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第9章 神の過去 想い そして託された願い
90話 遠い昔の思い出~清雅源蔵 青年期の終わりから現代へ
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やがて彼も成長し、大人となった。屈まなければ目線が合わなかった小さな少年は何時しか私に並び、程なく追い越し、やがて私が見上げる程に大きくなった。ただ、幼少期から続いた僅かな逢瀬の時間は、成長と反比例するように減っていった。
一族の当主となる人物に自由な時間などありはしない。少々寂しさを覚えるが、それも仕方がない。彼が正しく一族を導かねば、欲に塗れた末端の者達は規律を破り、世界を混乱させる。
その内に、彼が若くして当主となった事を知った。前代当主の早逝により長の座に就いた。それはつまり、私の願いを知ったという事でもある。延々と、500年前から語り継がれ、次代に託され続けた使命が彼の身に宿った。
私の願いを知った清雅源蔵は研究と開発に没頭した。清雅の名を継ぐ者としてやや相応しくない行動だった。一族の長たる者、本来ならば一族の為、世界の為に尽力すべきところ、彼は何故か一介の研究者と当主の二足の草鞋を履き続けた。一族からも異端視されながら、それでも熱心に何かに打ち込む彼の目は、一方でとても輝いていた。
目的。それだけで人は眩く輝く。彼を通し、僅かではあるが人の営みを学んだ。そして――
「貴方の願い、それを叶える為に、全世界の通信網と貴方を直接繋ぐようにした。人の意志、そのやり取りを全て見渡す事が出来れば何処かに貴方の望むモノがある。きっと見つかる」
あの時、子供の時とは違う、はっきりと私の願いを認識した彼は、私に世界と繋がるよう求めた。そこに私の願いがあると、見つかると願って。私はと言えば――
「君に期待しよう」
そう答えるだけで精一杯だった。それ以上は言えなかった。神と言う立場がそうさせたのか。それとも、他の何かがあったのか。いや、嬉しかった。だからこそ、彼の理想に満ちた目を見て真実を言い辛かった。
そんなモノはどこにもないよ――
彼にその一言を言い出せなかった。確かに私は人の営みを知らなかった。だが、それでも私の演算能力はある程度の答えを導き出していた。
予測通り、実際に世界と繋がった先に見た光景は酷かった。人とはかくも醜いものか、そう言わんばかりの惨状が広がっていた。地球人類の思いが文字と肉声を通し、私に伝わった。とても酷かった。誰もが携帯が齎す希薄な繋がりに満足し、利用し、他者を陥れ、傷つけ、争い、追い詰めた。
勿論、全てがそうだったわけではない。だが、圧倒的な負の感情は僅かな良心を汚し、堕とし、染めていった。やがて多くの者が他者を傷つける事を厭わない様になった。その事実に嫌気がさした者は逃げるように姿を消してた。
そうしてその最後、人は望んで互いから離れる様になった。近づく事を拒むその姿は私の願いとは最も遠い。人は、容易に他者と繋がる社会は、その最後に他者との断絶をもたらした。私が望む答えはやはり見つからなかった。
「クソッ、どいつもこいつも自分の事ばかり。いや自分すらどうでもいいのかこいつらは……私は、私はこんな事の為に……ならば……ならばッ……」
彼の絶望はどれ程だっただろうか。私ですら嫌気がさす程に煮詰まった負の感情を見た彼は、そう呟いた彼の目からは気が付けば眩い輝きが失われていた。
※※※
君の心が闇に覆われたのは私が原因だ。私の願いを叶える為に――しかし世界のどこにも存在しないと分かってしまった事、私に願いのない世界を見せてしまった罪悪感に苦しみ、悩み、絶望し、そして堕ちてしまった。
だけど、君の努力を知りつつ、それでも何もしなかった私も君を責められない。そんな君が叶えられない私の願い――その代わりに見出したのが宇宙なのか。私を宇宙に連れていくというその願い。彼の中で育てられた純粋無垢な欲望、それが狂気と共に戦場で解き放たれた。
「恐れていた事が現実となりました。彼が、清雅源蔵が暴走しました。いえ……既に、でした。最早この戦いは止まりません。停戦は両者の合意があってこそ。彼は、貴女に宇宙を見せるまで止まらないでしょう。あるいは、その先も」
アベルの推測は正しい。そう――もう止まらない、誰にも止められない。人、人が時折見せる演算を超える意志を甘く見ていた。
過去、身の内に宿る強烈な意志を用い演算を超える能力を発揮した人類がいたとアベルは語った。そう言った者は時に望む未来を引き寄せ――あるいは捻じ曲げるとしか表現できない様な結果すら見せたと言う。その忠告を元に、清雅一族と地球を導いたつもりだった。
己惚れていた訳ではない。神と例えられる圧倒的な演算能力を過信していた訳でもないが、その自信は儚く崩れ去った。私は私の傍にいる最も近しい人間の事すら理解できていなかった――いや、理解しようとさえしなかった。その結末が今、目の前の出来事。彼の意志は私から離れ、私の望まない結末の為に動く。
一族の当主となる人物に自由な時間などありはしない。少々寂しさを覚えるが、それも仕方がない。彼が正しく一族を導かねば、欲に塗れた末端の者達は規律を破り、世界を混乱させる。
その内に、彼が若くして当主となった事を知った。前代当主の早逝により長の座に就いた。それはつまり、私の願いを知ったという事でもある。延々と、500年前から語り継がれ、次代に託され続けた使命が彼の身に宿った。
私の願いを知った清雅源蔵は研究と開発に没頭した。清雅の名を継ぐ者としてやや相応しくない行動だった。一族の長たる者、本来ならば一族の為、世界の為に尽力すべきところ、彼は何故か一介の研究者と当主の二足の草鞋を履き続けた。一族からも異端視されながら、それでも熱心に何かに打ち込む彼の目は、一方でとても輝いていた。
目的。それだけで人は眩く輝く。彼を通し、僅かではあるが人の営みを学んだ。そして――
「貴方の願い、それを叶える為に、全世界の通信網と貴方を直接繋ぐようにした。人の意志、そのやり取りを全て見渡す事が出来れば何処かに貴方の望むモノがある。きっと見つかる」
あの時、子供の時とは違う、はっきりと私の願いを認識した彼は、私に世界と繋がるよう求めた。そこに私の願いがあると、見つかると願って。私はと言えば――
「君に期待しよう」
そう答えるだけで精一杯だった。それ以上は言えなかった。神と言う立場がそうさせたのか。それとも、他の何かがあったのか。いや、嬉しかった。だからこそ、彼の理想に満ちた目を見て真実を言い辛かった。
そんなモノはどこにもないよ――
彼にその一言を言い出せなかった。確かに私は人の営みを知らなかった。だが、それでも私の演算能力はある程度の答えを導き出していた。
予測通り、実際に世界と繋がった先に見た光景は酷かった。人とはかくも醜いものか、そう言わんばかりの惨状が広がっていた。地球人類の思いが文字と肉声を通し、私に伝わった。とても酷かった。誰もが携帯が齎す希薄な繋がりに満足し、利用し、他者を陥れ、傷つけ、争い、追い詰めた。
勿論、全てがそうだったわけではない。だが、圧倒的な負の感情は僅かな良心を汚し、堕とし、染めていった。やがて多くの者が他者を傷つける事を厭わない様になった。その事実に嫌気がさした者は逃げるように姿を消してた。
そうしてその最後、人は望んで互いから離れる様になった。近づく事を拒むその姿は私の願いとは最も遠い。人は、容易に他者と繋がる社会は、その最後に他者との断絶をもたらした。私が望む答えはやはり見つからなかった。
「クソッ、どいつもこいつも自分の事ばかり。いや自分すらどうでもいいのかこいつらは……私は、私はこんな事の為に……ならば……ならばッ……」
彼の絶望はどれ程だっただろうか。私ですら嫌気がさす程に煮詰まった負の感情を見た彼は、そう呟いた彼の目からは気が付けば眩い輝きが失われていた。
※※※
君の心が闇に覆われたのは私が原因だ。私の願いを叶える為に――しかし世界のどこにも存在しないと分かってしまった事、私に願いのない世界を見せてしまった罪悪感に苦しみ、悩み、絶望し、そして堕ちてしまった。
だけど、君の努力を知りつつ、それでも何もしなかった私も君を責められない。そんな君が叶えられない私の願い――その代わりに見出したのが宇宙なのか。私を宇宙に連れていくというその願い。彼の中で育てられた純粋無垢な欲望、それが狂気と共に戦場で解き放たれた。
「恐れていた事が現実となりました。彼が、清雅源蔵が暴走しました。いえ……既に、でした。最早この戦いは止まりません。停戦は両者の合意があってこそ。彼は、貴女に宇宙を見せるまで止まらないでしょう。あるいは、その先も」
アベルの推測は正しい。そう――もう止まらない、誰にも止められない。人、人が時折見せる演算を超える意志を甘く見ていた。
過去、身の内に宿る強烈な意志を用い演算を超える能力を発揮した人類がいたとアベルは語った。そう言った者は時に望む未来を引き寄せ――あるいは捻じ曲げるとしか表現できない様な結果すら見せたと言う。その忠告を元に、清雅一族と地球を導いたつもりだった。
己惚れていた訳ではない。神と例えられる圧倒的な演算能力を過信していた訳でもないが、その自信は儚く崩れ去った。私は私の傍にいる最も近しい人間の事すら理解できていなかった――いや、理解しようとさえしなかった。その結末が今、目の前の出来事。彼の意志は私から離れ、私の望まない結末の為に動く。
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