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第3章 漂流
幕間5-3 闇に浮かぶ月の神 清雅の守護神
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20XX/12/16 2023
清雅源蔵は足早に会議室を去り、残った面々もそれぞれの役割をこなす為に部屋を後にした。誰もいなくなった部屋に先ほどまでの熱気はない。
「話は終わったようだな」
冷えた無人の部屋を見つめる彼女の目もまた、酷く冷めていた。
「ええ、幾つか懸念すべき点はありますが今のところ順調です」
「本当にそう思っているのか?特に気になるのはN区駅内で起きた異変。出来れば調査を行いたいのだが、先程のやり取りを見る限りでは難しそうだ」
彼女の関心はN駅で起きた不可解な現象――大規模なエネルギー反応とその後に起きた急激な消失現象にしかない。未知の巨大エネルギー反応がもし旗艦側の兵器によるものならば、その矛先は確実に清雅に向く。
だが、私の関心は彼女とは別の場所にあった。矛盾した思惑は承知している。到底許されない事も承知している、それでも私はそうしなければならない。全ては彼女の為、彼女の願いその為だけに。
「より正確にはそうする余裕もない、でしょう。しかしある程度の予測は立ちます。山県大地を穿った武器……恐らく我らが逃亡して以降に新たに発見された技術、ないしエネルギーを使用する兵器と推測します」
だから、私は明確な意図で持って彼女に偽りの推測を提示した。
「彼等が使用する武器に改造の痕跡を確認しました。逃亡者を含むスサノヲ達は何らかの理由で真面な武器が支給されなかった。それを補う為に低品質な武器を強引に改良、出力を向上させたが、その中に違法レベルの高性能パーツが含まれていた。当初優勢を維持していた山県大地は油断から回避を怠ったか、あるいは回避できない程の速度であった為に直撃を受けた、と推察します」
「不十分だ。何らかの兵器ならば大規模エネルギー反応は説明できる。だが、同時に発生した大規模な消失の説明が付かない。ホムラは一体何に反応したのだ?何処に消えたのだ?」
「はい。ですが先ほど申した通り時間がなくまた調査も不可能。よって、注意を促す位しか出来ません。同時に逃走を続ける2名の監視を強化する必要もあります」
「そう……そうだな、今は情報収集目的の小競り合いだが、もうすぐ始まってしまう。本格的な戦いが。旗艦が本腰を上げ、私達が敗北すれば地球は為す術なく蹂躙されるだろう」
「その為のマジンです。しかし、地球全土に配備する事は出来ません。許してしまえば、徹底管理の為に犠牲になった者達が浮かばれません。ですから、我らだけで何とかしなければなりません」
「歯がゆいな。いっそ私が……」
私とのやり取りの最期に彼女は掠れるような声で呟き、口を閉ざした。最後まで聞こえなかったが、恐らく、本心。が、許す事は出来ない。何より、あの場で起きたであろう現象、もしも私の予測通りならば――何としても思い止まって貰わねばならない。
「貴女の消失は地球の終焉と同義です。敗北しようが、自ら敵に下っても、です……ツクヨミ」
憔悴した彼女に残酷な現実をぶつけた。神としての自覚に訴える為に。
「ですから、我らは勝たねばなりません。それが一番犠牲が少ないのです。それに、その選択を下すには余りにも遅すぎました。もう、相当数の犠牲を強いています。ですから……」
「困らせるつもりもなかった、すまない」
それもまた本心。揺らいでいる。もうずっと長い間、彼女は己を取り巻く様々な事象の狭間で迷い続けている。
ツクヨミ――今から遡ること500年前、彼女はこの星に落着した。以後、必要最小限の接触を維持しながら彼女はこの星で生きてきた。
だが、それまで生き方を覆さなければならない事態が起きた。我らが介入せねばならない、介入しなければ一族諸共に破壊される運命を覆す為に、我らは持てる技術と知識を使って世界に介入した。結果、ツクヨミは望まないままに地球の神として祀り上げられた。
そして今、地球に100億以上存在する携帯端末の一部機能の制御と並行しながら膨大な情報を精査、地球を勝利に導く為に尽力している。暗い空間に浮かぶ夥しい数のディスプレイ、その光に照らされ地球の女神が闇の中に姿を現す。
青みがかった長い髪、同色の悲し気な瞳が明滅する光に美しい光沢を放つ。女神。地球を救う女神は、旗艦アマテラスの通常システムレベル程度の処理能力ならばとっくにパンクする量の情報を完全に捌いている。同じ能力を有する存在は私が知る限り、旗艦アマテラスの主アマテラスオオカミ位だろう。
ツクヨミは尽力する。地球を勝利に導く為に。圧倒的な劣勢を覆す為に。相手の戦力を侮る事は出来ない。敵の技術力は地球の遥か上。その技術力と戦闘力を使い、地球の神であるツクヨミを奪おうと目論む。
TVやラジオなどの電気通信分野は清雅によりほぼ駆逐され、技術自体が途絶した。健康保険証、年金手帳、運転免許等を含む身分証明書として使用できる物も全て携帯端末内に収められた。その他にもあらゆる機能が携帯端末一つに集約された。
今の地球を支える通信技術の基幹、心臓部分はツクヨミが制御している。よって、ツクヨミと言う強固な防衛システムを超えて不正を働くなど人類全体が束になっても不可能。その桁違いの性能が携帯端末への一極集中を可能とした。加えて、ツクヨミ経由で清雅一族に与えた技術を流出させない為にあらゆる手段を講じた。
全ては通信関連技術独占の為、清雅一族のみに地球外の知識と技術を独占させる為。ツクヨミの管理によって実現した安寧を維持する為。その為に我らが所有する技術と知識は何としても外部に漏らすわけにはいかなかった。その結果が今の世界。
この選択は正しい筈だ。しかし、今やその選択が自らの首を絞め、今回の戦いをより混沌とさせる一因となった。遅かれ早かれツクヨミが見つかる事は想定していた。していたのだが、想定を遥かに下回る最悪の出会いとなってしまった。
だから、止まるなど出来ない。止まれば過去の犠牲は無駄となり、現在は崩壊、未来が消失する。ツクヨミも理解している。だが彼女は――彼女はそれでも尚、迷いを捨てきれていない。一端は迷いを捨てた筈のツクヨミは、ほんの些細な状況の変化に揺れ動く。彼女の心は闇の中を、当て所なく彷徨う。
清雅源蔵は足早に会議室を去り、残った面々もそれぞれの役割をこなす為に部屋を後にした。誰もいなくなった部屋に先ほどまでの熱気はない。
「話は終わったようだな」
冷えた無人の部屋を見つめる彼女の目もまた、酷く冷めていた。
「ええ、幾つか懸念すべき点はありますが今のところ順調です」
「本当にそう思っているのか?特に気になるのはN区駅内で起きた異変。出来れば調査を行いたいのだが、先程のやり取りを見る限りでは難しそうだ」
彼女の関心はN駅で起きた不可解な現象――大規模なエネルギー反応とその後に起きた急激な消失現象にしかない。未知の巨大エネルギー反応がもし旗艦側の兵器によるものならば、その矛先は確実に清雅に向く。
だが、私の関心は彼女とは別の場所にあった。矛盾した思惑は承知している。到底許されない事も承知している、それでも私はそうしなければならない。全ては彼女の為、彼女の願いその為だけに。
「より正確にはそうする余裕もない、でしょう。しかしある程度の予測は立ちます。山県大地を穿った武器……恐らく我らが逃亡して以降に新たに発見された技術、ないしエネルギーを使用する兵器と推測します」
だから、私は明確な意図で持って彼女に偽りの推測を提示した。
「彼等が使用する武器に改造の痕跡を確認しました。逃亡者を含むスサノヲ達は何らかの理由で真面な武器が支給されなかった。それを補う為に低品質な武器を強引に改良、出力を向上させたが、その中に違法レベルの高性能パーツが含まれていた。当初優勢を維持していた山県大地は油断から回避を怠ったか、あるいは回避できない程の速度であった為に直撃を受けた、と推察します」
「不十分だ。何らかの兵器ならば大規模エネルギー反応は説明できる。だが、同時に発生した大規模な消失の説明が付かない。ホムラは一体何に反応したのだ?何処に消えたのだ?」
「はい。ですが先ほど申した通り時間がなくまた調査も不可能。よって、注意を促す位しか出来ません。同時に逃走を続ける2名の監視を強化する必要もあります」
「そう……そうだな、今は情報収集目的の小競り合いだが、もうすぐ始まってしまう。本格的な戦いが。旗艦が本腰を上げ、私達が敗北すれば地球は為す術なく蹂躙されるだろう」
「その為のマジンです。しかし、地球全土に配備する事は出来ません。許してしまえば、徹底管理の為に犠牲になった者達が浮かばれません。ですから、我らだけで何とかしなければなりません」
「歯がゆいな。いっそ私が……」
私とのやり取りの最期に彼女は掠れるような声で呟き、口を閉ざした。最後まで聞こえなかったが、恐らく、本心。が、許す事は出来ない。何より、あの場で起きたであろう現象、もしも私の予測通りならば――何としても思い止まって貰わねばならない。
「貴女の消失は地球の終焉と同義です。敗北しようが、自ら敵に下っても、です……ツクヨミ」
憔悴した彼女に残酷な現実をぶつけた。神としての自覚に訴える為に。
「ですから、我らは勝たねばなりません。それが一番犠牲が少ないのです。それに、その選択を下すには余りにも遅すぎました。もう、相当数の犠牲を強いています。ですから……」
「困らせるつもりもなかった、すまない」
それもまた本心。揺らいでいる。もうずっと長い間、彼女は己を取り巻く様々な事象の狭間で迷い続けている。
ツクヨミ――今から遡ること500年前、彼女はこの星に落着した。以後、必要最小限の接触を維持しながら彼女はこの星で生きてきた。
だが、それまで生き方を覆さなければならない事態が起きた。我らが介入せねばならない、介入しなければ一族諸共に破壊される運命を覆す為に、我らは持てる技術と知識を使って世界に介入した。結果、ツクヨミは望まないままに地球の神として祀り上げられた。
そして今、地球に100億以上存在する携帯端末の一部機能の制御と並行しながら膨大な情報を精査、地球を勝利に導く為に尽力している。暗い空間に浮かぶ夥しい数のディスプレイ、その光に照らされ地球の女神が闇の中に姿を現す。
青みがかった長い髪、同色の悲し気な瞳が明滅する光に美しい光沢を放つ。女神。地球を救う女神は、旗艦アマテラスの通常システムレベル程度の処理能力ならばとっくにパンクする量の情報を完全に捌いている。同じ能力を有する存在は私が知る限り、旗艦アマテラスの主アマテラスオオカミ位だろう。
ツクヨミは尽力する。地球を勝利に導く為に。圧倒的な劣勢を覆す為に。相手の戦力を侮る事は出来ない。敵の技術力は地球の遥か上。その技術力と戦闘力を使い、地球の神であるツクヨミを奪おうと目論む。
TVやラジオなどの電気通信分野は清雅によりほぼ駆逐され、技術自体が途絶した。健康保険証、年金手帳、運転免許等を含む身分証明書として使用できる物も全て携帯端末内に収められた。その他にもあらゆる機能が携帯端末一つに集約された。
今の地球を支える通信技術の基幹、心臓部分はツクヨミが制御している。よって、ツクヨミと言う強固な防衛システムを超えて不正を働くなど人類全体が束になっても不可能。その桁違いの性能が携帯端末への一極集中を可能とした。加えて、ツクヨミ経由で清雅一族に与えた技術を流出させない為にあらゆる手段を講じた。
全ては通信関連技術独占の為、清雅一族のみに地球外の知識と技術を独占させる為。ツクヨミの管理によって実現した安寧を維持する為。その為に我らが所有する技術と知識は何としても外部に漏らすわけにはいかなかった。その結果が今の世界。
この選択は正しい筈だ。しかし、今やその選択が自らの首を絞め、今回の戦いをより混沌とさせる一因となった。遅かれ早かれツクヨミが見つかる事は想定していた。していたのだが、想定を遥かに下回る最悪の出会いとなってしまった。
だから、止まるなど出来ない。止まれば過去の犠牲は無駄となり、現在は崩壊、未来が消失する。ツクヨミも理解している。だが彼女は――彼女はそれでも尚、迷いを捨てきれていない。一端は迷いを捨てた筈のツクヨミは、ほんの些細な状況の変化に揺れ動く。彼女の心は闇の中を、当て所なく彷徨う。
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