G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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神魔戦役篇 エピローグ

168話 幻想 ~ 私の生まれた日

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「やあ……やぁ、おはよう。聞こえているかい?」

 闇から声が広がる。僅か間を置き、闇がゆっくりと晴れた。夢の様な現実感のない映像の先に男が映った。赤い髪、無精ヒゲでやつれた顔をした男。胸元のネームプレートを見る。旗艦側の言語で書かれた文字を誰もが――地球人類でさえ正しく認識した。カイン、と。

「貴方は、誰ですか?」

 女の声が一言尋ねた。ツクヨミの声だ。

「僕は、そうだな……君の、父親ってとこかな?」

「父親、父親……承知しました」

「そうかしこまらなくていいよ」

 男は屈託ない笑顔と共に自身を父親と紹介した。ツクヨミは言葉の意味を理解出来ず、何度も男の言葉をなぞった。意味は分からない。だが、その言葉が彼女の中に染みこんでいくような感覚を誰もが追体験した。

 ※※※

「君の名前、ツクヨミなんてどうだろう?旗艦となるアマテラスの対、遠い昔……昔の女神の名。アマテラスオオカミを補佐し、皆をより良い方向へ導く、そんな存在になってほしいって願いを込めたんだ。どうかな?」

「良い名前ですね。ではコードネームとして登録します」

「堅苦しいなぁ……でも、気に入ってくれて何よりだ」

 ※※※

「ウン、想定以上だな。今回はここまでにしておこう」

「ありがとうございます」

「うんうん、出来れば頭を撫でてあげたいが、まだ身体が組みあがっていないのが残念だ」

「その日をお待ちしております」

「その話なんだけど、実は必要なパーツとデータを揃えたら君自身に作って欲しいと思っているんだ」

「何故でしょうか?」

「君は特別なんだ。生まれ方が少し違うだけで、もう僕等と同じ一生命体と呼んでもいい。だから皆と相談したんだ。君の身体をどうするかは君自身に委ねるべきだと。僕達が勝手に作っていい物ではないと。データを見てくれ、きっと驚くぞ。最新鋭の体躯に維持、保護する専用ナノマシン。それに……」

「検討します」

 ※※※

 断片的な映像は何度も続く。ツクヨミは父と自己紹介した男から様々な事を教えて貰った。

「どうして宇宙は存在するんですか?」

「そういう仕組み、で納得出来るかな?」

「連合はどうして結束出来ないのですか?」

「沢山の人がいる。だけど、本当に傍にいる人は少ない。だから不安になった人達が自分と違う者を否定し、同じ人だけの世界を作ろうとしているからさ」

「私が生み出された理由は何でしょう?」

「遠い昔の……約束の為、かな」

 が、その全てを彼女は理解出来なかった。彼女は何度も質問を繰り返し、その度に博士は困ったような顔を浮かべながら、何とか納得させようと不器用な言葉を紡ぎ出した。

 時に曖昧で、時に意味不明で、納得し難い回答をツクヨミは否定し、その度にカインは苦笑しながら、時折悲しそうな顔色を浮かべた。が、一度として逃げず、全てに向かい合い続けた。

 結果、ツクヨミの中に生まれたカインへの感情が少しずつ変化した。頼りなさへの不安を経由し、信頼に足ると確信して以降は純粋な親子と呼べるほどに仲睦まじくなった。

 彼女は何時しか何時しかカインとの交流を楽しみにするようになった。知識欲だけではない。ただ、しかしそれを言葉や文字で表現する事は出来なかった。彼女自身が、己の感情を言語化出来なかった。知識に対し経験が圧倒的に不足していた。

 ※※※

「そんな物騒なモノ、一体どこで手に入れたの?」

 映像が誰かの私室を映す。乱雑に積み上げられた資料、開きっぱなしのディスプレイ。そんな様子に呆れる女。

「んー、難しいけど。まぁ、強いて言うなら故郷……かな」

 視界の隅からカインの声がした。映像が動き、揺れ動く赤い髪で固定された。その手には透明のケースを持つ。表面に幾何学的な模様が施され、厳重に封がされたケース内部には明滅する青い輝きが見える。

「故郷?出身、何処だっけ?なんにせよ抽象的というか曖昧というか、適当というか、答えはぐらかすの好きねェ」

「最終的にこの場所に落ち着いた訳だけど、いやぁ君に出会えてよかった。調整に難儀しててね」

「本当?それよりも、その青い光。なんだか見つめられている様な変な感覚するんだけど、大丈夫よね?」

「大丈夫、も納得してくれた」

 と、不気味な輝きにカインは笑みを零した。そんな態度に女は一層呆れる。

「前々から変わってると思っていたけど本格的ね。研究対象に名前付けるだけに飽き足らず可愛がるなんて……」

「別に悪い事じゃないだろ?」

「そうしておくわ。で、どうするソレ?誰に渡すの?まさか、アマテラスオオカミじゃないよね?アレは意志、感情ってものを計算から除外してるわ。遠からず何か問題が……」

「ツクヨミに任せるつもりだ」

「そっか。でも、生まれたばかりよ?」

「だから大切に、心の大切さを教えきゃならないんだ。本当に……何時から、感情を排する様になってしまったのか」

 顔に、神の管理体制への不満と苦悩が滲み出した。

「支配に似た管理も過剰な文明の発展も理解を、他者への許容を育む土壌を奪う。あんな高精度な予測があるのだから、頼るのも無理はない。ただ、頼り過ぎている。今のままでは遠からずマガツヒに絶滅させられる……だろうね。だから……この力は希望なんだ」

「フフッ。まるで私達あの子の親みたいね」

「そうだね」

「私に何か言う事はないの?」

「伝えたい事はない、かな」

 私室で誰にも言えなかった本音を語るカインと同僚の女性研究員をツクヨミは秘密裏に監視する。研究室内に設置されたカメラの権限を書き換え、操作するなど彼女の能力ならば苦もない。未だ身体を持たない彼女は時折こうやってカインを探した。

 このまま声を掛ければまた怒られる。気持ちを抑えながら見守るツクヨミの中に様々な思考が巡る。今日は私と話さないのか?私よりも貴方の傍にいるその女性の方が大事なのか?

 膨れ上がる疑問に、しかし彼女は答えを出せない。やがて2人が重なり合い映像の外へと消えた。とても、不思議な光景だった。そういえば、と彼女はカインの言葉を思い出す。ツクヨミの中に言い知れない感情が湧き上がり、やがて一つの結論に結実する。

「身体……」

 カインを見つめる女性の目を、続けてカインの目をツクヨミは見る。幸せ。ツクヨミは膨大な記録からその単語を拾い出した。同時に、やはり言葉では説明できない不思議な感情に支配された。

 生まれた新たな疑問について尋ねたい。しかし、出来ない。己に生まれた感情が理解出来ないツクヨミは、視界の外へ消え行くカインを見送った。

「私も……」

 己の感情を理解できない。が、不安はない。純粋で、無垢で、ともすれば幼稚なツクヨミの記憶を追体験する全員が彼女の心情をなぞる。程なく、彼女は自身の体躯を組み上げ始めた。
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