亡霊が思うには、

I will guide you one person

１２※

「……っ冗談は止めてください」
「震えてますね、この震えは怒りからですか？」
「花鶏さん……っ、本当に、」
「言っておきますが準一さん、これは貴方のためでもあるんですよ。先程言った通り」
「……だから、大人しくしろと。アンタ、そうやって今までやってきたのか？」
「私がそんな鬼畜に見えますか？」
「見える」

　なんなら鞭や蝋燭がよく似合いそうだ。
　そう即答する俺に「心外ですね」と態とらしく花鶏は肩を竦める。そして、そのまま項に鼻先を埋めてくる。

「ちょ……っと、おい……っ」
「貴方だけですよ、準一さん。私が弄びたくなる方は」
「随分と言い慣れてるんだな……っ、ぅ、やめろ、それ……っ」

　ちゅ、ちゅ、と柔らかく皮膚を吸われる度に心臓が跳ねる。香のいい匂いが体を包んでいくようだ。
　逃げ出したいのに、拘束されたままの体では動けない。
　花鶏が触れた箇所が首筋がぴりぴりと痺れ、熱くなる。自分が流血してるのかどうかは最早判断つかなかった。

「抜け出そうと思えば抜け出せる。……我々の体はそうできている、と説明したはずですが。もしかしてこれは、このまま続行してもよろしいということでしょうか」

　縛られ、花鶏の腕の中から動けない俺を見下ろしたまま花鶏は誂うように笑う。
　その一言にまた首の上に熱が集まっていくような感覚を覚えた。

　分かってるくせに、本当に性格が悪い。

「……っ」
「そんなに睨まないでください、準一さん」

　背後から伸びるもう片方の手が頬に触れる。そのまま唇へと伸びてきた指先は、すっと優しく唇を撫でた。

「心配しないでください。私は傷のある方相手に乱暴はしない主義ですので」

「幸喜のように」その言葉とともに、花鶏の指はそのまま固く閉じた唇を抉じ開け咥内に入り込んでくる。
　その指から逃れるよう、何度も顔を逸らしても尚も執拗に侵入しようとしてくる花鶏の指先に我慢できず、思いっきり歯を立てた。瞬間、まるで骨を噛んだような感触とともに花鶏の動きが止まる。
　痛みに怯んだわけではないのだろう。それでもチャンスには変わりない。ぺっと指ごと吐き出す。

「……っ、俺からしたら、花鶏さんもあいつも同じです」
「おや、手厳しいですね」

　そう俺の唾液で濡れた指を自分の口元へと運んだ花鶏。あまりにも自然な動作で一瞬反応に遅れる。
「ですが」と赤い舌を覗かせ、そのまま己の濡れた指に舌を伸ばす花鶏。そのままぴちゃりと唾液を舐め取る花鶏に悪寒が駆け抜ける。

「貴方のその生意気な物言い、嫌いではありませんよ」

　他人の悪意や殺意とはまた違う、向けられる視線に込められた熱にただぞわぞわと全身の毛がよだつ。更に顔を寄せてくる花鶏に反射で顔を反らした。

「おや、いけませんね。現実から目を背けるのは」
「くっ、ぅ……っ」

　必死に逃れようと体を逸らす度にみちみち首輪が俺を殺しにかかってくる。限界まで顔を反らす俺の首元、顔を埋めてきた花鶏はそのまま俺の首筋、喉仏へと唇を押し付ける。皮膚を這う舌の感触に反らした胸が震えるのを見て、くつくつと花鶏は笑うのだ。

「貴方は本当に愛らしいですね。……愚直なほど真っ直ぐで、張り詰めて、ほんの少し力を加えただけでポッキリと折れてしまいそうで――」
「ぁ、花鶏、さん……」
「今は余計なことなんて忘れましょう。……私のことだけを映して下さい」

　この目に、と覗き込んでくる花鶏。睫毛の陰で暗くなったその眼にじっと見つめられるとどこまでも飲み込まれてしまいそうで。
　その目を見つめている内に当たり前のように近付いてくる鼻先に反応することを忘れていた。

「……っ、ん、ぅ」

　重ねられる唇に息が漏れる。キスをされている、という意識すらなかった。
　当たり前のように、ごく自然な動作で唇を重ねてくる花鶏。逃げようとする度に首が絞まり、その隙に更に深く唇を貪られる。
　ひんやりとした唇の感触。その奥から伸びてくる濡れそぼった舌先に唇を舐め取られ、慌てて俺は口を閉じる。すうっと目を細めた花鶏は、そのまま俺のシャツの裾を持ち上げた。

「っ、んむ、ぅ……っ、ふ……っ」

　とんでもないことをされていると思うのに、逃げようとしても逃げ出せない。抜け出せない。
　晒される上半身、筋肉の凹凸の感触を楽しむように皮膚の上を滑る花鶏の指先に体がびくりと痙攣する。それを見て更に花鶏はうっとりと目を細めた。

「ここまで私のことを感じてくださるなんて光栄ですね」
「か、んじてなんか……」
「何を仰る。こんなに尖らせてまで、まるでもっと触ってくださいと言わんばかりではありませんか」

　胸まで伸びてきた花鶏の指先に乳首の周辺を撫でられ、体が跳ね上がる。円を描くようにくるくると触れる指先、耳元で囁かれ声に意識が朦朧としてくるようだった。
　呑まれては駄目だ。こんなの、意識した方が負けだと分かってるのに。
　花鶏の声は恐ろしい程俺の脳に入り込んでくる。こんなの暗示と同じだ。分かっているのに、逆らうことが出来ない。「触ってほしそうにこんなに腫らして」と囁かれる言葉に同調するかのように胸の先に熱が集まってくる。
　じんじんと痺れすら感じ始めてるそこを避け、敢えてその周りばかりを触れる花鶏にじんわりと汗が滲んだ。

「……っ、ぐ、ぅ」
「拘束も悪くはありませんね。こうやってもじもじと身を捩る貴方はなかなかいい眺めですよ、準一」
「ぁ、……っ、悪趣味だ、アンタ……っ」
「貴方は卑下しすぎる傾向がありますね、もっと自信をお持ち下さい。……少なくとも、私を興奮させることはできているのですから」

　なんの自信を持てというのか。
　睨みつければ、花鶏はただ楽しそうに笑った。
　
「ふざけないで下さっ……っ、ふ……ッ」

　きゅ、と硬く尖り始めていたそこを柔らかく摘まれた瞬間変な声が喉奥から漏れそうになり、咄嗟に歯を食いしばった。
　痛みはない、はずなのに。そのまま撫でるように絡みついてくる細い指先を視線で追ってしまう。意識してしまう。そのせいでより《触感》を想像してしまっては己の首を絞める羽目になってしまうのだ。

「若く、張りもある。跳ねっ返りもある素晴らしい身体です。さぞよい抱き心地でしょう」
「へ、んたい……っ」
「おや、ふふ。なかなか随分なことを仰る。私はただ良いものを良いと褒めただけですのに」

　そう、どさくさに紛れて肩口に顔を埋めてきた花鶏に首輪の下から首筋まで舐められる。やめろ、と首を逸らそうとすればするほど首輪は締め上げていくのだ。首筋から鎖骨までしゃぶるように唇を押し付けられ、冷たい舌先でいつの間にかに発汗していた汗を舐め取られる。

「っ、ぅ、く……ッ」
「どこを触れてもいい反応が返ってくる。――並の亡霊ならばそうはなりませんよ、準一さん」
「な、に言って」
「触れられる実感もなくなる。心身の刺激に鈍感になり、衰えていく。無に近づいていく。そんな我々を唯一人間に戻してくれるのが快感です」

「わかりますか？」滲む汗を舐め取られ、濡れた音と呼吸が混ざり合う。
　分かりたくもない。こんがらがった頭の中、ただ花鶏の指先から逃げることに必死だった。
　そんな俺を笑うように花鶏は体を抱き込み、そのまま胸に触れる。包み込むような掌。けれど今度は乳首には直接触れず、乾いた掌は胸の感触を確かめるように動く。それが余計もどかしく、気持ちが悪い。

「っ、……ふ……」
「心臓の音まで聞こえてきそうですね」
「も、……いいでしょう、こんなことしたって何の意味も……」

　ありません、と続けるよりも先に、花鶏の指先が乳首を掠める。瞬間、全身の筋肉が一同に反応するのを見て花鶏は「おや」と楽しげに笑った。

「意味もない、でしたっけ？　私にはそうは思えませんが」
「……っ、ぁ、とり、さん……っ」
「先程よりも大きくなりましたね。まるで、もっと触ってほしいとでも言うかのように」

　指の腹でやんわりと押し潰されたかと思えば、そのまま柔らかく尖ったそこを揉みほぐす花鶏。
　転がし、引き伸ばし、時には先っぽを指先ですりすりと撫でられる。それだけなのに先程よりも全身の血行がよくなった気がしてならないのだ。
　声を出さないように歯を食い縛り、息を殺す。けれど視覚的な刺激から逃れることはできなかった。

「……ふ、ぅ……っ、く、ぅ……ッ」
「もじもじして、愛らしいですね。もっと触ってほしいと言ってくださっても結構ですよ。私は積極的な方も嫌いではないので」
「っ、この、エロ親父……ッ」
「私がエロ親父ならば貴方はエロガキ、ということになりますがよろしいでしょうか？」
「い、いわけ……っ、ぅ、んん……っ！」

　しこりを柔らかく潰され、喉奥から声が漏れそうになるのを慌てて唇を噛み締めて耐える。その反応が花鶏の気分を良くしたらしい。さらに追い討ちをかけるように勃起したそこを潰すようにそのまま乳輪の奥まで指を埋めてくる。

「っ、それ、やめ、っ、……ぅ゛、や……っめろ……ッ！」
「おや、お気に召しませんか。その割に、こちらはいい反応をされているようですが」
「っ、ぅ、ち、が……っ、やめろ、ってば……っ」
「貴方の《嫌》は本当に《嫌》ですか？　……そう思い込もうとしているだけでは？」
「……っ」
「胸の奥まで他人に穿り出されて、神経の芽ごと揉まれるのは癖になる、と聞いたことがあります。特に貴方のように胸部が発達した方は尚のこと、『良い』だとか」
「は……っ」

　ただでさえ細い指先に乳首の根本からコリコリと穿られる内に脳の奥が痺れてくる。囁くような花鶏の声は一種の呪詛のように脳を占めていくのだ。悪質だ。こんなの。「生きていた時の感覚が残っている内にこういうことは脳に叩き込んでいた方がいいですよ」などと要らぬアドバイスをしながらも執拗に胸に埋めた指先で乳首を転がされたと思えば、そのまま今度は陥没したそこを引き上げるように根本から先っぽまで引き延ばされる。ふっふっと次第に荒くなる呼吸を整える暇すらもない。花鶏はじっとペットを可愛がるような妙に生温い目で俺を見つめ、それから時折戯れに唇を落とした。

「素直でよろしい」
「っ、ふ、ざけ……っ、ぅ……っ、ひ……」
「腰が揺れてますね。……おや？」

　ふと視線を落とした花鶏がうっすらと唇を歪めて笑った。もう片方の白い手が下半身へと伸びるのを見て咄嗟に腰を引こうとしたが間に合わなかった。
　パンツの下、張り詰めていたそこを優しく指先で撫でられ息が詰まりそうになる。
　――なんで、勃起してるんだ。

「恥じることはありません。機能不全でないのならば当然の反応ですから」
「っ、ち、が」
「こんなに大きくして何が違うと？　事実でしょう」

　ジッパーの金具を摘み、そのままゆっくりと開かされる前を止めようとするが拘束されたままでは身動きすらも取れない。却って己の首を絞める結果になって終わった。

「先ほども言ったでしょう。素直が一番、ですよ。準一さん」
「あ、とりさ……」
「欲こそが我々の源となるのです。……貪欲になりなさい。もっと。私に見せてください、貴方の人間の部分を」
「……っ、は、……っ、な、に……っ」

　細く、しかししっかりとした花鶏の白い指先はゆっくりとした動作で前を開かせてくる。その動作は虫の息だった俺を現実に引き戻すのに十分だった。が、そこから逃れるほどの自由は俺にはなかった。

　焦燥、嫌悪、快感、不安。その指の動き一つ一つに反応してしまうどころか、その一挙一動にほんの少しでも快感すら感じてしまう己がただただ歯痒い。いっそのこと流れ切れればまだよかったのだろう。崩れかけの理性が逆に自己を苛める。
　見たくない、と現実から顔を逸らせば、花鶏は小さく笑う。そして、下着の中でしっかりと膨らんだそれにつぅっと指を這わせた。

「……随分と溜まっていたようですね。触れただけで破裂しそうではありませんか」
「……っ、……！」
「おっと。……また大きくなりましたね」

　裏筋をなぞるように降りていく花鶏の指先。見たくない、と思っているのに目が開いてしまう。その白い指先を追いかけてしまう。
　そのまま天辺まで伸びた指が尿道口に触れ、くちゅりと濡れた音とともに離れた花鶏の指に透明の糸が伸びるのを見て眼球の奥が熱くなる。
　恥ずかしくて堪らなかった。
　意識すればするほど全神経が性器に集中し、ドクドクと血液が流れる音すら聞こえてくるようだ。花鶏に見られてるだけで勝手に先走りが溢れ、滴り落ちる。こんなの、悪い夢だ。

「……っ、花鶏さ……っ」
「おやおや、こんなに涎を垂らして。……さぞ苦しいでしょう、貴方は手が使えませんし――そうですね、ここは私が責任をもってお手伝いしますよ」
「っあんたが縛ったんじゃないですか……っ」
「ええ、なのでお詫び、ということで」

　明らかに馬鹿にしたような花鶏の態度にムカついて「いりません」と唸れば、花鶏は「強情な方ですね」と目を細めて笑う。そして、そのまま俺の腿を掴み、更に大きく開脚させたまま固定してくるのだ。

「な――っ、」
「私は構いませんよ、苦しい思いをするのは私ではなく準一さんなんですから。……このまま一晩過ごしますか？　指一本触れず、擦ることも刺激を与えることもできぬまま丸出しで耐える貴方を見守るのもまた一興」

　大変そそられますね、とうっすら微笑む花鶏にただ背筋が寒くなる。目が笑っていない。本気だ。
　間抜けで滑稽。こんなところを誰かに見られたりでもしたらと思うが、それでもこの男の言いなりになってはならない。本能的にそう叫ぶのだ。
　花鶏の言葉、まとう空気、触れるもの全てがどろどろとした不快感となりねっとりと全身に絡み付いてくる。
　脳味噌に直接毒を流し込まれているようなこの気分は、お世辞にも気持ちいいと呼べるものではない。

「……っ、大層、ご立派な趣味で……」
「貴方も分かってきましたか？　私のことが」
「全然……っ！」
「ふふ、そうですか。ならば、もっと教えなければなりませんね」

　そう花鶏が笑うと同時に首輪のリードを引かれる。そのまま花鶏の方へと引っ張られ、バランスを崩してしまう。
　床の上、ケツも性器も丸出しのまま花鶏の上へと倒れ込みそうになった俺はなんとか膝立ちで耐えようとした時。下から伸びてきた手に思いっきり腰を抱き寄せられた。

「な――」
「性器を擦らずとも快感を得ることは出来る。……そう先程貴方は学びましたね」
「っ、花鶏さ――っ、ん、ぅ゛……っ」

　そのまま胸元に顔を埋めた花鶏はあろうことか人の胸に舌を這わせる。冷たく濡れた肉の塊は乳輪から突起までねっとりと絡みつき、そして、尖った先端部を唇で挟まれたと思いきや悪戯に吸い上げられた。瞬間、背筋に甘く痺れたような刺激が駆け抜けていく。

「っ、ん、ぅ……っ、ひ……っ」

　おおよそ顔に似つかわしくない下品な音を立てて吸い上げられる乳首。花鶏の咥内でたっぷりと濡らした先端部を舌先で転がされ、啄まれ、甘く噛まれる。好き勝手いたぶられ、花鶏の上から逃げようとすればするほどリードを引っ張られ、更に胸に顔を埋められた。

「っ、や、め……っ、へ、んたい、この……っ、ぉ゛……っ、ぅ゛ぐ……ッ」
「……っは、腰、当たってますよ。準一さん。こちらの方を触ってほしいんじゃありませんか？」

『こちら』と伸びてきた手に腹に当たりそうなほどそり返ってたそこを撫でられそうになり、無意識に腰が震える。花鶏の指先が触れるか触れないか皮一枚のところですっと引いた。
　ほんの、ほんの少し。無意識の内に花鶏の手を自ら迎えに行こうとしていた己の体に気付き、青褪める。
　違う、そんなつもりないのに。

「……言ったではありませんか、素直が一番だと」
「ちが、……っ、こんなの、俺は……望んでなんか……っ！」
「精神体でありながら矛盾する――そんなのはなんの得にもなりません。貴方自身の首を絞めることになりますよ」

「こんな風に」とリードを手綱のように引いた花鶏。強制的に顔を上げさせられたと思えば、そのまま顔を上げた花鶏に唇を舐められる。

「は、……っん、む……っ」
「貴方はもっと……っ、自分を可愛がった方がいい。私が手伝ってあげますよ、貴方の腹の中に溜め込んだもの全てを吐き出して楽にさせてあげましょう」
「っ、い、らね……っ、ん、ぅ……っ、く……っ！」
「そんな寂しいことを仰らないでください。分かってるはずですよ、我々にとって何が毒なのか」

　欲望の解放。理性の欠落。
　そんなもの、本当にただの化け物じゃねーか。

　舌先で唇をくすぐってくる花鶏から顔を逸らし、必死に堪える。
　快感が亡者の源？そんなわけがない。あってたまるか。もしそうだとしても、そんな風になってしまったとしたら恐らくそれはもう既に俺ではない。

　甘い快感と蠱惑的な声に溶かされかけた意識の中、なけなしの理性を振り絞って俺は目の前の花鶏の舌先を咥内へと招き入れる。少しだけ意外そうに目を細めた花鶏だったが、すぐさまそれに応えるように舌を俺の中へと滑り込ませてきて――それから思いっきり俺は花鶏の舌先に歯を立てた。