G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第12章 魔女と神父

149話 過去の記録映像 其の2

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 20XX/12/15 夜

 映像が清雅市へと続く道路を映す。車内からの光景は退屈そのもの。何せ行き交う車は殆ど見えないどころか、前後を確認してもミルヴァの運転する車以外が一台として確認出来なかった。ただの1台さえも、だ。

「おかしくね?」

 エンジン音と時折ガタンと揺れる音以外に何も聞こえない映像の最中、不意にアイビスが疑問を呈した。

「まぁ、今は年末だからぁ……もう、店じまいして年末年始楽しんでるんじゃねぇの?」

 ミルヴァの返答は雑そのもの。ややあって、ハァと小さなため息が映像から漏れ聞こえた。誰のものかは言わずもがな。

「今も仕事してるのは保守と運送とサービス業、かな?でも、それでも何台かは通るでしょ?清雅市だよ?泡沫ほうまつ都市じゃなくて、世界最先端」

 アイビスが畳み掛けた。日本の大抵の都市は往来に何の条件も付けられず好きに入り、出る事が出来る。但し、清雅市を除く。独禁法を形骸けいがい化してまで通信技術を独占する世界の中心への出入りとなれば厳重な検査がかれる。唯一の例外は市内に住む清雅一族と関係者、清雅本社の重役くらい。

 故に幹線道路には巨大な門が作られ、その前では常に検問が行われる。無論、市内外を繋ぐ駅前でも。清雅が世界中から掻き集めたデータを元に不審人物、または不利益な行動を取りそうな人物を弾くためのろ過装置。主要幹線以外は常に清雅の私設部隊と監視用ドローンが巡回、監視する。世界の中心への往来は多く、更に検問が行われる分だけ遅れが生じる。だというのに、まるで貸し切りとばかりに車が通らない。

「分かってるよ」

 ぶっきらぼうな一言を最後にミルヴァは固く口を閉ざした。吊り上がった眉、その下の鋭い目が夜のハイウェイを睨みつける。何もない。だが、何かがおかしい。

 清雅市内外を繋ぐ道路には無数のドローンだけではなく、膨大な監視カメラと私設部隊もが目を光らせる。更に部隊員は日本国憲法を強引に捻じ曲げた結果、銃器による武装までしている。当然お飾りではないので発砲もする。日本の警察官は未だ銃撃一つに無数のしがらみがあるというのに、だ。

 清雅市、いやツクヨミ清雅という超大企業はそれ程に重要。そんな清雅の恩恵に与る日本国民は何も言わない。不況とは縁遠い安定した雇用に、破たんとは無縁の財政状況を提供する清雅という組織に逆らう牙などとうに抜け落ちている。

 だから、とミルヴァは頭に一つの可能性を描いた。現状は依頼人の仕業ではなく、清雅に何かあった、あるいは何かがあるのだと。

「聞いてるか……駄目だな、オーイ。聞こえるゥ?」

「ン?何だ?」

「ナンダじゃないよ。アイツからメールが来たって言ってるでしょ?」

 アイビスの不機嫌そうな声と砕けた口調にミルヴァの表情がパッと切り替わった。バックミラーを覗き、アイビスの不貞腐れた顔を見たミルヴァは何処か安堵した。何時も通りの子供っぽい顔は非日常の中に在っても何ら変わらない。

「済まねぇな。それから口調を戻せ。何時ものに戻ってんぞ?」

「ウン?あれ、済まない。コホン、内容は……そのまま真っ直ぐ進めって言ってるよコイツ!?」

 メールの主は恐らく依頼人。恐らく清雅市へと潜入させる為に何らかの手段――例えば隠し通路を予測していたミルヴァは、アイビスの絶叫に露骨なまでに動揺した。映像が、一度、二度と大きく揺れ動く。

「捕まれってか!?」

「どう考えても。だって、僕達の存在が清雅に知られていない訳ない……んだけど空港の件があるからねぇ」

 本来ならばミルヴァもアイビスも日本への入国自体が不可能。不審人物を弾く最初の防波堤である入国審査と顔認証をパス出来る理由が存在しない。顔認証には2人のデータが犯罪者として確実に記録されている。が、結果は難なく入国し、現在に至る。

 ならばこの先も――とはいかない。ミルヴァは少なくとも安易な結論を否定する。空港は顔認証システムが不調だったと言い訳できるかもしれないが、清雅市がそんな馬鹿なミスを許すとは思えない。第二の防波堤を抜けた先にあるのは世界の中心、世界の誰も原理さえ解明出来なかった通信技術を独占するツクヨミ清雅の心臓部。

「イテッ。チョット、危ないじゃないか!!」

 映像が更に大きく揺れ動いた。映像から甲高いブレーキ音とアイビスの叫び声が重なり聞こえた。ミルヴァが目一杯ブレーキを踏んだらしい。

「いやスマン、やっぱ馬鹿正直に進むのはどうかと思ってね」

「でも清雅市の入り口、目と鼻の先だよ。こんな場所で止まってないで……ってマジかアレ!?」

 何かに気付いたアイビスがフロントガラスの先を映す。映像が門前を拡大した。ミルヴァも同じ光景を目にし、絶句した。フロントガラスの向こうに映る清雅市内外を繋ぐ門前には誰も居なかった。

 監視システムは動いているようだが、少なくとも絶対に常駐している筈の警備員の姿は何処にも見当たらない。清雅関係者ならば末端でさえ高給取りで、当然デモやストライキとは無縁。とするならば意図して排除したことになるが、理由も意味も浮かばない。空港から付き纏う不安感が一気に増大し、ミルヴァとアイビスに伸し掛かる。

「監視システムは?」

「パッと見は生きている様に見えるけど、でも罠の可能性も考えると迂闊うかつに侵入できないな。悔しいけど相手は僕よりも一枚も二枚も上手……またメールだ」

「で、今度は何だぁ?飯でも奢ってくれるんか?」

「読むね。『心配せずとも監視システムには細工しているからそのまま進んでも良い』だってさ。ついでに最終目標も書いてあるけど、コレ市内のど真ん中だよ」

「マジかよ。仕事引き受けた手前、ごちゃごちゃ言っても仕方ないが、少しは真面な説明が欲しいよなぁ。時間は……まだ少しあるな。んじゃ途中で飯喰ったらそのまま直行するぞ」

 何も問題がないという矛盾した問題を抱え、再び車は走り出し、清雅市内外を繋ぐ門を潜り抜けた。問題ない。そう言われたとて不安は拭えない。運転するミルヴァの視線は一層鋭くフロントガラスの先に広がる闇を射抜かんばかりに睨む。恐らくアイビスも同じ表情をしているだろう。

 法外な報酬目当てに清雅市へと訪れたミルヴァの表情に暗い影が落ちる。この選択は果たして正しかったか。恐らく、いや確実に何かに利用するつもりで清雅市へと招き入れた。しかし、その理由はフロントガラスの先と同じく全く分からない。罠か、それとも本当に依頼したかっただけか。N空港と無人の検問所が突きつけるのは答えの出ない二択問題。当たれば高額の報酬が得られるが、外れたら何で支払わされるのか。

「オーケー。僕、ハンバーグ、もしくはカレーでヨロシク」

「お前は、もう少しいいモン頼めよ」

 気楽でいいなと、ミルヴァは固い表情を崩した。映像に映るフロントガラスの奥に、煌びやかなネオンが彩り始めた。
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