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第11章 希望を手に 絶望を超える
幕間21 絶望を払う希望
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ルミナ=AZ1-44136541978。この名はスサノヲ入隊時に命名されたと記録にある。本名は記憶障害により不明。同じく、スサノヲ入隊時に経歴一切が抹消された為に過去も不明。事故により家族を失った為、人となりを含め彼女を知る者はいない。だが、極めて特異な形での入隊経緯からか過去の手掛かりとなり得る映像データが残っていた。無論、本来ならば抹消されていて然るべき代物。
最初の映像に映ったのは何処かの研究所、恐らく特兵研の第一研究所か。映像は研究所内を切り替えながら進み続け、やがて一つの部屋で止まる。内装から保育施設と思われる場所には女児が机に座り、黙々と勉強をしている。が、ソレもしばらくの間。やがて勉強が終わったのか、それとも飽きたのか、女児は施設を飛び出した。
方々を歩き回る少女は、やがて女性研究員とぶつかった。少女は派手に転がり、女性研究員は尻もちをつく。怒られると思っているのか、動かない少女を他所に女性研究員先は立ち上がると少女の元に歩み寄り、優しく抱き起こし、軽く服を払い、頭を撫で、ぶつかった拍子に外れた腕輪を手渡すと足早に何処かへと去っていった。
少々のハプニングがあっても少女は尚も研究所内を歩き回り、やがて父親を見つけた。女児と同じ銀色の髪をぶっきらぼうに伸ばした男は娘の姿に呆れながらも、ご機嫌を取りつつ保育施設へと戻し、再び持ち場へと帰っていった。
そんな光景を通り過ぎ、映像はやがて最奥の研究室を映した。数十人以上の研究員達が忙しなく作業を行う研究室の中央には一振りの武器、細身の刀が仰々しい機器に繋がれている。
ムラクモか――
身の毛がよだった。アレを解析しているのか?なんて無謀な真似を、と過去の映像に呟いた矢先、映像が酷く乱れ始めた。
あぁ、と溜息が零れる。次の映像は予想通りだった。研究所は跡形もなく吹っ飛び、もはや以前の面影など微塵もないただの巨大な穴へと成り果てていた。だが、これは過去の話。起きてしまった事は変えられない。当然、この先に起こる事も――
疑問と混乱が支配する私の視線の先、映像には穴から放出されるように白い粒子が噴出し始め、周囲に止まり続ける光景が流れ始めた。
爆発により貯蔵庫から噴出したカグツチが存命の研究者達の意志に反応している。本来ならば霧散する筈が、死への恐怖で強まった意志に引き寄せられ勢いが拮抗、霧散せずその場に留まってしまった。濃度が急激に上昇し、程なく緊急警報が流れる。動き出した。マガツヒが、遠くない内に奴らがここに押し寄せる。
更に数分後、緊急警報の内容が艦内に幾つもある緊急避難施設への退避を強制させる内容に切り替わった。艦外の映像に切り替わる。空間が歪み、その中心に無数の黒い粒子が出現する映像を捉えた。粒子はやがて一つに集まり、真っ黒い穴を作り出す。マガツヒの転移。連合が解析、実用化した転移とは全く別の方法と力による転移の兆候。
程なく、生成された黒い穴から凄まじい数の群れが這い出てきた。忌まわしい存在、この宇宙の敵対者、黒い悪魔――マガツヒ。
その姿は様々だが、漆黒の外装を纏った巨大な昆虫を模した姿という共通の特徴を持つ。眼球に該当する部分はなく、黒い体表を自在に動く真っ赤な紋様が目としての機能を代行する。目は、視認した者の精神を削り取り耗弱させる。遠ければ弱く、近づくほどに強烈に。そして強固な外装には威嚇と攻撃を兼ねた棘や刃が幾つも生えている。
自ら以外の存在を認めない悪魔達が艦の周囲に続々と転移する。対して、旗艦側は漸く準備が整ったといった状況。咄嗟の事態に十分な速度で対応しただろうが、相手の行動が早すぎた。結果は火を見るよりも明らか。一方的な殺戮が幕を開けた。
研究艦内外に配備された自動迎撃装置は群れ成し押し寄せるマガツヒの侵攻に対し全くの無力。しかも、すぐさま迎撃装置の攻撃範囲を避け始めた。
研究施設周辺において最もカグツチの濃度が高い区域を目指し続々と艦に侵入するマガツヒは、そのついでとばかりに手当たり次第に人を襲い始めた。
機械による自動迎撃を抵抗と捉えたのか、周辺に居る研究者達は不幸にも地面に無数の赤い血の花を咲かせ、終わると黒い軌跡を残しながら移動を再開する。空間に残る薄く黒いシミは空間自体が汚染された証。
また、通り過ぎた場所にあるあらゆる物質も汚染する。接触は厳禁。もし触れてしまえば軽度の汚染状態へと陥る。汚染された物質を触っても同じ、汚染の元であるマガツヒに触れるなど論外。存在自体も危険ならば、通り過ぎた後も危険。
艦内の研究施設を目指し、マガツヒの群れは猛進する。迎撃装置は既に役に立たず、ないならばと研究者の一部は開発中の武装を手に果敢に立ち向かう。
マガツヒに補足された以上、運命は2つしかない。戦って死ぬか、戦わず意志の消滅を受け入れるか。多くは戦う道を選んだ。研究者はマガツヒの情報を知る立場にある。しかし。あくまで「情報」だけ。遭遇など滅多になく、戦闘経験もない。
だから、誰もが初めて経験した。映像に映る誰もが震え始めた。強烈な肌寒さの正体は空間に偏在するカグツチがマガツヒと相殺、濃度が低下する事で起こされる本能的な不安感と、マガツヒ本体が放つ「恐怖の波動」と呼ばれる固有振動に触れた為。
物理的な現象としての温度低下とは違う、「意志が感じる寒さ」を克服できない者にマガツヒと戦う資格はなく、大半が脱落した。残りは恐怖から逃げ出すか、あるいは無駄と知りつつ命乞いをする者だけ。
ただ、どんな選択を選ぼうがマガツヒの前では意味を成さない。時に出鱈目に、時に規則的に、的を絞らせないように、動きを不規則に変えながらマガツヒはその牙で命を摘む。抵抗する者には容赦無く牙を向け、殺戮し、抵抗を諦めた者には本体の接触による侵食を行う。
侵食された者は程なく糸の切れた人形の如くその場にドサリと倒れ落ちる。僅か1時間余りで周辺は地獄絵図と化した。抵抗する者から流れ落ちる血と亡骸、抵抗を諦めた者――生きる意志だけが消失した空っぽの肉体が彼方此方に散乱する光景を最後に映像は途切れた。
※※※
最後の映像に切り替わる。場所は医療施設内の一室。歳相応の幼い顔立ちをした美しい少女が眠っている。やがて少女は起き上がり、暫く自分の身体を見つめると、泣き崩れた。
これがルミナの過去。彼女が身体を失う切っ掛けとなった事故と、今の身体へとなったあらまし。資料によれば天下五剣と名称された無謀な計画が原因だった。
幸か不幸か、その事故により身体の大半が生身ではなくなったからこそ彼女は長時間戦えている。生身のままあれ程のカグツチを使っていれば一番負担の掛かる両手足はとうに動かなくなっているだろう。しかし、それでも限界が訪れる。
ここまで大量のカグツチを使いこなせるなど誰も予想出来ず、同じく桁違いのカグツチを引き寄せられるとも思わなかった。その想定外が2人を追い詰める。
如何に強靭な機械の肉体と言えど、想定以上の力を行使し続ければ遠からず損壊する。仮に体躯が耐えきれたとしても、僅かに残る生身の部分が先ず耐えきれない。激痛に耐えながら地球にカグツチを引き寄せる伊佐凪竜一も同じく、凄まじい量のカグツチの奔流に耐えきれず、遠からず肉体が崩壊する。
力の源は互いを守ると言う強い意志の共鳴。だから、止まらない。出す力に耐えきれなかろうが、戦いを望む清雅修一を討つまで止まる事はない。
だから、止まらない。肉体が悲鳴を上げ、寿命を削る感覚が身体中をうねりながら、それでも戦い続ける。強靭な意志が生む輝きが戦場を染め上げ、絶望をかき消す。もう誰の心にも絶望はない。地上も宇宙も、絶望を払う希望に照らされる。その様はまるで小さい恒星の如く。しかし、その光は伊佐凪竜一とルミナの命そのもの。当然、使い続ければ命はない。だというのに、己の運命を知りながら、2人はそれでも戦い続ける。
そして、私は――主と※※の意志を受け継ぐ者が少しずつ死に近づく様を眺めるしか出来ない。
最初の映像に映ったのは何処かの研究所、恐らく特兵研の第一研究所か。映像は研究所内を切り替えながら進み続け、やがて一つの部屋で止まる。内装から保育施設と思われる場所には女児が机に座り、黙々と勉強をしている。が、ソレもしばらくの間。やがて勉強が終わったのか、それとも飽きたのか、女児は施設を飛び出した。
方々を歩き回る少女は、やがて女性研究員とぶつかった。少女は派手に転がり、女性研究員は尻もちをつく。怒られると思っているのか、動かない少女を他所に女性研究員先は立ち上がると少女の元に歩み寄り、優しく抱き起こし、軽く服を払い、頭を撫で、ぶつかった拍子に外れた腕輪を手渡すと足早に何処かへと去っていった。
少々のハプニングがあっても少女は尚も研究所内を歩き回り、やがて父親を見つけた。女児と同じ銀色の髪をぶっきらぼうに伸ばした男は娘の姿に呆れながらも、ご機嫌を取りつつ保育施設へと戻し、再び持ち場へと帰っていった。
そんな光景を通り過ぎ、映像はやがて最奥の研究室を映した。数十人以上の研究員達が忙しなく作業を行う研究室の中央には一振りの武器、細身の刀が仰々しい機器に繋がれている。
ムラクモか――
身の毛がよだった。アレを解析しているのか?なんて無謀な真似を、と過去の映像に呟いた矢先、映像が酷く乱れ始めた。
あぁ、と溜息が零れる。次の映像は予想通りだった。研究所は跡形もなく吹っ飛び、もはや以前の面影など微塵もないただの巨大な穴へと成り果てていた。だが、これは過去の話。起きてしまった事は変えられない。当然、この先に起こる事も――
疑問と混乱が支配する私の視線の先、映像には穴から放出されるように白い粒子が噴出し始め、周囲に止まり続ける光景が流れ始めた。
爆発により貯蔵庫から噴出したカグツチが存命の研究者達の意志に反応している。本来ならば霧散する筈が、死への恐怖で強まった意志に引き寄せられ勢いが拮抗、霧散せずその場に留まってしまった。濃度が急激に上昇し、程なく緊急警報が流れる。動き出した。マガツヒが、遠くない内に奴らがここに押し寄せる。
更に数分後、緊急警報の内容が艦内に幾つもある緊急避難施設への退避を強制させる内容に切り替わった。艦外の映像に切り替わる。空間が歪み、その中心に無数の黒い粒子が出現する映像を捉えた。粒子はやがて一つに集まり、真っ黒い穴を作り出す。マガツヒの転移。連合が解析、実用化した転移とは全く別の方法と力による転移の兆候。
程なく、生成された黒い穴から凄まじい数の群れが這い出てきた。忌まわしい存在、この宇宙の敵対者、黒い悪魔――マガツヒ。
その姿は様々だが、漆黒の外装を纏った巨大な昆虫を模した姿という共通の特徴を持つ。眼球に該当する部分はなく、黒い体表を自在に動く真っ赤な紋様が目としての機能を代行する。目は、視認した者の精神を削り取り耗弱させる。遠ければ弱く、近づくほどに強烈に。そして強固な外装には威嚇と攻撃を兼ねた棘や刃が幾つも生えている。
自ら以外の存在を認めない悪魔達が艦の周囲に続々と転移する。対して、旗艦側は漸く準備が整ったといった状況。咄嗟の事態に十分な速度で対応しただろうが、相手の行動が早すぎた。結果は火を見るよりも明らか。一方的な殺戮が幕を開けた。
研究艦内外に配備された自動迎撃装置は群れ成し押し寄せるマガツヒの侵攻に対し全くの無力。しかも、すぐさま迎撃装置の攻撃範囲を避け始めた。
研究施設周辺において最もカグツチの濃度が高い区域を目指し続々と艦に侵入するマガツヒは、そのついでとばかりに手当たり次第に人を襲い始めた。
機械による自動迎撃を抵抗と捉えたのか、周辺に居る研究者達は不幸にも地面に無数の赤い血の花を咲かせ、終わると黒い軌跡を残しながら移動を再開する。空間に残る薄く黒いシミは空間自体が汚染された証。
また、通り過ぎた場所にあるあらゆる物質も汚染する。接触は厳禁。もし触れてしまえば軽度の汚染状態へと陥る。汚染された物質を触っても同じ、汚染の元であるマガツヒに触れるなど論外。存在自体も危険ならば、通り過ぎた後も危険。
艦内の研究施設を目指し、マガツヒの群れは猛進する。迎撃装置は既に役に立たず、ないならばと研究者の一部は開発中の武装を手に果敢に立ち向かう。
マガツヒに補足された以上、運命は2つしかない。戦って死ぬか、戦わず意志の消滅を受け入れるか。多くは戦う道を選んだ。研究者はマガツヒの情報を知る立場にある。しかし。あくまで「情報」だけ。遭遇など滅多になく、戦闘経験もない。
だから、誰もが初めて経験した。映像に映る誰もが震え始めた。強烈な肌寒さの正体は空間に偏在するカグツチがマガツヒと相殺、濃度が低下する事で起こされる本能的な不安感と、マガツヒ本体が放つ「恐怖の波動」と呼ばれる固有振動に触れた為。
物理的な現象としての温度低下とは違う、「意志が感じる寒さ」を克服できない者にマガツヒと戦う資格はなく、大半が脱落した。残りは恐怖から逃げ出すか、あるいは無駄と知りつつ命乞いをする者だけ。
ただ、どんな選択を選ぼうがマガツヒの前では意味を成さない。時に出鱈目に、時に規則的に、的を絞らせないように、動きを不規則に変えながらマガツヒはその牙で命を摘む。抵抗する者には容赦無く牙を向け、殺戮し、抵抗を諦めた者には本体の接触による侵食を行う。
侵食された者は程なく糸の切れた人形の如くその場にドサリと倒れ落ちる。僅か1時間余りで周辺は地獄絵図と化した。抵抗する者から流れ落ちる血と亡骸、抵抗を諦めた者――生きる意志だけが消失した空っぽの肉体が彼方此方に散乱する光景を最後に映像は途切れた。
※※※
最後の映像に切り替わる。場所は医療施設内の一室。歳相応の幼い顔立ちをした美しい少女が眠っている。やがて少女は起き上がり、暫く自分の身体を見つめると、泣き崩れた。
これがルミナの過去。彼女が身体を失う切っ掛けとなった事故と、今の身体へとなったあらまし。資料によれば天下五剣と名称された無謀な計画が原因だった。
幸か不幸か、その事故により身体の大半が生身ではなくなったからこそ彼女は長時間戦えている。生身のままあれ程のカグツチを使っていれば一番負担の掛かる両手足はとうに動かなくなっているだろう。しかし、それでも限界が訪れる。
ここまで大量のカグツチを使いこなせるなど誰も予想出来ず、同じく桁違いのカグツチを引き寄せられるとも思わなかった。その想定外が2人を追い詰める。
如何に強靭な機械の肉体と言えど、想定以上の力を行使し続ければ遠からず損壊する。仮に体躯が耐えきれたとしても、僅かに残る生身の部分が先ず耐えきれない。激痛に耐えながら地球にカグツチを引き寄せる伊佐凪竜一も同じく、凄まじい量のカグツチの奔流に耐えきれず、遠からず肉体が崩壊する。
力の源は互いを守ると言う強い意志の共鳴。だから、止まらない。出す力に耐えきれなかろうが、戦いを望む清雅修一を討つまで止まる事はない。
だから、止まらない。肉体が悲鳴を上げ、寿命を削る感覚が身体中をうねりながら、それでも戦い続ける。強靭な意志が生む輝きが戦場を染め上げ、絶望をかき消す。もう誰の心にも絶望はない。地上も宇宙も、絶望を払う希望に照らされる。その様はまるで小さい恒星の如く。しかし、その光は伊佐凪竜一とルミナの命そのもの。当然、使い続ければ命はない。だというのに、己の運命を知りながら、2人はそれでも戦い続ける。
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