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第3章 漂流
幕間6-4 楽園にかつての面影はなく 其の4
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「さて、首尾はどうだ?」
「問題ありません。アスクレピオス社の私設部隊は今しがた合流しました」
タガミが姿を消すや、まるで本題と言わんばかりに話題が切り替わった。特にアラハバキの変化は顕著で、3人が共に清々したと言わんばかりの顔をしている。
端から信用していない。
アラハバキがスサノヲやタガミ達を冷遇している様子は何度も確認してきた。不協和音。旗艦アマテラスは地球との戦いを控えた現状でさえ、未だ結束とは程遠い様相を呈している。その元凶がこの部屋に集まった面々の内、サルタヒコと呼ばれた男を除く4名。市民から選出されたアラハバキ。とは言え、この調子なら公正かどうかさえ疑わしいが。タガミの言動はアラハバキへの反骨心かも知れない。
「また、クズリュウ用の武装搬入も問題なく完了しました。コチラがそのデータです」
話は続く。サルタヒコが端末を操作、データをアラハバキに表示した。タガミに聞かれては困る――つまり、お調子者のタガミを通して外部に漏れては困る類の話らしい。だが、彼等は知らない。我らが旗艦の全行動を監視しているという事に。
サルタヒコからアラハバキに送信されたデータを確認した。大量の武器と人員に加え、データに一切記載のない何かがダミーに紛れる形で旗艦内に運び込まれた事実を示していた。
明らかに密輸で、通常ならばまず間違いなく搬入前に突き返されるか拘束、調査後に罰を受ける。が、悲しい事に旗艦を遍く監視する神は存在しない。だから、このようなあからさまな真似が平然と横行している。楽園と呼ばれたのは遠い過去、既にこの場所は欲望という病毒に蝕まれている。
「確かに。入管|(※入艦管理部門:旗艦内への人員、物資の出入を管理する)の連中には気取られていないだろうな?」
「何も。フフッ、神様がいないんですもの。全く持って簡単な仕事でしたよ」
「奴が動いていれば僅かな重量差すら見逃さんからな。だが既に止まっている。誰も俺達を……ン?これは何だ?何も記載されていない積み荷があるが?」
「橋渡し役だけでは皆様も不服でしょう?私の方でも何かお手伝い出来る事はないかと考えましてね。別に怪しい物ではないので心配ご無用ですよ」
「女狐が……まぁいい。だが、後で見せてもらうぞ」
「フフッ。どうぞ、と言ってもタダの資材。少しでも早く本格的な量産体制に移行出来るようにとの配慮です。搬入を決めたのが直前でして記載する時間が、ネ。許していただけます?」
「成程、随分と殊勝な心掛けだな。ま、その程度のミスならば問題はあるまい」
「ありがとうございます。後は、アレを強奪するだけね」
何かを企んでいる点は疑いようないが、情報が著しく欠けている。が、その為にツクヨミを狙っているという事だけは確か。いや、もう一点。曖昧極まりない会話の中で一つだけ確実に理解出来た。
アラハバキは地球に勝ったつもりでいる。初戦での敗走を微塵も気に掛けない理由は、ひとえに文明レベルの差が生む驕り。だが、我らも負けるつもりはない。負ければ全てが終わる。それを知るからこそ全てを隠し、この日の為に備えてきた。
文明差を覆す兵器の開発だけではない、旗艦の監視もそうだ。
懸念すべきは地球も一枚岩とは言い難い状況であるという点くらいか。だが、現状を見るにアラハバキとそれ以外の間にも不協和音が存在しているようだ。しかも、私達よりも遥かに大きい。
どれだけ文明が発達しても人は何も変わらないのか?そんな疑問が頭を過った。いや、発達したからこそか。分かり合うという事が困難になっていくのは。そう思わずにはいられない光景が繰り広げられていた。
全てが変わったのはタガミが口に出した2年前。その日を境に旗艦は激変した。アマテラスオオカミ不在の間。神に代わり旗艦の政治を代行するアラハバキは何かを画策する。だがその姿勢は政治家としては余りにも遠く、あるいは意味を理解しているかかすら怪しい。
神がもたらす安寧から離れた結果か。あるいは、未だ安寧の中で揺蕩っていると勘違いしているのか。神の揺り籠の中での安定した暮らしは、人に不都合な全てを排除した歪んだ楽園に見えた。
これは生きているといえるのか?これは幸福か?不幸を排除した先に在るのは緩やかな衰退と滅びではないか?そんな疑問の果て、アラハバキという存在はこの歪んだ楽園が生んだ悍ましい化け物ではないかと――そう結論した。
旗艦は、その大半を神に委ねていた。重要な決断は全て神が下し、政党が下す決断は大した影響のない些事に限定される。何しろどれ程に有能な政治家が束になろうが神に太刀打ちできないのだから。
神とて全能ではない。人の意志、その揺らぎを完全に読み切る事は出来ない。神が神たる所以はミスではなく|(そのミス自体も滅多に起こさないが)、ミスへの対応が極めて迅速かつ正確である事に尽きる。結果、重要な案件は神、それ以外を政治家が受け持つという歪な分担運営制度が生まれた。
是正の機会は訪れなかった。神が身を引こうとしても人々が拒否し続け、現在に至る。その方が楽だから。神が全てを決断し、ミスの尻拭いまで行い、何かあれば責める事さえ出来る。そう考えてみれば、楽園と謳われる旗艦アマテラスが何とも歪な場所に見えてきてた。
安定した環境では耐える強さを育めず、立ち向かう方法に至っては学ぶ機会を奪われる。挙句に、神がもたらす安定と繁栄を享受する己を選ばれた存在と自惚れさせる。
人は、進んだ文明を進化と同義と定義した。優れた発明を生み出し、適応する事こそが進化であると。だが、果たしてそうか?人は本当に強くなっているか?先に進んでいるか?
旗艦の有様を、アラハバキを見る度に疑問が膨れ上がる。神が敷いたルールに人を抑圧する事で、人の内に抑えがたい怪物が生まれたのではないか?もし、そうであるならば地球も――
「何をしているのだ」
気が付けば、そんな言葉が心から零れ落ちた。
「問題ありません。アスクレピオス社の私設部隊は今しがた合流しました」
タガミが姿を消すや、まるで本題と言わんばかりに話題が切り替わった。特にアラハバキの変化は顕著で、3人が共に清々したと言わんばかりの顔をしている。
端から信用していない。
アラハバキがスサノヲやタガミ達を冷遇している様子は何度も確認してきた。不協和音。旗艦アマテラスは地球との戦いを控えた現状でさえ、未だ結束とは程遠い様相を呈している。その元凶がこの部屋に集まった面々の内、サルタヒコと呼ばれた男を除く4名。市民から選出されたアラハバキ。とは言え、この調子なら公正かどうかさえ疑わしいが。タガミの言動はアラハバキへの反骨心かも知れない。
「また、クズリュウ用の武装搬入も問題なく完了しました。コチラがそのデータです」
話は続く。サルタヒコが端末を操作、データをアラハバキに表示した。タガミに聞かれては困る――つまり、お調子者のタガミを通して外部に漏れては困る類の話らしい。だが、彼等は知らない。我らが旗艦の全行動を監視しているという事に。
サルタヒコからアラハバキに送信されたデータを確認した。大量の武器と人員に加え、データに一切記載のない何かがダミーに紛れる形で旗艦内に運び込まれた事実を示していた。
明らかに密輸で、通常ならばまず間違いなく搬入前に突き返されるか拘束、調査後に罰を受ける。が、悲しい事に旗艦を遍く監視する神は存在しない。だから、このようなあからさまな真似が平然と横行している。楽園と呼ばれたのは遠い過去、既にこの場所は欲望という病毒に蝕まれている。
「確かに。入管|(※入艦管理部門:旗艦内への人員、物資の出入を管理する)の連中には気取られていないだろうな?」
「何も。フフッ、神様がいないんですもの。全く持って簡単な仕事でしたよ」
「奴が動いていれば僅かな重量差すら見逃さんからな。だが既に止まっている。誰も俺達を……ン?これは何だ?何も記載されていない積み荷があるが?」
「橋渡し役だけでは皆様も不服でしょう?私の方でも何かお手伝い出来る事はないかと考えましてね。別に怪しい物ではないので心配ご無用ですよ」
「女狐が……まぁいい。だが、後で見せてもらうぞ」
「フフッ。どうぞ、と言ってもタダの資材。少しでも早く本格的な量産体制に移行出来るようにとの配慮です。搬入を決めたのが直前でして記載する時間が、ネ。許していただけます?」
「成程、随分と殊勝な心掛けだな。ま、その程度のミスならば問題はあるまい」
「ありがとうございます。後は、アレを強奪するだけね」
何かを企んでいる点は疑いようないが、情報が著しく欠けている。が、その為にツクヨミを狙っているという事だけは確か。いや、もう一点。曖昧極まりない会話の中で一つだけ確実に理解出来た。
アラハバキは地球に勝ったつもりでいる。初戦での敗走を微塵も気に掛けない理由は、ひとえに文明レベルの差が生む驕り。だが、我らも負けるつもりはない。負ければ全てが終わる。それを知るからこそ全てを隠し、この日の為に備えてきた。
文明差を覆す兵器の開発だけではない、旗艦の監視もそうだ。
懸念すべきは地球も一枚岩とは言い難い状況であるという点くらいか。だが、現状を見るにアラハバキとそれ以外の間にも不協和音が存在しているようだ。しかも、私達よりも遥かに大きい。
どれだけ文明が発達しても人は何も変わらないのか?そんな疑問が頭を過った。いや、発達したからこそか。分かり合うという事が困難になっていくのは。そう思わずにはいられない光景が繰り広げられていた。
全てが変わったのはタガミが口に出した2年前。その日を境に旗艦は激変した。アマテラスオオカミ不在の間。神に代わり旗艦の政治を代行するアラハバキは何かを画策する。だがその姿勢は政治家としては余りにも遠く、あるいは意味を理解しているかかすら怪しい。
神がもたらす安寧から離れた結果か。あるいは、未だ安寧の中で揺蕩っていると勘違いしているのか。神の揺り籠の中での安定した暮らしは、人に不都合な全てを排除した歪んだ楽園に見えた。
これは生きているといえるのか?これは幸福か?不幸を排除した先に在るのは緩やかな衰退と滅びではないか?そんな疑問の果て、アラハバキという存在はこの歪んだ楽園が生んだ悍ましい化け物ではないかと――そう結論した。
旗艦は、その大半を神に委ねていた。重要な決断は全て神が下し、政党が下す決断は大した影響のない些事に限定される。何しろどれ程に有能な政治家が束になろうが神に太刀打ちできないのだから。
神とて全能ではない。人の意志、その揺らぎを完全に読み切る事は出来ない。神が神たる所以はミスではなく|(そのミス自体も滅多に起こさないが)、ミスへの対応が極めて迅速かつ正確である事に尽きる。結果、重要な案件は神、それ以外を政治家が受け持つという歪な分担運営制度が生まれた。
是正の機会は訪れなかった。神が身を引こうとしても人々が拒否し続け、現在に至る。その方が楽だから。神が全てを決断し、ミスの尻拭いまで行い、何かあれば責める事さえ出来る。そう考えてみれば、楽園と謳われる旗艦アマテラスが何とも歪な場所に見えてきてた。
安定した環境では耐える強さを育めず、立ち向かう方法に至っては学ぶ機会を奪われる。挙句に、神がもたらす安定と繁栄を享受する己を選ばれた存在と自惚れさせる。
人は、進んだ文明を進化と同義と定義した。優れた発明を生み出し、適応する事こそが進化であると。だが、果たしてそうか?人は本当に強くなっているか?先に進んでいるか?
旗艦の有様を、アラハバキを見る度に疑問が膨れ上がる。神が敷いたルールに人を抑圧する事で、人の内に抑えがたい怪物が生まれたのではないか?もし、そうであるならば地球も――
「何をしているのだ」
気が付けば、そんな言葉が心から零れ落ちた。
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