G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第3章 漂流

42話 闇の中

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「な……どうして……そん……な、そんな筈ッ!?」

 背後から叫び声が突き抜けた。ルミナの声だ。普段から冷静だった彼女からは考えられない程の焦りや驚き、その他色々な感情が詰まる声を上げた彼女は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「何があった?」

 と、尋ねてみるがまるで反応がなく、それどころか落ち着くように諭しても――

「落ち着けるか!!」

 やはり叫ぶばかりで全く話にならない。何があった?仲間と連絡が付いたんじゃなかったのか?湧き上がる疑問と彼女の様子が今後の身の振りを考える余裕を消し飛ばした。

 それ程に異様だった。落ち着きなくウロウロとしたかと思えば、急に足を止めて今度は頭を掻き毟り、綺麗な銀色のストレートへアーをくしゃくしゃになるまで弄ったかと思えば、遂にはどうしたらいいか分からないとばかりに座り込んでしまった。

 見た目よりも重い彼女が崩れ落ちた拍子にドン、と部屋が微かに揺れた。

 あぁ、と今更ながらに気付いた。どうしていいか分からず狼狽うろたえる弱々しい姿を見て、彼女は――宇宙からやってきて、桁違いに強くて頼りになるけど、だけどだからと言って超人とか人知を超越した何かではなく、生身ではないけど、それでも俺と同じ血肉の通った人間だった、と。

 俺は、自分を恥じた。罪悪感が、生まれ、心を隙間なく埋め尽くす。助けたのは掛け値なしに本心だった。無我夢中で、何も考えていなかった。だけど清雅と戦っていると知ったあの時、俺は――彼女に復讐の代行を願った。もしかしたら、彼女達なら清雅を打倒出来るんじゃないかと、俺に出来ない願いを押し付けた。

「たった今、情報通信総合企業ツクヨミ清雅より各報道機関に向けて極めて重要な情報が発表されました。その内容をお伝えします」

 つけっぱなしのテレビから不意に緊急速報が流れた。モニターを見れば飽きる程に繰り返し伝えていたO駅の中継映像が終わり、スタジオに戻っていた。酷く慌ただしいキャスターの様子を見るに、余程に緊急性が高いらしい。

 何か、嫌な予感がした。焦り、あるいは危機感がジワと、腹の底から湧き上がる感覚があった。気が付けばルミナも同じようにモニターを見つめている。彼女も何か違和感を覚えたのか、それとも冷静さを取り戻したのか、はたまた一時的に動揺しただけで大した事ではなかったのか――いや、違う。ただ、呆然としているだけだ。

「本日、そして昨日と立て続けに起きたテロ騒動について、清雅グループ本社よりその犯人と思われる人物が特定されたとの情報が、つい先ほど当局含む全世界の報道局、並びに政府関係機関に送信されました。えー、犯人は……え?あ、あの……あの……これ、良いんですよね?本当に言って良いんですよね?」

 年齢の割に極めて冷静と言う評価で世間から高い評価を受けている女性キャスターが、清雅から流れてきた情報を見てらしくない程に狼狽した。勿体ぶっているように見えない様子に、嫌な予感が確信に変わった。クビの連絡を貰った時と同じ感覚が襲う。まさか――

「犯人の名前は……ツクヨミ清雅本社防犯課、ネットワーク監視保守課所属の伊佐凪竜一と発表されました。えー、今回のテロ騒動について、愉快犯の仕業と断定されておりましたが、調査を続けた結果、過激派で知られる反清雅組織『赤い太陽』と繋がったツクヨミ清雅本社社員が引き起こしたテロ行動であると判明したとの事です。立て続けの連続テロの犯行になんと清雅グループ本社社員が関与していると言う情報がたった今、広報課より発表されました。画面に映っておりますのがその伊佐凪竜一です。尚、この伊佐凪竜一なる社員は昨日付けで解雇処分を言い渡されており、行方は現在不明との事です。えー、本件につきまして緊急記者会見が本社で行われる予定となっており……」

 頭がボンヤリとする。耳鳴りが酷い。身体が震え、力が入らない。やられた――辛うじて、それだけを言うのが精一杯だった。迂闊うかつだった。これでもう真面に行動出来なくなった。同時に、此処まで強硬な手段に打って出ると考えなかった自分を恨む。いや、違う。少し冷静に考えたら予測出来た筈だ。

 多少風当たりが強くなる程度を承知で――いや、これも違う。清雅に勤めていたから、その気になれば「社員からテロリストが出た」なんて無視できる程に巨大だと分かっていた。なのに、浮かれていた。復讐とかどうとか己惚れていた。だから、頭から完全に抜け落ちていた。

「君もか……」

 懺悔ざんげと後悔の隙間をルミナの力ない呟きが掠めた。振り向けば相変わらず呆然と立つ彼女の姿が映る。激しい混乱から一転、漸く口を開いた彼女の一言に置かれた状況を全て理解した。あれ程に冷静な彼女が焦り、狼狽える程の事態。俺だけではなく、彼女の身にも起きたのか。

 視界の端に見えた時計の針は21時を指そうとしていた。ルミナと出会い逃避行を初めてたった一日。依然として変わらない状況は、簡単に最悪へと転げ落ちた。相手が巨大すぎる。歯向かうには余りにも弱すぎる。本当に馬鹿だった。だが、今更気付いても既に遅い。

「お互い、難儀だな」

 力ない、消え入るような声と共に彼女はバイザーを操作し始めた。程なくディスプレイが浮かび上がった。その中に、苦悶の表情を浮かべる一人の男が映る。恐らく彼女の仲間だ。

「ルミナか。上からの指令を伝える。スマン……クソッ……君は、君は死んだ者として扱う事。君を名乗る者、君の姿形をした者は全て敵として扱い、接触を図ってきた場合は速やかに破壊せよ、との事だ。君が本物か偽物かわからない。それでも、これだけは言わせてくれ。よく生き延びてくれた、そして……済まない」

 低い男の声が部屋中に響き渡った。震えるような声に、男の心情が乗る。苦渋の決断だと思うが、それでも彼女は仲間から見捨てられた。絞り出すように呟いた「君も」の意味が分かった。
 
 俺も、彼女も絶望のどん底へ突き落された。お互いの世界から斬り捨てられた。不要な存在だと、用済みだとばかりに。何も言わない、言えない。だが心の内は理解できる。絶望、それ以外に何もない。

 いつの間にか緊急速報は終わり、通常の番組へと戻っていた。映像に合わせた声と規則的に時を刻む時計の音だけが部屋の時間を動かした。

 重い空気に支配される。掛ける言葉が見つからず、それ以前に思考すら放棄してしまいそうになる。足元が覚束ない。ゆっくりと、沈み落ちていく。落ちきってしまったら最後、二度と這い上がれない、深く暗く冷たい海に沈む感覚に襲われた。
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