G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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神魔戦役篇 エピローグ

186話 甘い夢 辛い現実

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 見知らぬ場所を彷徨う少女は幻覚を見た。とても甘く、甘美で、心をかす思い出。少女は一時、幻覚に全てを委ねた。

 ※※※

「別に俺は好き好んでお前を助けに来たわけじゃねーよ、命令で仕方なくだよ。勘違いすんな阿呆が。オイ騒ぐなよ、コイツ等始末するからちょっと待ってろ」

「は?なんでオメーが俺の部下になんだよ。ちょっと水希さん、いや水希様ぁ何とかしてぇ?は、ダメ?なんでさ!?」

「しつけーな、大体お前、俺といて何が楽しいんだよ?はぁ、口を開けば文句ばっか、世間の評判と違ってホント可愛くねぇ」

「オマエと仲良くしてると海津かいつ羽島はしまに馬鹿にされるし他からは恨まれるしで散々だ。ツー訳で今から水希の部下な。あーもうメンドイ、別に会えねぇ訳じゃないだろ。ってーか仕事と両立してるんだから会う時間なんて元から少ねぇだろが!!」

「水希のボケナスから『貴方、あの子にセクハラとかパワハラしていないでしょうね?』て言われたんだけど……お前なんで妙な知恵ばっかつけんだよ、仕方ねぇ、何でも言う事聞いてやるからこれ以上こじれる様な事言うなよ……ハ?連絡先?俺の?お前それだけの為にめたのか!?」

「テメェ、マジで嵌めてくれたな!!何だコレ!!『絶賛売り出し中の新人アイドルに男の影!!相手はツクヨミ清雅のエリート社員!?』って洒落になんねーよマジで!!笑うなッ、オマエは面白いだろうけどオマエ一応ウチの商品って扱いなんだぞ!!商品に手ェ出したなんて噂になったら俺の人生終わりだ馬鹿野郎!!ン?ゲェ、電話!!ハイ水希様、貴方の山県大地で……ハイ、その件ですが……え?揉み消した?あ、ありがとうございます!!ホント、今度なんでも奢ります奢らさせ痛ってぇ!!なにしやがんだッ!?」

「なーに泣きそうな面してんだ、戦うなんて最初から決まってた事だろが、別に死ぬつもりなんてねぇよ。俺はまだ死ねない、社長の夢の為。あの人が初めて語ってくれたんだ、俺に!!心の内を!!だから俺は死なねぇよ。じゃあ行ってくる。テメェは特訓でもしてろ。は?歌じゃぇよ、マジンだろ!!」

「クソ……なんなんだアイツ、アイツがッ……俺が……油断した……次は……?なん……だ、オマエか?泣く……な、ウゼェ……?」

「会うたびに泣くなよクソメンドイ……ジジィのおかげで大分調子も良くなった、マジン様々だな」

「危険じゃないか?馬鹿か、危険だからこそだろ、ココまでしないとアイツ等は止められない。だから泣くなって……ハァ、子守は俺の仕事じゃねぇんだけどな。オイ、仕方ねぇから奴等を片したら旗艦ソッチ行ってやるから連絡待ってろよ。は?一緒に宇宙見たいですね?オマエ心底馬鹿か、ピクニック行くんじゃねぇんだよ。気合入れろッ!!」










「死ぬなよ」

 ※※※

 だが、甘い幻覚は何時までも続かない。やがて、終わりが訪れる。

「聞こえる、レイコ。もういいの、戦いは終わって。私達は負けました……え?彼、は……死んだと……ちょっと、レイコ、レ」

 少女の脳裏に過った大切な言葉と思い出。何時までも浸かっていたい甘い夢は唐突で無情で無惨で残酷な現実に砕かれた。不意に夢から引き戻したのは認めたくない現実。

 連絡が来ない。その事実は少女に認めたくない非情な現実を突きつける。自らが思考の隅に押しやった考えたくも無い結末が男の身に訪れた。自らが良く知る男ならば、どんな手段をもってしても連絡を寄越すと少女は知っている。

 口の悪さに反して寂しがりで、清雅源蔵に認めて貰いたくて必死で、何だかんだ言いながらも自分との約束を果たしてきた男はもうこの世界の何処にもいないという、認めたくない真実が彼女を現実へと引き戻す。

「絶対に……絶対にッ!!」

 路地裏を、幾つもの裏道を少女は駆け抜ける。元々身体を動かす事が好きだったからある程度の体力はあった。だが、それでもここまで必死で走った経験はなく、追われる身という状況に精神が削り取られ、一層の疲労させる。

 ふと、少女は気付いた。自分の目線の先にガラスがある。暗い路地裏を表通りからの光が微かに照らす事でガラスが鏡のように少女の姿を映した。

 かつて地球の大衆を魅了した可憐かれんな顔立ちは怒りにと苦悶と苦痛と疲労に歪んでいる。華奢きゃしゃながらもそれなりに主張する部分が見られる均整の取れた美しい肉体はアチコチが擦り切れ、滴った血と埃と泥で汚れきっていた。

 少女の顔が、一気に歪んだ。瞳には涙が溜まる。今にも泣きそうな顔――が、別の表情へと変わる。過去の自分とは似ても似つかぬ姿、人々を魅了した過去とは違う、薄汚れた上に憎悪で歪んだ顔を見たからか。

「ふざけるなッ!!」

 否。怒り。その源泉は己の癖。常に周囲からの視線、他人からどう見えるか、外見を気にしなければならなかった立場から出た無意識の癖。自らを映したガラスを見て、少女ほんの一瞬だけ在りし日に――久那麗華と名乗っていた過去に立ち返ってしまった。

 自らへの怒りのまま、少女は握り込んだ拳をガラス窓に叩きつけた。粉々に粉砕するガラスが僅かな光明を反射し、皮肉にも少女を一層と引き立てた。だが、微塵も心惹かれない。少女は何の躊躇ためらいもなく、再び夜の闇へと歩を進めた。

 あの日、地球と宇宙の戦闘の終焉に地上を照らした光は悲しいかな、少女の中に一層濃い闇を生み出した。少女はかつて久那麗華と呼ばれていた。己の力のみを頼りに世界へと羽ばたいた稀有な才能と魅力に溢れた少女は、華麗で華やかな芸能人生を捨ててまで戦いへとその身を投じた。

 理由は分かってみれば実に単純だった。強力な後ろ盾を持たない少女に醜い大人達は容赦なく牙を向けた。だが、マジンへの高適正を理由に少女はツクヨミ清雅に救われ、共に生きる道を選んだ。初めはタダのスカウトだった。戦力となるならばそれで良し、無理ならプロパガンダとして利用する。とは言え誰もが――清雅源蔵や白川水希に止まらず、神たるツクヨミですら後者を選ぶと考えていた。

 少女は華奢で、細く、可憐な身体を顧みず戦いの道を選んだ。誰もが驚き、疑問に持った。だが、程なく多くの者はその答えを知った。命令とはいえ自らを苦境から救い上げてくれた男の為、それが少女を突き動かしていると知った。悲しいかな、当の本人には上手く伝わらなかったようだが。

 しかし、それでも少女は構わなかった。お互い生きているだけで良い。そんな青臭くも心地よい感情に身を任せているだけで幸福を感じた。自らの思うままに生きる事が叶わない不自由な世界で生きると誓った少女が唯一願った小さな小さな幸せ、それは少女の生きる原動力となり、その身をより一層輝かせた。

 だが、地球と宇宙に訪れた平和の中に彼女の細やかな願いは存在しなかった。だから、少女は復讐を決意した。自らの幸福を砕いた上に立つこの世界に。復讐に身を焦がす少女の名は七宗ひちそう令子。

 かつて久那麗華と言う名で華やかな芸能世界を席巻し、またその世界で生涯を終える筈だった少女は今より半年以上後、旗艦アマテラスを黄泉の闇じごくのそこへと突き落す戦いの戦端を開く。地球に轟いた名を捨ててまで、少女はその小さな手を復讐で染める決意を固めた。

「ラず……かナらズ……私が……」

 誰かの幸福は誰かの不幸。世界の幸福は少女の不幸だった。正しい世界は何方か?世界の幸福の為に個が犠牲になる世界か、世界を不幸にしてまで個の幸福を優先する世界か。しかし、答えは誰にも出す事が出来ない。そして答えが存在しない故に、誰もが己の選択を正しいと信じ、相反する主張を拒絶する。

 交わらない意志はやがて惹かれ合うように交差する。平行線を辿る主張は片側、又は双方共に強引に交差を試み、自らの主張に相手を捻じ込み巻き込もうとする。その行為は、戦い、争い、戦争と様々な呼び名を付けられた。

 今、たった一人でその行為を選び取る者が現れた。少女の目には何も映していない、全てが醜く歪んで見えるから。耳はどんな声も届かない、戦いの終わりを賛美する旋律と英雄を称える声が耳障りにしか聞こえないから。

 少女の意志には唯一つ、憎しみだけが渦を巻く。その渦は、少女が慕う男が掛けた最後の言葉を憎しみの底に追いやった。少女が気付く日は果たして来るのか。それは誰にも分からない。これから先に何が待つか、何が起こるか、それもまた誰にもわからない。

 だが、一つだけはっきりと分かっている事がある。戦いは終わっていない。少女の戦いはまだ続いている。自らの内を占める憎しみが浄化されるか、さもなくば命尽きるその時まで少女の戦いは終わらない、止まらない。
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