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第3章 漂流
第3章 漂流
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「逃げよう、一緒に。もう駄目かも知れない。何時か、とか……きっと、なんて希望も来ないかもしれない。でも、それでも諦めたくない」
そう、切り出していた。自分でも理由が分からない。だけど、あの日に聞いた祖父の一言が何故か心の奥底から浮かんできた。逃げても何も解決しない事など分かり切っているのに、それでも気が付けば口走っていた。
ルミナは何も語らない。やはり具体性のある対策じゃないと彼女は動かないのかもしれない。とても冷静で、計算高い印象だからこんな曖昧な提案を受けないだろう。
だけど、後に引けなくなったからじゃない。助けて貰った恩を返したいだけじゃない。清雅が憎いからじゃない。死ぬのが怖いからでもない。ただそうしたいと思った。
「そう……そうだな、足掻けるだけ足掻こう」
沈黙を破り、彼女が答えを出した。俺と同じ答え、驚く程にシンプルで、彼女らしくない曖昧な答え。ただ、これで良い。どれだけ曖昧でも、頼りなくても、無意味と分かっていても、それでも答えを出した。
もうすぐ雪崩れ込んでくる警察から逃げる為、足早に部屋を後にしようと最初の一歩を踏み込んで、ふと気づいた。少しだけ身体に力が戻っていた。自信は全くないけど、それでも答えを出したのは俺が先だからという頼りない理由から先んじて部屋を出るその瞬間、微かに背中から声が聞こえた。
余りにも小さくて何を言ったか分からなかった、何か言ったか聞こうと振り向いた俺をルミナが横切り颯爽と部屋を出ていってしまった。気のせいか微かに口元が微笑んでいたような、そんな気がした。
※※※
部屋の外、廊下の窓からみえる外の様子は部屋で見た時と同じだった。僅か数分で警官の数はさらに増え、数名が何処かに連絡を取ったりと緊張感に包まれている。が、それ以上の行動を起こす気配がない。周囲を囲うばかりで、踏み込むつもりがないのはおかしい。
「本命が来るまでの時間稼ぎだろう」
ですよね、と無言で同意した。表向きは愉快犯ではなくテロリストになっている。昨日今日と連続して行われた戦闘の傷跡を見れば警察に任せるなんて普通はしない。この辺までは彼女と同じ。ならば、この先も同じだろう。ポケットから車の鍵を取り出すと、彼女は察してくれた。
「追い付けるよな?」
「問題ない。障害物は取り除いておく」
希望は何処にもない。なら、何が自分の背を押しているのか。我ながら良く分からないと自嘲した。あぁ、と少し前を懐かしむ。考えるより先に返事が出ると、そんな風によく注意された。
決して良い癖ではなく、寧ろ後先考えないと駄目な評価をされた事も一度や二度ではなかった。だけど、今だけは感謝したい。一呼吸置き、彼女を背に一目散に駐車場を目指す。希望はなくても諦める理由にはならない。助けたい、それだけを胸に。駆けだした背中の更に向こうから窓が破れる音が、暫くもすれば銃声が重なり響き始めた。
急がないと、足を更に踏み込んだ瞬間――
「は?」
目の前が急に真っ暗になった。周囲を見回しても一切の黒で明かり一つない空間、何故だか分からないが突如としてそんな不可思議な場所に立っている自分に気付いた。
唖然呆然とする間に、空間が僅かに変化した。前方に突如として二つの明かりが灯った。小さな小さな明かりは――目だ。真っ赤な目が、爛々と輝く赤い二つの目が、まるで心に直接といった感じで声も無く俺に語り掛けてきた。見つめていると、みつめられていると何故か身体の力が抜けていくような感覚に陥る。化け物か、それとも――
(ホントウハチガウダロウ?コワガリデヨワクテオクビョウナジブンノカワリニフクシュウシテホシイノダロウ?)
声は徐々に近づき、俺のすぐ傍までやって来た。姿だけは見えないが、赤く輝く目が直ぐ傍に明滅する。じっと見つめられていると息苦しくなる。まるで、首を絞められている様な感覚に襲われる。
(コロシタクテコロシタクテ、デモソレハウソ。ホントウハコワクテコワクテシカタガナイノダロウ?)
(ミズカラノテヲヨゴサズ、ケッカダケヲノゾムノダロウ?オマエハオマエガオモウヨウナニンゲンデハナイ、リユウヲツケテタタカイカラニゲルオクビョウモノダ)
(ニゲタイノダロウ?タタカイタクナイノダロウ?ソウスレバヨイ、ラクニナレルゾ?)
首を絞められるかの様な息苦しさが続く最中、暗く冷たい声がそう言い放った。戦いたくない。その言葉は、本心だ。本心を抉られ、息苦しさに情けなさが重なって一層何も考えられなくなる。
「戦いが起こる理由なんて何一つ知らず考えず……いや、知った今ですら何もせずに他人に押し付けるだけ、テメェは只の卑怯者だ!!」
山県大地が俺に言い放った一言が記憶の底から責め立てる。
「違うッ!!」
我武者羅で、強がりで、何の根拠もない。それでも違うと叫ぼうと思い、傍と気付けば――駐車場にいた。まだ廊下を走りだした筈だったのに、無我夢中で走って来たのか?
いや。それ以前にアレは何だったんだ?無機質な声は大人の様な、子供の様な、男の様な、女の様な、俺の声だったような気もした。あるいは、不安定な精神状況が生み出した幻か。ただ、何にせよ図星を付かれたのは確か。俺の心の中は、真っ赤な目が言い放った言葉に支配されていた。
呼吸は荒く、心音もやけに大きく聞こえる。落ち着く為に目を閉じ、一度だけ深呼吸をする。ゆっくり目を開け、車に乗り込み、鍵を回し、エンジンを吹かす。スポーツタイプの車の一際大きなエンジン音が湧き上がる嫌な感情全てかき消した。ハンドルを握る手に力を入れる。
彼女の時間稼ぎを無駄に出来ない。鏡を見ると随分とやつれた酷い顔が映った。これ本当に俺かよ、と驚く程度には酷い。視線をミラーからフロントガラスに向ける。迷う暇はない。彼女が俺の答えに賛同してくれたのならば、その意志を無駄には出来ない。それだけを考え、アクセルを踏み込み、出口を目指す。
無心でハンドルを握る。だが、それでも心の奥深くから再び言葉が聞こえてくる。振り切ったと思ったのに、はっきりと自分の意志ではない何かが語り掛けてくる。気のせいじゃない。確かに、闇の中から何かが語り掛ける。
(ナラバソノイシノヒカリヲワタシニミセロ。ソノカクゴガイツワリデナイコトヲ、オノレノスベテヲカケテショウメイシロ……ソしてその先を、その意志が進む先を私に見せろ)
最後に聞こえたのは明らかに無機質ではない、感情の籠った声。だけど――これは、俺の声とは違うコレは一体なんだろうか。本当に夢や幻でないならば、闇の奥にいるのは誰だ。
そう、切り出していた。自分でも理由が分からない。だけど、あの日に聞いた祖父の一言が何故か心の奥底から浮かんできた。逃げても何も解決しない事など分かり切っているのに、それでも気が付けば口走っていた。
ルミナは何も語らない。やはり具体性のある対策じゃないと彼女は動かないのかもしれない。とても冷静で、計算高い印象だからこんな曖昧な提案を受けないだろう。
だけど、後に引けなくなったからじゃない。助けて貰った恩を返したいだけじゃない。清雅が憎いからじゃない。死ぬのが怖いからでもない。ただそうしたいと思った。
「そう……そうだな、足掻けるだけ足掻こう」
沈黙を破り、彼女が答えを出した。俺と同じ答え、驚く程にシンプルで、彼女らしくない曖昧な答え。ただ、これで良い。どれだけ曖昧でも、頼りなくても、無意味と分かっていても、それでも答えを出した。
もうすぐ雪崩れ込んでくる警察から逃げる為、足早に部屋を後にしようと最初の一歩を踏み込んで、ふと気づいた。少しだけ身体に力が戻っていた。自信は全くないけど、それでも答えを出したのは俺が先だからという頼りない理由から先んじて部屋を出るその瞬間、微かに背中から声が聞こえた。
余りにも小さくて何を言ったか分からなかった、何か言ったか聞こうと振り向いた俺をルミナが横切り颯爽と部屋を出ていってしまった。気のせいか微かに口元が微笑んでいたような、そんな気がした。
※※※
部屋の外、廊下の窓からみえる外の様子は部屋で見た時と同じだった。僅か数分で警官の数はさらに増え、数名が何処かに連絡を取ったりと緊張感に包まれている。が、それ以上の行動を起こす気配がない。周囲を囲うばかりで、踏み込むつもりがないのはおかしい。
「本命が来るまでの時間稼ぎだろう」
ですよね、と無言で同意した。表向きは愉快犯ではなくテロリストになっている。昨日今日と連続して行われた戦闘の傷跡を見れば警察に任せるなんて普通はしない。この辺までは彼女と同じ。ならば、この先も同じだろう。ポケットから車の鍵を取り出すと、彼女は察してくれた。
「追い付けるよな?」
「問題ない。障害物は取り除いておく」
希望は何処にもない。なら、何が自分の背を押しているのか。我ながら良く分からないと自嘲した。あぁ、と少し前を懐かしむ。考えるより先に返事が出ると、そんな風によく注意された。
決して良い癖ではなく、寧ろ後先考えないと駄目な評価をされた事も一度や二度ではなかった。だけど、今だけは感謝したい。一呼吸置き、彼女を背に一目散に駐車場を目指す。希望はなくても諦める理由にはならない。助けたい、それだけを胸に。駆けだした背中の更に向こうから窓が破れる音が、暫くもすれば銃声が重なり響き始めた。
急がないと、足を更に踏み込んだ瞬間――
「は?」
目の前が急に真っ暗になった。周囲を見回しても一切の黒で明かり一つない空間、何故だか分からないが突如としてそんな不可思議な場所に立っている自分に気付いた。
唖然呆然とする間に、空間が僅かに変化した。前方に突如として二つの明かりが灯った。小さな小さな明かりは――目だ。真っ赤な目が、爛々と輝く赤い二つの目が、まるで心に直接といった感じで声も無く俺に語り掛けてきた。見つめていると、みつめられていると何故か身体の力が抜けていくような感覚に陥る。化け物か、それとも――
(ホントウハチガウダロウ?コワガリデヨワクテオクビョウナジブンノカワリニフクシュウシテホシイノダロウ?)
声は徐々に近づき、俺のすぐ傍までやって来た。姿だけは見えないが、赤く輝く目が直ぐ傍に明滅する。じっと見つめられていると息苦しくなる。まるで、首を絞められている様な感覚に襲われる。
(コロシタクテコロシタクテ、デモソレハウソ。ホントウハコワクテコワクテシカタガナイノダロウ?)
(ミズカラノテヲヨゴサズ、ケッカダケヲノゾムノダロウ?オマエハオマエガオモウヨウナニンゲンデハナイ、リユウヲツケテタタカイカラニゲルオクビョウモノダ)
(ニゲタイノダロウ?タタカイタクナイノダロウ?ソウスレバヨイ、ラクニナレルゾ?)
首を絞められるかの様な息苦しさが続く最中、暗く冷たい声がそう言い放った。戦いたくない。その言葉は、本心だ。本心を抉られ、息苦しさに情けなさが重なって一層何も考えられなくなる。
「戦いが起こる理由なんて何一つ知らず考えず……いや、知った今ですら何もせずに他人に押し付けるだけ、テメェは只の卑怯者だ!!」
山県大地が俺に言い放った一言が記憶の底から責め立てる。
「違うッ!!」
我武者羅で、強がりで、何の根拠もない。それでも違うと叫ぼうと思い、傍と気付けば――駐車場にいた。まだ廊下を走りだした筈だったのに、無我夢中で走って来たのか?
いや。それ以前にアレは何だったんだ?無機質な声は大人の様な、子供の様な、男の様な、女の様な、俺の声だったような気もした。あるいは、不安定な精神状況が生み出した幻か。ただ、何にせよ図星を付かれたのは確か。俺の心の中は、真っ赤な目が言い放った言葉に支配されていた。
呼吸は荒く、心音もやけに大きく聞こえる。落ち着く為に目を閉じ、一度だけ深呼吸をする。ゆっくり目を開け、車に乗り込み、鍵を回し、エンジンを吹かす。スポーツタイプの車の一際大きなエンジン音が湧き上がる嫌な感情全てかき消した。ハンドルを握る手に力を入れる。
彼女の時間稼ぎを無駄に出来ない。鏡を見ると随分とやつれた酷い顔が映った。これ本当に俺かよ、と驚く程度には酷い。視線をミラーからフロントガラスに向ける。迷う暇はない。彼女が俺の答えに賛同してくれたのならば、その意志を無駄には出来ない。それだけを考え、アクセルを踏み込み、出口を目指す。
無心でハンドルを握る。だが、それでも心の奥深くから再び言葉が聞こえてくる。振り切ったと思ったのに、はっきりと自分の意志ではない何かが語り掛けてくる。気のせいじゃない。確かに、闇の中から何かが語り掛ける。
(ナラバソノイシノヒカリヲワタシニミセロ。ソノカクゴガイツワリデナイコトヲ、オノレノスベテヲカケテショウメイシロ……ソしてその先を、その意志が進む先を私に見せろ)
最後に聞こえたのは明らかに無機質ではない、感情の籠った声。だけど――これは、俺の声とは違うコレは一体なんだろうか。本当に夢や幻でないならば、闇の奥にいるのは誰だ。
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