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第1章 月の夜 出会い
4話 これが 運命の出会い 其の3
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言葉は聞こえるが、意味を理解するのを頭が拒む。痛みが、寒さが、目の前の現実が思考を掻き乱す。ほんの少し前までは普通に働いていた筈なんだ。なのに一体――
「よぉ。何時間か振りだな。そう言や飯ィ行こうって話してたっけ。ま、どうでも良いか。死ね」
再び声がした。見上げれば、冷淡な視線が俺を見下ろす。俺か?俺に言ってるのか?反射的に周囲を見回した。あれ程沢山いた一団の大半は何処かへと消えていた。いや、誰かいる。誰かが、何故か俺の方をじっと見つめている。
視線に気づき、見つめ返す。バイザーとフェイスマスクで顔全体が隠れていて素顔は分からないが、黒を基調とした軍服の様なスーツの上からでもわかる綺麗なボディラインから女と分かった。髪は長く、後ろで束ねた長いポニーテールがネオンに反射してキラキラと輝いている。
その姿に見とれた瞬間、視界の端が動く。続けてズシン、と鈍い衝撃。恐竜が突進してきた。巨大な口を開けながら此方に向かってくるその姿に足が動かなかった。恐怖。だが、何より友人だと思っていた男の顔に足がすくんだ。
殺意、敵意しかない。アレが本性なのか、ならば今までは全部嘘だった。親友とは言い難いが、相応の時間は過ごしてきた筈だ。何より今日も、数時間前までは何気ない話をしていた筈だった。その現実が、殺意と一緒に身体を締め付ける。
「はー、おめーかよ。慣れない仕事で疲れた後に男の面なんて見たくねぇっての。つーか来るならその前に連絡入れろって言ってんだろ」
「どいつもこいつも下手に出れば嘘大げさ出鱈目、無茶苦茶に言ってきやがる。サービスじゃなきゃ誰が黙ってハイハイ聞くかっつーの。あぁ飯か、どうすっかなぁ」
つい数時間前の記憶がボンヤリと蘇る。何となくという理由で染めた茶色の髪を弄る仕草、良くも悪くも感情が出やすい顔。仲は良くはなかったが、それでも過去との落差に思考が停止する。そして気が付けば化け物が目の前まで迫っていた。
ドッ
衝撃。派手に揺れ動く視界。夜空、仄かに青みがかった月、そして地面。再び衝撃。グエッと、腹の底から飛び出す情けない声。
目を離したのはほんの僅か。だというのに、この人物は六車線も向こうからほんの一瞬で俺の側まで渡っていた。痛みと衝撃で揺れる頭が、それでも助けてくれたのだろうという結論を導いた。何故、どうしてそう思ったのか、幾ら考えても分からなかった。痛みと寒さの中で俺はその人物を見上げていた、ソレしか出来なかった。
「あ、ありが」
反射的に感謝が口を衝く。が、遮られた。間近に迫るバイザーの隙間からチラ、と顔が見えた。ほんの一瞬しか見れなかったが控えめに表現してもモデルクラス、だったような気がする。息を吞む、そんな事態に初めて遭遇した。
ガシャン
ガラスが割れる音。続けて固い物が砕けるような凄まじい音と衝撃。驚き振り向けば、青い恐竜が本社前大通りへと合流する脇道に建つビルに激突する光景が映った。壁面は木っ端微塵、ひしゃげた机や椅子やガラス片がそこら中に散乱する様子は、まるでダンプが激突したのかと錯覚するほどだった。あのまま突っ立っていれば、確実に肉片になっていた。
未だに頭が混乱していて目の前で起きた行動を正しく理解出来ない。俺の目の前で俺を殺すと言い切ったアイツは本当に俺の知る山県大地なのか、あの青い恐竜は一体何なのか、何も出来ないまま俺は死ぬのか。そんな中でただ一つ確実なことは、この女が俺を助けてくれたと言う、それだけ。
「逃げるチャンス棒に振って戻ってきたかと思えば、そんなゴミ助けるなんてなぁ」
頭上からの厭味ったらしい声。だが、酷く冷静だった。予測が確信に変わった驚きの方が大きかった。この女は見ず知らずの俺を助けた。しかも、逃走の機会を捨ててまで。恩人の女の端末から表示されているディスプレイに映った男が聞き取れない言語で何事かを喋り、そして程なく通信が途切れた。
頭が急速に冷える。いや、生まれた目的が混乱を、それ以外の様々な選択肢を塗り潰した。助けられたのなら、助け返す。
「ゴメン!!」
彼女に謝罪し、「すぐ戻ってくるから」と心の中で叫び、踵を返した。
「ハハ、オイ見ろよ!!」
後ろから侮蔑と嘲笑が入り混じった声が聞こえた。が、気に掛けない。走り、車に戻り、携帯を操作して翻訳アプリを起動し、アクセルを踏み込んだ。同時に逃走ルートに頭を巡らせる。奇しくも会社からの重要情報を盗み出した際に備え、彼方此方を走り回った経験が生きる。盗む前に呆気なくクビになった事を考えると随分無駄で間抜けで恥ずかしい訳だが、結果オーライと考えよう。
「コッチだ、早く乗れ!!」
正直なところ、信じてくれるかどうかどうか、提案に乗ってくれるかどうか自信がなかった。寧ろ考えてすらいなかったが、俺の言葉に反応した女は後部ドアのガラスを破壊しながら車に乗り込んで来た。見た目以上に重いのか、車が大きく揺れる。どうなってんだよ、その身体は――
「捕まってろ!!」
ちょっと重すぎるんじゃないか。そんなデリカシーに欠ける言葉を飲み込み、アクセルを強く踏み込んだ。唸り声を上げるエンジンが、タイヤが猛回転する音が耳と身体を貫き、次の瞬間には音を置き去りに急発進、脇目も振らずに頭の中に描いた逃走ルートに乗った。市街地を抜ければ市外まで一直線、其処まで行く事が出来ればお互い助かると、そう信じて。
「よぉ。何時間か振りだな。そう言や飯ィ行こうって話してたっけ。ま、どうでも良いか。死ね」
再び声がした。見上げれば、冷淡な視線が俺を見下ろす。俺か?俺に言ってるのか?反射的に周囲を見回した。あれ程沢山いた一団の大半は何処かへと消えていた。いや、誰かいる。誰かが、何故か俺の方をじっと見つめている。
視線に気づき、見つめ返す。バイザーとフェイスマスクで顔全体が隠れていて素顔は分からないが、黒を基調とした軍服の様なスーツの上からでもわかる綺麗なボディラインから女と分かった。髪は長く、後ろで束ねた長いポニーテールがネオンに反射してキラキラと輝いている。
その姿に見とれた瞬間、視界の端が動く。続けてズシン、と鈍い衝撃。恐竜が突進してきた。巨大な口を開けながら此方に向かってくるその姿に足が動かなかった。恐怖。だが、何より友人だと思っていた男の顔に足がすくんだ。
殺意、敵意しかない。アレが本性なのか、ならば今までは全部嘘だった。親友とは言い難いが、相応の時間は過ごしてきた筈だ。何より今日も、数時間前までは何気ない話をしていた筈だった。その現実が、殺意と一緒に身体を締め付ける。
「はー、おめーかよ。慣れない仕事で疲れた後に男の面なんて見たくねぇっての。つーか来るならその前に連絡入れろって言ってんだろ」
「どいつもこいつも下手に出れば嘘大げさ出鱈目、無茶苦茶に言ってきやがる。サービスじゃなきゃ誰が黙ってハイハイ聞くかっつーの。あぁ飯か、どうすっかなぁ」
つい数時間前の記憶がボンヤリと蘇る。何となくという理由で染めた茶色の髪を弄る仕草、良くも悪くも感情が出やすい顔。仲は良くはなかったが、それでも過去との落差に思考が停止する。そして気が付けば化け物が目の前まで迫っていた。
ドッ
衝撃。派手に揺れ動く視界。夜空、仄かに青みがかった月、そして地面。再び衝撃。グエッと、腹の底から飛び出す情けない声。
目を離したのはほんの僅か。だというのに、この人物は六車線も向こうからほんの一瞬で俺の側まで渡っていた。痛みと衝撃で揺れる頭が、それでも助けてくれたのだろうという結論を導いた。何故、どうしてそう思ったのか、幾ら考えても分からなかった。痛みと寒さの中で俺はその人物を見上げていた、ソレしか出来なかった。
「あ、ありが」
反射的に感謝が口を衝く。が、遮られた。間近に迫るバイザーの隙間からチラ、と顔が見えた。ほんの一瞬しか見れなかったが控えめに表現してもモデルクラス、だったような気がする。息を吞む、そんな事態に初めて遭遇した。
ガシャン
ガラスが割れる音。続けて固い物が砕けるような凄まじい音と衝撃。驚き振り向けば、青い恐竜が本社前大通りへと合流する脇道に建つビルに激突する光景が映った。壁面は木っ端微塵、ひしゃげた机や椅子やガラス片がそこら中に散乱する様子は、まるでダンプが激突したのかと錯覚するほどだった。あのまま突っ立っていれば、確実に肉片になっていた。
未だに頭が混乱していて目の前で起きた行動を正しく理解出来ない。俺の目の前で俺を殺すと言い切ったアイツは本当に俺の知る山県大地なのか、あの青い恐竜は一体何なのか、何も出来ないまま俺は死ぬのか。そんな中でただ一つ確実なことは、この女が俺を助けてくれたと言う、それだけ。
「逃げるチャンス棒に振って戻ってきたかと思えば、そんなゴミ助けるなんてなぁ」
頭上からの厭味ったらしい声。だが、酷く冷静だった。予測が確信に変わった驚きの方が大きかった。この女は見ず知らずの俺を助けた。しかも、逃走の機会を捨ててまで。恩人の女の端末から表示されているディスプレイに映った男が聞き取れない言語で何事かを喋り、そして程なく通信が途切れた。
頭が急速に冷える。いや、生まれた目的が混乱を、それ以外の様々な選択肢を塗り潰した。助けられたのなら、助け返す。
「ゴメン!!」
彼女に謝罪し、「すぐ戻ってくるから」と心の中で叫び、踵を返した。
「ハハ、オイ見ろよ!!」
後ろから侮蔑と嘲笑が入り混じった声が聞こえた。が、気に掛けない。走り、車に戻り、携帯を操作して翻訳アプリを起動し、アクセルを踏み込んだ。同時に逃走ルートに頭を巡らせる。奇しくも会社からの重要情報を盗み出した際に備え、彼方此方を走り回った経験が生きる。盗む前に呆気なくクビになった事を考えると随分無駄で間抜けで恥ずかしい訳だが、結果オーライと考えよう。
「コッチだ、早く乗れ!!」
正直なところ、信じてくれるかどうかどうか、提案に乗ってくれるかどうか自信がなかった。寧ろ考えてすらいなかったが、俺の言葉に反応した女は後部ドアのガラスを破壊しながら車に乗り込んで来た。見た目以上に重いのか、車が大きく揺れる。どうなってんだよ、その身体は――
「捕まってろ!!」
ちょっと重すぎるんじゃないか。そんなデリカシーに欠ける言葉を飲み込み、アクセルを強く踏み込んだ。唸り声を上げるエンジンが、タイヤが猛回転する音が耳と身体を貫き、次の瞬間には音を置き去りに急発進、脇目も振らずに頭の中に描いた逃走ルートに乗った。市街地を抜ければ市外まで一直線、其処まで行く事が出来ればお互い助かると、そう信じて。
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