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第12章 魔女と神父
153話 過去の記録映像 其の5
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20XX/12/16
映像は中央区の外れに建つホテルの一室を映す。日時はミルヴァとアイビスが清雅市を訪れた翌日。窓の外を見れば夕刻を過ぎ、夜の闇が一面に広がっている。窓の外に流れる一級河川を眺めるやや大きな部屋の窓際に置かれたソファに腰を下ろすミルヴァは外の景色を眺めたかと思えば、不意に携帯端末に視線を落とす。ディスプレイには未だ解除されない避難勧告が明滅している。一方、双方共に部屋から動く様子はない。
「ったくよぉ、何時までここにいりゃいいんだァ?」
窓の外の闇に向け、ミルヴァが溜息交じりの不満を吹きかけた。
「しーらなぁい。でもさぁ、その連絡来たのって昼前だったよねぇ?」
「あぁ。アイツ、勧告出るの知ってやがるな」
避難しない理由は避難施設に逃げて正体が露見する恐れがあるから――ではなく、依頼人の指示によるもの。映像に映るミルヴァが何度目かの溜息を窓の外に吹きかけた。その度に窓がほんの僅かに白む。
彼女が何を考えているかなど一目瞭然。隠し切れない苛立ちが吊り上った眉と窓の外を睨む顔に表出している。依頼人が清雅の要職である点は疑いようない。少なくとも無関係の人間に避難勧告が発令されるタイミングを知る機会などない。勧告を出すような何かを起こす側――例えばテロリストならばこの限りではないが、そんな人物がミルヴァ達に依頼を出す理由はやはり見当たらない以上、清雅側の誰かである点はほぼ確実。
「アイツ、僕に用があるんかな?」
アイビスが唐突な質問を口にした。驚くミルヴァが映像を見つめた。
「なんで?」
「市内のホテルとかデカい施設って誰が何処にいるのか分かる監視システムが組み込まれてんじゃん?」
「オイ!?」
寝耳に水。唐突な情報にミルヴァの目が丸くなる。どうやらシステムやセキュリティ関係は全てアイビスに丸投げしているらしい。
「もうホテル側のシステムに侵入してダミー情報流してるよ。監視システム上はココ無人になってるよん」
「早く言ってくれよ。ま、お前がやらんでもアイツが手を回してるかもしれんけどさ」
「だね。残れって事は次の指示があるって言ってるようなモンだし。その前に捕まっちゃあ意味ないもんねぇ」
酷く緩い空気だが、共に考える事はしっかりと考えている。何か意味があって残れ、とくればその意味は依頼以外に有り得ない。が、幾ら待てども連絡が来ない。暫しのやり取りの末、ミルヴァは再び窓の外を眺め始めたが――
「んあ」
と、情けない声にミルヴァの視線がチラと動いた。
「やっとかよ」
「みたいね、見る?」
「悪いがそこから内容読んでくれや」
ミルヴァはそう言うと再び窓の外を見つめた。いや、何かをジッと凝視している。
「何かあった?」
「気のせいか、キラキラと綺麗な流星みたいなのが奥の道路を通り過ぎた、ような……」
「は、何ソレ?」
ミルヴァの返答は要領を得ない。堪らずアイビスが問い返すが、ミルヴァは窓の外を睨んだまま一向に動かない。
「ま、いいや。えーとねー。ンンン?ハァ!?」
かと思いきや、映像を揺らす素っ頓狂な声に視線が再び向いた。怪訝そうな顔が映像中央に、窓ガラスを見れば夜の闇の中に眼鏡を外して目を擦るアイビスの姿が反射している。
「どした?」
「えーと。僕の目と頭がおかしくなってないならこう書いてある。『以下に該当するロードバイクを清雅市郊外のホテル街に運んでください。住所は清雅市西XX-XXX ホテルオールトクラウドの裏口。運ぶバイクは以下に限定、清雅バイク次期主力、隼の20XX年モデルです』だってさ。なぁにコレ?」
「オイ。ホントにそう書いてあんのか!?」
「嘘じゃないよ、だったら自分で確認する?」
映像に映るミルヴァが頭を抱えた。依頼人が寄越した依頼内容の奇妙さ突拍子のなさに思考停止したようだ。が、程なくミルヴァの傍に依頼人からのメール内容を記したディスプレイが浮かんだ。暫くして、ミルヴァが再び頭を抱えた。
「何だコレ?コイツ、いよいよ何考えてるか分からねぇな。確かに荷物運びしろなんて頼んで来たがよ、これじゃあタダの火事場泥棒だ」
「だよね。何考えてんだろ?こんな事をさせる為、じゃないよねぇ?」
「分からんが、とにもかくにも仕事は仕事だ。ポリシーに反するが今更どうのこうの言っとれん。アイビス、そのバイクが売ってる一番近い場所は?」
「一緒に書いてあるよ。後、下の方に伝言も」
「ン?何々……『物は勝手に持ち出して構わない、こう言った場合は避難により無人となった状況で発生した窃盗事件として適当に処理される』か。随分と親切な事で、じゃあ行くか」
「はーい」
理解不能な依頼にミルヴァもアイビスも大いに呆れたが、今更になって断る理由もない。前金を受け取っており、懐具合もよろしくないが、それ以上にもう引き返せない位置にいる。依頼を受けて清雅市を訪れた以上、最後まで付き合うしかない。愚痴る2人は無人のホテルの廊下を足早に駆け抜け、車に乗り、夜の街へと消えていった。
映像は中央区の外れに建つホテルの一室を映す。日時はミルヴァとアイビスが清雅市を訪れた翌日。窓の外を見れば夕刻を過ぎ、夜の闇が一面に広がっている。窓の外に流れる一級河川を眺めるやや大きな部屋の窓際に置かれたソファに腰を下ろすミルヴァは外の景色を眺めたかと思えば、不意に携帯端末に視線を落とす。ディスプレイには未だ解除されない避難勧告が明滅している。一方、双方共に部屋から動く様子はない。
「ったくよぉ、何時までここにいりゃいいんだァ?」
窓の外の闇に向け、ミルヴァが溜息交じりの不満を吹きかけた。
「しーらなぁい。でもさぁ、その連絡来たのって昼前だったよねぇ?」
「あぁ。アイツ、勧告出るの知ってやがるな」
避難しない理由は避難施設に逃げて正体が露見する恐れがあるから――ではなく、依頼人の指示によるもの。映像に映るミルヴァが何度目かの溜息を窓の外に吹きかけた。その度に窓がほんの僅かに白む。
彼女が何を考えているかなど一目瞭然。隠し切れない苛立ちが吊り上った眉と窓の外を睨む顔に表出している。依頼人が清雅の要職である点は疑いようない。少なくとも無関係の人間に避難勧告が発令されるタイミングを知る機会などない。勧告を出すような何かを起こす側――例えばテロリストならばこの限りではないが、そんな人物がミルヴァ達に依頼を出す理由はやはり見当たらない以上、清雅側の誰かである点はほぼ確実。
「アイツ、僕に用があるんかな?」
アイビスが唐突な質問を口にした。驚くミルヴァが映像を見つめた。
「なんで?」
「市内のホテルとかデカい施設って誰が何処にいるのか分かる監視システムが組み込まれてんじゃん?」
「オイ!?」
寝耳に水。唐突な情報にミルヴァの目が丸くなる。どうやらシステムやセキュリティ関係は全てアイビスに丸投げしているらしい。
「もうホテル側のシステムに侵入してダミー情報流してるよ。監視システム上はココ無人になってるよん」
「早く言ってくれよ。ま、お前がやらんでもアイツが手を回してるかもしれんけどさ」
「だね。残れって事は次の指示があるって言ってるようなモンだし。その前に捕まっちゃあ意味ないもんねぇ」
酷く緩い空気だが、共に考える事はしっかりと考えている。何か意味があって残れ、とくればその意味は依頼以外に有り得ない。が、幾ら待てども連絡が来ない。暫しのやり取りの末、ミルヴァは再び窓の外を眺め始めたが――
「んあ」
と、情けない声にミルヴァの視線がチラと動いた。
「やっとかよ」
「みたいね、見る?」
「悪いがそこから内容読んでくれや」
ミルヴァはそう言うと再び窓の外を見つめた。いや、何かをジッと凝視している。
「何かあった?」
「気のせいか、キラキラと綺麗な流星みたいなのが奥の道路を通り過ぎた、ような……」
「は、何ソレ?」
ミルヴァの返答は要領を得ない。堪らずアイビスが問い返すが、ミルヴァは窓の外を睨んだまま一向に動かない。
「ま、いいや。えーとねー。ンンン?ハァ!?」
かと思いきや、映像を揺らす素っ頓狂な声に視線が再び向いた。怪訝そうな顔が映像中央に、窓ガラスを見れば夜の闇の中に眼鏡を外して目を擦るアイビスの姿が反射している。
「どした?」
「えーと。僕の目と頭がおかしくなってないならこう書いてある。『以下に該当するロードバイクを清雅市郊外のホテル街に運んでください。住所は清雅市西XX-XXX ホテルオールトクラウドの裏口。運ぶバイクは以下に限定、清雅バイク次期主力、隼の20XX年モデルです』だってさ。なぁにコレ?」
「オイ。ホントにそう書いてあんのか!?」
「嘘じゃないよ、だったら自分で確認する?」
映像に映るミルヴァが頭を抱えた。依頼人が寄越した依頼内容の奇妙さ突拍子のなさに思考停止したようだ。が、程なくミルヴァの傍に依頼人からのメール内容を記したディスプレイが浮かんだ。暫くして、ミルヴァが再び頭を抱えた。
「何だコレ?コイツ、いよいよ何考えてるか分からねぇな。確かに荷物運びしろなんて頼んで来たがよ、これじゃあタダの火事場泥棒だ」
「だよね。何考えてんだろ?こんな事をさせる為、じゃないよねぇ?」
「分からんが、とにもかくにも仕事は仕事だ。ポリシーに反するが今更どうのこうの言っとれん。アイビス、そのバイクが売ってる一番近い場所は?」
「一緒に書いてあるよ。後、下の方に伝言も」
「ン?何々……『物は勝手に持ち出して構わない、こう言った場合は避難により無人となった状況で発生した窃盗事件として適当に処理される』か。随分と親切な事で、じゃあ行くか」
「はーい」
理解不能な依頼にミルヴァもアイビスも大いに呆れたが、今更になって断る理由もない。前金を受け取っており、懐具合もよろしくないが、それ以上にもう引き返せない位置にいる。依頼を受けて清雅市を訪れた以上、最後まで付き合うしかない。愚痴る2人は無人のホテルの廊下を足早に駆け抜け、車に乗り、夜の街へと消えていった。
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