G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第6章 決戦前夜

73話 辛い過去は君だけではなく

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 20XX/12/21 2254

 旗艦の凋落ちょうらく。その始まりは神が主導したタケミカヅチ計画の成果、壱号機が引き起こした反乱。

 辛うじて一般市民への被害を防げた反乱は、しかし一見すれば仲間同士の争いに見え、だから余計に恐怖を煽り立てた。何時か背中から撃たれるかもしれない。それまでは空想でしかなかった恐怖が映像を通し、現実的な恐怖として市民の間を駆け巡り、ある日一気に爆発した。

 タケミカヅチ計画の主導者が神であると露見するや市民は声高に神の封印を叫び出した。天岩戸と言う名の強制封印措置は、全市民の7割以上の賛同と主星の姫の許可により難なく実行され――神不在の世界が訪れた。

 だが、実生活に深く関与する神の消失は旗艦の運営に深刻な打撃を与えた。市民はその不満を私達にぶつけるようになった。

 話を聞き終えたナギは何も語らなかった。こんな話であっても以前の彼ならば無理をして明るく振る舞っただろう。変わったな、と感じた。唯一の身内、ムツミの死を目の当たりにしたせいか。それとも未だその死に責任を感じているからか。

「えーと、ルミナは大丈夫だったのか?」

 短い沈黙の末、彼が私はどうだったか尋ねた。その時点でスサノヲだったから私への風当たりも酷かった。ただ、私はそれ以前の事故で身体を失っていた。だからだろうか、昔からよく避けられていた。他の皆とは違うと――

「酷い話だな」

 と、ナギが強引に遮った。その先を言って欲しくなかったようだ。口調が、僅かな怒りに震えている。

 皆が信じたモノが正しい――

 掲示板で見た言葉が脳裏を過った。あの言葉はある意味では真理だった。異常で醜いとさえ思った真理は、数千年先を行く文明でも変わらない。皆おかしいのかも知れない。正しい事なんて誰にも分からないし、存在しないのかもしれない。仮に見つけても、多分正しいだけでは駄目だろう。

 耐え切れない本心が無意識に口から零れ落ちた。

 何が正解か、どう行動すべきか、行動したところで実を結ぶのか。何一つ分からず、一歩先すら見えない――と、そんなネガティブな思考が余計な事を口走った後悔に塗り潰された。無駄な心配を、とバイザー越しに見つめた。そんな様子は全くなく、逆に私を気遣うナギと視線が合った。

「それでも、信じるよ」

 重なり、絡み合う視線の先、ナギがそう語った。何を、とは聞かなかった。私を見る彼の目に、私も何となく理解した。口に出すのは気恥ずかしいが、私も同じ気持ちだ。同時に、とても不思議な感覚が胸を埋めた。

「君の過去は知っている。だから、という訳じゃないけど私の過去も話しておきたい」

「辛いんじゃないのか」

 何故か、自然と口を衝いた。誰にも語らなかった過去、記憶を分断する忌まわしい事故。古傷を抉るだけなのに、それでも彼に聞いて欲しいと願い、選んだ。

「辛いといえばそうだけど、もう昔の話だ。10年以上前、研究開発艦で起きた大規模な爆発事故に巻き込まれた。両親がソコで働いていて、私も一緒にいた。事故で研究施設は跡形もなく吹き飛んで、厳重に封印されていた大量のカグツチが爆発で一気に噴き出し、多数の犠牲者の意志に反応して濃度が急上昇し、マガツヒが襲撃して艦全体が戦場と化した。私は後の師となるスクナに助けられた。マガツヒを単独で全滅させ、撤退しようとしたところで血まみれで道路に倒れていた私を見つけたそうだ。次に気が付いたら医務室にいて、治療担当者から教えてもらって、その時に身体の大半を失ったと知った。両親が死んで、私の生死を委ねる相手がどこにもいないから、だから本来ならば死んでいた」

「え、じゃあその師匠って人が?」

「死んで良い命は存在しない。生き伸びる手段があるならばそうするべきだと。散々の押し問答があったと聞いた。当初は恨んだよ。生き延びた知り合いからも好奇の視線で見られたし、中には『事故はお前の両親のせいじゃないのか』なんて勘違いの押し付けまでされた。それに……」

 あぁ、と零した。ナギが不思議そうに私を見た。不意に、一瞬だけだが過去の記憶が頭を過った。

「何か、思い出したのか?」

 まだ幼い頃の記憶。皆から違う、違うと避けられた思い出。その原因は、確か――

「別の星から旗艦に移住したんだった。神の御膝元で暮らす自分達は特別と考える人がいて、だから移住者や旅行者を見下す連中もいる。そんなだから余計に孤立して」

「そっか。変わらないな、何処に行っても」

「あぁ。その後、私はスサノヲへの入隊を志願した。幸いにもアマテラスオオカミが今回限りの特例と許可を下ろして、だからすんなりと事が進んだ。その時、スクナを師に選んだ」

「なんで……って、まさか」

「逆恨みは承知している。でも、それでも……何かを憎まなければ耐えられなかった。君、清雅の情報を盗もうとして結局出来なかったんだよね?私も同じだよ。憎もうと思って、殺そうと思って、でも出来なかった。師を殺す為に必死で鍛えた技術が、師を殺す為に本人から教わったあらゆる知識が今では君と私を助けているなんて、何か皮肉だよね」

 洗いざらい過去をぶちまけたら、少しだけ気が楽になった。何故これを、今この時、彼に過去を晒そうと思ったのかは分からない。自分の心が分からないのは何とももどかしい気分だが、不快感はない。

「今は、その……何を理由に動いているんだ?」

 感情の変化に戸惑う私にナギが問う。動く――つまり、こんな状況でも諦めない理由か。口数が少なくなったと思えば、随分と突っ込んだ事を聞くようになったな、と困惑した。出会った当初の頼りなさと屈託なさが懐かしい。

「それは……秘密だな。お互い生きていれば、その時にでも話そうかな」

 一先ずはぐらかすと、以後もこんな調子で最後の夜をひたすら互いに過去を語り合った。今まで緊張の連続でそんな暇なんてなかった事もあり、随分と弾んだ。

 互いの重い過去だけじゃなく、些細で退屈な日常、昔の失敗談、ほろ苦い初恋――は私は特段気になる相手はいなかったが、彼はどうやら相手がいたらしいと話してくれた。少しだけ、心がざわついた。

 ただ、清雅入社時に偶然再会したはいいが余りにもそっけない対応をされた挙句、どうやら意中の相手が居るらしいと人づてに聞いて儚く散ったようだが。

 お互い色恋には縁遠いな、と苦笑いした。埋める暇が無かった溝が、少しずつ埋まる。無駄だとは思わなかった。明日、きっと死ぬ。だから今生の別れを惜しむ様に言葉を交わした。

 気が付けば日付は決戦当日を僅かに過ぎていた。私達は互いに軽い挨拶をすると寝床へ移動する。彼は一階フロアにある寝具コーナーへ、私は毛布を持って入口が見渡せる休憩スペースで休息を取る。

 あの時以降、彼は少しだけ変わった。思い込みや勘違いではなく、確かに。大切な人の死を切っ掛けに、半端だった気持ちを拭い去り、覚悟を決めた。

 頼りになるが、そうは言っても戦闘経験皆無の一般市民。無茶はして欲しくないな、そんな考えがふと頭を過る。気恥ずかしくて言い出せなかった私が動くのは――

 ※※※

 彼と話してからどれくらい時間が過ぎただろうか。時計を見れば後数時間で夜が明ける時刻になっていた。清雅と旗艦の激突が近い。地球と旗艦の大多数は眺める以外に何も出来ない。何れが勝とうとも、世界は激変する。勝った方の望む世界になる。

 神が不在となった世界か、神が支配し続ける世界のどちらか一方しか選べない。そして、どちらが勝っても地球は悲惨な結果にしかならない。私はナギが休む一階フロアへ降り、気持ちよく眠る彼の傍に近寄った。私が貸した銃とお守り、私は彼が肌身離さず身に着けているソレにそっと触れた。
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