G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第8章 神の願い 望み ただ一つの答え

幕間19-7 悪夢の連鎖 そして復活 其の1

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 居住区域の一角に特殊な症状を専門とする治療施設が存在する。施設内の治療室は薄暗く、部屋に治療用機器が幾つも動く。その淡い輝きが薄暗い部屋の中央に置かれたベッドと、そこに寝かされた人影を浮かび上がらせる。

 寝かされた何者かの頭から足先までをゆっくりと光の輪が反復する。そのほのかな輝きに、横たわる人影が照らされる。大柄なスサノヲの男が横たわっていた。胸部が規則正しく、僅かに動く。呼吸はしているが、それ以外は全く動く様子がない。

 男の周囲には更に幾つもの機器が稼働している。一番大きな機器は男から数メートル離れた四方の壁に設置され、白い粒子を男に吹き付ける。粒子はキラキラと光りながら男の周囲を舞うが、何らの変化もない。

 粒子の正体はカグツチ。この場所は汚染治療専用病棟。マガツヒとの戦いで汚染された者を治療する為の施設。彼の周囲を舞う粒子に何の変化も見られない事実は、彼の意識、意志、魂と呼べる力が既に大きく失われ、消えかかっている事を意味する。

 マガツヒとの戦闘により汚染された男は未だ目覚ず、静かな寝息を立てる。その最中、異変が起きる。

おびただしい数の治療用機器の一つに青白い光が灯り、バチッと嫌な音を出した。同時、機器が停止した。部屋を満たす白い粒子の中に、青白い粒子が混ざり始める。突如、それまで規則正しく息を立てていた男が覚醒し――

「う、うぁああああ」

 怯え始めた。規則正しく動く光の輪が停止し、同時に警告音を発する。ベッドからアームが伸び、男に鎮静剤を打ち込む。が、効果はない。男は次に手を掻き毟り始めた。皮膚が破け、血が滴る。

 男には、男にだけは見えている。己を汚染したマガツヒが身体中を侵食し、食い破ろうとするおぞましい光景が、感覚を伴う極めてリアルな幻覚が。これこそが汚染。意志を奪い、最終的に只の肉の塊へと変える恐ろしい力。汚染が進行してしまえば完治の見込みはなく、安楽死以外に手立てがない。

 汚染された人の意志は闇に閉じ込められる。外界と遮断しゃだんされた闇の中で、人は様々な幻覚に蝕まれる。幻覚を見る時間は汚染の進行と共に伸び、最終的には常に悪夢に苛まれる。奴等はそうやって知的生命体から意志を削り取る。今、恐怖に陥るその精神を更に蝕む青い光が灯った。

 数分後、施設は跡形もなく消し飛び――形容し難い姿の化け物が姿を現した。

 円筒形の体をした、腹部に小さな腹脚を無数に持つ何か。一見すれば芋虫の様にも見える何かの体色は青と白の混合であるが、一方でその紋様は悪夢そのもの。絶望の体現であるマガツヒと同じく不気味にうごめき、輝く。

 芋虫状の何かは施設を破壊すると外壁に取りつき、身体を硬質化させた。身体中にうごめく不気味な紋様が一ヶ所に集まり、身体の中に吸い込まれる様に消失、破裂し、周囲に何かを飛散した

 ドロドロの、まるでアメーバ状をした何かは周辺の物質を取り込み急速に肥大化、最終的に巨大な泥人形状で定着した。まるで救いを求めて彷徨う異形は、市街地を目指し進撃を始めた。

 想定外に次ぐ想定外に居住区域はパニックに陥る。マガツヒの情報を知らない市民は単純な恐怖で混乱し、情報を知るスサノヲとヤタガラスはマガツヒと類似性を持つ化け物を前にやはり混乱した。

「あれは……なんだ?」

「まさか地球の……でも、一体どこから現れたんだ!!」

 悪夢は尚も続き、現実をさいなむ。彼方から轟音と共に現れたマジンと同調する様に地面が割れ、亀裂の下から何かが飛び上がった。マガツヒに似たマジンの出現以上の絶望。市民達は阿鼻叫喚あびきょうかんとする一方、弐号機は酷く冷静に眼前の対象を睨む。それは――

「コウシテ会ウノハ初メテだナ、兄弟」

 2年前に船団を恐怖の渦に落とした元凶。スクナに破壊され、爆発するアメノトリフネに巻き込まれ消滅した壱号機だった。

「何故復元されているのだ……まさか……量産機を使う事は予測していたが、正気か!?彼等は何を考えている、予測していた最悪の事態ではないか!!」

 時が止まったかの如く、食い入るように見つめていたツクヨミが、珍しく声を荒げた。静かで暗い空間にツクヨミの怒りが混じった声が響き渡る。

 確かに映像は爆発、消失する場面を映した。ただ、その先は存在しなかった。後日、回収と復元を行ったのだろうが――その判断は常軌を逸している。

 必要だった、だから復元した。初めからクズリュウは使い捨て。これが、真の目的。タケミカヅチ計画の壱号機とそれが操る量産機こそがアラハバキを守護する本当の戦力。だから、壱号機完成前に量産体制を確立した。彼等を守る者は裏切る可能性がある人類であってはならない。そんなところか。

「我らの計算を悪い意味で超えています。既に観測しているでしょうが、量産機も稼働を開始しています。艦内の監視カメラが不自然に機能していない区域が増加していた件は、量産型の組み上げを隠しておく為だったのかもしれません。まさか、大規模な施設をことごとく外し、居住区域で組み上げるとは……もし壱号機がマジンによる制御を振り切れば、2年前の悪夢が再来します」

「そう……そうだな。全て、君の言う通りだ。ただ、もう……こうなれば清雅源蔵に頼るしかない。彼の、切り札に……」

 失意のツクヨミが最後に頼ったのは清雅源蔵。彼に与えた切り札。ただ、完全に想定外の事態だ。予測が狂い始める。焦りが生まれる。ツクヨミも同じだ。もう少し、もう少しで終わる予定だった。だが状況は少しずつ、徐々に悪化し始めた。

「貴方達を恐怖に陥れたガラクタがこうして復活し、また襲う。悲しい話ですよねぇ?ですが、全てアラハバキと言う連中の仕業ですよッ。甘言に騙され、踊らされている裏では悪夢を復活、既に起動までさせていたんですよッ」

 改めて、最悪が突きつけられる。道理で余裕でいられる訳だ。クズリュウをを使い捨て、壱号機を起動までの時間を稼いでいたのか。端から地上の部隊など見捨てて――

 ただ、間一髪でマジンの浸食が間に合ったのは幸いか。自律する式守とマジンの相性は非常に高いが、制御する現人偽神さえ無事ならば易々と制御を奪い返される恐れはない。

 だが、それでも、少しずつ狂いゆく歯車が軋む音が聞こえる。ツクヨミが描き、私が補佐する計画は完璧だった、その筈だった。現実が、計算を超え始める。何かが少しずつ狂う感覚に支配される中、映像からゲイルの高笑いがはっきりと聞こえた。
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