G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第3章 漂流

43話 遠い 思い出

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 20XX/12/16 2136

 時計の針が時を刻むがやけに大きく聞こえる。それ以外の音は何も聞こえない。後戻りできない事実が重く伸し掛かり、指の一本すら動かす事が出来ない。頭も酷く混乱して、結論どころか思考すら曖昧になる。

 明日からどうするか。後どれだけ生きられるか。いっそ死ぬ覚悟で本当にテロリストにでもなろうか。しかし、たかだか2人程度に何が出来る訳もなく。尚も混乱する頭は思考力も気力も体力も根こそぎ奪う。身体はフラフラで、呼吸すら辛い。指が震える。手の先に力が入らない。

 ふと、ベッドの反対側を見た。顔を上げる気力すら湧かず、一言も発しないルミナがベッドの端に腰を下ろし、何をするでもなく視線を床に落としていた。彼女も俺と同じ状態のようだ。味方から見捨てられ、故郷に戻る事が出来ず、一人見知らぬ地で死に行く運命が確定した。

 俺なんかを助けなければ――そんな自責の念がより一層、思考する力を奪う。そんな無言の間がどれだけ続いただろうか。互いにベッドの端に座り、微動だにしないまま時間が無為に過ぎた。時計を見れば緊急速報から1時間が経過しようとしていた。

「君の名前と顔、知られてしまったんだったな」

 何かに気づいたルミナが唐突に腰を上げ、窓に向かうと外を眺め、振り向くと窓の外を見るよう促した。その言葉にもしやと、重い身体を引きずり、窓の傍に立つ彼女の横から外の様子を窺った。

 赤いランプが付いた白黒の車両が複数台、ホテルを取り囲んでいた。警察だ。まさかここまで追ってこられたのか。でも携帯の特定はもう不可能――いや、あのコンビニか。

 あの無気力そうな店員、ちゃんと不審な人物を警察に通報したのか。電子決済が完全に浸透したこのご時世、現金払いなんてすれば嫌でも目立つ。とは言え、馬鹿正直に電子決済しても結果は同じ。八方塞がり。世界全てが敵に回った感覚が、一層濃くなる。

 気を使ったつもりが、なんで世の中こう上手くいかないのか。いや、現金払いだからこの時まで引き延ばせたと、そう考えよう。だが、それだけだ。僅か時間を引き延ばしても、何も変わらない。本当に、何もかもが嫌になる。辛うじて持ちこたえていた意識が再び混濁して、立つ気力さえ奪う。立ち上がってから一分も持たず、俺は再び座り込んでしまった。もう駄目だなと、そう思った。

「どうする?」

 微かな声が、頭を撫でた。力なく見上げた先、ルミナが見下ろしていた。素顔はバイザーに隠れていて相変わらず殆ど分からなかったが、震えていた。平静を装っている様に見えるが、口元も、壁にもたれ掛かる身体も僅かに震えていた。

 短かい間ではあったけど、彼女が判断を俺に委ねる様な聞き方をしたのは初めてだ。どうすればいいか揺らいでいる。いや、どちらかと言えば諦めたがっている。彼女が昨日今日と頑張ってこれた理由は、何時か仲間が助けに来ると信じていたから。しかし理不尽に失ってしまった。諦めたい。抵抗を止めればこれ以上苦しむ事はない、寧ろ楽になれる。そう言われたならば否定は出来ない。

 俺も、どうすればいいか考えた。散々の思考の末、纏まらない頭と思考は――何故か昔、まだ小学生になる前の記憶をどうしてか俺に見せた。思い出したくない子供の頃の出来事、自分でも記憶の底に封じて忘れていたあの時、今と同じ位に絶望していた事を思い出した。

 ※※※

 あの時、もういない祖父と2人、村で孤立していた時を思い出した。都市再開発に伴う強制立ち退き。賛成派と反対派によるすれ違いから生まれた噂に翻弄ほんろうされた挙句に起きた決定的な亀裂。

 話し合いは平行線に終わり、俺は祖父と一緒に夕暮れが空を赤く照らす中をトボトボと歩いている。

 同じ地域に住む住民から辛辣な言葉を浴びせられた顔には、はっきりとした悲壮の表情が浮かんでいた。俺は堪らず尋ねた。答えなど返ってこない事を薄々知っていて、それでも尋ねた。

「なんでみんなわかってくれないの?」

 と。俺の言葉に祖父は真っ直ぐに見つめた。ついさっきまで浮かんでいた悲壮な顔は、そこになかった。

「難しいな、今の時代言葉を直接ぶつける相手よりもこんなモンの繋がりの方が大事なんじゃろう」

「うぅ……」

「すまんな、だがわしゃそんなに人は変わらんと思うんよ。携帯電話なんてもんが登場してもう数十年。だがその前はこんな物無しでも生きていけた。だから話し合えばきっとわかってもらえるさ。それでもだめなら……」

「だめなら?」

「逃げるんじゃよ、今は解ってもらえなくてもいつかきっと。だが、いつか来るその日を迎える為には死んじまったら元も子もない」

 勝手な理由で離婚して俺を置いて出て行ってしまった父親。母親は俺を生んで2年後位に病死したらしい。親らしい事を何一つせずに離ればなれとなってしまった、顔すら知らない両親。そんな両親に代わり俺を引き取り、支え、鍛え、導いてくれた祖父の顔が、言葉が、あの時の思い出が脳裏に浮かんできた。
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