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第1章 月の夜 出会い
幕間1-2 逃亡成功 裏の更に裏で
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20XX/12/15 2110
清雅市外へと続く道路周辺の街灯には監視カメラが備え付けられている。いや、周辺だけではない。市内全域は監視カメラによる徹底した監視が常に行われている。表向きには清雅グループが保持する通信関連技術の漏えい防止が目的と説明されている。
当然、誰もが納得する――とは言い難い。その数の多さは市内に勤務する者ならば誰でも目に余ると思う程に多い。超監視社会を体現したこの都市は異物の混入を許さない、実験室のフラスコを見ているような不自然さ、違和感に包まれている。だが、誰も異を唱えない。何の利益にもならず、本社勤務と言う栄光を失う恐れすらある真似をする者などこの世界にいない。
今現在、市内全ての街灯に備え付けられた監視カメラは、その全てがある一点を追いかけている。
監視部門が今頃躍起になって探しているであろう者達を我らは既に見つけだしていた。あらゆる点で監視部門を上回っているのだから当然ではあるが、しかしそれだけが理由ではない。必死で捜しているところを申し訳ないが、もう少しだけダミー映像と戯れていて貰おう。
「追跡を続けます」
「頼む」
私の問いかけに、暗闇の中に一人寂しく佇む彼女が簡潔に、一言だけ答えた。だが、そっけない返答に反しあの2人に興味がある事は明らか。美しく精巧な顔は相変わらず無表情で、口数も極めて少ないが、視線だけは逃走を続ける2人を正確に追いかける。だから私は矛盾を承知で、ダミー映像を用意してまで逃亡者達を監視すると決断した。
この薄暗い部屋には彼女と私だけしか存在しない。それ以外の誰もこの空間に足を踏み入れた事すらない、聖域の中の更に聖域とでも呼ぶべき場所。
時折青い光が浮かび上がり何処かへ消え行く静寂の中に浮かぶディスプレイに彼女がそっと触れると、監視カメラからの映像はより鮮明に大きくなり、遂には2人の表情と声すら明確に捉えるまでに拡大された。
暗闇と静寂、そして僅かな光に支配されたその空間はまるで彼女の青みがかった長髪とそれと同じ色をした寂しげな瞳を持つ女性の心の内を現しているようにも見える。そんな彼女の様子を窺っていると、画面の映像に動きがあった。カメラが逃走を続ける2人の音声を拾った。
「ん、メール?」
最初に聞こえたのは明瞭な男の声。名は伊佐凪竜一。ほんの数時間前まで世界最大の企業、ツクヨミ清雅に勤めていた男。
「知り合いか?私の事は気にしなくていい。ここまで運んでくれて感謝する」
続けて遠慮がちに語る落ち着いた、少し低い女の声。フェイスマスクが原因で少しくぐもって聞こえる。この女の素性は不明。現時点ではっきりしているのはツクヨミ清雅と敵対関係にあり、宇宙から来たというそれだけ。
「いや、差出人不明の手紙だ。気にしなくていいよ。さ、休める場所探そうか」
「ゴー……?なんだそれは?いや、その前に言葉分かるのか?」
「え?だって普通に翻訳アプリあるし」
「そう、か」
「話の続きだけど、極稀に差出人もアドレスも不明のメールが届くんだよ。書いてある文章は大体一緒でさ、ほらこんな感じ」
と、伊佐凪竜一はディスプレイを見せながら話を続ける。
「清雅すら把握できない。というか認めてなくて、まるで幽霊みたいって事で、そんな名が付いたのさ。で、あのさ。都市伝説なんて誰でも知ってるわけじゃないけど、それでもコレ結構有名な話じゃなかったっけ?」
「読めない。言葉は分かるが文字までは対応していなくて」
「そっか、いやごめん。どうせ大した事が書いてあるわけじゃないし。さぁ行こうか。おっと、その前に」
伊佐凪竜一はそう言うや、携帯端末と社用端末をすぐ傍に流れる川目掛けて勢いよく放り投げた。弧を描き、水面に触れた携帯はそのまま暗い水底に沈んでいった。
「模範的な行動だな」
直ぐ傍から、小さく呟く声がした。伊佐凪竜一の行動は理に適っている。馬鹿正直に携帯を持ち続けていれば、遠からず補足されただろう。携帯端末が生活の奥深くまで浸透したこの時代にあって、それを捨てるには相応の決断力が必要となる。
伊佐凪竜一はこう考えている事だろう。これを捨てれば早々追ってこられない筈だ、と。しかし見積もりが甘い。そんな程度では一時の時間稼ぎにすらならない。最も、そこまで出来る事を知る者は世界でも一握りなのだが。無知は幸福、とはよく言ったものだ。
「あぁ、今のは気にすんな。じゃあ行こうか」
「君は随分と乗り気だが、良いのか?」
「恩を返さないのは人の恥って教わった。アンタは助けてくれた。だから次は俺の番だ」
「そうか、助かる。ところで……これ、何?」
女が空を見上げ、尋ねた。空から、チラチラと雪が降り始めていた。
「何、って?あぁ、雪だろ?」
「白い、これが?」
「知らないの?」
「あぁ。と、ところでゴーストというのはなんだ?」
「そっちも?えぇと、死んだ人の魂が未練とか色々な理由でこの世界に残って生前の姿で……」
緊迫した逃走劇から一転した他愛もないやり取りをする一組の男女。その映像を、彼女はじっと見入る。何か関心を引く要素でもあったのか。唯一あるとすれば、山県大地が取り逃がした女が今後どう言った行動に出るか、という事位だ。
が、彼女の目にそんな不安は見られない。この後に起こる事態を予測し、対処する為ではないのならば一体どんな理由があるのか。どうして彼女は映像に映る男女を見つめ続けるのか。それは、彼女にしか理解できない。
「君達、なら……」
漠然と眺めていた彼女が、まるで絞り出すようにポツリと、悲し気に呟いた。その言葉に、私は一つの結論を出した。そうか、彼女はもしかしたらあの2人に――
やがて、監視カメラは二人を追いきれなくなり、遂には範囲外へと消えてしまった。
消えゆく二人を名残惜しそうに見送った彼女は、無人の映像に興味を無すと別の映像に目を向けた。
何時もの光景。もうずっと、とても長い間続いた彼女の習慣。私は、彼女に気付かないようにこっそりと録画した先程の映像を見返した。二人の他愛ない会話ではなく、男の持つ携帯電話のディスプレイを追跡し、拡大する。
※※※※※※だ?
遠すぎる為にその内容が全てはっきりと見えなかったが、そう書かれた宛先もアドレスも件名も空白のメール。私は知っている。それがとても大切な――君に託された大切な願いだと知っている。
清雅市外へと続く道路周辺の街灯には監視カメラが備え付けられている。いや、周辺だけではない。市内全域は監視カメラによる徹底した監視が常に行われている。表向きには清雅グループが保持する通信関連技術の漏えい防止が目的と説明されている。
当然、誰もが納得する――とは言い難い。その数の多さは市内に勤務する者ならば誰でも目に余ると思う程に多い。超監視社会を体現したこの都市は異物の混入を許さない、実験室のフラスコを見ているような不自然さ、違和感に包まれている。だが、誰も異を唱えない。何の利益にもならず、本社勤務と言う栄光を失う恐れすらある真似をする者などこの世界にいない。
今現在、市内全ての街灯に備え付けられた監視カメラは、その全てがある一点を追いかけている。
監視部門が今頃躍起になって探しているであろう者達を我らは既に見つけだしていた。あらゆる点で監視部門を上回っているのだから当然ではあるが、しかしそれだけが理由ではない。必死で捜しているところを申し訳ないが、もう少しだけダミー映像と戯れていて貰おう。
「追跡を続けます」
「頼む」
私の問いかけに、暗闇の中に一人寂しく佇む彼女が簡潔に、一言だけ答えた。だが、そっけない返答に反しあの2人に興味がある事は明らか。美しく精巧な顔は相変わらず無表情で、口数も極めて少ないが、視線だけは逃走を続ける2人を正確に追いかける。だから私は矛盾を承知で、ダミー映像を用意してまで逃亡者達を監視すると決断した。
この薄暗い部屋には彼女と私だけしか存在しない。それ以外の誰もこの空間に足を踏み入れた事すらない、聖域の中の更に聖域とでも呼ぶべき場所。
時折青い光が浮かび上がり何処かへ消え行く静寂の中に浮かぶディスプレイに彼女がそっと触れると、監視カメラからの映像はより鮮明に大きくなり、遂には2人の表情と声すら明確に捉えるまでに拡大された。
暗闇と静寂、そして僅かな光に支配されたその空間はまるで彼女の青みがかった長髪とそれと同じ色をした寂しげな瞳を持つ女性の心の内を現しているようにも見える。そんな彼女の様子を窺っていると、画面の映像に動きがあった。カメラが逃走を続ける2人の音声を拾った。
「ん、メール?」
最初に聞こえたのは明瞭な男の声。名は伊佐凪竜一。ほんの数時間前まで世界最大の企業、ツクヨミ清雅に勤めていた男。
「知り合いか?私の事は気にしなくていい。ここまで運んでくれて感謝する」
続けて遠慮がちに語る落ち着いた、少し低い女の声。フェイスマスクが原因で少しくぐもって聞こえる。この女の素性は不明。現時点ではっきりしているのはツクヨミ清雅と敵対関係にあり、宇宙から来たというそれだけ。
「いや、差出人不明の手紙だ。気にしなくていいよ。さ、休める場所探そうか」
「ゴー……?なんだそれは?いや、その前に言葉分かるのか?」
「え?だって普通に翻訳アプリあるし」
「そう、か」
「話の続きだけど、極稀に差出人もアドレスも不明のメールが届くんだよ。書いてある文章は大体一緒でさ、ほらこんな感じ」
と、伊佐凪竜一はディスプレイを見せながら話を続ける。
「清雅すら把握できない。というか認めてなくて、まるで幽霊みたいって事で、そんな名が付いたのさ。で、あのさ。都市伝説なんて誰でも知ってるわけじゃないけど、それでもコレ結構有名な話じゃなかったっけ?」
「読めない。言葉は分かるが文字までは対応していなくて」
「そっか、いやごめん。どうせ大した事が書いてあるわけじゃないし。さぁ行こうか。おっと、その前に」
伊佐凪竜一はそう言うや、携帯端末と社用端末をすぐ傍に流れる川目掛けて勢いよく放り投げた。弧を描き、水面に触れた携帯はそのまま暗い水底に沈んでいった。
「模範的な行動だな」
直ぐ傍から、小さく呟く声がした。伊佐凪竜一の行動は理に適っている。馬鹿正直に携帯を持ち続けていれば、遠からず補足されただろう。携帯端末が生活の奥深くまで浸透したこの時代にあって、それを捨てるには相応の決断力が必要となる。
伊佐凪竜一はこう考えている事だろう。これを捨てれば早々追ってこられない筈だ、と。しかし見積もりが甘い。そんな程度では一時の時間稼ぎにすらならない。最も、そこまで出来る事を知る者は世界でも一握りなのだが。無知は幸福、とはよく言ったものだ。
「あぁ、今のは気にすんな。じゃあ行こうか」
「君は随分と乗り気だが、良いのか?」
「恩を返さないのは人の恥って教わった。アンタは助けてくれた。だから次は俺の番だ」
「そうか、助かる。ところで……これ、何?」
女が空を見上げ、尋ねた。空から、チラチラと雪が降り始めていた。
「何、って?あぁ、雪だろ?」
「白い、これが?」
「知らないの?」
「あぁ。と、ところでゴーストというのはなんだ?」
「そっちも?えぇと、死んだ人の魂が未練とか色々な理由でこの世界に残って生前の姿で……」
緊迫した逃走劇から一転した他愛もないやり取りをする一組の男女。その映像を、彼女はじっと見入る。何か関心を引く要素でもあったのか。唯一あるとすれば、山県大地が取り逃がした女が今後どう言った行動に出るか、という事位だ。
が、彼女の目にそんな不安は見られない。この後に起こる事態を予測し、対処する為ではないのならば一体どんな理由があるのか。どうして彼女は映像に映る男女を見つめ続けるのか。それは、彼女にしか理解できない。
「君達、なら……」
漠然と眺めていた彼女が、まるで絞り出すようにポツリと、悲し気に呟いた。その言葉に、私は一つの結論を出した。そうか、彼女はもしかしたらあの2人に――
やがて、監視カメラは二人を追いきれなくなり、遂には範囲外へと消えてしまった。
消えゆく二人を名残惜しそうに見送った彼女は、無人の映像に興味を無すと別の映像に目を向けた。
何時もの光景。もうずっと、とても長い間続いた彼女の習慣。私は、彼女に気付かないようにこっそりと録画した先程の映像を見返した。二人の他愛ない会話ではなく、男の持つ携帯電話のディスプレイを追跡し、拡大する。
※※※※※※だ?
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