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阿賀松×齋藤
【阿賀松×齋藤ハピエン軸】ifハピエン/優しい阿賀松
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俺と阿賀松は付き合っているらしい。
自分でもよくわからない。
好きとも言われるし、いつも一方的だがヤることもヤっている。
なのになんでだろうか。自分が阿賀松の恋人という実感が沸かなかった。
「あーそれあれだね、セフレ! セフレセフレ!」
「せ、先輩、連呼しないでくださいって」
授業中の保健室。
例のごとくサボりに来ていた俺は、同様サボりに来ていた縁と話していた。
とはいうものの、学年も趣味も全く違う俺たちの会話と言えば自然と共通の知り合いということになる。
それから阿賀松の話になり、俺は興味本意で自分と阿賀松の関係について尋ねてみた。
そして現在に至る。
「つーかさ、普通俺に相談するかなぁ」
「なんか先輩ってほら……あれじゃないですか」
「いや、まぁ言いたいことはわかるけどね。だけどね、俺にも人権ってものがあるんだよね」
「齋籐君の他の男との夜の事情なんて聞きたくない!」と大袈裟に泣き真似をし出す縁に、俺は慌てて「すみません」と謝った。
ただ阿賀松との関係を聞いただけなのに下世話なところまでいってしまう縁の逞しい想像力にも呆れたが、確かに男好きと公言していようが話は別だろう。
配慮に欠けた自分の言動を反省しながら、取り敢えず縁を宥めることにした。
「まあほら、やっぱり聞くより実際再現した方がわかりやすいかも。もちろん伊織役は俺で、齋籐君役は齋籐君で。ってことで、どう? 丁度そこ空いてるけ……ど……」
先程まで饒舌だった縁の声が、みるみる内に勢いを無くす。
俺の背後に目を向け、顔を青くする縁。
何事かと思ってそのまま振り返ろうとしたとき、不意に肩に手が置かれた。
「へぇ、お前が俺の役なぁ。俺のかっこよさを表現するにはかなり役不足なんじゃねぇの?」
すぐ背後から聞こえてくる笑いを含んだその声に、全身が強張るのを感じる。
聞き慣れた声……阿賀松だ。
「なんだ伊織、お前起きてたのかよ」
「ああ、起きなかったらすーぐ寂しがって他のやつにちょっかいかけ出すめんどくせぇ恋人がいるもんだからな」
いきなり現れた阿賀松に渇いた笑みを浮かべる縁に対し、阿賀松は「なあ?」と笑いながら俺に囁く。
どこから聞いていたんだ。
肩の乗った阿賀松の手がやけに重く感じ、俺は鼓動が速まるのを感じた。
「悪かったな、方人。うちの馬鹿野郎が期待させて」
「いやいや、寧ろこーいうのだったら全然大歓迎なんだけど」
「社交辞令に決まってんだろうが。引き千切んぞテメェ」
どこを。
その一言で慌てて自分の体を抱き締める縁を他所に、俺に視線を向ける阿賀松は「行くぞ」と腕を引っ張り無理矢理立たせようとする。
「行くって、あの」
「どーせサボりなんだろ? 付き合えよ」
そんないきなり。
戸惑う俺に構わず無理矢理ソファーから引き摺り下ろす阿賀松。
まじでこのまま引き摺りながら校内を連れ回されそうだったので、慌てて俺は立ち上がる。
「齋籐君、伊織がいなくなったらまた会いに来てねー」
そのまま連れ去られそうになる俺にひらひらと手を振ってくる縁。
咄嗟に会釈しそうになって、軽く後頭部を押さえ付けられる。
「相手にしてんじゃねぇよ、馬鹿」
苛立たしげに舌打ちをする阿賀松は、そのまま腕を引っ張り保健室から俺を連れ出した。
付き合えと言う阿賀松に引っ張られ俺は学生寮まで戻ってきていた。
学生寮四階、阿賀松の自室。
「入れ」と阿賀松に促され、渋々中へ入った俺は、そのまま玄関口で靴を脱ごうとする。
と同時に、いきなり肩を壁に押し付けられた。
「え、あの、先輩……っ」
嫌な予感。
ギリギリと肩口に食い込む阿賀松の指先に青ざめた俺は、慌てて阿賀松から離れようとする。
背後に壁、正面に阿賀松。
逃げたくても、押し付けられた体のせいでまともに動けない。
「なんだ、ヤりたかったんじゃねえの?」
いやいやいやいや、一言もそんなことを言った覚えもそうとられるような行動をした覚えもない。
「ち、違いますよ」慌てて否定するが、元から俺の意見を受け入れるつもりはないようだ。
首筋に顔を埋める阿賀松は、血管をなぞるように舌を這わせた。
慌てて阿賀松の髪を引っ張り離そうとするが、どさくさに紛れて制服の裾から手を突っ込んでくる阿賀松に気を取られてしまう。
「っ、ちょ……ほんと、先輩……ッ」
これじゃ、本当にただのセフレみたいじゃないか。
阿賀松の髪から手を離した俺は、慌てて服の中をまさぐる手を抜こうとした。
指先に力を込め、そのまま掴もうとするが指が滑り、阿賀松の腕を引っ掻いてしまう。ガリッと嫌な音がし、俺は顔を青くした。
まさか抵抗されるとは思っていなかったようだ。
目を丸くした阿賀松は、そのまま俺の服から腕を抜き傷跡を確かめる。腕には一本、赤い血が滲んだ傷が出来ていた。
「ったく、今更嫌がんなよ」
「だ、だって……」
中断してくれたのはありがたかったが、なんとなく阿賀松の顔が見れない。
呆れたような溜め息を吐く阿賀松に、俺はつい反射で「ごめんなさい」と謝ってしまう。
「なんか、これじゃ本当にセフレみたいで」
ちょっと照れながらしどろもどろと言う俺に、阿賀松は「え?違うの?」と驚いたような顔をした。
まさかここで素で返されるとは思わなかった。
というかこいつにはデリカシーもろもろはないのだろうか。
まさか自分だけが本気で恋人と思っているとは思わず、今更になって自分の発言に恥ずかしくなってくる。
そんな俺の様子からなにか悟ったのか、阿賀松は「あっ、わかった」と閃いたような顔をした。
「お前あれだろ、俺に愛されたいんだろ?」
なに一つわかっていなかった。というかその過剰な自信はどこから湧いてくるのだろうか。是非見習いたい。
「俺に可愛がられたいんなら最初からそう言えよ。好きなだけ愛でてやるよ」
にやにやと嫌な笑みを浮かべる阿賀松は、いいながら俺の制服を脱がそうとする。
いや、確かにセフレは嫌だって言ったけど、これはそういう問題なのか。
「ま、待ってくださいって」慌ててボタンを外していく阿賀松の腕を掴み、制止させる。
「なんだよ、こんなところじゃなくてベッドがいい? 本当注文の多いやつだな、お前」
しかも俺なんも言ってない。
「仕方ねぇなぁ」とあからさまに俺がせがんだかのような態度を取る阿賀松は、「違います違います」と首を横に振る俺に構わず、脱ぎかけの制服を引っ張ってそのまま寝室へ引きずっていく。
強引を通り越してもはや横暴だ。
「いやーまさかユウキ君がここまでロマンチストとは思わなかったな」
だから違うって言ってるのに。いや、もしかしたらこれ違わないのか。どうなんだ、俺。
放られ、そのまま顔からベッドに突っ込んだ俺は、慌てて起き上がろうとして後頭部に伸びてきた手によってベッドに顔面を押し付けられる。
慌てて起き上がろうとするが、どうやら阿賀松が上から覆い被さっているようだ。
上手く動けない。
阿賀松の下から逃げようとしてベッドの淵を掴むが、前に回された腕が邪魔で精々身動ぎが限界だった。
脱ぎかけだった服の裾から阿賀松の手が入ってきて、腹部から胸部へと指の腹でなぞるように手が上がってくる。
服の下で動く阿賀松の手がやけに生々しい。
「っ、んぅ……ッ」
首筋に阿賀松の息がかかり、嫌でも密着した体を意識させられる。
胸の突起を指先でぐにぐにと弄られ、くすぐったいようなもどかしい感触に声が掠れた。
「なんで声抑えんの? 誰も聞いてねぇんだから出せよ、つまんねーじゃん」
「っぁ、なに言って……ッは、んんっ」
要求してくる阿賀松に反論しようとして、思いっきり突起を潰される。
爪を立てられ、胸元に小さな痛みが走った。
性感帯でもない場所を弄られても直接的な快感を得られるはずではなかったのに、なんでだろうか。
体の芯が疼くように熱くなる。
「まあ、頑張って我慢なんかしちゃってるユウキ君見んのもなかなか面白いけどな」
耳元で笑う阿賀松の声が鼓膜から脳味噌へと浸透し、体の芯がじんと熱くなった。
なんかもうなにやっても阿賀松に笑われそうな気がしてくる。
嬲るように執拗に胸を弄られ、身を守るように背中を丸めるが然程効果はない。
「そこ……ッ、も、やめてください……っ」
胸元に神経が集まり、先端が感度を持ち始めたのがわかった。
男のくせに乳首で感じてると思われたくなかったからこそ、俺は阿賀松に止めさせようとする。
「やだ」
まあ、だろうと思ったけどさ!
そう即答する阿賀松は、俺の腕を掴んでいた手を離し、そのまま人の股間を鷲掴んだ。
「あーあ、やだユウキ君ったら乳首弄られただけでこんなに勃起させるなんて童貞のくせにすっげぇな」
熱が集まり制服の下で張り詰めたそこをおもむろに布越しに揉んでくる阿賀松は、人を馬鹿にするように笑い出す。
む、ムカつく……。
なのに否定できないのが悔しくて悲しくて仕方ない。
乱暴な手付きで揉み扱かれ、下着が擦れる度にぶるりと全身が打ち震えた。
どうせなら直接取り出して刺激を与えてくれた方がいい。
なのにそれをしないのは阿賀松が意地の悪い性格の持ち主だからだろう。
「ぅんッ……ふ……ッ」
なんとか顔をベッドにくっつけ声を出さないように頑張るが、荒い息はどうしようもない。
服の上から雑に触られる度にビクビクと背筋を震わせる俺を面白がっているのだろう。勃起したそこを布越しに扱ってくる阿賀松は、可笑しそうに笑った。
可愛がるとか愛でるとか言ってたくせにいつも以上に扱いが酷いような気がするのは気のせいだろうか。
「なんだ、ユウキ君。これじゃあ直接触んなくてもイケそうだな。先走りで濡れてんじゃん」
布が擦れるような音に混じって粘着質な濡れた音が聞こえ、俺は顔が熱くなるのを感じた。
わざと羞恥を煽るようなことを口にする阿賀松は、やけに楽しそうに笑う。
そこで俺はようやく気が付いた。
俺が思っているものと阿賀松の可愛がるの意味が決定的に食い違っていることを。
――事後。
いつの間にかに俺は気絶していたようだ。咄嗟に起き上がろうとするが、動けない。
何事かと背後に目を向ければ、阿賀松が俺を抱き枕にして眠っているではないか。
腰に回された両腕は固く、動かない。背中にくっついた阿賀松から心臓の音が、体温が流れてくる。
抱き締められてるのは落ち着かなかったが、寝息を立てる無防備な阿賀松を見ているとなんだか起こすのも悪い気がしてきた。
うっかり起こして怒られやしないかと背後の阿賀松の存在に緊張しながら、俺はもう一眠りしようかと目を閉じる。緊張はしたが、それ以上に体温が心地よく俺は再び意識を手放した。
次に目を覚ましたとき、背後に阿賀松の姿はなかった。鉛のように重い体を起こし、ベッドから降りる。
よく見ると、見慣れない服を着ていた。もしかしなくても阿賀松の服だろう。わざわざ着替えさせてくれたのだろうかと内心驚きながら、俺は寝室を出ようとした。が、扉が開かない。
何度かガチャガチャとドアノブを捻ってみるが、ただ金属が擦れる音がするばかりだった。
なんで開かないんだ。
次第に焦ってくる俺は、ふと足元に目を向ける。
扉の隙間に紙が挟まっていたのだ。腰を曲げ、それを拾い上げた俺は紙に目を向ける。
『寝顔可愛かったです』
いやいやいやいや。それ以外になんかあるだろ、書くこと。
他にもなにか阿賀松からのメッセージがないか探してみるが、見当たらない。
咄嗟に寝室の中を見渡す。
冷蔵庫に、バスルーム。あとトイレ。それ以外は悪趣味な家具しか見当たらない。
因みに、冷蔵庫には律儀に三食分の食料と飲み物が入れられていた。
もしかしてこれはあれか、閉じ込められたってことか。
唯一外へ繋がる扉が塞がっていることに脱力した俺は、扉の前で座り込んだ。
これが、阿賀松の言っていた可愛がり方というのだろうか。
ただの軟禁じゃねーかと一人突っ込みそうになる。
というか、恋人をペットかなんかと勘違いしてんじゃないのか、あの人は。
いや、待てよ。確か阿賀松は一言も俺を恋人として愛でるとか言ってない。
もしかして、まじでまじなんじゃないか。自分で言ってて訳がわからなくなってくる。
とにかく、阿賀松がこの扉を開かない限り俺は出れないということには間違い無さそうだ。
取り敢えず腹が減ったので冷蔵庫から一食分の食料を頂戴することにする。
いくらか経ってから、遠くから扉が開く音が聞こえた。足音が近付いてくる。やがて、足音は寝室の前で止まった。
阿賀松だ。直感でそうわかった。
というか阿賀松の部屋なんだから阿賀松じゃない可能性のが稀なのだが。
ガチャリと鍵が外れる音がして、扉が開く。阿賀松だ。
薄暗い寝室内に居間の灯りが漏れ、俺はその眩しさに目を細める。
「一人で大人しくできてたか?」
ぺたぺたと扉に近付いてくる俺に、阿賀松は笑いながら頭を撫でてきた。
文句言おうと思ったのに、なんだか出鼻挫かれた気分だ。
「あ、あの、先輩なんで鍵……」
「鍵? ああ、便利だろ? あれ」
「特注なんだよな」と笑いながら言い足す阿賀松に、俺は呆れてなにも言えなくなる。
「良くないですよ。そんな、授業出ないと怒られるじゃないですか」
あまりにも身勝手な阿賀松に、流石の俺も限界だった。
そう強い口調で阿賀松を咎めれば、阿賀松は冷笑を浮かべる。
「ああ、あれな。安心しろよ、俺がじいちゃんに頼んで授業免除にしてやったから」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
ああ言えばこう言う阿賀松に言い返そうとして、思考回路が停止する。
「………………はい?」
今、なんて言ったこいつ。
さらりととんでもないこと口走ったぞ。
「卒業証書は俺から手渡ししてやるよ。嬉しいだろ?」
「は? いや、あの、ちょっと待ってくださいって。授業免除って……」
「本当は退学させようかと思ったんだけどな、流石に周りが煩くなるだろ?だから授業免除」
目を丸くしたまま硬直する俺に構わず、阿賀松は「俺ってすっげー優しい」なんて言い出した。
授業免除って、成績優秀な生徒だけが貰える権利じゃないか。
いいのか、並みの俺がそんな大層な権利を貰って。
あまりにも混乱しているせいか突っ込み所がおかしくなってくる。
「だから、ユウキ君はあっちの心配なんて余計なことすんなって話。わかった?」
「わ、わかりませんよ。そんなの」
「物分かり悪いやつは嫌いなんだけどな、まあいいや。わかりませんじゃなくてわかれよ」
狼狽える俺の髪に指を絡める阿賀松は、無理矢理髪を引っ張り顔を上げさせる。
「わかった?」にこりと微笑んで再確認。
こんなのいじめだ。
「……わかりました」
そして軽い暴力で折れてしまう俺も俺だ。
見下ろされて見据えられ、つい俺はそのまま頷いてしまう。
「流石ユウキ君」
そう嬉しそうに笑う阿賀松は、髪を引っ張っていた手を緩めそのまま頬に唇を寄せた。
小さなリップ音がして、顔が熱くなる。
「でも、あの、どうしてこんなこと……」
「どうしてって、お前が言い出したんだろ。セフレは嫌だって」
「ええ、はい、言いました」
昨日のことを思い出してしまいちょっと照れながらも、俺は阿賀松の言葉に頷いた。
「ん、まぁ……だから一緒に生活することにした」
ちょっと阿賀松は考えて、そう躊躇いがちに続ける。
セフレからただのヒモにレベルが上がっただけのようにしか思えないが、もしかしたら阿賀松なりにこれは考えた結果なのかもしれない。
「だけど、なんで鍵かけるんですか。暇じゃないですか」
「戸締まりは大切だろ」
「まあ」
「だからだ」
まさかそんなもっともな理由で軟禁されるハメになるとは。
うっかり納得してしまっただろ。
「ってことで、わざわざ俺がお前の相手をしてやるってことだ。嬉しいだろ?」
「……でも、あの、いいんですか?」
「あ?」
「俺のために、そこまでして」
やっていることはあまり良いこととは思えなかったが、全て俺のためだと思うと全否定できなかった。
逆に、部屋に置いてまで面倒を見てやるような価値が自分にあるのかどうか不安になってくる。
そう恐る恐る尋ねれば、阿賀松は「ばーか」と可笑しそうに笑った。
「自惚れんな。お前のためなわけねえだろ、俺のためだ」
それはあれか、遠回しにこれは口説かれているのか。
恥ずかしげもなく自信たっぷりに即答する阿賀松に、なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。
「耳真っ赤」
「……言わないでください」
「可愛い」
「だ、だから……っ」
言いかけて、阿賀松の顔が近付く。
真正面からじっと見据えられ、俺は言葉を詰まらせた。
なんだ、この空気。これがセフレから階級上がったことの変化か。
じわじわと顔が熱くなり、金縛りに遭ったかのように俺はそのまま動けなくなった。
「ユウキ君」
「……はい」
「キスしろ」
普通なら自分からしないはずなのに、なんでだろうか。
周りの目もなんもないからだろうか。
なんとなく、ヤケクソになっていた俺は少し躊躇い、おずおずと阿賀松の唇に軽いキスをした。
触れるだけで色気も糞もないようなものだったが、それでも阿賀松は満足だったようだ。
小さく笑って、俺に深い口付けをする。
一年経って阿賀松が卒業した。
阿賀松の部屋だった場所は空き部屋になり、使う人はいなくなる。
それでもたまに、阿賀松は俺に会いに来てくれた。
怒鳴られたりキレられたり泣かされたりしたが、阿賀松と一緒にいる時間は楽しかった。
とは言っても、阿賀松以外と顔を合わせなかったので楽しいの基準があやふやになっていたのも事実だ。
食料は予め阿賀松が用意してくれるから大して困らなかった。
他にも暇潰しになるように本などもプレゼントしてもらったが、それでもやはり阿賀松が来なかった日は寂しかった。部屋から出ようとは思わなかった。
理由はない。なんとなくだ。なんとなく、居心地がよかった。それだけだった。
それからまた阿賀松と会う日が続いた。
寝室には時計はあったがカレンダーがなかったし窓もなかった。
時計の針を見ても朝か夜かもわからなくなった俺は、阿賀松に会うことだけを考え毎日を過ごしていた。
ある日、いつものように阿賀松が寝室にやってくる。
「ユウキ君、ほら」
「……?」
「卒業証書。約束してただろ?」
やけに豪華な仕様の筒を阿賀松から受け取った俺は、その言葉に目を丸くする。
もう、そんなに経ったのか。
いつの日かの約束を思いだし、なんだかひどく懐かしい気分になる。
「卒業おめでとう、ユウキ君」
スーツを着ているからだろうか。
そう言って笑いかけてくる阿賀松がなんだか教師みたいで、思わず俺は笑ってしまう。
「……ありがとうございます」
卒業証書を受け取った俺は、そう阿賀松に一礼した。
もう卒業か。なんとなく実感が湧かない。
それもそうだ。この学校に転校してから数ヵ月、欠席しているのだから。
本当なら、同級生に囲まれて体育館でこれを受け取ってたんだろうな。
華もない、味気のもない、二人きりの卒業式。それでも俺は幸せだった。
途中で飽きられ、このまま一人で死ぬんじゃないかと毎日怯える必要もなくなったのだ。
でもやっぱり、少し寂しい。ここを出たら、もう阿賀松と会えなくなるのだ。
そう思ったら自然と鼻がつんと痛み、目頭が熱くなる。
「青春だなぁ、卒業くらいで泣くなよ」
「だって、だって、もう先輩と……ッ」
「俺となんだって?」
じわじわと涙を滲ませる俺に、阿賀松は可笑しそうに涙で濡れる目元を指先で拭った。
「……先輩と、離ればなれになっちゃう」
「ホント、お前は進歩しねーな」
ぐすぐすと鼻を啜る俺に、阿賀松は「泣くなって」と笑いながらわしわしと頭を撫でた。
「誰がお前を自由にしてやるっつった?」
そして、笑う。
一年前、初めてあったときと変わらない笑みを浮かべた阿賀松は、そう冷たい口調で続けた。
もしかしたら、変わったのは俺だけかもしれない。
嫌っていたはずの横暴な阿賀松の言葉が、こんなにも嬉しく思える日が来るなんて。
おしまい
自分でもよくわからない。
好きとも言われるし、いつも一方的だがヤることもヤっている。
なのになんでだろうか。自分が阿賀松の恋人という実感が沸かなかった。
「あーそれあれだね、セフレ! セフレセフレ!」
「せ、先輩、連呼しないでくださいって」
授業中の保健室。
例のごとくサボりに来ていた俺は、同様サボりに来ていた縁と話していた。
とはいうものの、学年も趣味も全く違う俺たちの会話と言えば自然と共通の知り合いということになる。
それから阿賀松の話になり、俺は興味本意で自分と阿賀松の関係について尋ねてみた。
そして現在に至る。
「つーかさ、普通俺に相談するかなぁ」
「なんか先輩ってほら……あれじゃないですか」
「いや、まぁ言いたいことはわかるけどね。だけどね、俺にも人権ってものがあるんだよね」
「齋籐君の他の男との夜の事情なんて聞きたくない!」と大袈裟に泣き真似をし出す縁に、俺は慌てて「すみません」と謝った。
ただ阿賀松との関係を聞いただけなのに下世話なところまでいってしまう縁の逞しい想像力にも呆れたが、確かに男好きと公言していようが話は別だろう。
配慮に欠けた自分の言動を反省しながら、取り敢えず縁を宥めることにした。
「まあほら、やっぱり聞くより実際再現した方がわかりやすいかも。もちろん伊織役は俺で、齋籐君役は齋籐君で。ってことで、どう? 丁度そこ空いてるけ……ど……」
先程まで饒舌だった縁の声が、みるみる内に勢いを無くす。
俺の背後に目を向け、顔を青くする縁。
何事かと思ってそのまま振り返ろうとしたとき、不意に肩に手が置かれた。
「へぇ、お前が俺の役なぁ。俺のかっこよさを表現するにはかなり役不足なんじゃねぇの?」
すぐ背後から聞こえてくる笑いを含んだその声に、全身が強張るのを感じる。
聞き慣れた声……阿賀松だ。
「なんだ伊織、お前起きてたのかよ」
「ああ、起きなかったらすーぐ寂しがって他のやつにちょっかいかけ出すめんどくせぇ恋人がいるもんだからな」
いきなり現れた阿賀松に渇いた笑みを浮かべる縁に対し、阿賀松は「なあ?」と笑いながら俺に囁く。
どこから聞いていたんだ。
肩の乗った阿賀松の手がやけに重く感じ、俺は鼓動が速まるのを感じた。
「悪かったな、方人。うちの馬鹿野郎が期待させて」
「いやいや、寧ろこーいうのだったら全然大歓迎なんだけど」
「社交辞令に決まってんだろうが。引き千切んぞテメェ」
どこを。
その一言で慌てて自分の体を抱き締める縁を他所に、俺に視線を向ける阿賀松は「行くぞ」と腕を引っ張り無理矢理立たせようとする。
「行くって、あの」
「どーせサボりなんだろ? 付き合えよ」
そんないきなり。
戸惑う俺に構わず無理矢理ソファーから引き摺り下ろす阿賀松。
まじでこのまま引き摺りながら校内を連れ回されそうだったので、慌てて俺は立ち上がる。
「齋籐君、伊織がいなくなったらまた会いに来てねー」
そのまま連れ去られそうになる俺にひらひらと手を振ってくる縁。
咄嗟に会釈しそうになって、軽く後頭部を押さえ付けられる。
「相手にしてんじゃねぇよ、馬鹿」
苛立たしげに舌打ちをする阿賀松は、そのまま腕を引っ張り保健室から俺を連れ出した。
付き合えと言う阿賀松に引っ張られ俺は学生寮まで戻ってきていた。
学生寮四階、阿賀松の自室。
「入れ」と阿賀松に促され、渋々中へ入った俺は、そのまま玄関口で靴を脱ごうとする。
と同時に、いきなり肩を壁に押し付けられた。
「え、あの、先輩……っ」
嫌な予感。
ギリギリと肩口に食い込む阿賀松の指先に青ざめた俺は、慌てて阿賀松から離れようとする。
背後に壁、正面に阿賀松。
逃げたくても、押し付けられた体のせいでまともに動けない。
「なんだ、ヤりたかったんじゃねえの?」
いやいやいやいや、一言もそんなことを言った覚えもそうとられるような行動をした覚えもない。
「ち、違いますよ」慌てて否定するが、元から俺の意見を受け入れるつもりはないようだ。
首筋に顔を埋める阿賀松は、血管をなぞるように舌を這わせた。
慌てて阿賀松の髪を引っ張り離そうとするが、どさくさに紛れて制服の裾から手を突っ込んでくる阿賀松に気を取られてしまう。
「っ、ちょ……ほんと、先輩……ッ」
これじゃ、本当にただのセフレみたいじゃないか。
阿賀松の髪から手を離した俺は、慌てて服の中をまさぐる手を抜こうとした。
指先に力を込め、そのまま掴もうとするが指が滑り、阿賀松の腕を引っ掻いてしまう。ガリッと嫌な音がし、俺は顔を青くした。
まさか抵抗されるとは思っていなかったようだ。
目を丸くした阿賀松は、そのまま俺の服から腕を抜き傷跡を確かめる。腕には一本、赤い血が滲んだ傷が出来ていた。
「ったく、今更嫌がんなよ」
「だ、だって……」
中断してくれたのはありがたかったが、なんとなく阿賀松の顔が見れない。
呆れたような溜め息を吐く阿賀松に、俺はつい反射で「ごめんなさい」と謝ってしまう。
「なんか、これじゃ本当にセフレみたいで」
ちょっと照れながらしどろもどろと言う俺に、阿賀松は「え?違うの?」と驚いたような顔をした。
まさかここで素で返されるとは思わなかった。
というかこいつにはデリカシーもろもろはないのだろうか。
まさか自分だけが本気で恋人と思っているとは思わず、今更になって自分の発言に恥ずかしくなってくる。
そんな俺の様子からなにか悟ったのか、阿賀松は「あっ、わかった」と閃いたような顔をした。
「お前あれだろ、俺に愛されたいんだろ?」
なに一つわかっていなかった。というかその過剰な自信はどこから湧いてくるのだろうか。是非見習いたい。
「俺に可愛がられたいんなら最初からそう言えよ。好きなだけ愛でてやるよ」
にやにやと嫌な笑みを浮かべる阿賀松は、いいながら俺の制服を脱がそうとする。
いや、確かにセフレは嫌だって言ったけど、これはそういう問題なのか。
「ま、待ってくださいって」慌ててボタンを外していく阿賀松の腕を掴み、制止させる。
「なんだよ、こんなところじゃなくてベッドがいい? 本当注文の多いやつだな、お前」
しかも俺なんも言ってない。
「仕方ねぇなぁ」とあからさまに俺がせがんだかのような態度を取る阿賀松は、「違います違います」と首を横に振る俺に構わず、脱ぎかけの制服を引っ張ってそのまま寝室へ引きずっていく。
強引を通り越してもはや横暴だ。
「いやーまさかユウキ君がここまでロマンチストとは思わなかったな」
だから違うって言ってるのに。いや、もしかしたらこれ違わないのか。どうなんだ、俺。
放られ、そのまま顔からベッドに突っ込んだ俺は、慌てて起き上がろうとして後頭部に伸びてきた手によってベッドに顔面を押し付けられる。
慌てて起き上がろうとするが、どうやら阿賀松が上から覆い被さっているようだ。
上手く動けない。
阿賀松の下から逃げようとしてベッドの淵を掴むが、前に回された腕が邪魔で精々身動ぎが限界だった。
脱ぎかけだった服の裾から阿賀松の手が入ってきて、腹部から胸部へと指の腹でなぞるように手が上がってくる。
服の下で動く阿賀松の手がやけに生々しい。
「っ、んぅ……ッ」
首筋に阿賀松の息がかかり、嫌でも密着した体を意識させられる。
胸の突起を指先でぐにぐにと弄られ、くすぐったいようなもどかしい感触に声が掠れた。
「なんで声抑えんの? 誰も聞いてねぇんだから出せよ、つまんねーじゃん」
「っぁ、なに言って……ッは、んんっ」
要求してくる阿賀松に反論しようとして、思いっきり突起を潰される。
爪を立てられ、胸元に小さな痛みが走った。
性感帯でもない場所を弄られても直接的な快感を得られるはずではなかったのに、なんでだろうか。
体の芯が疼くように熱くなる。
「まあ、頑張って我慢なんかしちゃってるユウキ君見んのもなかなか面白いけどな」
耳元で笑う阿賀松の声が鼓膜から脳味噌へと浸透し、体の芯がじんと熱くなった。
なんかもうなにやっても阿賀松に笑われそうな気がしてくる。
嬲るように執拗に胸を弄られ、身を守るように背中を丸めるが然程効果はない。
「そこ……ッ、も、やめてください……っ」
胸元に神経が集まり、先端が感度を持ち始めたのがわかった。
男のくせに乳首で感じてると思われたくなかったからこそ、俺は阿賀松に止めさせようとする。
「やだ」
まあ、だろうと思ったけどさ!
そう即答する阿賀松は、俺の腕を掴んでいた手を離し、そのまま人の股間を鷲掴んだ。
「あーあ、やだユウキ君ったら乳首弄られただけでこんなに勃起させるなんて童貞のくせにすっげぇな」
熱が集まり制服の下で張り詰めたそこをおもむろに布越しに揉んでくる阿賀松は、人を馬鹿にするように笑い出す。
む、ムカつく……。
なのに否定できないのが悔しくて悲しくて仕方ない。
乱暴な手付きで揉み扱かれ、下着が擦れる度にぶるりと全身が打ち震えた。
どうせなら直接取り出して刺激を与えてくれた方がいい。
なのにそれをしないのは阿賀松が意地の悪い性格の持ち主だからだろう。
「ぅんッ……ふ……ッ」
なんとか顔をベッドにくっつけ声を出さないように頑張るが、荒い息はどうしようもない。
服の上から雑に触られる度にビクビクと背筋を震わせる俺を面白がっているのだろう。勃起したそこを布越しに扱ってくる阿賀松は、可笑しそうに笑った。
可愛がるとか愛でるとか言ってたくせにいつも以上に扱いが酷いような気がするのは気のせいだろうか。
「なんだ、ユウキ君。これじゃあ直接触んなくてもイケそうだな。先走りで濡れてんじゃん」
布が擦れるような音に混じって粘着質な濡れた音が聞こえ、俺は顔が熱くなるのを感じた。
わざと羞恥を煽るようなことを口にする阿賀松は、やけに楽しそうに笑う。
そこで俺はようやく気が付いた。
俺が思っているものと阿賀松の可愛がるの意味が決定的に食い違っていることを。
――事後。
いつの間にかに俺は気絶していたようだ。咄嗟に起き上がろうとするが、動けない。
何事かと背後に目を向ければ、阿賀松が俺を抱き枕にして眠っているではないか。
腰に回された両腕は固く、動かない。背中にくっついた阿賀松から心臓の音が、体温が流れてくる。
抱き締められてるのは落ち着かなかったが、寝息を立てる無防備な阿賀松を見ているとなんだか起こすのも悪い気がしてきた。
うっかり起こして怒られやしないかと背後の阿賀松の存在に緊張しながら、俺はもう一眠りしようかと目を閉じる。緊張はしたが、それ以上に体温が心地よく俺は再び意識を手放した。
次に目を覚ましたとき、背後に阿賀松の姿はなかった。鉛のように重い体を起こし、ベッドから降りる。
よく見ると、見慣れない服を着ていた。もしかしなくても阿賀松の服だろう。わざわざ着替えさせてくれたのだろうかと内心驚きながら、俺は寝室を出ようとした。が、扉が開かない。
何度かガチャガチャとドアノブを捻ってみるが、ただ金属が擦れる音がするばかりだった。
なんで開かないんだ。
次第に焦ってくる俺は、ふと足元に目を向ける。
扉の隙間に紙が挟まっていたのだ。腰を曲げ、それを拾い上げた俺は紙に目を向ける。
『寝顔可愛かったです』
いやいやいやいや。それ以外になんかあるだろ、書くこと。
他にもなにか阿賀松からのメッセージがないか探してみるが、見当たらない。
咄嗟に寝室の中を見渡す。
冷蔵庫に、バスルーム。あとトイレ。それ以外は悪趣味な家具しか見当たらない。
因みに、冷蔵庫には律儀に三食分の食料と飲み物が入れられていた。
もしかしてこれはあれか、閉じ込められたってことか。
唯一外へ繋がる扉が塞がっていることに脱力した俺は、扉の前で座り込んだ。
これが、阿賀松の言っていた可愛がり方というのだろうか。
ただの軟禁じゃねーかと一人突っ込みそうになる。
というか、恋人をペットかなんかと勘違いしてんじゃないのか、あの人は。
いや、待てよ。確か阿賀松は一言も俺を恋人として愛でるとか言ってない。
もしかして、まじでまじなんじゃないか。自分で言ってて訳がわからなくなってくる。
とにかく、阿賀松がこの扉を開かない限り俺は出れないということには間違い無さそうだ。
取り敢えず腹が減ったので冷蔵庫から一食分の食料を頂戴することにする。
いくらか経ってから、遠くから扉が開く音が聞こえた。足音が近付いてくる。やがて、足音は寝室の前で止まった。
阿賀松だ。直感でそうわかった。
というか阿賀松の部屋なんだから阿賀松じゃない可能性のが稀なのだが。
ガチャリと鍵が外れる音がして、扉が開く。阿賀松だ。
薄暗い寝室内に居間の灯りが漏れ、俺はその眩しさに目を細める。
「一人で大人しくできてたか?」
ぺたぺたと扉に近付いてくる俺に、阿賀松は笑いながら頭を撫でてきた。
文句言おうと思ったのに、なんだか出鼻挫かれた気分だ。
「あ、あの、先輩なんで鍵……」
「鍵? ああ、便利だろ? あれ」
「特注なんだよな」と笑いながら言い足す阿賀松に、俺は呆れてなにも言えなくなる。
「良くないですよ。そんな、授業出ないと怒られるじゃないですか」
あまりにも身勝手な阿賀松に、流石の俺も限界だった。
そう強い口調で阿賀松を咎めれば、阿賀松は冷笑を浮かべる。
「ああ、あれな。安心しろよ、俺がじいちゃんに頼んで授業免除にしてやったから」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
ああ言えばこう言う阿賀松に言い返そうとして、思考回路が停止する。
「………………はい?」
今、なんて言ったこいつ。
さらりととんでもないこと口走ったぞ。
「卒業証書は俺から手渡ししてやるよ。嬉しいだろ?」
「は? いや、あの、ちょっと待ってくださいって。授業免除って……」
「本当は退学させようかと思ったんだけどな、流石に周りが煩くなるだろ?だから授業免除」
目を丸くしたまま硬直する俺に構わず、阿賀松は「俺ってすっげー優しい」なんて言い出した。
授業免除って、成績優秀な生徒だけが貰える権利じゃないか。
いいのか、並みの俺がそんな大層な権利を貰って。
あまりにも混乱しているせいか突っ込み所がおかしくなってくる。
「だから、ユウキ君はあっちの心配なんて余計なことすんなって話。わかった?」
「わ、わかりませんよ。そんなの」
「物分かり悪いやつは嫌いなんだけどな、まあいいや。わかりませんじゃなくてわかれよ」
狼狽える俺の髪に指を絡める阿賀松は、無理矢理髪を引っ張り顔を上げさせる。
「わかった?」にこりと微笑んで再確認。
こんなのいじめだ。
「……わかりました」
そして軽い暴力で折れてしまう俺も俺だ。
見下ろされて見据えられ、つい俺はそのまま頷いてしまう。
「流石ユウキ君」
そう嬉しそうに笑う阿賀松は、髪を引っ張っていた手を緩めそのまま頬に唇を寄せた。
小さなリップ音がして、顔が熱くなる。
「でも、あの、どうしてこんなこと……」
「どうしてって、お前が言い出したんだろ。セフレは嫌だって」
「ええ、はい、言いました」
昨日のことを思い出してしまいちょっと照れながらも、俺は阿賀松の言葉に頷いた。
「ん、まぁ……だから一緒に生活することにした」
ちょっと阿賀松は考えて、そう躊躇いがちに続ける。
セフレからただのヒモにレベルが上がっただけのようにしか思えないが、もしかしたら阿賀松なりにこれは考えた結果なのかもしれない。
「だけど、なんで鍵かけるんですか。暇じゃないですか」
「戸締まりは大切だろ」
「まあ」
「だからだ」
まさかそんなもっともな理由で軟禁されるハメになるとは。
うっかり納得してしまっただろ。
「ってことで、わざわざ俺がお前の相手をしてやるってことだ。嬉しいだろ?」
「……でも、あの、いいんですか?」
「あ?」
「俺のために、そこまでして」
やっていることはあまり良いこととは思えなかったが、全て俺のためだと思うと全否定できなかった。
逆に、部屋に置いてまで面倒を見てやるような価値が自分にあるのかどうか不安になってくる。
そう恐る恐る尋ねれば、阿賀松は「ばーか」と可笑しそうに笑った。
「自惚れんな。お前のためなわけねえだろ、俺のためだ」
それはあれか、遠回しにこれは口説かれているのか。
恥ずかしげもなく自信たっぷりに即答する阿賀松に、なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。
「耳真っ赤」
「……言わないでください」
「可愛い」
「だ、だから……っ」
言いかけて、阿賀松の顔が近付く。
真正面からじっと見据えられ、俺は言葉を詰まらせた。
なんだ、この空気。これがセフレから階級上がったことの変化か。
じわじわと顔が熱くなり、金縛りに遭ったかのように俺はそのまま動けなくなった。
「ユウキ君」
「……はい」
「キスしろ」
普通なら自分からしないはずなのに、なんでだろうか。
周りの目もなんもないからだろうか。
なんとなく、ヤケクソになっていた俺は少し躊躇い、おずおずと阿賀松の唇に軽いキスをした。
触れるだけで色気も糞もないようなものだったが、それでも阿賀松は満足だったようだ。
小さく笑って、俺に深い口付けをする。
一年経って阿賀松が卒業した。
阿賀松の部屋だった場所は空き部屋になり、使う人はいなくなる。
それでもたまに、阿賀松は俺に会いに来てくれた。
怒鳴られたりキレられたり泣かされたりしたが、阿賀松と一緒にいる時間は楽しかった。
とは言っても、阿賀松以外と顔を合わせなかったので楽しいの基準があやふやになっていたのも事実だ。
食料は予め阿賀松が用意してくれるから大して困らなかった。
他にも暇潰しになるように本などもプレゼントしてもらったが、それでもやはり阿賀松が来なかった日は寂しかった。部屋から出ようとは思わなかった。
理由はない。なんとなくだ。なんとなく、居心地がよかった。それだけだった。
それからまた阿賀松と会う日が続いた。
寝室には時計はあったがカレンダーがなかったし窓もなかった。
時計の針を見ても朝か夜かもわからなくなった俺は、阿賀松に会うことだけを考え毎日を過ごしていた。
ある日、いつものように阿賀松が寝室にやってくる。
「ユウキ君、ほら」
「……?」
「卒業証書。約束してただろ?」
やけに豪華な仕様の筒を阿賀松から受け取った俺は、その言葉に目を丸くする。
もう、そんなに経ったのか。
いつの日かの約束を思いだし、なんだかひどく懐かしい気分になる。
「卒業おめでとう、ユウキ君」
スーツを着ているからだろうか。
そう言って笑いかけてくる阿賀松がなんだか教師みたいで、思わず俺は笑ってしまう。
「……ありがとうございます」
卒業証書を受け取った俺は、そう阿賀松に一礼した。
もう卒業か。なんとなく実感が湧かない。
それもそうだ。この学校に転校してから数ヵ月、欠席しているのだから。
本当なら、同級生に囲まれて体育館でこれを受け取ってたんだろうな。
華もない、味気のもない、二人きりの卒業式。それでも俺は幸せだった。
途中で飽きられ、このまま一人で死ぬんじゃないかと毎日怯える必要もなくなったのだ。
でもやっぱり、少し寂しい。ここを出たら、もう阿賀松と会えなくなるのだ。
そう思ったら自然と鼻がつんと痛み、目頭が熱くなる。
「青春だなぁ、卒業くらいで泣くなよ」
「だって、だって、もう先輩と……ッ」
「俺となんだって?」
じわじわと涙を滲ませる俺に、阿賀松は可笑しそうに涙で濡れる目元を指先で拭った。
「……先輩と、離ればなれになっちゃう」
「ホント、お前は進歩しねーな」
ぐすぐすと鼻を啜る俺に、阿賀松は「泣くなって」と笑いながらわしわしと頭を撫でた。
「誰がお前を自由にしてやるっつった?」
そして、笑う。
一年前、初めてあったときと変わらない笑みを浮かべた阿賀松は、そう冷たい口調で続けた。
もしかしたら、変わったのは俺だけかもしれない。
嫌っていたはずの横暴な阿賀松の言葉が、こんなにも嬉しく思える日が来るなんて。
おしまい
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