七人の囚人と学園処刑場

田原摩耶

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第五章『図書室ではお静かに』

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 クソが、という声も出なかった。
 進藤を突き飛ばした木賀島が学習室の扉へと駆け寄る。そして乱暴に扉を開こうとしていた。が、そもそも開けないようにロックされているようだ。「糞ッ」という木賀島の声が聞こえた。

 辺りを見ても落ちているピースもない、最初からクリアさせるつもりもなかったのだ。
 そして、篠山もそれに気付いたようだ。
 篠山の手が止まる。そして、篠山は手元にあった完成直前のパズルを手に取り、床に向かってぶち撒けたのだ。

 そしてタイマーの数字が0になる。
 ゲームオーバー。時間切れだ。
 天井の一部が開き、ガスバーナーのような装置が覗く。その先端部から噴き出す色とりどりのガスはあっという間に学習室に充満する。

 俺は初めて目の前で人が最期のときを迎えるのを見た。
 色濃く充満した虹色の煙の向こう、篠山の影が動くのだけは見えた。そして、ガラスの壁になにかがぶつかる。
 それが篠山だと一瞬わからなかった。全身の穴という穴から血を滲ませた肌は赤黒く変色していた。息苦しそうに歪んだ顔、見開かれた眼球から溢れる血液が涙のように見えた。
 ドンドンと何度も何度も、篠山が息絶えるまで手首の骨が折れようが俺たちに助けを求めるように篠山はなにかを言おうとして、言葉の代わりにガラスに向かって赤黒い血液混じりの吐瀉物をぶちまける。
 一分も経っていなかったはずだ。やがて篠山はガラスに額を打ち付け、顔面から血を流したままずるずると落ちていく。

「……っ、……」

 その場にいた誰一人、言葉を発することはできなかった。

 青褪めたままガラスの壁の前で立ちすくむ周子。同様、目の前の出来事に珍しく笑顔を消した進藤。
 学習室の扉の前、扉に取り付けられた小窓から一部始終を見ていたらしい木賀島はそのままずるりと座り込む。

 ただ一人、陣屋はいつもと変わらなかった。

「パスワードは分かった。このガスが消えたら奥の扉を解錠する」

 この空気の中、そんなことを言いながら立ち上がる陣屋。
 弔いの気持ちを持てと思うわけではない。俺自身、悲しさやショックよりもまだ目の前の状況を飲み込むことがようやっとだった。
 けれど、こいつはおかしい。それは他の連中の反応を見ても明らかだ。

「……おい、待てよ」

 そう陣屋の腕を掴む。
 すると、やつは少しだけ意外そうに眉を上げる。

「なんだ」
「お前が頭のネジ外れてんのは分かった。……けど、周りを見ろよ。こんな状況でさっさと次行けると思ってんのか」
「お前たちは見てただけだろ。毒ガスの被害には遭っていない」

 こいつ、と眉根を寄せたとき。
 ふらりと立ち上がった木賀島がそのまま陣屋へと歩いていく。それを見た進藤が「おいっ、やめろって」と木賀島を止めた。が、この状況で木賀島が止まるわけがない。

「っ、ざっけんじゃねえ……っ! ルイは、お前が殺したんだろうが!」
「殺していない。現に、俺が篠山の立場でも俺は死んでいた。そういう風な仕組みだっただけだ」

「たまたまそこにいたのが篠山だっただけだろう」といけしゃあしゃと答える陣屋に木賀島が進藤の腕を振り払おうとする。
 このままではこの二人が殺し合うだけだ。
 陣屋の言葉が全て悪とは俺には思えない。けれど、あまりにも正論すぎたのだ。人はそんな簡単に割り切れるようにできていない。感情なんて面倒なものがある限り。

 とにかく陣屋を黙らせようかと思ったときだった。黙って篠山の死体を見ていた周子が立ち上がる。そしてそのまま陣屋に歩み寄るのを見て一瞬、反応に遅れてしまった。

「今度はなん――」

 なんだ、と言いかけた陣屋に向かって、周子は思いっきりその頬を張った。
 乾いた音が辺りに響く。
 俺も進藤も、まさか周子が陣屋を殴るとは思ってもいなかった。だからこそ油断していた。
 しかし陣屋は殴られても表情を変えることはなかった。

「……これは、なんのつもりだ?」
「君以外の人間が皆君と同じだと思わないでくれ」
「それで暴力か。……案外野蛮だな」

 このままでは明らかに分が悪いのは陣屋だ。
 別にこいつを庇う義理もないが、ただでさえ一人欠けた状態だ。ここで内部分裂するのは面倒だ。
 俺は「陣屋」とその肩を掴む。

「お前も仲良しこよししろって言うんじゃねえんだろうな」
「言わねえよ。……けど、パスワード入力して開くのを確認するまでは少なくとも一緒にいなきゃなんねえんだ。それくらいまでは大人しくしろ」
「……は、ダリぃな」

 それは陣屋にだけではなく、周りの連中にも言い聞かせたものだ。
 少なくとも、あの状況でしっかりとパスワードの確認していたのは陣屋だけなのだろう。この中で陣屋と対立して、もし陣屋が嘘のパスワードを口にしてまた俺たちがあのガス部屋に閉じ込められたとしたら元の子もない。

 ――篠山は間違いなくやってくれたのだ。
 俺たちのために。

「……」

 クソ、と口の中で吐き捨てる。
 ガスが薄れていくガラス張りの壁の向こう、今になって篠山が死んだという実感が沸いてきてきた。
 散らばったパズルピースの上、倒れた篠山を見下ろしたまま俺は拳をガラスに思いっきり叩きつける。ビクともしない、傷一つすらつかないその強硬なガラスに自分の顔が反射した。

 自分がこんな顔をできたことにも驚いたが、一切笑うことなどできなかった。
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