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第12章 魔女と神父
148話 過去の記録映像 其の1
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20XX/12/15 夕刻
映像はI県N空港を映す。揺れ動く映像はタラップを降り、周囲を眺め、夕暮れの空を見上げ、やがて端に映る褐色肌の女へと吸い寄せられる。
「半信半疑か?」
「納得して来たけど……そりゃあ、な」
「無理もない。前金を含む成功報酬は1億円、それでいてやることは荷物運びと来れば誰だって詐欺疑うわな」
揺れ動くディスプレイが、やがて大柄な女を中心に映した。映像を見下ろす女は溜息と共に眉をひそめる。
「そういや、他にもいろんな指示があったよな?」
「『仕事の時間に絶対遅れるな』は、問題ないとして」
「ま、当然だわな」
「『場合によっては荷物運び以外の依頼もするが完遂しろ』か。流石に胡散臭すぎる。何をさせるつもりなんだよ本当に、意味が分からない」
「報酬、幾らだったっけ?」
「一回に付き別途100万を上乗せ、だとさ」
女は報酬額をハ、と一笑に付した。金額の多寡ではない。ただでさえ胡散臭いのに、余計に胡散臭くなってしまって吹き出す以外に何も出来なかったようだ。
「とは言え、こんな羽振りの良い依頼人サマの頼みは無下には出来ないぞ」
「だぁね」
依頼理由も依頼主の素性も不明。が、疑いつつも懐事情がよろしくないミルヴァとアイビスはゆっくりとタラップを降り、日本の地を踏んだ。2人の身形は片やスーツ、片やハイブランドのロゴをあしらった子供服。一見すれば金持ちの家族か、もしくは付き添いに見える。彼女達なりの演技か。
「とうとうきちまったなァ」
「あぁ、ここまで来れば目標の清雅市は目と鼻の先だ。但し、何もなければだが」
「そうだな。じゃあ一応、お前の立場は覚えてるな?」
「問題ない。俺は南米州ブラジル区域の労働者党党首の愛人の子供で日系二世。日本に来たのは日本の文化を肌で感じたいから……なんだけどさ、こんな取ってつけたような理由で本当に良いの?それに愛人のいるいないなんて、このご時世なら簡単に調べがつくぞ?」
やはり演技。しかし、無駄になるならそれに越した事はないと前向きなミルヴァとは対照的に、アイビスは設定に不安を隠し切れない。無理もない。世界一警備が厳しい日本の、しかも清雅市に向かうにしては余りにも段取りが雑過ぎる。
こんな言い訳で通るならば清雅市は今頃火の海になっている。が、現実はそんな事はただの一度として起こらず、清雅市は世界一安全な都市としてもう数十年以上ランキングトップに君臨し続けている。
「ご時世、じゃなくてお前の腕だろ。後、何度も言うが念の為だって。ならお前さ『お送りしたパスポートと旅券で日本にお越しください』って言葉を素直に信じるのか?」
「無理だ。俺どころか世界中の誰だってそんな事できやしない。俺達を日本に入れようとするなら密航以外の選択肢はない」
「となれば打てる手を打っておいても良いだろ?相手の言葉を鵜呑みにするのと、だからって対策を何も取らないってのは同じじゃねぇよ。じゃあ行くか。駄目だったら覚悟決めなよ?」
「あぁ、頼りにしている。しかし此処まで手の込んだ真似をしてまで俺達を呼びつける理由、やはり分からないな」
「だな。しかし……寒い」
と、12月の肌寒い空気に不満を零すミルヴァ。何気ない雑談は終わり、寒空の中を2人は足早に駆け抜け、空港へと踏み込む。直後、揺れ動く映像と鳴り響く靴音が再び止まった。
「マジかよ?」
「どうなってる?俺達、悪い意味で有名人の筈だ」
映像を横切ったミルヴァの顔から張り詰めた緊張から瞬く間に消え、呆れ顔へと変わった。とは言え既に天下の清雅市。緊張感を奮い立たせ、次々と入国に際する処理をこなす。
入国審査の質問は頭に叩き込んでおいた設定をそのまま語り、問題なく抜けた。関税のチェックも問題なし。ただ、と映像に映るミルヴァの顔に違和感が浮かぶ。
隠し切れない感情の理由は顔認証システムによる審査。幾度も行われた審査はミルヴァとアイビスをパスポート通りの無害な人間と判断、そのまま素通しした。空港の受付から荷物検査に至る様々な場所に設置された複数の認証システムには彼女達の顔も名前も入っている筈なのに、だ。
故障は有り得ない。そうならない為に複数のシステムが独立稼働しており、エラーを確認したシステムは再起動、その間に別のシステムがチェックを行う様になっている。
「全部揃ってイカれたか?」
有り得ない可能性を吐き出すミルヴァに、「そんな訳」とごちるアイビスが無言で周囲を見回す。2人は以後も問題なく審査を通過した。最後まで、入口まで無数に存在する監視カメラも全て彼女達の存在を無視し続けた。
「この後、盛大な歓迎会でもしてくれるんじゃねぇだろうな?」
「ココまで引っ張る意味はない。信じる他にない、だろ?」
未だ最悪の可能性を想定するミルヴァにアイビスは投げやりに結論を告げた。ミルヴァとアイビスは知る者ぞ知る有名人。但し、悪い方で。だというのに空港の不審者チェックに一切引っかかることなく、遂には入り口をも抜けた。あり得ない現実を前にミルヴァの身体が自然と震える。
「やっぱ、どう考えても異常だな」
「何度も思ったけどココまで歓迎がないと、な」
気が気ではないミルヴァがコソコソと小声で話し合う。困惑する心情が、引っ切り無しに空港内を映す映像に表出している。
死角から対テロ部隊が雪崩れ込んでこないか、そうなった場合は何処から逃げるか、どう立ち回るか。映像にチラと映ったミルヴァの顔は真剣そのもので、頭の中には様々な可能性と対処方法、逃走ルートが渦を巻いているようだった。アイビスもミルヴァの行動をなぞっているようで、カメラが彼女の視線の先を常に追い続ける。
が、忙しなく動くカメラの映像は不意に止まった。傍から見れば不審者か、し世界一の都市に来た田舎者としてしか移っていなかったようだ。「何アレ?」とせせら笑う音声が映像から流れ聞こえた。
「アンタが笑ってる俺達の名前を聞いたら、そんな風に振る舞えなんだけどな」
堪らずアイビスが愚痴る。真実故、ミルヴァは何も言わない。
「世界が誇る日本へようこそ。良い旅を」
挙句に、入口を警備する清雅警備保障の社員さえもが笑顔で見送った。その言葉は本来ならミルヴァ達に絶対掛けるべき内容ではないし、ましてや会社にバレたら確実に首が飛ぶ。アイビスの囁くような指摘に、やはりミルヴァは何も語らない。
結局、信じる他にない。依頼人と名乗った謎の人物は何を考えてかミルヴァとアイビスを清雅市に招いた。何も分からないまま、案内されるまま、世界で最も発展し最も厳重な警備が敷かれる清雅市へと潜り込む第一段階をクリアしたミルヴァとアイビス。しかし、映像の端に映ったミルヴァの顔に余裕の色はない。寧ろ、全く波風が立たない状況に対する強烈な不安が渦巻く。
映像はI県N空港を映す。揺れ動く映像はタラップを降り、周囲を眺め、夕暮れの空を見上げ、やがて端に映る褐色肌の女へと吸い寄せられる。
「半信半疑か?」
「納得して来たけど……そりゃあ、な」
「無理もない。前金を含む成功報酬は1億円、それでいてやることは荷物運びと来れば誰だって詐欺疑うわな」
揺れ動くディスプレイが、やがて大柄な女を中心に映した。映像を見下ろす女は溜息と共に眉をひそめる。
「そういや、他にもいろんな指示があったよな?」
「『仕事の時間に絶対遅れるな』は、問題ないとして」
「ま、当然だわな」
「『場合によっては荷物運び以外の依頼もするが完遂しろ』か。流石に胡散臭すぎる。何をさせるつもりなんだよ本当に、意味が分からない」
「報酬、幾らだったっけ?」
「一回に付き別途100万を上乗せ、だとさ」
女は報酬額をハ、と一笑に付した。金額の多寡ではない。ただでさえ胡散臭いのに、余計に胡散臭くなってしまって吹き出す以外に何も出来なかったようだ。
「とは言え、こんな羽振りの良い依頼人サマの頼みは無下には出来ないぞ」
「だぁね」
依頼理由も依頼主の素性も不明。が、疑いつつも懐事情がよろしくないミルヴァとアイビスはゆっくりとタラップを降り、日本の地を踏んだ。2人の身形は片やスーツ、片やハイブランドのロゴをあしらった子供服。一見すれば金持ちの家族か、もしくは付き添いに見える。彼女達なりの演技か。
「とうとうきちまったなァ」
「あぁ、ここまで来れば目標の清雅市は目と鼻の先だ。但し、何もなければだが」
「そうだな。じゃあ一応、お前の立場は覚えてるな?」
「問題ない。俺は南米州ブラジル区域の労働者党党首の愛人の子供で日系二世。日本に来たのは日本の文化を肌で感じたいから……なんだけどさ、こんな取ってつけたような理由で本当に良いの?それに愛人のいるいないなんて、このご時世なら簡単に調べがつくぞ?」
やはり演技。しかし、無駄になるならそれに越した事はないと前向きなミルヴァとは対照的に、アイビスは設定に不安を隠し切れない。無理もない。世界一警備が厳しい日本の、しかも清雅市に向かうにしては余りにも段取りが雑過ぎる。
こんな言い訳で通るならば清雅市は今頃火の海になっている。が、現実はそんな事はただの一度として起こらず、清雅市は世界一安全な都市としてもう数十年以上ランキングトップに君臨し続けている。
「ご時世、じゃなくてお前の腕だろ。後、何度も言うが念の為だって。ならお前さ『お送りしたパスポートと旅券で日本にお越しください』って言葉を素直に信じるのか?」
「無理だ。俺どころか世界中の誰だってそんな事できやしない。俺達を日本に入れようとするなら密航以外の選択肢はない」
「となれば打てる手を打っておいても良いだろ?相手の言葉を鵜呑みにするのと、だからって対策を何も取らないってのは同じじゃねぇよ。じゃあ行くか。駄目だったら覚悟決めなよ?」
「あぁ、頼りにしている。しかし此処まで手の込んだ真似をしてまで俺達を呼びつける理由、やはり分からないな」
「だな。しかし……寒い」
と、12月の肌寒い空気に不満を零すミルヴァ。何気ない雑談は終わり、寒空の中を2人は足早に駆け抜け、空港へと踏み込む。直後、揺れ動く映像と鳴り響く靴音が再び止まった。
「マジかよ?」
「どうなってる?俺達、悪い意味で有名人の筈だ」
映像を横切ったミルヴァの顔から張り詰めた緊張から瞬く間に消え、呆れ顔へと変わった。とは言え既に天下の清雅市。緊張感を奮い立たせ、次々と入国に際する処理をこなす。
入国審査の質問は頭に叩き込んでおいた設定をそのまま語り、問題なく抜けた。関税のチェックも問題なし。ただ、と映像に映るミルヴァの顔に違和感が浮かぶ。
隠し切れない感情の理由は顔認証システムによる審査。幾度も行われた審査はミルヴァとアイビスをパスポート通りの無害な人間と判断、そのまま素通しした。空港の受付から荷物検査に至る様々な場所に設置された複数の認証システムには彼女達の顔も名前も入っている筈なのに、だ。
故障は有り得ない。そうならない為に複数のシステムが独立稼働しており、エラーを確認したシステムは再起動、その間に別のシステムがチェックを行う様になっている。
「全部揃ってイカれたか?」
有り得ない可能性を吐き出すミルヴァに、「そんな訳」とごちるアイビスが無言で周囲を見回す。2人は以後も問題なく審査を通過した。最後まで、入口まで無数に存在する監視カメラも全て彼女達の存在を無視し続けた。
「この後、盛大な歓迎会でもしてくれるんじゃねぇだろうな?」
「ココまで引っ張る意味はない。信じる他にない、だろ?」
未だ最悪の可能性を想定するミルヴァにアイビスは投げやりに結論を告げた。ミルヴァとアイビスは知る者ぞ知る有名人。但し、悪い方で。だというのに空港の不審者チェックに一切引っかかることなく、遂には入り口をも抜けた。あり得ない現実を前にミルヴァの身体が自然と震える。
「やっぱ、どう考えても異常だな」
「何度も思ったけどココまで歓迎がないと、な」
気が気ではないミルヴァがコソコソと小声で話し合う。困惑する心情が、引っ切り無しに空港内を映す映像に表出している。
死角から対テロ部隊が雪崩れ込んでこないか、そうなった場合は何処から逃げるか、どう立ち回るか。映像にチラと映ったミルヴァの顔は真剣そのもので、頭の中には様々な可能性と対処方法、逃走ルートが渦を巻いているようだった。アイビスもミルヴァの行動をなぞっているようで、カメラが彼女の視線の先を常に追い続ける。
が、忙しなく動くカメラの映像は不意に止まった。傍から見れば不審者か、し世界一の都市に来た田舎者としてしか移っていなかったようだ。「何アレ?」とせせら笑う音声が映像から流れ聞こえた。
「アンタが笑ってる俺達の名前を聞いたら、そんな風に振る舞えなんだけどな」
堪らずアイビスが愚痴る。真実故、ミルヴァは何も言わない。
「世界が誇る日本へようこそ。良い旅を」
挙句に、入口を警備する清雅警備保障の社員さえもが笑顔で見送った。その言葉は本来ならミルヴァ達に絶対掛けるべき内容ではないし、ましてや会社にバレたら確実に首が飛ぶ。アイビスの囁くような指摘に、やはりミルヴァは何も語らない。
結局、信じる他にない。依頼人と名乗った謎の人物は何を考えてかミルヴァとアイビスを清雅市に招いた。何も分からないまま、案内されるまま、世界で最も発展し最も厳重な警備が敷かれる清雅市へと潜り込む第一段階をクリアしたミルヴァとアイビス。しかし、映像の端に映ったミルヴァの顔に余裕の色はない。寧ろ、全く波風が立たない状況に対する強烈な不安が渦巻く。
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