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第5章 謀略 渦巻く
幕間10 君に 願いを託す
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20XX/12/20 0835
「あぁ……行っちまった。俺が出来るのはここまで、だな。後は……任せていいか?」
山間部休憩所を遠望する監視カメラは、走り去る車を呆然と見送る男と、もの寂しげな表情をした男が発した最後の言葉を私に届けた。
彼は自分がいざという時の為に持っていた2台の予備端末を伊佐凪竜一とルミナに託した。希望をなくし、当て所なく彷徨う彼の目は淀んでいた。が、今は希望に溢れている。
危険を冒してまで伊佐凪竜一とルミナに接触し、その中で何を学んだのか、何を理解したのかは定かではないが、しかし男の目にかつての絶望は感じられなかった。羨ましい。私はそんな風に彼を見つめていた。
「そうか、彼は逃げるか。戦えない者を戦場に送り出したところで悪戯に命を失うだけだ。だが……清雅源蔵は許さないだろうな。追跡は戦いへの準備と言う理由で停止しても疑われないだろう」
「では、そのように伝えます」
彼を追跡するだけならば不可能ではない。監視カメラで近隣を調査、並行して彼の性格や行動パターンからの逃走ルート予測で居場所は十分に絞り込める。ツクヨミならばその程度は雑作なく、故に彼の言葉通り地球では誰一人勝てないし逃げられもしない。
だが、ツクヨミは具体的な行動を起こさず、寧ろ特定作業を取りやめた。これまでもそうしてきたように――我らは疑われないよう努めながら、清雅の思惑とは異なる行動を取り続けてきた。ただ、それもこの日まで。旗艦側は決戦を3日後と決めた以上、これ以上の清雅の思惑から外れた行動を取るのは余りにもリスクが高い。不信を買ったとしても、挽回できる時間はもうない。
特に清雅源蔵に知られてしまえば戦いどころではなくなる。その辣腕で一族を纏め、カリスマで多くの社員から信奉を集める彼なくして今回の作戦は成功しない。彼以外に清雅を纏め上げる事など出来ない。
伊佐凪竜一を指名手配すると言う手段には肝を冷やした。白川水希は私やツクヨミが想定した最悪の手段を即座に思い付き、躊躇いなく、迅速に実行した。本来ならばその時点で伊佐凪竜一もルミナも手助けの甲斐なく死ぬ定めだった。
だが、それでも2人は生き伸びた。
正しく奇跡と呼んで差し支えない状態だった。よくぞ生き延びてくれたと思う程に綱渡りの連続。彼等は神の予測さえも覆し、生き延びた。幸運。否、それだけではない。その言葉だけで括りたくなかった。苦難苦境であっても折れない強い意志が別の意志を揺り動かした結果だと、そう信じたかった。
私が切望する強い想いを宿した伊佐凪竜一とルミナ。その存在は起きるべくして起きる清雅と旗艦アマテラスの戦いと言う流れの前では無力に等しい。だが、だがそれでもあの2人ならばきっと彼女を――彼女に教えられる筈だ。それは、彼女が生まれた理由を、意味を知る日が近い事を意味する。
私はツクヨミの提案通り、清雅源蔵に説明を行った。
彼は無表情のまま、全て承知した旨を告げると通信を切断した。気取られた可能性は否定できない。が、一方で清雅一族とはいえツクヨミの演算機能を全て知っている訳ではない。それに――幸運と言えなくもないのは、清雅源蔵の性格。彼はツクヨミの言葉を絶対と信じて疑わない。ある種の狂信的に近い信仰が神への疑念を許さない。
私は今回の全てを先導しながら、一方で相反する矛盾した行動を幾度となく取り続けた。ツクヨミが逃亡してから500年以上が経った。その間にも幾度となく希望は生まれたが、彼女の心に届く事はなかった。それは私の願いも叶わないという意味でもあった。
希望が生まれる度に私の心に生まれた一つの願いは、それが潰える度にやはり叶わぬ願いかと儚く消え――その代わりに諦めという感情を生み出し続けた。だが、今度は違う。
もしかしたら――
そんな可能性が私の中に生まれた事で、何時もは消える儚い願いは私の心の隅に何時までも残り、輝き続けた。
「あぁ……行っちまった。俺が出来るのはここまで、だな。後は……任せていいか?」
山間部休憩所を遠望する監視カメラは、走り去る車を呆然と見送る男と、もの寂しげな表情をした男が発した最後の言葉を私に届けた。
彼は自分がいざという時の為に持っていた2台の予備端末を伊佐凪竜一とルミナに託した。希望をなくし、当て所なく彷徨う彼の目は淀んでいた。が、今は希望に溢れている。
危険を冒してまで伊佐凪竜一とルミナに接触し、その中で何を学んだのか、何を理解したのかは定かではないが、しかし男の目にかつての絶望は感じられなかった。羨ましい。私はそんな風に彼を見つめていた。
「そうか、彼は逃げるか。戦えない者を戦場に送り出したところで悪戯に命を失うだけだ。だが……清雅源蔵は許さないだろうな。追跡は戦いへの準備と言う理由で停止しても疑われないだろう」
「では、そのように伝えます」
彼を追跡するだけならば不可能ではない。監視カメラで近隣を調査、並行して彼の性格や行動パターンからの逃走ルート予測で居場所は十分に絞り込める。ツクヨミならばその程度は雑作なく、故に彼の言葉通り地球では誰一人勝てないし逃げられもしない。
だが、ツクヨミは具体的な行動を起こさず、寧ろ特定作業を取りやめた。これまでもそうしてきたように――我らは疑われないよう努めながら、清雅の思惑とは異なる行動を取り続けてきた。ただ、それもこの日まで。旗艦側は決戦を3日後と決めた以上、これ以上の清雅の思惑から外れた行動を取るのは余りにもリスクが高い。不信を買ったとしても、挽回できる時間はもうない。
特に清雅源蔵に知られてしまえば戦いどころではなくなる。その辣腕で一族を纏め、カリスマで多くの社員から信奉を集める彼なくして今回の作戦は成功しない。彼以外に清雅を纏め上げる事など出来ない。
伊佐凪竜一を指名手配すると言う手段には肝を冷やした。白川水希は私やツクヨミが想定した最悪の手段を即座に思い付き、躊躇いなく、迅速に実行した。本来ならばその時点で伊佐凪竜一もルミナも手助けの甲斐なく死ぬ定めだった。
だが、それでも2人は生き伸びた。
正しく奇跡と呼んで差し支えない状態だった。よくぞ生き延びてくれたと思う程に綱渡りの連続。彼等は神の予測さえも覆し、生き延びた。幸運。否、それだけではない。その言葉だけで括りたくなかった。苦難苦境であっても折れない強い意志が別の意志を揺り動かした結果だと、そう信じたかった。
私が切望する強い想いを宿した伊佐凪竜一とルミナ。その存在は起きるべくして起きる清雅と旗艦アマテラスの戦いと言う流れの前では無力に等しい。だが、だがそれでもあの2人ならばきっと彼女を――彼女に教えられる筈だ。それは、彼女が生まれた理由を、意味を知る日が近い事を意味する。
私はツクヨミの提案通り、清雅源蔵に説明を行った。
彼は無表情のまま、全て承知した旨を告げると通信を切断した。気取られた可能性は否定できない。が、一方で清雅一族とはいえツクヨミの演算機能を全て知っている訳ではない。それに――幸運と言えなくもないのは、清雅源蔵の性格。彼はツクヨミの言葉を絶対と信じて疑わない。ある種の狂信的に近い信仰が神への疑念を許さない。
私は今回の全てを先導しながら、一方で相反する矛盾した行動を幾度となく取り続けた。ツクヨミが逃亡してから500年以上が経った。その間にも幾度となく希望は生まれたが、彼女の心に届く事はなかった。それは私の願いも叶わないという意味でもあった。
希望が生まれる度に私の心に生まれた一つの願いは、それが潰える度にやはり叶わぬ願いかと儚く消え――その代わりに諦めという感情を生み出し続けた。だが、今度は違う。
もしかしたら――
そんな可能性が私の中に生まれた事で、何時もは消える儚い願いは私の心の隅に何時までも残り、輝き続けた。
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