G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第5章 謀略 渦巻く

68話 一度だけ 鍛えてやる

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 ルミナの口数が露骨に減った。相変わらずポーカーフェイスの上にバイザーをしているせいで感情は読み取り辛いが、口の端が僅かに震えていた。ある程度想定していたのは凄いが、とは言え正解と言われるのは流石に衝撃だったらしい。

「確かに、なら初戦を待ち伏せ出来た理由も納得がいくな」

 ようやく、それだけを絞り出したルミナは再び口を堅く閉ざした。

「答えられねぇのか?やっぱり駄目じゃねぇか!!お前達も今知っただろう、奴らの異常さを!!知ったところでもう」

「それでも、やれるだけやると決めた」

 ルミナが重ねた。苛立つ羽島を遮り――

「話を聞けば尚更だ。無謀、無駄と分かっていても、無駄だとは思わない。可能なら、君も助けたいと思っている」

「何だよッ!!何だよ、何だよ……ソレ」

 決意を語った。俺を救うだけじゃなくて、仲間や、かつて敵だった男まで救いたいと。今度は羽島の口が固く閉ざされた。俯き、震え、言葉にならない呻き声が時折漏れる。

 どうしてそんなに思いつめるのか?助けたいという意志の源泉は一体何だ?余りにも苛烈で強烈な感情に、当然の疑問が頭を過った。ただ、聞かない。聞いてはいけないような気がした。俺と同じで、その思考に至る過去があるような気がして。羽島はルミナの答えに項垂うなだれたまま動かない。強烈な感情も言葉遣いも、張り詰めた空気も一気に霧散した。

「なんでだよ、なんでそんな風に……俺は、俺はそんな風には」

 掠れるように「なれない」と結んだ羽島は再び項垂れた。ついさっきまでの熱弁で力を使い果たしてしまったかの様に。熱を失った羽島は車からヨロヨロと距離を離す。まるでさっさと行け、とでも言っているようだった。足早に近づき、車のドアに手を掛けた。ルミナも無言で俺の動作をなぞる。

「いや、おい……待て」

 羽島の声。ルミナの顔色が若干緊張を帯びた。振り返り、羽島の身体から青い燐光りんこうが吹き上がる光景を見た。

「何のつもりだ」

 語気を強めるルミナに――

餞別せんべつだ。伊佐凪竜一」

 羽島は俺を呼んだ。目を見た。覇気を感じる。ただ、殺意や敵意は感じない。

「一度だけ、鍛えてやる」

 そう羽島は語った。反射的にルミナを見た。彼女は――無言で頷く。

「本社に行くなら確実に誰かとかち合う。死にたくなければッ」

 燐光が勢いを増す。まるで燃えているような青い光がアスファルト、周囲に植わった樹木諸々に付着すると不自然に動き出し、固まり、融合し、一つの形を作った。

「魔の刃と書いて魔刃マジン。これが清雅の作り上げた切り札、ホムラをエネルギーに動くナノマシンだ」

 ドロドロの青い塊が、生物の輪郭を取り始めた。やがて、車程の大きさの巨大な狼が現れた。

「やはりツクヨミか」

「そうさ。神様が俺達に与えた技術。俺はこうやって無機物を操作出来る」

「他には?」

「山県大地は身体強化、ゲイルは俺と同じだが対象も規模も精度も比較にならない。大雑把に大別すればこの二種だ」

「なら、まだ他にも」

「時間が惜しい。じゃあ行くぞ伊佐凪竜一。ゲイルとの戦い、こっそり見てた。お前にもこの力がある!!」

 叫ぶ羽島。同時に青白い狼が空を踊った。飛び上がり、巨大な爪のついた前腕を振り下ろす。

「殺すつもりはねぇが、死ぬ気でやれ!!」

 間一髪で回避。直撃した地面に衝撃が走り、抉れ、吹き飛んだ。瓦礫で視界が塞がる。

「力の源泉となる感情は系統によって変わると、そう教わった。だけど違った」

 合間に会話を挟みながら羽島は狼を操る。次は突撃。青い狼の巨大な口が大きく開く。反射的に顎を抑え、辛うじて噛みつきを防いだ。が、顎の力が凄まじい。気を抜くと嚙み殺される。

「ゲイルの操作は他者の恐怖を媒介にする。だが、違ってた。なら、強化も怒りだけじゃない。探せ、キーになる感情を!!」

 狼は大きく飛び退く。四肢を踏みしめ、再度突撃。体当たり、と気付いた頃には視界が大きく揺らいだ。灰色の空、地面。その視界が青に染まる。狼が圧し掛かり、口を開く。

「こんのッ!!」

 叫び、片脚で狼を蹴り上げた。宙を舞う狼は空中で一回転、着地、即座に体勢を立て直す。ダメージはゼロ。このままではジリ貧。意を決し跳ね起き、勢いのまま地面を蹴り抜く。身体が、思う以上に空を舞った。少しずつだが制御出来始めている。

 勢いのまま突撃した。狼が前脚を振り上げ、鋭く大きな爪を振り下ろす。右拳で殴り飛ばし、体勢を崩した狼に身体を捻って左拳を突き上げた。視界の先に燐光を巻き散らしながら空を踊る狼が映る。呆然と、自分の腕を見た。が、特に異変はない。

「レクチャーは終わりか?」

「あぁ、悪いが。だが、今ので十分だ」

 ルミナと羽島の会話が耳を掠めた。起き上がり、周囲を見回す。狼が燐光を放出しながら崩れ始めていた。勝った――

「半分はな。精魂尽きた」

 訳ではなかったらしい。語り終えた羽島は地べたにへたり込んだ。力を振り絞ったようで、もう立ち上がる事さえ困難だと言動が物語る。

「じゃあ、行くよ」

 改めて、ルミナと共に車へと向かった。

 カチッ カチッ

 と、足元から小さな音。同時に、何かが俺の足に当たった。何か投げ捨てた?

「まだ終わってない。やれるだけやる、足掻くんだろう?だったらソレ使え。俺は、もう折れた。今ので最後、もう戦えないし戦いたくもない。俺は……俺達は正しかったんかな?阿呆くせぇが、いざ自分が消される番になったら急にそんな疑問が湧いてきてよ。遅ぇよなァ?」

 羽島の語りに自然と視線が足元に落ちる。携帯が2つ転がっていた。拾い上げ、眺める。一見すれば最新式の携帯端末で、傷も埃も一切ない新品。外装におかしな部分はない。中に何か仕掛けられていやしないかと電源を入れた。僅か数秒で起動完了し、旧式とは大きさも綺麗さも違うディスプレイが空中に広がった。

 手早くディスプレイを操作、中身を調べた。が、プリインストールされているアプリ以外に何も入っていなかった。新品、買ったばかりといった感じだ。

「安全な証拠は?」

 ルミナがストレートに羽島を問い詰めた。

「ハッ、バカだねぇ。言ったろう?情報戦は分があるって。だから、お前等に賭けたくなったのさ。馬鹿も貫き通せば何かを変えられるかもしれない。俺はそうなれなかったから、だからお前達に託す」

「それが……まさか……やはりもう特定されているのか?」

 その言葉に、端末を調べる手が止まった。やはり――と、そこまで考えたところで一つの疑問が湧いた。多分、いやきっと彼女も同じ疑問を抱いている。
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