪木のことを思い出したようだ。そして、慌てていつもと変わらない笑みを浮かべる。

「まあよかった、飯まだなんだろ? せっかくだし一緒行こうぜ」

 その誘いは嬉しかった。けれど、その問いかけに答えるよりも先につい俺は慶太の隣にいた生徒に目を向けた。
 いつも慶太がつるんでいる柄の悪そうな連中とは違う、塗り潰したような黒髪が似合う真面目そうな男――じっと見てると目があって、そいつは微笑んでくる。
 反応に困り、俺は慌てて視線を逸らした。

「先約があるんじゃないのか? ……いいのか?」
「遠慮すんなよ、当たり前だろ」

「なあ、恭次」そしてヘラヘラと笑う慶太は言いながら隣の男に問い掛ける。
 男、もとい恭次と呼ばれたそいつは「ああ」と人良さそうな笑みを浮かべた。

「俺こいつの大親友の内藤恭次。あんたの話はよく聞いてるよ、榛葉」
「……俺の?」
「ちっさい割りに凶暴だってな」

 楽しそうに笑う内藤恭次を小突いた慶太は「バカ、恭次」と焦る。
 やつなりの冗談なのだろう。慶太は本気で焦っているわけではなさそうだ。
 二人に合わせて「どういう意味だよ」と怒ったフリをしてみれば慶太は「冗談だって、冗談。な?」と宥めてくる。それが可笑しくて、恭次は声を上げて笑った。

「でもまあちっさいはこいつも言い過ぎだよなあ。榛葉、あいつ殴ってやれ」
「恭次やめろ、こいつの手まじ鳩尾に嵌まるから洒落になんねえって」

 本当に仲がいいのだろう。軽口を叩きあう二人につられて俺は笑みを浮かべた。
 内藤とは会って間もないが、やつが口達者ということはよくわかった。一頻り談笑を交わし、内藤はこちらに目を向ける。
 目が合えば、やつは微笑んだ。

「まあ、お互い面倒なやつに絡まれた同士仲良くしてくれよ」

 言いながら笑い掛けてくる内藤。それにつられ俺は「ああ」と頷き返した。
 自分は人見知りするタイプだと思っていたがどうやらそれは相手によるものだったようだ。
 ――内藤と知り合って、初めてそう感じた。


 内藤と仲がよくなるのに然程時間は掛からなかった。
 普段慶太と行動しているが、知り合ってからはそれに内藤が加わったのだ。
 二人が賑やかな性格をしているからか、二人と一緒にいると純粋に楽しかった。
 相変わらず後輩に付きまとわれている要人と二人きりになることがなくなってからなんとなく寂しかったが、その寂しさを忘れるくらい楽しかったのだけは覚えている。


 そして平日の夜。
 風呂を上がり部屋へ戻れば、台所に要人が立っていた。

「要人、なにやってんの?」
「ん? ああ、明日お弁当用意しようかなって思って。郁君なにがいい?」
「俺? 別にいい」
「いらないの?」
「ああ、明日慶太たちと昼食食う約束してるし」

 今は見慣れたエプロン姿の要人は驚いたようにこちらを振り返る。

「……たちって?」
「別に誰でもいいだろ」

 なんでそんなに根掘り葉掘り聞いてくるんだ。
 あまりいい気がしなくて言い返せば、自分の失言に気付いた要人は慌てて俯く。

「……うん、まあ、そうだけど」

 そして、そうしどろもどろ続ける要人。その歯切れの悪さになんとなく苛立った。

「要人もどうせあの一年と食べるんだろ? 今日こそ、ちゃんと弁当のお礼言っとけよ」

 そしてそう、強い口調のまま要人を促した。しかし、頑なに要人は頷かない。
 それどころか心配そうな顔をしてこちらを見下げる要人はたずねてくる。

「ねえ郁君、なにか怒ってる?」
「は?」
「なんか、イライラしてる」

 その鋭い指摘にギクリと全身が緊張した。
 いつもぽやぽやしているがこう見えて要人もなかなか鋭いやつだったということを思い出す。だからこそ余計、ばつが悪かった。

「別に普通だろ」

 なにもかもを見透かされてしまいそうで、それが怖くなった俺は慌てて視線を逸らす。
 なにを苛々しているんだ、俺は。要人に八つ当たりしたって仕方がないじゃないか。
 そう自分に言い聞かせるように口内で呟いたとき、不意に俺の携帯が震える。
 机の上のそれを手に取ってみれば慶太からメッセージが届いている。内容は今から部屋まで来れないかという誘いのものだった。ここから慶太の部屋はそう遠くはない。
『行く』とだけ返信し、そのまま部屋を後にしようとしたときだった――目の前に要人が立ちふさがった。

「ちょっと郁君、どこ行くの?」
「飲み物買ってくる」
「それなら僕が……」
「いい。……ついでに用あるし」

 どうしても行かせたくないようだ。なるべく、柔らかい口調で答えようとするがやはり自然と語気はキツくなってしまう。

 要人の制止を振り切って俺は部屋を後にした。
 そして、そのまま慶太の部屋へ行こうと足を進めたとき、不意に向かい側から見覚えのある一年がやってくる。
 蕪木佳夫だ。どこか不安そうな、それを上回る興奮の色を浮かべた蕪木はそのまま俺の横を素通りし、足早に廊下を突き進んでいく。
 蕪木が向かうその先には俺と要人の部屋がある。
 つい蕪木を振り返ってしまいそうになり、俺は自分を叱咤した。
 ……なにを気にしているんだ、俺は。
 要人のことになると調子狂う自分が恥ずかしくて、きゅっと唇を結んだ俺はそのまま慶太たちの部屋へ向かった。


 ◆ ◆ ◆


 部屋の扉をノックすれば慶太はすぐに顔を出した。そして、その隣には内藤もいる。
 どうやら俺より先に来ていたようだ。

「お、よく出てこれたな」
「ほら言ったじゃん、ちゃんと御厨を掻い潜れるって」
「チッ、じゃあ一万」

 言いながら服からお札を取り出した慶太は内藤に突き付ける。
 そしてにっと笑った内藤は「毎度ありー」と指で一万を挟んだ。

「おい、なに人で賭けてんだよ」
「郁ちゃんへの土産代だって」

 目の前で行われる金銭の受け渡しに眉を寄せれば、内藤は「じゃあ慶太、約束通りなんか食いもん買ってこい」とさらにその千円を慶太に渡した。
 よく意味がわからなかったが、どうやらどちらが買い物に行くかということらしい。
「はいはい」と札を受け取り、入れ換わるように部屋を出る慶太を目で追う。

「慶太、俺も付き合おうか」
「いいって。お前のためのなんだからそこで座っとけよ」
「慶太もあー言ってんだしこっち来いよ郁ちゃん」

 なんとなくこういう扱いは慣れないが、慶太に断られてしまえば仕方がない。
 小さく頷き返した俺はそのまま散らかった慶太の部屋へ踏み入れる。

「悪いな汚くて。あいつ不精でさぁ」
「お前もだろ」
「うっせ、さっさと行ってこい負け犬」

 笑いながらしっしと手を払う内藤に「覚えとけよ恭次」と吠える慶太はそのまま部屋を後にした。
 扉が閉まり、二人きりの空間が出来上がる。
 ここ最近要人以外と二人きりになったことがないせいか、なんとなく緊張した。
 それを悟られないよう適当な椅子に腰を掛ければ、内藤はお茶が注がれたグラスを側のテーブルに置く。

「ほい、飲み物」

 そう笑う内藤に「ありがと」とだけ返し、そのまま目の前の相手を見上げる。

「で、なんだよわざわざ呼び出して」
「いやね、特になにってわけじゃねえけど今慶太と話してたら榛葉の話になってさ、無性に会いたくなったってわけ」
「なんだよそれ」
「お前も俺に会いたかったんだろ? 素直になれよ」
「バカじゃねーの」

 そう呆れたように笑えば、軽薄に笑う内藤は「ひっでえ」と肩を揺らした。そして、そのままテーブルの上に置いてある袋を手にする。

「まあ、本当はこれだけどな」
「なにそれ」
「面白そうな映画借りてきたから皆で見ようかと思って」
「面白そうな映画?」

 頷く内藤は袋の中から二枚のディスクを取り出す。
 透明のパッケージの中剥き出しになったディスクに目を向ければ、そのタイトルに目を丸くした。
 そこには前話題になった恋愛映画のタイトルが印刷されている。全身に嫌な汗が滲んだ。

「……って、これ」
「泣けるって噂の恋愛映画。これの女優俺まじ好きなんだよね」
「男だけで恋愛映画って相当悲しくないか」
「そういうことは言わないお約束だろ」

 そう自嘲ぎみに笑う内藤はそのままテレビの側まで行き、プレイヤーを開く。

「なに、御厨とこういうの二人で見たりしねえの」
「なんで要人と」
「部屋同じなんだしあるだろ。俺らとかしょっちゅうだぞ」

 当たり前のように続ける内藤に「お前らはな」と苦笑した。
 慶太と内藤はそうかもしれないが、俺と要人は違う。俺がそういうものを受け付けれなくなって、要人も映画は観なくなった。
 もし俺が観れたらきっと、要人は喜んで観るだろう。小さい頃からあいつは、映画やテレビが好きだったから。
 ああ、いけない、これじゃだめだ。どうやら俺は要人の名前を出されると余計なことまで考えてしまうようだ。薄暗い思考回路に気が沈む。
 思いながら、不機嫌を悟られないよう咄嗟に俺は「まあ、前はよく見てたけど」とだけ返した。

「前?」
「最近はあんま」
「へえ、映画とか興味ない?」
「嫌いじゃないけど……あんまテレビ見ないから」

 喋れば喋るほど俯いてしまう。
 なんでこんなこと聞くのだろうか。
 動揺で声が掠れ、視線が泳ぐ。
 なんとなくばつが悪くなる俺からなにか察したのだろう。内藤は浮かべていた笑みを引っ込めた。

「あんま仲良くないのか?」
「あ? 仲? ……仲、仲か……どうなんだろ、わかんねえ。つか、なんでそんなこと聞くんだよ」
「や、なんだろうな、あまりにも郁ちゃんがテンション低いから気になって」

 自分では気を付けていたつもりだったが、もしかしたら、あからさまな態度を取ってしまったのだろうか。気を悪くさせたかもしれない。
 その言葉に全身が僅かに緊張する。

「まあ、せっかく明日休みなんだから楽しもうぜ。慶太も食料調達言ってるわけだし」

 どうしよう、謝った方がいいかもしれない。そう、狼狽える俺に構わず相変わらずの調子の内藤は自分の手元にあったグラスを手に取り、ずい、と俺に突き付ける。
 そして、笑った。

「ほら、乾杯」
「なににだよ」
「じゃあ、俺と郁ちゃんに」

 上品で小綺麗な顔に薄い笑みを張り付けた内藤。
 つられて「意味わかんねえ」と笑いながら、俺は先ほど渡されたグラスを軽く内藤のグラスにぶつける。小さく硝子同士が擦れる甲高い音が響き、そのまま内藤のグラスから離した俺は手元のグラスを唇に寄せた。

 ごくり、と。ひんやりとした液体が喉を通り、体内を満たしていく。

「どうだ、うまいか?」
「ん、ああ……甘くて、とろみがあって……なんのジュースだ?」
「なんだと思う? 当ててみろよ」
「なんだろ……」

 オレンジジュースのようだけど、他のも混ざってる気がする。……けど、おいしい。
 こく、と二口目を喉に流し込む。そんな俺を内藤はただ笑ってみていた。 

「……なんらよ」
「いや、かわいいなと思って」
「は」

 そして、覆い被さってくる内藤の影。一瞬脳の理解が追いつかなかった。重なる唇。ぬるりとした舌の感触が触れる。
 抵抗しようとするが、力が入らない。そして、痺れる指から手にしていたグラスが滑り落ちた。
 目の前の内藤の上品な顔が下品に歪むのを眺めながら、俺の思考はそこで強制的に遮断される。


 エピソード4【僕の心、君知らず。】END


「本当に可愛いよなあ、……馬鹿丸出しでさ」
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