G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第9章 神の過去 想い そして託された願い

89話 遠い昔の思い出~清雅源蔵 少年期

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「寂しくない?」

 何度目かの密会の最中、少年が不意に私の心情に切り込んで来た。寂しい、か。私はそんな感情など持ち合わせていない。それどころか、私は私と言う存在が如何にして生まれたかすら知らない。何時、何処で、どの様にして生まれたのか。そもそも誰が生んだのか――

 私は、私に関する全ての情報を持っていない。だから彼の言う寂しいと言う感情に正しい回答を出す事が出来ない。心が満たされない、満ち足りない、心細い等々、言葉の意味を少し調べるだけでもこの程度の情報は出てくる。だけど、彼は私に聞いている。言葉の意味ではなく、私の心の内を知りたがっている。

 私は今――寂しいのだろうか?わからない、分からない、ワカラナイ――どれだけ考えても、私に関する情報が欠落しすぎていて、自らを正しく判断する事が出来ない。

 他人の心中を演算する事は困難ではあるが、どうやらそれは自分であっても同じだったようだ。今まで一族の誰一人として私にこの様な質問をぶつけてこなかったからという理由もあるが、だからどう答えれば分からなかった。

「……どうしたの?やっぱり寂しい?」

 無言で思考する私に、彼はもう一度質問を重ねた。この星に来る前の事を考えてもらちが明かないし、何より私はもうこの星に根を下ろしてしまった。この星の神として、図らずも崇められる事となってしまった。そして過去を知る事は出来ない、ならば――

「もう慣れたよ」

 そう、答えた。この星に来て、清雅村の民と共に歩んだ約450年ほどの間に多くの別れを経験した。死という別れ。最初はそれが何かわからなかった。死にゆく誰もが私に満面の笑みを向けた。

「死して尚、寄り添いましょう」

「この魂、貴方と共に」

 誰もがそんな前向きな言葉と共に動かなくなった。私はその意味を理解出来ず、だから何時か目が覚めるその日を愚直に待ち続けた。だが、当然ながらそんな日は訪れない。

「彼等は死にました。もう二度と目覚めず、貴女に声を掛ける事もありません。死とは全てに平等に訪れる現象です、全ての生命は魂を持って生まれ、燃やし続けならが生き、尽きるか奪われた時に死にます。死とは魂の消失、魂が存在しない状態。生命が最後に迎える逃れられない宿命。魂とは個を定義する要素の一つ。それが消失してしまった彼等の亡骸なきがらを見れば分かるでしょう。生きている時と同じ姿に見えますが、生前と完全に同一と認識する事は出来ない筈です。それが魂の消失、即ち死です。貴女と彼等は断絶しました。もう、二度と会えません」

 見かねたアベルが私に死と言う言葉とその意味、彼等にそれが訪れた事を教えてくれた。死を知った瞬間の事は今でも思い出せる。この星に来て初めて経験した激しいノイズが再び私を襲った。そして、それがどうして起きたのかはやはり分からなかった。

 死――

 私に忠誠を誓った者達が生まれ、そして死んでいく度に私の中に表現し難い痛みが生まれた。きっと、これが寂しいという気持ちではないだろうか。生命が生まれる瞬間と、それが終わる瞬間を幾度と無く見届けた私は――どうして私は違うのだと、そんな疑問を持った。どうして私は数百年を経ても尚健在で、彼等は100年と持たずに死を迎えるのか、と。

 私は心が生み出す痛みに耐える為に、無関心という壁を自らに作り出した。彼等とは何処まで行っても交わる事のない別の存在なのだと、そう言い聞かせる事で痛みに耐えた。これが寂しさ、というならば「慣れた」という答えは正しい、その筈だ。

「でも辛そうだよ?」

 彼は屈託なく返した。何気なく出した言葉なのか、それとも知らぬ内にそんな態度を表に出していたのか。不思議な感覚だった。どうしてだかわからないが、私は彼に自らの心中を曝け出していた。

 私の為に人生を捧げた者達が死んでいく光景を見る事がとてもつらかった事、特に争い事などの不条理な死は特に辛かった事、だから私は自らに課した戒めを破りこの世界の歴史に強制介入した。そして――

「死は悲しい。無駄に死なずに済むならばそれに越したことはない。そんな私の曖昧な願いが作り出したのが、今、君達が生きる世界だ」

 今の世界が出来た理由を小さな少年に説いた。何れ知るのだから遅いか早いかの違いでしかない。この程度ならば、誰も気に掛けないだろう。

「難しい」

 その答えもまた仕方がない。何れ知るとはいえ、今の彼には早すぎた。

「もう少しすればわかるかも知れないな。君もいずれ一族の使命をその身に背負う。だが、受け入れようが拒絶しようが……長く生きてくれ」

 己が分からないと言う状態を数百年と続けてきた。が、果たして今の気持ちはどうだろうか。どうして私は此処まで前向きで明るい気持ちになれるのだろうか、私は自らがどうしてこんな気持ちになるのかさっぱり理解出来なのに、一方でそれを不快に思う事は全く無かった。そして、私は心の赴くままに自らの内から湧き出した言葉を彼に伝えた。

「それって答えの話?」

「そう、だが気にしなくて良い。もう慣れたし。だから、君も……」

「僕はそうしません!!シメイ?も関係ありません。きっといつかお姉さんの為に答えを探してきます」

「ありがとう」

 彼の答えは眩しかった。闇に沈んで久しい心に、僅か光が射した。何時か、彼が答えを見せてくれるかも知れない――そんな希望が私の中に生まれた。こんな感情を抱いたのは何時以来だろうか。

 ※※※

 だが、やはり儚い願いだった。いや、希望を抱いた分だけ深い闇に落とされる事となった。

 彼が見せてくれた世界の姿に私は幻滅し、私は自らの問いに答えを出した。私の願いはこの世界に存在しない。そう考えて、諦めればそれ以上に余計な事を考えずに神としての責務を全うできる、と。

 なのに、どれだけ諦めようとしても心が拒んだ。おおよそ神らしくない中途半端な思考のまま、私はズルズルと願いを引きずり続けた。何時か誰かが私に答えを――そんな願いを、私は捨てきれなかった。
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