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I will guide you one person
11※
しおりを挟む花鶏にリードを引っ張られるがまま連れてこられたのは、屋敷の一階の奥だった。
応接室や食堂と真逆に位置するその静かな通路の奥、扉を開いた花鶏は「どうぞ」と俺を招き入れる。
この場合は管理室、というのだろうか。
他の洋室造りの部屋とは違い、このその部屋だけは畳が敷かれていた。そして、土色のその壁にはたくさんの鍵がプレートつきでぶら下がっているボードが引っ提げられている。
どうやらこの屋敷の部屋の鍵が揃っているようだ。が、中には所々抜け落ちたような形跡もある。興味津々になって辺りを見渡していると、先に畳へと上がった花鶏はそのままこちらを振り返る。
「どうぞ、ごゆるりと」
「……どうも」
こんな状態でごゆるりできるか、と喉まで出かかるのを飲み込み、俺は花鶏の用意した座布団に腰を下ろすことにした。
管理室はあまりにも質素な作りだった。他が骨董品レベルのアンティークで揃えられているから余計そう感じるだけなのかも知れないが、部屋の中には卓袱台と積まれた座布団くらいしかない。
卓袱台を挟んで向かい側、花鶏は俺と向かい合うように座布団の上に正座する。
「……なんか、花鶏さんらしい部屋ですね」
「それが貴方の感想ですか。ふふ、準一さんらしいですね」
そう微笑む花鶏の目が生暖かい気がする。なんとなく褒められてる気はしない。
「けど、なんていうか……物、少ないですね」
「部屋の質素さならば準一さんには敵いませんよ」
「俺の場合はまあ、突貫でしたし……けど、俺の部屋でももっとごちゃごちゃしてるってか」
「準一さんが生前生活されていた部屋ですか。興味がありますね」
確かに、花鶏に薄型テレビを見せたらどんな反応するか俺も見てみたいが。
違う、そうではない。つい花鶏に上手く躱されてしまっていた。
「あの、ここって管理室……ですか?」
「屋敷の管理人である私の部屋、というのならばまあ間違いではありませんね」
「じゃあ、花鶏さんの私室でもあるんすね。ここ」
「ええ、といってもあまりここを使うことはありませんが」
確かに、花鶏を見かけるときは大抵応接室や人がいるところが多い気がする。
「じゃあ、その鍵はやっぱりこの屋敷の?」
「おや、いけませんね」
「……え?」
なんかまずいことでも聞いてしまったのか。花鶏は卓袱台に肘をつき、そのまま手を組む。リードを絡めるように組まれた指先に顎を乗せ、こちらへと顔を寄せる花鶏は目を細めた。
「鍵のことを聞いてまさか悪いことをするつもりではありませんか?」
「え……っ、や、ちが……」
「なんて――ふふ、冗談ですよ。そんなに慌てなくても大丈夫です。“準一さん”は、そんな悪い子ではないと信じていますから、私」
「…………」
なんだか含みのある言い方だ。もしかして双子辺りと鍵周りでなにかあったのかもしれない。ありありと光景が目に浮かぶ。
「鍵についてですが、その認識で間違いありませんよ。しかし、私にももうどれがどの鍵かは分からなくなってしまっていますが……」
「確かに、埃被ってますもんね」
「ええ、そういうことです。それに、鍵なんかなくとも大抵の扉を開けることは可能なので。ただし、犠牲はついて回りますが」
いつの日か扉を叩き壊した藤也の姿が頭を過る。確かに、犠牲は大きいな。あらゆる意味でも。
「けど、ここまで残ってるのもすごいっすね。……何本かなくなってるみたいですけど」
そう、何気なく壁にかかったボードへと伸ばそうとしたときだった。横から伸びてきた手に手首を取られ、心臓が止まりそうになる。
いつの間にか俺の隣に移動した花鶏は、その白い顔に薄く微笑んだままこちらを見ていた。
「……っ、な、……」
「おや、失礼しました。……しかし、今日の貴方は随分と好奇心旺盛のようで」
あ、これ、もしかして『余計な真似はするな』と釘を刺されているのか。
向けられた笑顔から滲む圧に潰されそうになりながら、俺は恐る恐る手を引っ込めた。すると、ぱっと花鶏の手は離れる。
「すんません、勝手に触ろうとして……」
「おや、怒ってるわけではないですよ。謝る必要はありません。……ただ、これ以上紛失するのは避けたいというのもありまして」
「この屋敷の管理人としてはですね」と静かに付け足す花鶏。
やはり鍵のことが気になったが、下手に深入りしない方がいい気もした。花鶏は言葉ではああ言っていたが、どう考えてもそれはそのまま受け取るべきものではなさそうだ。
「それに、私の部屋のことなどどうでもいいではありませんか。準一さん」
ここへ俺を連れてきたあんたがそれを言うのか。
「だったらどうしてここにしたんですか」とつい尋ねれば、花鶏は薄っすらと目を細める。
「早い話、貴方とは一度、邪魔の入らない二人だけの空間で話したかった」
「え、」
「……なんて、どうですか? 少しどきっとしたのではありませんか?」
またか、この人は。どうでしたか?と目をキラキラさせる花鶏だったが、警戒する俺に気付いたらしい。花鶏は「そうですか」と肩をすくめた。
「ですが、貴方と話したかったというのは本音です」
「……俺と? それに、話なら別にここじゃなくとも……」
「ええ、別に応接室でもよかったですよ。……貴方がこんなところを見られても構わないという強靭な精神をお持ちでしたら、ですが」
花鶏の言葉に俺はなにも返すことはできなかった。その手に握られたリードと首輪が目に入り、確かにその気遣いはありがたいものだと感じた。
が、元々俺に首輪を掛けたのはこの人自身なのだけれども。
「……」
「おや、そんな目をしないでください。準一さん」
「……それで、話ってのは……」
「話したいことならば、私ではなく貴方の方があるのではありませんか?」
どういう意味だと目を丸くしたが、すぐに花鶏の意図を理解する。再び座布団の上へと戻った花鶏、そんな花鶏と向かい合うように俺は腰を下ろし、胡座を掻いた。
「……見てたんですか、俺と藤也のやり取り」
「さあ、私はなにも知りませんが。……ただ、貴方が随分と深刻そうな顔をしてる要因が気になりまして」
「そんなに顔に出てますか?」
「ええ。そりゃあもう。子供が裸足で逃げ出しそうなほどですよ」
「……子供なんかいないじゃないですか、ここには」
皮肉に皮肉で返せば、「さあ、どうでしょうか」と花鶏は微笑んだ。
それも一瞬、すっと目を開いた花鶏は「やはり藤也ですか」と口を開いた。
「やはりってなんですか」
「いえ、貴方が落ち込むときは大抵仲吉さんか藤也が絡んでますからね。因みに怒ってるときは百パーセント幸喜が絡んでます」
「……」
あながち間違っていないだけになにも言えなくなった。
ここまで言ってしまえば、わざわざもう誤魔化す必要もない気はした。それに、最悪の形で本人にバレてしまったあとだ。――これ以上最悪になることはないだろう。
腹を括り、俺は花鶏に先程の一連のやり取り、そして流れのことを説明することにした。
でも流石にプライバシーの問題もあるかと思い、最初奈都のことをA君と仮定して説明したのだが何故か秒でバレてしまった。
説明しているとつい藤也についてムカムカしてしまい語気が強くなってしまうものの、対する花鶏はにこにこと笑顔を浮かべたまま俺の話を聞いてくれるのだ。
そして一頻り話し終えたあと、花鶏はくつくつと小さく喉を鳴らすのだ。
「……笑わないで下さいよ」
「いえ、藤也もなかなか素直じゃない方だと思いましてね」
「嫌味なくらい素直だと思いますよ」
「そうでしょうか。あれは肝心なことだけは言わないですからね、準一さんがお気を悪くするのも無理はありません」
それから「藤也は貴方のことを心配してるんですよ」とも花鶏は続けた。
「もちろん、奈都君のこともですが。……なので、そんなに気にせずとも大丈夫ですよ」
「……花鶏さん」
「ほら、そんなにしょぼくれた顔をしないでください」
言いながら、こちらへと手を伸ばした花鶏はよしよしと人の頭を撫でる。
そして「やや不気味なので」と笑いながら指を離す。少し見直した矢先これだ。
「しかしながら、藤也の言うこともあながち間違いではありません」
「花鶏さんまで言うんですか」
「とはいえど、私は貴方のやり方も嫌いではありませんが。奈都君の願いが叶って準一さんも喜ぶのならそれが一番ですからね」
軽薄で真意が読めない花鶏だが、その言葉は揶揄ではないとわかった。
ただ一言、自分が肯定されることによってすっと胸が軽くなっていく。我ながら単純ではあるが、同時に藤也にも肯定してもらいたかったのだと嫌でも自覚してしまった。
だから、こんなにも藤也の言葉や態度を反芻しては引きずってしまってるのだと。
「藤也の場合、あれは後ろ向きですからね。無事その恋人の行方がわかればきっと藤也も喜んでくれますよ」
「……そうですかね」
「ええ、そうですよ。貴方が弱気になってどうするんですか」
花鶏に認められたのが嬉しく感じる反面、単純な自分が恥ずかしくもなった。
「……花鶏さんって、たまに優しいですよね」
「たまにどころかしょっちゅう優しいですよ、私は」
「…………そうですね」
「なんですか、その間は」
優しさ百パーセントかどうかと聞かれれば間違いなく否ではあるのだろうが、俺をここに置いてくれて、こうして面倒見てくれてる花鶏には少なからず感謝の気持ちはあった。
「……ありがとうございます」
「ふふ、元気になりましたか?」
「それはわかんないっすけど、……少しだけ気分が晴れました」
「そうですか。それは何よりです」
と、卓袱台の下、伸びてきた花鶏の手に膝の上に置いていてた手を握られ、ぎょっとした。あまりにも突然のことだった。普通に手を握ってくる花鶏に「な」と声が漏れる。そして、咄嗟に手を振り払えば「おや」と花鶏は目を丸くした。
「どうかされましたか?」
「い、いや、それこっちのセリフなんすけど……っ! なに、いきなり手を……」
「私はただ元気になったのか確認しようとしたつもりでしたが、……おや」
言いながら、花鶏に触れられた指先に痺れが走る。爪の隙間から血が滲むのを見て、花鶏は目を細めた。慌てて手を引いたが、間に合わなかった。ポタポタと卓袱台の上に赤い雫が落ちていくのを見て、花鶏は「これはこれは」と呟く。
「……っ、すみません、汚してしまって」
「いえ、構いませんよ。それに、準一さんをびっくりさせてしまった私にも否がありますので――しかし、これは」
「……」
ああ、最悪だ。何故このタイミングだったのだろうか。ある程度のスキンシップには大分落ち着いてきたと思ったのに。
「貴方のその怪我は、恐らく精神的外傷が影響しているのでしょう」
「……っ、それは……多分、そうです」
「そして、どうやらうっかり私はそれを当ててしまったみたいですね」
「大丈夫です、多分、その内治りますので……」
そう、手を握り締めたまま呟いた時だった。
「いえ、我慢の必要はありません」と花鶏は俺の肩を掴み、微笑んだ。
「せっかくいい機会です、貴方の“それ”も慣らしていきましょうか」
俺はこのときほどこの男の笑顔が恐ろしく見えたことはなかっただろう。
嘘だ。何度かあった。
とてつもなく嫌な予感を覚え、慌てて立ち上がろうとしたが花鶏によって阻まれた。
「準一さん」と、相変わらず座敷に座ったまま花鶏はリードを引く。それだけで首元の首輪は締め付けられ、喉仏の下に食い込んだ。
それだけならまだしも、そのまま進行方向とは逆の方にものすごい力で引っ張られてみろ。俺は受け身を取る暇もなく、そのまま仰向けに倒れた。
暗転。
頭をド派手に打ち付ける覚悟はできていたが、それは一向にやってこなかった。
それどころか。
「……っ、なにが、したいんですか」
目を開けば、こちらを見下ろしていた花鶏は楽しげに目を細めて笑う。
「いえ、繋がったままでは首が締められてしまうのではと思い、引き留めさせていただいたのですが……どうやら逆効果だったようですね」
俺を抱き、受け止めたらしい花鶏は全く悪びれた様子もない。
「引き留めるなら口で言ってくださいよ」
「言葉で言って、貴方は言う事を聞いていましたか?」
「……それは、その時によりますけど」
「素直な方ですね」
「……助けてもらったのはありがとうございます。……あと、潰してすみません」
「いえいえ、お気になさらず」
背後にいるのが花鶏だと意識すればするほどなんだか腰のあたりがぞわぞわし、それから逃れるように立ち上がろうとしたとき。腰に伸びてきた腕に再び邪魔される。
「っ、花鶏さん、なんすかさっきから……」
「私の言葉をお忘れですか? 手伝いますよ、と言ったんです」
徐ろに出血した手を握られ、そのままするりと絡められる真っ白な指に息が止まりそうになった。
「いい、結構です。間に合ってます」
「おや、その割には傷の治りもあまりよくないようですが」
「そ、れは……アンタが触るから……っ」
「私みたいな男に触れられても反応するなんて、今後この館での生活に支障をきたすのではありませんか?」
耳元で囁かれる声の近さ。細い指先からは想像できないほどの力強さに、全身が石のように硬くなっていく。
振り払いたいのに、なんでだ。花鶏の言う通り症状が悪化してるということか。
「大丈夫なんで、俺は、別に……」
「前々から気になっていたのですが」
「……っ、ぅ……」
片方の手が顎の下に伸びる。そのままゆっくりと首の付け根を撫でられれば、じんわりと顔面に熱が集まっていくのを感じた。
生気を感じさせない真っ白な顔が、じっとこちらを覗き込む。
そして、
「準一さん。貴方、愛らしい方ですね」
「は――」
何を言い出すのだ、この男は。
何十年も亡霊をやっていたら美醜の感覚が狂うのか。
呆ける俺に小さく笑い、花鶏はそのままなんでもないように開いたままの俺の口に自分の唇を重ねるのだ。
――キスである。
「っ、な、ん……っ」
ひんやりとした柔らかい唇。見開いた視線に映り込むのは、伏せられた睫毛。
いやちょっと待て。なんでここでキスなんだ。
段階を踏めばいいというわけではないが、なんだこれは。
ショックや精神的外傷云々よりも先に、理解が追いつかない。固まる俺を他所に人の唇の感触をたっぷりと味わった花鶏は、ちゅ、と小さなリップノイズを立てて顔を離した。
そこで状況を理解した俺は慌てて花鶏を突き飛ばそうとした、が、伸ばした手はそのまま花鶏の胸の奥まで貫通した。
「おっと、危ないですね」
「ほんと、なにしてるんですか……っ」
「愛くるしいものは愛でる性分といいますか、そのために愛さずにはいられない……ということでしょうか」
「い、言ってる意味が無茶苦茶なんだが……っ?!」
「ふふ、真っ赤ですね。まるで生娘のような反応ではありませんか」
「……っ、せ、」
――セクハラ親父。
喉元まで出かかった言葉を飲み込む
これはあれだ、また幸喜と同じパターンだ。亡霊というのは娯楽に飢えるあまり人を玩具にする性質があるらしい。
相手にするだけ無駄だ、と顔を反らし、慌てて起き上がろうとする。が、またぐいっとリードを引っ張られ、今度はしっかりと花鶏に肩を抱かれるのだ。
「また……っしつこいっすよ、アンタ」
「約束は約束です。どちらにせよ、朝まではこの首輪を着けていただくという話にはなっていますので」
「……その件は、わかりました。けど、だからって、これは……」
不意に、耳朶になにかが触れる。
「おや、ここまで真っ赤になってますね」
鼓膜を直接溶かすような甘く艶かしい声が響き、背筋がぞくりと震えた。寒気、いや、悪寒と言うべきか。
耳を押さえながら背後を振り返れば、俺の耳朶に触れる花鶏と目があった。そして、やつは薄く微笑む。
「……花鶏さん」
「なんでしょう」
「少し、離れてください。……百歩譲って、俺の“これ”を治してくれるのは分かったんで」
「何故?」
「なぜって、近いから……っ」
「触れられるのは嫌ですか」
顎の下、首輪、鎖骨を辿り、そのままゆっくりと胸筋の膨らみまで降りてくる指先。ただ撫でられているだけだと分かってても、服すらも無視して触れてくるようなその動きに全神経を奪われそうになる。無意識に胸元を滑る花鶏の白い指を目で追ってしまっていた。
「っ、い、やです……」
「何故」
「……こんな、触り方」
「こんな?」
「……っ、な、撫でられるみたいな……」
「私は貴方を痛め付ける気も、苦しめる気も毛頭ありません。……それでも苦しいと?」
苦しいとは違う。花鶏に触れられた箇所は熱く、意識すればするほど内側から傷跡みたいにぞわぞわと違和感を覚えるのだ。
「準一さん、人は誰しも触れ合いというのは必要になります。孤独は人を人でなくする。特に、我々のような肉体を持たない者には必要不可欠なものです」
「……っ、どういう……」
「他者と繋がってるという感覚、意識、他者との境界を認知するからこその自我が確立される。もし、その境界がなくなればどうなると思いますか?」
胸を柔らかく揉まれながら、小難しい話をやたらいい声で耳元で囁かれたところで馬の耳になんとかというやつだ。
逃げられないまま花鶏を見上げれば、花鶏はにこりと微笑んだ。
「――獣になります」
そして、そのまま尖り始めていた先端部をきゅっと摘み上げられた瞬間、体が跳ね上がった。
咄嗟に花鶏の手首を掴むが、柔らかく粒を転がすその動きは止まらない。
「……っ、ぁ、とりさん……あんた……っ」
「誰にでも触れ合いというものは必要不可欠です」
「ふ……っ」
「目で相手を認識し、耳とで言語を聞き取り、脳で処理し、心で考え、口で言葉を紡ぎ、指先で触れてようやくその実体を確かめる。その一連の行為で自分という存在は確立します」
なにかを読み上げるかのような感情のない花鶏の声が、鼓膜から直接脳へと入り込んでくる。その甘く心地の良い声に、まるで暗示にかかったかのように全身が弛緩した。
とっくに機能していないはずなのに、体内では煩い程の鼓動が響いた。呼吸が乱れ、まるで生きていた頃のように全身が熱を帯び始めるのを感じた。
ただ皮膚を滑っていた花鶏の指先は容易く俺の両手首を背後で束ねる。そしてこちらが無抵抗になったのを確認すれば、そのまま細い指先でシャツの上からその突起を刺激するのだ。
「ほら、こうやって触れてみたらよく聞こえます。貴方の心臓の音が。貴方は確かに生きています。生きて、私の手に触れることが出来る」
「っ、……花鶏さん」
「自己完結させるのは簡単です。しかし、それによって喪失する自己というものはそれこそ死に等しい。たまにはこうやって肌を重ねて存在を確かめ合うのも大切になります」
「ただでさえ精神体というものは脆いですからね」背後の花鶏が喋る度に首筋に息が掛かり、意識が乱れる。
こんなの、詭弁だ。尤もらしい言葉を並べて丸め込もうとしてるだけだ。
分かっていても、どこまでも深く暗い瞳で見つめられると吸い込まれそうになってしまう。だから、俺は顔を反らした。
「それとこれとは別じゃないですか……っ」
そう、理性ごと持っていかれそうになったところを必死に拒めば、「おや」と花鶏は目を丸くした。それも一瞬、その不気味なほどに整った顔にはいつもの余裕の表情が浮かんでいた。
「いいえ、同じです。どちらも人間には欠かせないことですから」
「……花鶏さんの性欲と趣味の言い訳に人間を引き合いに出さないでください」
これは暗示だ。都合のいいように相手を誘導するための暗示だ。
そう自分に言い聞かせるように脳内で繰り返す。
俺の反論が意外だったようだ。
「おや、言われてしまいましたね」
そう肩を竦める花鶏。
良かった、どうやら飲み込まれずに済んだようだ。
そうほっとしたのも束の間のことだった。
花鶏は手元のリードをくいっと引っ張り、そのまま俺の手首に絡める。まるで拘束するかのように、器用にぐるぐると巻き付け。
「ッな、ちょ……」
手首から腕までぐるぐると巻きつけられ、最後に指に引っ掛けられたリードは限界まで伸びていた。少しでも身じろぎしようものなら首ごと引っ張られ、自然と胸を逸らすような体勢になってしまう。
それでなくとも、常に首輪を引っ張られるような息苦しさに自然と喘いでしまいそうになった。
「あ、あんた、俺が苦しむような真似はしないって……」
「ええ、しませんよ」
「苦しいんですけど、これ……っ」
「暴行は行いません。が、これは躾ですよ、準一さん」
「……し」
躾。
あらゆる自由を封じ込められ、顔を歪める俺を見詰める花鶏はにこりと微笑んだ。
「では、こう言えばいいのでしょうか。……貴方があまりにもいじらしい態度を取るせいで、むらっとしてしまいました。男である貴方なら分かるはずだ、こうなってしまってはもう気が気ではありません。……というわけで、貴方にはその身をもって責任を取って頂こうと思います」
これで満足ですか?とでも言いたげな顔をしてこちらを見下ろす和装の男に、俺はもう怒りを通り越して絶句していた。
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